希望への意志
今の世の中を悲しい思いで眺めている。
貧困と鬱病が蔓延し、子供たちの自殺が相次ぐようなこんな悲惨な二十一世紀がやってくるとは思いもしなかった。人の絆が破壊され、陰湿で殺伐としている。他者との出会いは人を信用するところからはじめたいと願うけど、なかなかそれができない。極度に気を遣い、よけいな気をまわしすぎてくたびれている人も多いことだろう。人間関係がおかくしくなったのは、人間そのものがおかしくなってしまったからにほかならない。もちろん、僕自身も含めて。
長引く不景気と人間をモノ扱いする新自由主義経済システムの影響を受けて、派遣切りにあったり、仕事の契約が打ち切りになったりして、苦労されているかたも多いようだ。
実を言えば、僕も現在失業中の身で、浪人生活を送りながら面接を受けている。感触のいい会社もあったけど、現場の部長や支社長がOKを出してくれても上層部の決済ではねられることもあるから、まだしばらく時間がかかりそうだ。
不幸中の幸いというべきか、物価の安い中国に住んでいるので、日本円にしてひと月に四万円もあれば衣食住と生活のすべてを十分にまかなえるからまだ余裕はあるし、市井のなかで隠者のようにひっそり暮すのも悪くない。なにより読書がすすむ。今まで気づけないでいたことにも気づくようになる。孔子はこのような暮らしを「陸沈」と呼んだ。陸で沈む。なかなか含蓄のある言葉だ。デカルトもソクラテスもこのような暮らしをしていた。今のうちに爪の垢でも煎じて飲もうかと思う。
もちろん、いつまでも陸沈生活を続けるわけにはいかない。採用が決まるかどうかは縁の問題だから、そのうち縁のある企業で勤めることになるだろうと楽観してはいるのだけど、やはり、見つからなければどうしようかと悩むこともある。
つらいことはいろいろある。
いじめにあって苦しんでいる人もいるだろう。
鬱病にかかって、絶望している人もいるだろう。
仕事に追いたてられて、疲れて果てている人もいるだろう。
仕事が見つからずに、不安で眠れない人もいるだろう。
だけど、どんな時でも、希望だけは捨ててはいけない。
生きてさえいれば、希望は自分のすぐそばにある。あとは、それに気づくか気づかないかだけの問題だ。こんな偉そうなことを言えたものではないのだけど、僕は悲しい出来事をいくつかくぐり抜けて、ようやくそんなことを学んだ。
人は、えてして、今自分の置かれた状況が絶対的なもので、永遠に変わらないものだと思いこみがちだけど、そんなことは決してない。
今の自分がすべてではない。
今現在、自分の置かれた環境がすべてではない。
まるでミイラのように、全身を布でぐるぐる巻きにされてしまったような閉塞感と圧迫感が時代を覆っているけど、この人を生きさせない時代はいつか動く。
東西冷戦中、永遠にそびえつづけるものだと思われていたベルリンの壁はあっけなく倒れた。黒人がアメリカの大統領になるなどとは、夢物語としか考えられないことだった。日本でおきた政権交代も、以前は現実味と具体性をまったく欠いた話だった。
時代はめぐる。
時は移る。
自分の置かれた状況もいつかは変わる。
冬がすぎて春の花が咲くように、生きてさえいれば、人はなんどでも甦ることができる。人は生きながら、なんどでも生まれ変わることができる。
もちろん、ただじっと待っているだけでは、変化がやってくるはずもない。暗いトンネルのなかでうずくまっていたのでは、向こう側へ抜け出ることはできないのだから。
大切なことは、たとえ今がつらい状態だとしても、希望へ向かって一歩いっぽ進むことではないだろうか。変化は待つものではなく、自分で起こすものだから、自分のできる範囲のことをこつこつやってみることが肝心だ。急ぎすぎないように、だらけすぎないように、がんばるべき時は思いっきりがんばって。あまり疲れすぎてもいけないから、全体としてみれば、ゆっくり目くらいがちょうどいい。
さて、どんな希望を持てばいいのだろう。
これこそが希望だという定番はない。希望や理想というものは人それぞれ違う。人の数だけ、希望の数がある。
希望は、自分自身で創るものだ。
自分の人生は自分で歩むものだから、自分の人生をほかの人に生きてもらうことなんてできない。
希望は、手探りしながら自分自身で手作りするからこそ面白い。
お仕着せの希望はいらない。
人や世間の希望に縛られるのもごめんだ。
百人百様のいろんな希望があるからこそ、この世界は彩り豊かで興味深いものになる。無限にある希望の種類とその無限の組み合わせ――それがあってこそ、この世は夢にあふれた世界になるのではないだろうか。
ただ一点だけ、人として大切なことだけは忘れてはいけないと思う。社会的なルールや処世術といった道徳の問題としてではなく、やさしさという良心の問題として。希望とわがままはまったく違うものだから。
時には自分の良心を裏切るようなことをして人を傷つけざるを得ないのがこの世の悲しい現実だけど、心にやさしさを忘れなければ、人としていられる。物欲、金銭欲、性欲、名誉欲、権力欲、そんな欲望がすべてだと勘違いしたすれっからしや、人の骨までしゃぶって相手を利用しつくすような鬼にならずにすむ。そんな人たちの希望は、希望とは呼べない。ただのエゴイズムであり、悪意であり、くだらない欲得だ。なにかのセリフにあったけど、やさしくなければ人ではない。
人間は、ただ存在するだけでは不十分だ。
こんなご時勢だから、生き延びるために必死にならざるを得ないし、それは間違ったことではないのだけど、サバイバルを図るだけでも不十分だ。
なにより、自分自身の手で希望を創り、理想へ向かって歩く意志が大切だ。
その志さえあれば、さまざまな困難があったとしても、たとえこれから時代の闇がもっと濃くなったとしても、人生は輝くものになるはず。悲しみに覆われたこの世界もきっと輝くはず。決してつまらないものにはならないだろう。
手作りの希望が語りかけてくるかすかなささやきに耳を澄まそう。
希望を手放さず、希望を見つめて、しっかり生きよう。
了




