表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

5,配属部署は天国《パラダイス》?

「たっ……、多田野久晴と申します……。じっ、辞令により、本日から配属されました……。よっ、宜しくお願いしますっ!」

 と緊張したまま自己紹介して、宣伝一課の女子社員に深々と頭を下げる久晴。

 すると、宣伝一課のメンバーである女子全員から「宜しくお願いします」と一斉に声を掛けられてビクッと驚いてしまう久晴。

 よく見ると、普通の男性であれば誰もが目移りしてしまうほどの美人揃い。

(そういえば、辞令受け取るとき社員同士でヒソヒソと『美人が多くて羨ましい』って聞こえたような……)

 と心の中で思い出し、恐る恐る見渡すと「美人が多い」というより「美人だらけ」と言い換えた方が正しいと第一印象を受ける久晴。

 一体、どうやったら集まるのか不思議になって仕方ない。

 よく見ると、宣伝一課のメンバーは見た目で分かるくらい個性的。

 髪型も違えば、同じ日本人なのかと思うくらい肌の色も違う女性もいる。

 その中に、久晴の目に印象深い女性が目に入る。

(間違いない! 絶対、大晦日で会ったはずだよな……)

 と心の中で、気になった女性を見掛ける久晴。

 真理香を見たとき、女性にしては長身でブロンドの長髪に大人と少女の中間のような顔立ちは間違いなく東京ビックサイトで会っている。

(それなのに、何故シラを切るのだろう……)

 と疑問に思った久晴だが、もう一人見掛けた女性と瓜二つに気がつきビクッと震える。

(間違いない……。俺の胸ぐらを掴んだ不良女だ……)

 オレンジっぽい茶髪だが、ショートカットの女性は間違いなく神田明神の甘味処の玄関前で胸ぐら掴んだ赤髪の女性に間違いない。

 偶然、ショートカットの女性と目を合わせた瞬間、

「あんた、何ジロジロ見てるんだよ」

 と言って、鋭い目付きで睨んで威圧するショートカットの女性。

 その行動に気付いた真理香は、

「チョット、怖い顔をしないで英美里えみりっ! 怯えているでしょう、多田野さんがっ!」

 と言って、子供を叱る母親のように注意する。

 真理香に叱られ、自分の後頭部をポンッと軽く叩き茶目っ気な表情で反省する素振りを見せる英美里という名の女性。

 その時、辞令を受け取るときにヒソヒソ話を思い出す。

(そうか、「ケルベロスがいる」ってこの人……? 思いやられそうだ、先行き……)

