第2章 この世界について
目が覚めるとベッドの上だった。
「黎明……鏡ある?」
──あるよ
ベッドから起き上がり、鏡を見てみる。
うん。何時ものアバターだ。何か違和感を感じたんだが……
鏡をよくよく見ると、瞳の色が左右で違う。左は片割れの赤になっていた。
「……一緒になったからか?」
──そうだね。
元々ボク達のアバターの違いは瞳の色と性別だけだったから……身体を共有している今、それぞれの特徴の違いが瞳の色に出てるみたいだね。ボクと兄様の違いが少なくて助かった感じかな。
なるほど。二人が一つのアバターを共有するなんて僕達以外にはありえないけれど、見た目が大きく違う者同士が共有するとキメラになるのか……大惨事だな……
「性別男だけど不便じゃないか?」
──兄様の身体というだけで気にすることは何もないかな。そもそも現実と一緒と思えば何も変わらないし。
片割れはあっさりそう言った。やはり同じアバターを共有していることに違和感を感じていないようだ。確かに黎明のスキルは身体共有。特定の相手と身体を共有出来るというものだ。僕としか共有していないのでおかしな所は何もないのだが、僕は黎明の姿を一度も見ていない。このスキルはお互いの姿を認識している状態で手をつなぎ、同意の元で発動する。なのに僕にはそれを行なった記憶がない。先ほどは黎明が分かっているならいいかと流してしまったが、状況把握が必要なようだ。
「現状に不満がないなら……状況整理だ」
僕の態度が改まったものになったのを感じたであろう片割れが少し強張った声で答える。
──ボクが答えられる範囲のことなら
「お前に答えられないことなんてないだろ。なんせ『ボク達にもう怖いものはなにもない』なんて言うくらいなんだから」
──うん。確かにボクは兄様が忘れてしまった事を覚えているから、答えられないことはないと思う。でもその内容をどこまで伝えていいかが分からない。兄様が忘れてしまった原因も分からないし、いきなりこうなった理由もね。だから今は何でも答えることは出来ない。ごめんね兄様。
「……そうか。まあ、お前がそういうならそれでいいよ」
なにせずっと僕を助けてきてくれた片割れだ。その判断の正しさは僕が一番よく分かっている。
「じゃあとりあえず、お前が答えてもいいと思う範囲で状況整理をしたい。
他の人はどうなのか知らないが、なんの説明もなくチュートリアルはこなせないからな。なにせまずどこに行けばいいのかすら分からん。」
軽い口調で話す。さっきはそのつもりがなかったとはいえ、問い詰める形になってしまったからな……
──もちろん!
ちなみになんだけど、兄様……他の人にはちゃんとチュートリアルと言う名のシステム音声が聞こえているみたいだから、中身はボクが伝えるよ。ボクには音声も文字も認識出来るんだけど何故か兄様には伝わらないみたいだから……
「は?」
思わず声が出た。片割れはシステム音声を認識出来ているのに……というかひょっとして僕以外の人は認識出来ているのに、僕だけ認識出来ていない?
ゲームスタートからおかしいと思っていたが、僕の扱い悪くないか?
……まあいいか。黎明が居てくれてサポートしてくれるなら問題だらけでもなんとかなるだろう。
──た……多分神のやつが意図的か……うっかりか……だと思うよ。兄様だけシステム音声を認識できないのは
片割れには心当たりがあったようだ。
「お前が居るから気にしないことにした。問題ないだろ?」
──もちろん!
よくよく考えたら神と関わっても百害あって一利なしだからむしろ現状は喜ばしいことだと思うよ。
「じゃあまず職業から。僕の職業……召喚士だったはずなんだけど、なんで職業まで表示がないんだ?」
──この世界はその人が認識をしているか否かが情報に反映される
この場合、兄様はまだこの世界に職業があると認識していないから反映されていないんだ
「ワールドマップが真っ暗なのは……」
──マップは店で購入すると全体像が分かるようになる。といっても、最初は自分の現在地くらいしか分からないから話を聞いたり自分でその場所に行ったりしてマップを埋めていく形になるかな。名称や地形は自己の認識が反映されるから、詳細なマップは己の足で地道に作っていくしかない。ちなみにマップを持っていない時に得た情報は購入後に反映されないらしくて……早めにゲットしないとだね。
なるほど。知っていても、分かっていても、その情報源が明確じゃないと反映されないのか。そして個々の情報は蓄積する何かがないと使い物にならないのか。とはいえ、情報がなければ動くに動けない。
「とりあえす何処か図書館にでも……」
──この村にはないんだ
「じゃあ何があるんだ?」
──宿屋、道具屋だけかな
……完全に冒険最初のチュートリアルのための村だな。物揃えたらとっとと行けってか……
「最初の行き先についての情報は?」
──村に掲示板があるんだけど、そこに居るNPCから最寄りの町についての情報が聞けるみたい。
町に行かないことには始まらないということか。
「ちなみに道具屋があるって言ったが、お金ないんじゃ買えないんじゃないか?」
──心配はいらないみたいだよ。初心者限定で配布があるみたい。毎日0時に銀貨1000枚が配られるよ。
ふーん。初心者限定で……銀貨1000枚ね。
「宿はいくらかかったんだ?」
──一泊銀貨100枚らしいんだけど、銀貨1000枚で15日借りてる。
「流石。ありがとう」
拠点の確保はできてる。行き先の情報も得られる。そうなると最後は……
「装備を揃えるのにどのくらいかかる?」
──配布の銀貨1000枚だけで装備揃えて出発は出来るかな。……一人なら
「そっか。じゃあとりあえずはこの村拠点にして周辺散策しようかな。どのくらい身体が動くか確認しないといけないし……何より戦闘が今まで通り出来るかだな。」
やることが決まったなら15日の間に準備を済ませてしまいたい。恐らく初心者限定の恩恵はこのチュートリアルが終わるまでだろうから。
「他には……モンスターの生態調査、色んな噂話の収集か…噂話はよろしく黎明」
──兄様……ゲームの世界なんだから少しくらい人と交流してはどうかな
「いや、人とまともに付き合ってこなかったんだから止めといた方がいいだろう。黎明が話を聞いているときに学ばせてもらうよ。」
現実世界でよく怒られてばかりだった僕が相手を不愉快にさせず会話出来るとは思わない。
「そういえば、黎明のステータス画面も僕と似たような感じか?0からのスタート?」
──そうだね。現状は兄様の身体に依存するからボクもレベル1だ。
まあ、何かあればボクの身体本体を喚んでくれれば大抵のことはなんとか出来るよ。ボクのレベルが1なのは身体共有のスキル特性だから。
つまり、黎明本体はこの現象に巻き込まれていないため、元々のレベルということになるが……
「心強いが……喚んでもいいのか?」
本体が居ないのにはそれ相応の理由があるのではないかと思ったんだが……
──兄様になにかある方が問題だから!まあ、そうしなくてもいいようにこれから鍛えるんだけどね。
「もしもの時は頼りにしてるよ」