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9,高級ホテルはパニックだらけ?

 なんと、朝川真理香とロンドン支社に配属中となっている近衛真理香は同一人物。

 即ち、会長である遼太郎の孫娘でもありと副社長の娘でもあり大会社のご令嬢。

 さらに、自分の身分を隠すために母方の姓を名乗っていたことも発覚。

 この事実に関しては、親族と秘書室以外の男子社員は全く知ることはない。

 女子社員でも、宣伝一課と秘書室を除いて真理香のことを知るものはいない。

 当然、久晴には知られることなく徹底的に隠し通すつもりだった。

 しかし、偶然に出会った戸渡家の使用人である梨乃と琴音の暴露により久晴は知ることはなかった真理香の正体を知る羽目に。

 さらに、宣伝一課の秘密を同時に知ることになる久晴。

「バレてしまったら、仕方がないわね……。表向きは問題を起こして秘書室から左遷になっているけど、本当は真理香お嬢様のお目付で配属されたのよね。私っ」

 と琴音の口からは、仕方なく自分が隠していた事実を久晴に話す。

 前に琴音から聞いてはいるが、英美里は父親からレイプされそうになったところを会長に保護され真理香と共に育てられ家族同然の関係。

 咲良は、ギャルサー時代に自分より若い真理香に勝負に負け注意されたことで不貞腐れた性格から立ち直る切っ掛けに作ってくれた恩を返すために入社。

 そして、優奈は男性恐怖症の原因となった強姦魔から真理香と英美里に助けられた切っ掛けで恩を返すためと男性恐怖症を克服するために入社。

 すなわち、宣伝一課の女子は真理香と何らかの形で関わりを持っていた。

 そして、宣伝一課は真理香をサポートするために編成された組織。

(素性を知らないとは故、去年の冬コミで真理香を助けた経験もあり関わりを持っているけど……。まさか、配属している部署自体にも隠し事があるなんて……)

 と久晴の頭の中は、知ることのない真実で満杯になり絶賛混乱中。

 今回の一件、情報を建也に漏らした真犯人は知るはずのない派遣の受付嬢二人組。

 受付嬢二人は、建也に内偵して得た情報を提供したことが秘書室での取り調べで判明。

 さらに、派遣した会社が戸渡修蔵の出資に寄る傘下企業であることが発覚。

 今回の件で、真理香に関する情報漏洩の疑惑から身の潔白が証明されたが、同時にトップシークレット級の秘密を偶然に知ってしまった久晴。

 当然、真理香に関する事は他言無用と琴音に言われ別の意味で今も恐怖に震える。




 身の潔白が証明され本来なら安堵するはずだが、知ることはない秘密を知ってしまった久晴は真理香に対してどのように接すればいいのか困惑している。

 ところが、先日から真理香の姿はなくパソコンは閉じられた状態。

 誰もいない宣伝一課は、いつものように女子社員同士の会話が騒がし雰囲気と打って変わって静寂に包まれる。

(もしかして、正体がバレるのを恐れて身を隠しているとか……?)

 と久晴は、嫌な予感が脳裏を駆け巡る。

 下手したら、真理香と再び会えない気がして悔いが残る思いが心を苦しめる。

 せっかく、英美里から身の潔白が証明され平穏を取り戻したというのに真理香との関係が終わるなんて思いたくもない久晴。

 そこへ、琴音が出社し暗い顔をした久晴に話し掛ける。

「どうしたの? 多田野さん、真理香さんの席の前でボーッと立って?」

 すると、久晴は朝早く来て真理香に自分に掛けられた疑惑が誤解である事を証明したいと正直に話す。

 すると、琴音はクスクスと笑いを堪えながら真理香について久晴に説明する。

「大丈夫、真理香さんは戸渡さんが証言が嘘だって見抜いているわよ。それに、研修で海外に出張しているらか心配ないで」

 久晴は、真理香が海外での研修と聞いて疑問に思ったことがある。

 それは、朝川真理香と近衛真理香が同一人物だというのに態々と研修で海外に出掛ける名目の必要があるのか?