 と久晴は思い、ピクッと顔が引きつるような苦笑いをして不安になる。

 果たして、女性が苦手な久晴は新たな職場で馴染めるのだろうか。

 そして、年末に会ったと思われる真理香と英美里は一体何者だろうか。

 謎と波乱に満ちた宣伝一課、生きていられるのか不安になる久晴であった。




 自己紹介が終わり、何とか落ち着きを取り戻そうとしていた。

 いや、今でも緊張状態が続いていることを実感中の久晴。

 その証拠に、自分でも分かるくらいに耳が熱くなり胸の鼓動が今でも聞こえる。

 何せ、自分の所属する宣伝一課のメンバーは課長の高光以外は全員女子。

 しかも、世の男性なら目移りしてしまうほどの美人揃いで見ただけで若い。

 例え、美女に囲まれて緊張するなと言われても無理な話である。

 世の男性なら夢のようなシチュエーションだが、年頃の若い女性が苦手な久晴にとっては地獄のような環境である。

 それを見かねたのか、部署の課長である高光が和ませようと話し掛けてくる。

「多田野君、実を言うと君か来るのを首を長くして楽しみにしていたのだよ。だって、みんな若い女の子ばかりで扱うのに一苦労するのよ」

 それを聞いた久晴は、気持ちが分かるのか逆にプレッシャーに感じたのかため息を吐いて肩身が重くなる。

 さらに、追い打ちを掛けるように主任の琴音が話し掛ける。

「私も、同世代の人が一人でもいるだけで安心できるわ。みんな若いから、ギャップについて行けなくて」

 二人の話を聞いて久晴は逆に緊張したのか、

「そっ……、そうでしょうねぇ……」

 と言うことしか出来ず、顔が引き攣り苦笑いをすることしか出来なかった……。


 宣伝一課のメンバーは六人で、課長の高光以外は女子社員で久晴より一回り若いのが大半を占めていた。

 まず、最初に紹介されたのは女子メンバーのまとめ役である主任の琴音である。

「改めて、難波琴音です。私、こう見えても人妻です」

 と言って、笑顔で左手の指輪を見せる琴音。

 琴音の髪型は、少し茶が混じった黒髪のミディアムで毛先が波打っている。

 しかも、見た目は上品で名家のお嬢様の雰囲気がある。

 すると、自己紹介に割り込んで隣の女性が久晴に話し掛ける。

「お母さん、『多田野さんが入れば年の鯖を読める』って喜んでいたわよ」

「こら、あなたの番は次でしょうっ! 咲良さん、黙ってなさいっ!」

 と琴音が、即反応して悪戯する子供に説教する母親のように叱ってくる。

(たしか、難波さんのことを『お母さん』と言っていた人がいたような……)

 と久晴は、うろ覚えで宣伝一課の間でヒソヒソ話を聞いたような記憶があった。

 とにかく、琴音に「宜しく」と軽く挨拶し次に移った。

「難波さんの隣の人は、SEと情報収集担当の花守はなもりさんだ」

 と高光が言って、琴音の隣の女性を久晴に紹介する。

 よく見ると、日本人かと疑ってしまうくらい肌が小麦色で、髪型も個性的でロングのスパイラル巻きで左側の耳上の髪を輪ゴムのようなもので束ねている。

 まるで、黒ギャルJK(女子高生)が社会進出した都会っ子のイメージで、久晴のことを「タダノッチ」と勝手にあだ名を付けるくらいフレンドリーな性格だと誰が見ても明らか。

