第1章 ゲームの世界へ?
気がつくと僕は地面に転がっていた。
いつもと同じようにログインしただけだというのに何が起きたんだ一体……
神とやらの暴走が起きているからといって……流石にこれはない……
ゲームスタート時の体勢まで変わるなんてないだろ……
そう思いながら身体を起こす。
離れた所に数人の人影が見えるが……そもそもここはどこだ?
最後にログアウトした地点でないことは確かだ。見慣れた町並みでもない。そもそも……
「まるで始まりの村みたいな所だな……」
現状把握に勤めることにした。
周囲を見渡した時に、自分の髪が視界に入ったことで間違いなくゲームの世界にログイン出来ている事は確認出来た。髪自体は現実の自分と変わりないが、毛先が青色のメッシュになっているのだ。
自分の身体を確認する。
「……うん。いつも使っているアバターだ。」
暴走しているといってもキャラクターへの変更はないようだ。
このゲームでは、キャラクターの作成時にベースとして自分の現実の体のデータが反映される。これは誰もが違和感なくプレイできるようにデータベースから引き出されており、それを各々編集するなりそのまま使うなりしてキャラクター作成を行なう。作り込むと全く違う自分になれるが、自由に動かせるようになるまで時間がかかる。こだわりのない人は髪の色や瞳の色を変えるだけなので、直ぐに遊べるようになる。
僕の場合は後者なので、身体に違和感がないかをさっと確認するだけだ。
「じゃあ……アイテムを確認……」
しようとして、気付く。
身体が軽い。まるで何も身に付けていないようだ。
そんなはずは……とローブを捲る。鞄も武器も何もない……
ふと顔を上げてステータス画面を確認すると、
???:Lv.1
種族:冒険者(人間)
所持金:0G
の記載のみ。
なんと……まるでゲーム開始時のようではないか。
レベルの横の???は職業の表記であると思われるが、何の表示もないのは何故なのだろうか?ちなみに僕の元々選択していた種族は人間ではない。となると、このステータス画面の表示は何の選択もしていないデフォルトの状態ということだろうか。最初からやるのもやぶさかではないが、少し面倒だなと思った。
と、混乱していたのか大切な事に気付くのが遅れてしまった。……片割れはどうしたのだろうか。
ずいぶんと周りが見えていなかったようだ。辺りを見回しても見当たらない。
地面に転がっている僕を放っておくことはないはずなので、なにか問題でも起きたのだろうか?
「レイ……黎明……何処に行ったんだ?」
そうぽつりと呟いた時だった。
──ここにいるよ兄様
頭の中に響く声。
「な……なんで一緒なんだ?
レイ……自分のアバターは一体どうしたんだ?」
僕がこの世界に来ようと思った理由の1つが片割れが自由に行動できるという点であったのに……まさか暴走の影響がこんな所にも出ているのか?
僕は混乱した状態で片割れに問いかける。
すると黎明は落ち着いた様子で答えた。
──なんでって……言ったじゃないか。
いきなりこんなことされてボクもびっくりしたけれど……ボク達にもう怖いものはなにもないんだから大丈夫だよ
……話が噛み合わない……噛み合っていない気がする。
そもそも……とりあえずゲームにログインして変化している部分の確認をしようという話をしていた覚えしかない。現状、ログインしたばかりで何も分からない状況のはずなのに、もう怖いものはなにもないなんて発言が出てくるはずがない。その発言が出るのは状況を把握して対処可能かどうかが分かった時か……あるいは全てが終わっている時だけだ。黎明だから分かる……と言われても納得は出来るが……
様子のおかしい僕に気がついたのか、片割れが心配そうに声をかけてきた。
──兄様大丈夫?
僕は断言する。
「大丈夫じゃない。状況整理をさせてくれ」
すると片割れは僕の状況に気付いたようで、深刻そうな声で聞いてきた。
──兄様……兄様はさっきまでなにをしてた?
「さっきもなにも……今ログインしたばがりだが……」
片割れの方が現状を把握しているようであったため、素直につい先程のことを話す。
──そうか……兄様、だいぶ記憶が欠落しているみたいだ。
残念ながらここはもうボク達がよく知るクリエイトワールドの世界ではないんだ。
「違うゲームの世界なら……なるほど、何もかも0からのスタートでもおかしくない。」
違うゲームだと言うのにいつもの見慣れた自分という点で違和感を感じるが、片割れが言うならそうなのだろう。アバターなんて誰がゲームをするのかさえ分かればその人間のデータを探せばいい。データベース上を探せば一番よく使用していたものを当てはめるのも簡単だろう。
──0からのスタート?
片割れが不思議そうな声を出した。
──元々のクリエイトワールドから変わってしまってはいるけれど、クリエイトワールドであることに間違いはないよ。最初からなんてことはないはずなんだけど……「ステータスの表記が真っ白だね」
記憶の欠如と関連しているのかな……なんて片割れは言っているが、僕は安心した。
ここがクリエイトワールドであるなら当初の目的は果たせているし、僕の記憶がない部分を片割れがちゃんと認識しているなら何も問題ないだろう。
──そうか。にしても相変わらずあの神は人でなしだな。……まあ、人ではないんだが
と、自然と自分の口から出てきた言葉に驚いた。
なんでそんな言葉が出てきたんだ?そう思っていると片割れが納得したように言った。
「神……神ね。なるほど。アプローチを変えてきたのならやり方が変わっていてもおかしくはない。ボクらで言うところのチュートリアルって所かな。」
僕はよく分かっていないが片割れは現状を把握出来たようだ。
「兄様、とりあえず宿に行って落ち着こうか。」
身体が動きはじめる。
いつのまにかアバターの主導権が片割れに移っていたようだ。
片割れの能力は問題なく発揮できているようだから、僕が状況を何も把握できないのは失なっている記憶のせいなのだろう。
ログインしたのは日付が変わった直後であったし、状況が分からず疲れたのも事実だ。
──じゃあ任せた
そう言って、僕は片割れに任せて眠りについた。