 疑問に思った久晴を見て、琴音は優しい表情が一変して険しくなり、

「多田野さん、深く追求すると抹消されるわよ」

 と言って、威圧するように笑顔で久晴に近寄ってくる。

 琴音の笑顔に隠れた威圧に恐怖を感じた久晴は、深く追求するのを止め「何も考えてません」と主張するように青ざめた顔で必死に首を横に振る。

 それを見た琴音は、険しかった表情が元の優しさへと戻り「分かれば宜しい」と言わんばかりに頷く。

 真理香の正体を偶然にも知ってしまった久晴は、このような恐怖がいつまで続くのかと不安が頭から離れることはなかったのであった……。


 それから、真理香を除く宣伝一課のメンバーが揃い朝礼が始まる。

 琴音が言うように、真理香は研修のため海外へ出張中と課長の高光から正式に発表。

 同時に、高光の口から驚くべき事が発表される。

「本日より、真理香お嬢様が私用があり赴任先のロンドンから帰国している。期間は、夏期休業明けまで滞在の予定だそうだ」

 なんと、近衛真理香がロンドンから帰国すると聞いて目を疑う久晴。

 だが、琴音の威圧を思い出し一切口には出さずジッとしている久晴。

 それに対して、秘密を知っている宣伝一課の女子メンバーは至って冷静である。

「真理香お嬢様に会ったら、失礼のないよう呉々も気をつけて下さい」

 と言って、朝礼を終わらせると高光は宣伝部の会議に出席するため後にする。

 朝礼が終わり、緊張の糸が切れるように肩の力が抜ける久晴。

 だが、琴音の発言で再び緊張の糸を張り巡らせることになる。

「皆さん、スマホを出して下さい」

 何故か、琴音は宣伝一課にいるメンバーにスマホを取り出すよう指示を出す。

 久晴は、何も知らないまま会社用のスマホを取り出す。

「ここからは、スマホのチャットで簡潔にミーティングを行います。多田野さん、今まで隠していたことを話します」

 とスマホから琴音からのDMが届き、再び緊張が体中に駆け巡る久晴。

 琴音は、DMで真理香の事情について久晴に話す。

「多田野さんの疑問に分かり易く答えます。真理香さんは、本名のお嬢様に戻って『戸渡建也とのデートで交際拒否の意思を伝える』と私に話してくれたわ」

「断るということは、何か過去に嫌なことでも?」

 と思わず予測する久晴に、英美里が真理香の過去をDMで話す

「察しがいいわね。建也のヤツ、小学の頃から真理香にしつこくナンパしてきた。あたし、中学まで一緒だったから追っ払い役を買って出たけど全く諦めようとしなかった」

 そのとき、建也という男が真理香と英美里にとって幼い頃から何らかの因縁があると久晴は推測することが出来た。

 しかし、久晴は新たな疑問が頭の中に浮上する。

 何故、建也は必要以上に真理香を狙うのか。

 そして、どうやって真理香は建也の必要以上な追っかけから逃れることが出来たのか。

 久晴が思っていた疑問に、琴音は察するようにDMで返信する。

「真理香お嬢様、高校は全寮制の名門女子校へ進学したの。自分が、女子校へ進学すれば近寄ることが出来ず追うのを諦めると思っていた。けど……」

「思っていた? 何か、問題でも起きたと?」

 と久晴は、琴音の返信に何かの代償や新たな問題が発生したのかと察する。

「厳しい校則が原因で、子供の頃から始めていた子役や読者モデルを諦める必要があったの。お嬢様、「戸渡の魔の手から逃れられるのであれば安い」と言って引退したわ」

 と琴音の返信に、挫折する気持ちが痛いほど理解できる久晴は心が苦しむ。

「それでも、建也は通学コースを把握してストーカーみたいに待ち伏せしてたらしい。その時は、友達や警備の担当がいて未遂で終わったけど」

 と久晴のスマホに、割り込むようにDMで返信してきた英美里。

 その話を聞いたとき、優菜が暴漢に遭った過去と重なり琴音にDMを送信する久晴。

「もしかして、襲われる真理香さんを建也が助ける計画を企てたのでは?」

 久晴の推測に、深刻な表情でDMで返信する琴音。

「その線はあるけど、確たる証拠がないからなんとも言えないわね」

 すると、英美里は噛み付くようにDMの返信が届く。

「確たる証拠? それなら、あたしや真理香が目撃したから十分な証言になるって!」

「英美里さん、証言だけでは十分ではないって前にも言ったでしょう。それに、いくら見たと主張しても写真や録音などの物的証拠がない限りあっさりと逃げられるだけよ」

 とDMで返信し、英美里の怒りを説得で収める琴音。

 琴音の説得で、悔しそうな顔を堪える英美里。

「もしかして、イギリスに留学したのも建也の追っ手から逃れる目的で?」