 陰キャな久晴にとって苦手な陽キャタイプで、自己紹介も独創的である。

「ヤッホー、タダノッチっ! あたし、花守はなもり咲良さらでーす!」

 と言って挨拶する咲良に、どのように付き合えばいいのか違う意味で困る久晴。

「とにかく、次行きましょう。時間がありませんので……」

 と言って、咲良の隣にいる女性の紹介に強引に移らせる久晴は頭を痛める。

「花守さんの隣の人は、事務担当の植松うえまつさんだ」

 と高光が紹介して、大人しそうな女性に驚いてしまう。

 咲良とは違い、艶やかな黒髪で三つ編み風な髪型に白い肌。

 一応、女子社員の制服を着ているが和服を着ているような雰囲気がある。

 自己紹介も、恥ずかしそうに顔を赤らめて会釈し、

「はっ、はじめして……。私、植松うえまつ優菜ゆなと申します……」

 とか細い声で自己紹介し、咲良とは違うギャップの落差に違う意味で驚く久晴。

 そこへ、目立ちたがり屋の咲良が割り込んで、

「優菜ちんって、男性恐怖症だけど歴女で三国志や戦国時代の話になると夢中になるの」

 と言って、優菜のことを紹介する。

 すると、赤くなった顔が一層赤くなり肩身を狭めてしまう。

 次に紹介されたのは、先週のイメチェン事件の仕掛け人である真理香である。

「改めて、朝川真理香です。宜しく、多田野さん」

 と言って、久晴に笑顔を見せる真理香。

 思わず、自軍の思った疑問を真理香に聞こうとした久晴だが、

「初めて会ったのは、先週の土曜日でしょう」

 と言って、両手で握手し笑顔で睨みを利かせる真理香。

 笑顔の中に潜む真理香の威圧に、蛇に睨まれた蛙のように黙ってしまう久晴。

 そこへ、咲良が割り込んで紹介しようとしたとき、

「咲良さん、少し落ち着きましょうね」

 と言って、笑顔で威圧する真理香。

 空気の読めない咲良ですら、真理香の威圧に勝てず大人しなってしまう。

「彼女は、資料作成とプレゼンの担当をしている。この中では、エースと言ってもいい」

 と高光が、真理香の担当を紹介され凄い女性だなと感心する久晴。

 最後に紹介されたのは、久晴に対して脅してくる英美里である。

「あたしの名は、西堂さいどう英美里えみり。担当は、資料作成と添削」

 と淡々と自己紹介する英美里に、不良のような怖いイメージで顔が強張る久晴。

 英美里は、オレンジに近い茶髪のショートで女子社員の制服を着ているが女を見せつけるようなラフな着こなし方をしている。

 特に、制服の特徴的なスカーフリボンは身に着けておらずブラウスのボタンも胸元を強調するようにボタンを一個外している。

 しかも、英美里も真理香と負けず劣らずスタイルがよく着熟しがマッチしている。

(よく見ると、花守さん以外は胸が大きいような気が……。いや、ダメだダメだ! 邪なこと考えたら嫌われるどころかクビになるって、俺っ!)

 と思って、必死に首を横に何度も振って邪念を払う久晴。

 そのとき、英美里が威圧的な態度で久晴に迫り、

「あんた、真理香に何かあったら承知しないから」

 と言って、迫力満点で脅迫してくる。

 英美里の威圧に怯え、顔を背け何とか逃げようとする久晴。

 そこへ、慌てて真理香が英美里を制止し、

「英美里、多田野さん怖がっているでしょう! それに、ブラウスの胸のボタン一つ態と外して!」

 と言って、母親のように英美里を叱る。

 それに対し、子供の言い訳みたいな事を言い出す英美里。

「だって、あたしが暑がりなのは知ってるでしょ……。それに、胸がキツくて……」

 英美里の発言で、若い女子社員の間で言い争いが始まる。

 その様子に、慌てふためき何も出来ない久晴と手に負えず慌てふためく課長の高光。

 その時、琴音が机を手でバンと叩き騒いでいた女子社員を驚かせる。

「皆さん、新しく入った多田野さんの前で騒がないっ!」

 と琴音の叱咤で、若い女子社員は大人しくなり再び横並びになる。

「とにかく、個性的なメンバーだが仲良くやろう」

 と締め、宣伝一課のメンバー紹介を終える高光。

 その様子を一部終始見た久晴は、果たして上手くやっていける自信が無く不安で今にも挫折しそうな気分。

「おっ……、お世話になります……」

 と言って、再び顔を引き攣って苦笑いすることしか出来ない久晴であった。


 こうして、メンバー紹介が終わると座席に案内される久晴。

 宣伝一課の座席は、課長の長机が奥で横二列に向かい合わせで並べられている。

 久晴の席は、横二列の右奥から二番目で大型のディスプレイが既に設置されている。

 久晴は、不吉な予感がしながらも席に座る。

(東北支社では、パソコンが上司のお下がりか処理能力が遅い激安だったからな……)

 と心の中で、過去のトラウマを引きずっていた久晴。

 ところが、久晴の違う意味で予想を大きく裏切っていた。

「えっ……! なんか、立ち上がりが爆速なんですけど……?」

 なんと、パソコンの起動時間が最速の立ち上がりで驚いてしまう。

 よく見たら、デスクトップでプロセッサーが最新のハイスペックでメモリーも最大限積み込んでいることを詳細情報で知る。

 さらに、グラフィックボードも処理が重いゲームも簡単に起動できる程のハイスペックが搭載されている。

「タダノッチのために、スペシャルなのを支給するよう交渉しましたっ!」

 と言って、胸を張って自慢する咲良。

 まさか、こんなハイスペックなパソコンを支給されるなんて想定外。

 しかし、問題なのはデスクトップだと社内のプレゼンや出張などで安易に持ち運ぶことは出来ないのではと不安な久晴。

 だが、その心配は不要であった。

「当然、出張用のノートPCもあるよ。しかも、フルチューンのスペシャル仕様だから」

 なんと、咲良はCADやCGの資格がある久晴のために出張用のノートパソコンを手配。

 当然、ノートもグラフィックボードが搭載済みのハイスペック。

(このスペックなら、私物のパソコンを使用する必要はなさそうだ……)