 と久晴は気になり、DMで琴音に質問を投げかける。

「それも理由として挙げられるけど、会社のご令嬢としていずれは役員になるための研修としてイギリス留学を認めてくれた」

 と琴音の返信を見て、何か複雑な気分になる久晴。

 そんな中、咲良が割って入るように提案を持ち掛けた。

「じゃあ、過去は無理でも数年間前くらいの情報を友人から聞いてみる。もし、証拠になりそうな写真が手に入ったら琴音さんに渡すよ」

「じゃあ、咲良さんお願いね」

 同時に、久晴も慶応大学に進学した知人や後輩に情報を聞き出せるのではと思い、

「自分も、大学卒の知人や後輩から情報を入手してみます」

 とDMを送信して、提案を持ち掛ける。

「噂程度で決定打に欠けるけど、取りあえず聞いてみて」

 と琴音からの返信を見て、自分の知っている知人や後輩に建也の情報を聞き出す久晴。

 それから、昼休みを迎え弁当を購入すべくオフィスビルを出ようとしたとき真理香と偶然に出会ってしまう。

 だが、自分の知っている眼鏡を掛けた明るい性格の真理香ではなく、凜とした立ち振る舞いのお嬢様である真理香の姿。

 真理香は、何一つ喋ることなく会長室へと向かう。

 久晴は、立場を理解したのか何も言わず会釈し真理香が去って行くのを静かに待つ。

 今、自分が出来る最大限の対応だった。


 一週間後、昼休みを利用して喫茶店に集合する宣伝一課のメンバー。

 当然、その中に課長の高光や真理香の姿はなく先週のミーティングで集まったメンバーだけ来ている。

 そこへ、先日会社に来ていた戸渡家の使用人である梨乃が加わり話し合いが始まる。

 まず最初に、咲良と優菜が資料を用意して報告をする。

「ギャルサー仲間や情報通の友人から聞いたけど、建也のヤツ真理香と縁談があるというのにナンパしした女性や気に入った風俗嬢と今でも関係を持っているそうよ」

 と言って、入手した証拠の写真を集まったメンバーに見せる。

 そこには、建也が知らない女性と待ち合わせの場所で手を繋ぐ写真やホテルへ入る写真だけでなく、車の中でキスをする写真がバッチリ写っていた。

 どうやって、撮影したのか分からないが誰が見ても決定的な証拠。

 その女性に関して、知り合いの探偵に身元を調べて作成した資料を提出する咲良。

 その名簿には、子持ちの人妻や女子大生が記載されている。

「これだけ証拠が揃えば、戸渡家との縁談を破談するのに十分過ぎるわね」

 と言って、受けていないのに自分が浮気された気分で怒りに震える琴音。

 久晴も、自分の知っている知人や後輩から入手した情報を発表する。

「戸渡建也って男、慶応ボーイと自称していましたが卒業名簿には彼の名前は載っていませんでした。話を聞くと、環境に馴染めず大学を中退と主張していましたが……」

 と言って、新聞の切り抜きをメンバーに見せる久晴。

 その記事は、合コンで泥酔した後輩の女子大生に数人の先輩が性的乱暴した内容だった。

「もしかして、その事件に建也のヤツが深く関係しているとでもっ?」

 と言って、自分が受けたように怒りを露わにする英美里。

「どうも、ナンパサークルの一員らしく新入生の女子大生を集めたらしい。ただ、記事には未成年の大学生としか記載されて直接関わったか否か……」

 と言って、淡々と報告したが心の奥底で怒りを堪える久晴。

「十分とは言えないけど、多田野さんにしては上出来ね」

 と言って、情報を集めた久晴に労いの言葉を掛ける琴音は同感する。

 そして、使用人である梨乃の証言が集まったメンバーに衝撃を与える。

「わたくしの担当は、建也様のお世話係を勤めています。幼少の頃から、同じ屋根の下で育てられたという名目で」

「同じ屋根の下っ? それって、どういうことっ?」

 と言って、「同じ屋根の下」で疑問に思った久晴。

 他のメンバーも久晴と同様に、「同じ屋根の下」が気になって仕方がない。

 その疑問に、梨乃は自分の幼少の頃から話し始める。

「わたくしは、物覚えがついた頃から児童養護施設に……。実の両親も不明で、姓も名も施設の人から与えられました」

「えっ? もしかして、あなた身寄りのいない孤児っ?」

 と英美里は、驚きの余り思わず梨乃に聞いてみる。

 すると、梨乃は静に頷いて戸渡家に来た理由を話してくれた。

「わたくしは、当主候補の建也様に何らかの問題があった場合に備え戸渡家の養子として向かい入れました。当主の奥様も、建也様を産んだ後は子宝に恵まれず……」

「ところが、妊活が実を結んで人的なバックアップとしての役目が必要なくなったと?」

 と言って、情報通の咲良が推測して梨乃に質問をする。

 やはり、咲良も梨乃に関する情報を集めていたようだ。

 梨乃が頷いて当たっていると主張すると、改めて咲良の情報収集能力が他の誰より優れていると痛感すると同時に人脈がある事に思い知らされる久晴。

 当然、養子の身である梨乃は後継人候補から使用人に降格。

「中学を卒業後、高校に通うと同時に奥様から建也様のお世話係を命じられました」

 何故、梨乃は建也の理不尽な扱いに耐えながら尽くしているのか想像が出来る久晴。

 当然、建也のためなら自分の操を捧げたことを包み隠さず話す梨乃。

「建也様、真理香お嬢様がイギリスへ留学したことを知ったとき相当ショックを受けてました。「真理香に会えない」と、大学へ行かず自室で嘆いたのを……」

 と梨乃が暗い表情で話したとき、その後を言わなくても想像が出来た。

 梨乃は、落ち込んだ建也を慰めようと自分の操を捧げたのだ。

 だが、この行為が後の事件やナンパなどの不貞行為に繋がる元凶を作ったと思い、

「わたくしが、厳しく接していればこのようなことには……」

 と言って、暗い表情で自分を責める梨乃は今にも泣きそうなほど目に涙をためている。

 そのとき、何故か久晴は冷静になり建也の父である修蔵のことを推測する。

 かつて久晴の上司でもあった修蔵は、入り婿の身分が故に戸渡家では発言力は低い。

 妊活についても、家督争いを避けたいから本人は臨まなかったに違いない。

 もし、修蔵は身分を向上させるために長兄である建也に何か言い寄っていると思った。

 その時、幼少の頃を思い出し証言する梨乃。

「そう言えば、修蔵様から「もしも、伴侶にするなら身分が高く末っ子の女性を本命にしなさい」と建也様に教えられたのを陰ながら見たことが……」

 梨乃の証言で、建也が真理香を必要以上に狙う理由が何故か明確になった久晴。

 真理香は、近衛家の三兄妹の中では末っ子で家督争いから縁遠いが顔が利く。

 その上、大会社のご令嬢の肩書きがあれば身分として申し分ないだろう。

 仮に、建也と真理香の縁談が決まれば近衛家との顔が利きようになり家督争いのトップに躍り出るのは確実。

 近衛家との顔が利くようになれば、父親である修蔵は建也を陰で思うように操ることが出来るので発言力が上がるから堂々と出来る。

「倉野さん、自分を責める必要はありません。全ての元凶は、戸渡修蔵が自分の立場をあげるための仕組んだ策略です」

 と久晴は、梨乃を慰めるように自分の推測を集まったメンバーに話す。

 普段、女性に苦手意識が強い久晴だが今回に限っては冷静沈着である。

 琴音は、久晴の言いたいことが何か十分理解し険しい顔で言い出す。

「それは、近衛家にとっても会社にとっても都合は悪いわね……。なんとかして、縁談を破断させないと……」

 そのとき、咲良のスマホからDMが届き驚き集まったメンバーに伝える。

「大変、みんな聞いて! 建也が、指定したデート場所が都内の某超高級ホテル。日取りは、夏期休業初日に決まったわよ」

 咲良の報告で、集まったメンバーは騒ぎ出す。

 都内の超高級ホテルは、国内外のVIP御用達でリゾート感満載の施設などが整っており中に入れば海外に行ったような錯覚に陥る。

 当然、一般庶民の懐事情では一泊ですら泊まることの出来ない高額で簡単に入れない。

 さらに、久晴と英美里にとって頭を悩ます日取りだった。

 なんと、その日は夏コミ初日と重なっていたから久晴は頭を抱える。

 その上、MCバトルの大会と重なってしまい真理香を助けるために諦めざる得ないと割り切っている英美里。

「なるほど、高級ホテルなら邪魔者は近づかないと目論んだようね」

 と琴音は、険しい顔を崩すことなく冷静に把握する。

 そんな中、昼休みが終わりに近づき解散となったメンバー達。

 その時、見知らぬ人達が去って行くのを目撃する久晴だったが、会社に戻らなくてはならないため琴音に報告して職場に戻るしか出来なかった。


 それから、今日の仕事が終わり社宅寮に戻った久晴は真理香のいる隣の窓を眺める。

 やはり、真理香の自室はカーテンで閉め切られ灯りはなく真っ暗。

 誰もいない真理香の部屋を眺める久晴は、どうやって助ければいいのか悩み続ける。

 先日の一件は、何も知らず偶然が重なり助ける結果となった。

 だが、今回は一般庶民の自分が悔やんでも悔やみきれない。

 さらに、追い打ちを掛けるように自分がヲタクである事を後悔している。

(どうやって、朝川さんを……。でも、夏コミの初日が……)