 と思い、試しにCADソフトを起動して基本的な3Dの図形を数個完成させる久晴。

「これなら、難しい図面やCGが簡単にできますね」

 と言って、支給されたパソコンに満足する久晴。

 だが、後ろを振り向いたら女子社員に囲まれ突然慌て出す。

「では、この図面を3Dで清書できるっ?」

 と言って、久晴に手書きの図面を渡す心配そうな表情の真理香。

 真理香から受け取った手書きの図面を受け取った久晴は、

(一応、寸法や記号はあるけど……。これっ、子供の落書き……?)

 と思い、ひどい殴り書きのような図面に目を疑う。

 それでも、設計課時代に顧客から殴り書きのような図面を何度も清書した経験や東北支社でも助っ人で図面の修正を行った経験もあるので自信があった。

 久晴は、子供の落書きレベルな真理香の図面を寸法や記号を頼りに製図する。

「取りあえず、こんな感じでしょうか……?」

 と言って、早々と完成した図面を見せる久晴。

 真理香は、寸分狂いも無くイメージ通りの完成度に驚いていた。

「凄い……、私のイメージ通り……!」

 さらに、英美里も完成度の高い久晴の図面を見て、

「やるね、真理香のヒドイ図面を完璧に仕上げるなんて……。設計課の連中さじ投げてたのに、あんた何者っ?」

 と言って、驚きを隠せなかった。

「だから、彼の資格を見込んで引き入れたの」

 と言って、鼻を高くして自慢する真理香。

 その一言で久晴は、無言で不機嫌な猫のように真理香を睨む。

 まるで、「お前だったんかい」と言わんばかりに。

 久晴の完成したCGを拝見した琴音は、

「これっ、真理香のラフの図面から製図したの? まるで、プロのクリエイターみたい」

 と言って褒めてくる。

 久晴は、照れながら頭を掻いて返事をする。

「一応、仕事で何度もやっていましたから……」

 その一言で、宣伝一課の女子社員誰もが久晴を救世主のような目で見る。

 同時に、久晴は多くの女子達に見られ何処か恥ずかしく思えた。

 新たな職場、最高の環境、自分の資格が生かせると思った久晴。

 だが、若い女子の苦手な久晴にとって問題点があった。

 世の男性なら、一度は経験したいシチュエーション。

 だが、女性に苦手意識が強い久晴にとっては地獄のような環境である。

(居辛い……。なんか、居辛い……)

 と思い、周囲を見渡す久晴は女子だらけの職場に緊張している。

 久晴の右隣は真理香、左隣は英美里の座席で挟まれた状態。

 さらに、向かい側の右隣は主任の琴音、左隣は事務担当の優菜。

 唯一の救いは、正面の席が久晴にとって別の意味で苦手なSE担当の咲良。

(大型ディスプレイが、衝立代わりになって隠してくれるから助かるけど……。絶対、落ち着かない……)

 と思い、右も左も若い女子社員に囲まれソワソワして落ち着かない久晴。

 ほのかに香る香水が鼻を擽り、楽しそうな話し声が否応なしに耳に入り、彼女達の容姿や振る舞いが輝いて見えてくる。

(ダメだ、頭がおかしくなりそう!)

 と思った久晴は、なるべく意識しないようにディスプレイに目を合わせる。

 そこへ、真理香が心配そうに声を掛けてくる。

「多田野さん、どこか具合でも悪いのですか? 赤いですよ、顔っ?」

 真理香に声を掛けられ、慌て出す久晴は何とかして自分が苦手を隠すように苦し紛れで自分でも理解できないことを言い出し上着を脱ぐ。

「たっ、たたたっ、多分、上着着ているから暑いのかな……。アッ、アハハッ……」

 久晴の行動に、首を傾げて疑問に思う真理香。

 そこへ、奥の席にいる高光が琴音に相談する。

「難波さん、多田野君の教育係をお願いしたいのだけど……」

 そこへ、真理香が反射的に割り込んできた。

「それなら、私が担当しますっ!」

「朝川さんは、入社してから三年にも満たないでしょう。ここは、入社歴が長いの難波さんが教育係として適任では……」

 と言って説得する高光だが、真理香は食い下がること無く強く主張する。

「わーたーしが、多田野さんの教育係を担当しますっ!」

 その真理香の主張に、琴音は大人の余裕を見せるように高光に提案する。

「課長、朝川さんが張り切っているから任せたらどうです? もし、彼女でも分からないことがあったら私がサポートしますので」

「そうか、それなら朝川さんに教育係をお願いします」

 と言って高光は、心配そうな表情で琴音の提案を受け入れる。

 すると、真理香は久晴に笑顔を見せ話し掛ける。

「三ヶ月間、私が会社の事を教えますので宜しくねっ!」

 それに対して、不吉な予感しかしない久晴は真理香に迫られ苦笑いをすることしか出来なかった……。


 こうして、宣伝一課での初日は終わりを迎えようとする。

 果たして、女子だらけの職場で正常な精神を保つことが出来るのだろうか、若い女性が苦手なことが見抜かれていないだろうか心配で不安になる久晴。

(別の意味で、働きづらい環境だ……。もし、自分のトラウマがみんなにバレたら……)

 と久晴は、心の中で予測しながら自問自答を繰り返し肩を落とす。

 唯一の救いは、定時で帰宅できること。

 ここ十年間は、仕事漬けで定時で帰れないどころか社泊を強いられていた。

(何年振りだろう、普段通りに定時で会社を後にするのって……)