 と心の中で、真理香と救出と自分の趣味と板挟みの久晴。

 もし、真理香と建也との縁談が決まれば自分の立場が危うくなるのではと思うと身の潔白が証明されたのにため息交じりで悩み続ける久晴。

 だが、無情にも時間だけが過ぎ去り苛立ちが募るばかりであった……。




 夏期休業一週間前、悩み続ける久晴は暗い表情で職場に向かう。

 今は空席の真理香、何事もなかったように普段通りに働く女子メンバー、何も知らない課長の高光は肩を落とす久晴を励ましてくれる。

 しかし、一般庶民の自分ではなんとも出来ず他言無用と琴音に言われ誰かに気軽に相談できず悩み続けることしか出来ない。

 その上、二人のデートの日取りが夏コミ初日と重なってしまったため、夏コミを最優先すれば女子達からは間違いなく裏切り者扱いされる。

 かといって、真理香を優先で助け出すためには生活費が吹っ飛ぶ高額な宿泊費を支払う必要があり、いくら待遇が改善しても懐事情が厳しい現段階では手の打ちようがない。

 だが、どういうわけか英美里は出勤時間が過ぎているにも拘わらず出社していない。

 課長の高光の口からは、「西堂さんは用事があって午後に出社する」と朝礼で宣伝一課のメンバーに連絡してくれた。

 一体、英美里は何故遅れるのか疑問に思う久晴。

 その時、英美里の出社で思わぬ突破口が開かれるなんて思いもしなかった久晴。

 それと同時に、建也が思わぬ刺客を送り込んでくることを予想すらしていなかった。

 久晴にとって、天敵とも呼べる男が待ち受けているなんて……。


 会議で課長高光が部署を抜け、宣伝一課のメンバーだけで密会が始まる。

 そんな中、ここ最近会議が多いような気がすると疑問に思った久晴。

 だが、真理香について何も知らない課長が職場から抜けるのは素性を知っているこちらにとっては都合がいい。

 タイミングを見計らった琴音が、メンバーを招集し密会を始める。

「多田野さん、変に暗い顔をしないほうがいいわ。貴方の気持ち、私達も同じよ」

 と言って、気持ちを察するように久晴に注意する琴音。

 久晴は、暗い表情を崩すことなく「すいません」と謝ることしか出来ない。

 そんな中、咲良は普段とは珍しく険しい表情で疑問に思う。

「いくら超高級ホテルとは言っても、何処でデートをするのか分からないのよね……」

 と言って、ホテルの施設について疑問に感じていた咲良。

 いくら、高級ホテルでデートするには二人っきりになれる場所が絶対に必要。

 高級ホテルとは故、施設のほとんどがいろんな人が行き交うので真理香を口説くのに何者かの邪魔が入る可能性がある。

 かといって、建也に対して苦手意識を強く持っている真理香は絶対に個室でのナンパは絶対に嫌がるはず。

 一応、個室を除いてカメラなどのセキュリティーは万全だから何処でも不貞行為が出来るはずはない。

「一体、ホテルの何処で真理香をナンパするのか全く見当がつかないのよね。大体、女の子を落とすに雰囲気のいい場所は絶対必要だから」

 と言って、自分がナンパで落とされるのを前提で思った疑問を仲間に話す咲良。

 そこへ、遅れてきた英美里が突然乱入するように姿を現すと、

「タダノッチ、一日アルバイトするから手を貸してっ!」

 と言って、久晴のシャツの後ろ襟を掴んで強引に連れ出す。

 強引に連れ出され、何がどうなっているのか分からず頭の中はパニック状態の久晴は思わず言葉にならない声を出してしまう。

 その姿は、侵入してきた野良猫を猫掴みで連れ出す頑固爺さんそのもの。

 そこへ、菜摘と鉢合わせとなり状況が読めず久晴に相談を持ち掛けてくる。

「ゴメン、後で相談に乗るからっ! 今取り込み中だから、加納さんっ!」

 と言い残し、英美里に連れ出されるように去って行く久晴。

 菜摘は、去って行く久晴を見て悲しい表情を見せる。

 琴音は、気になって菜摘の相談に乗ることにした。

 すると、菜摘はチケットを琴音達に見せると、

「実は私、近所の福引きで特賞が当たって『超高級ホテル十名様一泊二日の無料招待券』を手に入れたのですが、職場の人を誘っても「用事があるから」と断られて……」

 と言って、使い道に困り果てていた。

 それというのも、有効期限が八月末までと短いためである。

 親兄弟を誘っても、今は果物農園の手入れの真っ只中で上京するのは無理。

 しかも、夏期休業はお盆と重なるため先祖の供養で尚更。

 その上、上京して半年近くなので職場以外の親しい友人は皆無に近い。

「……そこで、先輩の多田野さんに相談しようと思って……」

 と言って、困り果てた様子の菜摘。

 その時、咲良が菜摘のチケットを見て驚いた表情で思わず喋る。

「このチケット、例の超高級ホテルが提供って……。琴音さん、こんな偶然って……」

 琴音は、チケットを見て何かを閃き菜摘に話し掛ける。

「確か、庶務課の加納さんっだったよね。そのチケット、有効な使い道が出来たから任せてくれないかしら? 勿論、当選者の貴女も同席して貰うわよ」

 すると、何も分からないまま安堵する菜摘。

「咲良さん、優菜さん、戸渡建也と関係があって連絡が取れそうな女性を調べてっ!」

 と琴音が指示を出すと、咲良と優菜の二人は建也と関係を持って連絡が取れそうな女性を調べ上げる。

 さらに、琴音はスマホで誰かに連絡を取り始めた。

「もしもし、悪いけどカメラで死角になりそうなところ教えてくれない?」

 一体、琴音は誰に連絡を取っているのか現段階ではハッキリと分かっていない。

 今言えることは、琴音の知っている人である事ぐらい。

 菜摘がもたらした絶好のチャンス、真理香を救う突破口を手に入れ準備が進む。

 同じ頃、英美里に強引に連れられた久晴は総務部の部長に一日バイトの申請中。

 なんとバイト先は、デート場所に指定された超高級ホテルと聞いて久晴は驚く。

「とにかく、中に入ればこっちのモノ! 後は、真理香を探して連れ出すだけ!」

 と英美里は、強引な脳筋プランを久晴に打ち明ける。

(なるほど、ホテルマンであれば高額な宿泊費を払う必要はない……。だけど、どうやって探し出せって……)

 と久晴は、ため息を吐いて英美里の脳筋プランに呆れている様子。

 唯一の救いは、高額な宿泊費を出さずに超高級ホテルに潜入できること。

 こうして、真理香の救出作戦は着々と進んでいる。

 久晴は、英美里から頼まれた建也に関する情報をメモに記入している最中。

 その頃、真理香は神妙な面持ちで旅行バックに衣類などの荷物をまとめている最中。

 こうして、久晴や宣伝一課のメンバーを巻き込んだお見合い騒動はXデーに向けて刻々と進んでいくのであった……。


 こうして、デート当日の朝を迎え久晴は英美里と共にバイト先である超高級ホテルへ。

 ホテルマン姿の久晴とウエイトレス姿の英美里は、ホテル支配人からバイト内容の説明を受けている真っ最中。

 久晴は来客の荷物運搬と退室時の簡単な清掃、英美里は来客へのワゴンサービスと退出時のアメニティー入れ替えがバイト内容である。

「くれぐれも、勝手な行動は控えるようにお願いします」

 と言い残し、持ち場に戻る支配人。

 久晴と英美里の二人は、ホテル内のバイトをしながら真理香がいる客室を探し出す。

 とはいっても、広大はホテルの敷地と異常とも言えそうな部屋数では真理香が何処にいるのか全く見当がつかない。

「どうする、このままでは日が暮れるぞ……」

 と久晴は、困った様子で英美里にヒソヒソと話し掛けた。

 すると、英美里は何を考えたのかフロントに向かうとホテルマンにサービスのため真理香のいる客室を教えて貰う。

「こういうのは、本業のホテルマンに聞くのが一番っ!」

 と言って、ウインクして自慢げな英美里。

 英美里の強引な行動力に、ただ唖然とする久晴は彼女ついて行くことしか出来ない。

 その時、広大なエントランスで偶然なのか見知らぬ若い男と楽しそうに会話する自分の母親を見掛ける久晴。

 だが、確認する余裕もなく真理香のいると思われる部屋へ向かった。

 こうして、真理香の部屋に辿り着いた久晴と英美里の二人。

 しかし、真理香は何処か出掛けているみたいで返事もなく鍵が掛かっている。

「留守か……? 一足、遅かった……」

 と言って、部屋が見つかったというのにガックリと肩を落とす久晴。

 それに対して、英美里はへこたれる様子は一切なく、

「ここで、ヘコんでないで探すよ。まだ、そう遠くへ行ってない筈だから」

 と言って、久晴を励ます。

 久晴は、英美里の言葉を信じて手分けして真理香を探す。

 そんな中、嫌な男を偶然に見掛け慌てて物陰に身を隠す。

(えっ、何で阿久井がホテルに……? でも、どうやって高額な宿泊代を……?)

 と久晴は、阿久井について考察しながら去ってくれるのをじっと待つ。

 もし、阿久井に捕まったら何かと面倒になると思っての行動である。

 その姿は、猟犬から身を隠す獲物の小動物を彷彿させる。

 しばらくして、阿久井が去ったのを確認した久晴は別ルートで真理香の捜索を再開。

(下手に、阿久井と鉢合わせでもしたら……)

 と久晴は思って、緊張した面持ちで慎重に捜索をする。

 ところが、阿久井と偶然に鉢合わせしてしまった久晴。

 なんと、阿久井は久晴を見つけると悪知恵が働き回り込んで待ち伏せしていた。

「しっ、失礼します!」

 と言い残し、阿久井からとっさに逃げ出す久晴。

 だが、阿久井は久晴の肩を掴んで逃がそうとはせず独特の関西口調で、

「多田野君、久しぶりなのに逃げるなんてつれないな。ここは、ワイの部屋で楽しく話したいことがあるから付き合えや」

 と言って、獲物を捕まえた猟師になった気分で久晴を自分の部屋に連れ込む阿久井。

 それに対して、「助けてーっ!」と何度も叫んで誰かに助けを呼ぶ久晴。

 それに反応して英美里は、足音を立てず静に二人の後を追った。

 運悪く捕まってしまった久晴は、阿久井の泊まっている部屋に連行される。

 阿久井は、何言っているのか分からないくらいの早口で何かを要求している。

「すいません。お客様、何言っているのか分からないので落ち着いて下さい」

 と言って、苦笑いを見せ阿久井を落ち着かせようとする久晴。

 ところが、阿久井はバイトのみのである久晴にとんでもない要求を押しつけてくる。

「実言うと、ここのホテル代高くてな。だから、あんたを通じて値切って貰えん?」

 なんと、久晴を通じて宿泊代の値引き交渉を押しつけてきた。

「その交渉は、本人が直接交渉することでしょう。それでも、高かったらグレードを落として泊まればいいだけの話です」

 と言って、阿久井に正論を主張して要求を断ろうとする久晴。

 だが、阿久井はその正論に聞く耳は持たず悪知恵を使って要求を押しつける。

「多田野君、ほんまつれないな。もし、ここでバイトしているを出向先の会社に分かれば都合悪いやろ。まっ、こっちの要求を呑んでくれたらワイは大人しくするけど」

 それでも、久晴は後退りしながらも正論を言って要求を断ろうとする。

「一応、会社には申請を出して承認を貰っているから問題にはなりません。それより、バイトの身分にそのようなことを押しつける事態おかしいのでは?」

 だが、阿久井は何とかして自分の要求を受け入れようと必要以上に近寄ってくる。

 その時、久晴の目には阿久井が悪魔に見え追い込まれているにも拘わらず後退りする。

 そこへ、ドアの向こうからノックが聞こえ若い女性の声が聞こえる。

「お客様、ルームサービスにやって参りました」

 すると、阿久井は若い女性の声に敏感に反応しドアのところへ向かう。

 扉を開けた瞬間、突然ワゴンが飛び出し阿久井は後ろに吹き飛ばされる。

 その拍子に英美里が姿を現し、立ち上がろうとする阿久井の側頭部にワゴンを利用して強烈なジャンピングハイキックが見事にクリーンヒットする。

 強烈な蹴りを食らった阿久井は、吹き飛ばされるように倒れ完全に意識を失った。

「こちら、当ホテルご自慢の迷惑客撃退サービスでございますっ!」

 と言って、意識を失った阿久井を見て自慢げな英美里。

 英美里に助けられチャンスと言わんばかり、身に着けたマイクで他のホテルマンを呼び出す久晴は恐怖から解放され胸を撫で下ろす。

「ありがとう、西堂さんっ! 阿久井のヤツ、しつこく絡んでくるから」

「まさか、タダノッチの天敵がいたとはね。それにしても、人に頼んでホテル代の値引き交渉するなんてどんだけ器がオチョコなの。コイツ」

 感謝する久晴とは対照的に、まさかの刺客が潜んでいたとは想定外の英美里は頭を掻いて困っていた。

 偶然にも、久晴が胸ポケットにしまっているICレコーダーの録音が決定的な証拠となり阿久井は迷惑客に認定。

 当然、気を失った阿久井は正規のホテルマン二人に連行された。

 そんな中、久晴は扉に向けられたカメラが気になりレンズから覗いてみる。

 そこには、時間制限で貸し切りが出来るプライベートプールが見える。

 プライベートプールには、待ちわびる建也と姿を現したばかりの真理香が見えた。

 どうやら、阿久井は建也に頼まれこの部屋から様子を撮影すると久晴は推測。

「確か、このプールは一応カメラが設置されてますけど死角が多くて」

 とホテルマンの説明を聞いた瞬間、久晴は嫌な予感が体中を駆け巡り英美里に訴える。

「急ごう、プライベートプールにっ! 早く行かないと手遅れにっ!」

 すると、英美里も反応して無意識に走り出す。

「大変っ! プライベートプールで宿泊客の一人が女性客を襲うとしていますっ!」

 と正規のホテルマンに意味不明なことを言い残し、英美里の後を必死に追う久晴。

 もうすぐ三十代後半の体力は落ちた久晴だが、真理香に迫る身の危険を察したのか全力疾走の久晴に息を切らして休む余裕はなかった。


 その頃、真理香は待ち合わせに指定されたプライベートプールに姿を現す。

「真理香さん、待ってましたよ。おやっ、暑くないですか?」

 と言って、余裕な笑みを浮かべてベンチに座って待っている建也。

 一応、真理香は水着に着替えてはいるが上はグレーのシンプルなパーカーと下はミニスカートみたいな白い布を着用し身を固めている。

「気にしないで。ただ、肌を焼きたくないだけよ」

 と淡々と言って、睨んで牽制する真理香は付き合う気は一切ないと自己主張。

 それに対して、建也はハワイに来ているような格好で遊ぶ気満々である。

「折角、貸し切りのプールを用意したのですから泳ぎませんか? 真理香さん」

「悪いけど、遊びで来た訳じゃない。今日は、貴方との付き合いは今回で終わりにしたくて来たから誤解しないで」

 と建也の誘いに、真理香は身を固めて毅然とした態度で頑なに断り続けている。

 それでも、建也は諦めようとはせず獲物を追い詰める猛獣のような目で真理香に近寄ってくる。

「真理香さんが、断るのであればこちらにも考えはあります。ここは、死角が多いですし既成事実を作るのに都合がいい場所ですから」

 その一言で、危険を察知した真理香はストーカーと化した建也から逃れようと椅子やテーブルなどのディスプレイを障害物に利用して逃げ回る。

 こうして、監視カメラの死角が多いプライベートプールでは、追う者と追われる者の逃走劇が始まったばかり。

 同じ頃、真理香の危険をいち早く察知した久晴と英美里の二人は事件現場に向かって必死に走り続ける。

 とにかく、間に合ってくれと心の奥底で祈り続けながら……。




 その頃、事件現場とは関係がないと思われたライブハウスでは新たな事件が発生した。

 ライブハウス前で、ヤクザのような集団が管理人に対して抗議をしている。

「どういうことだ、こっちが先に予約を入れているのに使えないというのは?」

 と言って、リーダー格と思われる男が管理人の男性に詰め寄る。

「実を言いますと、こちらの不手際で戸渡建也様が急用で使わして欲しいと……」

 と管理人の男は、顔から異様な汗を流して必死に説明しホテルに泊まっていることを思わず話してしまう。

 すると、ヤクザのような集団はリーダー格の男を中心にホテルに移動する。

 ライブハウスの中では、近衛遼太郎と戸渡修蔵の二人が話し合いをしていた。

「貴方にとって、悪い話ではないと思いますよ。黒井製作所は、社風も違いますし元々は我々の会社ですから経営権を私に譲っても問題ないはずです」

 と言って、黒井製作所の経営権を譲る話を持ち掛けてきた。

 だが、遼太郎は修蔵の言い分に聞く耳は全くなく、

「残念ですが、黒井との約束もありますので断らせていただきます。それに、黒井製作所はワシがのれんを分けた会社だ。もし、問題が起きれば子会社化するのは当然の話」

 と言って、誘いをキッパリと断った。

 すると、修蔵はボディーガードで雇った背丈は大きく屈強な大男数人を呼び寄せる。

「なるほど、力尽くというわけですか。ここは、孫娘の件もあるから仕方ありません」

 と言って、老人とは思えぬ殺気をみなぎらせた目で大男数人を睨み付ける遼太郎。

 こうして、様々な思惑が交錯するお見合い騒動は今が最大の正念場を迎える。

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