 と久晴は、歩きながら過去を振り返る。

 帰宅できること自体、緊張する宣伝一課の雰囲気から解放される安息の一時。

 久晴は、緊張と疲労から解放するように社員寮へ帰宅するのであった……。




 週末、久晴は宣伝企画部のプレゼン大会に参加する。

 配属して一週間未満の久晴は、所属部署に慣れるための研修期間という意味での客員参加で何かをやることはない。

 今回のプレゼン大会は、真理香がメインのプレゼンターで他の女子社員はサポート。

 上司二人は、初参加の久晴同様にプレゼンを見守る客員参加。

 宣伝企画部では、様々なスキル向上とライバル関係構築などの競争力を高めるためにグループ制を導入している。

 当然のことだが、競争力の激化によるトラブルを防ぐために宣伝企画部全体でのレクリエーションなどが行われるなどの親睦を高めるイベントも用意。

 その事は、主任である難波さんから説明を受ける久晴。

 久晴は、客席側からプレゼンの様子を見守る。

 プレゼンターの真理香は、凜とした立ち振る舞いで参加する宣伝部の人達にプレゼンを披露する。

 真理香のプレゼン能力は、他の追従を許すことない程に理解しやすい。

 だが、設計部に依頼した二次元の図面を見た瞬間に疑問が浮上し真理香に質問攻め。

 それでも、真理香は冷静に対処し質問攻めに対処していた。

 だが、プレゼンで使用した図面では決定打に欠けていたことは誰が見ても明らか。

 その証拠に、他の課のプレゼンでは図面を3Dでプロジェクターで披露し立体的に見せているからインパクトと理解しやすさがある。

 そして、今回のプレゼンで採用された部署は自分の所属する部署では無かった。

「今回のプレゼン大会、宣伝二課に新商品の宣伝を依頼いたします」

 と宣伝部の部長の一言で、プレゼンに参加した宣伝一課の女子社員達は悔しがる。

 一部終始、プレゼン大会の様子を伺った久晴は原因が何か理解が出来た。

 それは、他のグループには専属の設計担当がいることである。

 これでは、プレゼン能力が高い真理香でも絵的な説得力の不足とインパクトに欠けては効果は薄いのが誰が見ても明白。

 何故、自分が宣伝一課に配属されたのか何も言わず分かってきた久晴。

 しかし、女子社員に囲まれる状況に先行きが思いやれると感じた。

 どうやって、自分をアピールすればいいのか、自分が馴染めるのか不安が募る。

 だが、土日に思わぬ形でトラブルに巻き込まれることを久晴は知る由もなかった……。


 翌日、この日は土曜日で誰もが知っての通り休日である。

 出向後、初めての休日にテンションが上がり久々に秋葉原に行きたくなる久晴。

 だが、先日のイメチェン事件で真理香が選んだ私服では着こなす自信が無く今も出歩くのに躊躇ちゅうちょしている。

 そこで、午前中は一階の映画館で暇を潰し午後から無料のCADソフトで自主練習することにした。

 久晴は、一階に降りると入寮初日で見つけた映画館へと足を運ぶ。

(一体、どんな映画が上映しているのかな? 自分の好みか、面白そうなのがあればいいのだが……)

 と心の中で期待し、映画館へと向かう。

 ところが、映画が上映されていないどころか閉まっている。

 よく見たら、重い扉に予約済みの張り紙があり疑問に思った。

 久晴の疑問に答えたのは、寮長でもあるおばさんである。

「今日は、映画サークルの予約が入っているよ。映画館、予約制だから事前申請してね」

 と寮長の説明を聞かされ、まだ知らないルールがある事に気がつく久晴。

 さらに、映画館はDVDなどの媒体を自分で用意する必要があると説明を受けた。

(ランダムでは無いのか……。ということは、映画館の設備は使える?)

 と疑問に思った久晴は、寮長のおばさんに相談する。

 すると、久晴の疑問は正解で予約すれば映画館の設備は自由で使える。

「……そうなったら、自室に戻ってCADの自主練するか……」

 とつぶやき、ガックリと肩を落として自室に戻る久晴。

 自室に戻り、私物の古いパソコンを起動しCADの自主練を始める。

 確認するように同じ図形の繰り返しと、作成中のアニメに出てきそうなロボットを無言でマウスを動かして製図する久晴。

 単調な作業と、納得せず削除しては製図の繰り返しに時間だけが過ぎて行く。

 当然、時間が経過するにつれ久晴のモチベーションも下がり疲れだけが蓄積する。

 数時間後、疲れ切った久晴はベッドの上に雪崩れ込むように倒れ込んでしまう。

 眠気に負けた久晴は、昼間だというのに眠りに入ってしまった。

 眠りに入った久晴は、不思議な夢を見てしまう。

 夢は、闇の中で人のような光が動いているようにも見えるところから始まる。

 久晴は、ハッキリ見えるように恐る恐る歩いて行く。

 近づくにつれ、光が女性の姿へと変化し思わず自制が働く久晴。

(まずい、ここは離れなければ……!)

 と思い、その場から離れようとするが体は自分の思うように動かず女性のシルエットの方へと近づいて行く。

 そして、シルエットが天使が着替える光景が偶然にも目に入ってしまった。

「ごっ、ごごごっ、ゴメンナサイ! 分からず近づいてしまって……!」

 と震える口調で、許して貰おうと何度も謝る久晴。

 すると、女性が振る向いてしまい驚く真理香と瓜二つの顔が目に入った瞬間、

「……ゆっ、夢っ……?」

 と思わず言って、ベッドから飛び上がるように起きる久晴。

 指で汗を拭き、冷蔵庫からペットボトルを取り出すと落ち着かせるように水を飲む。

(……なんか、夢にしてはリアルだったよな……)

 と久晴は、見た夢を思い返す。

 着替える天使に、振り向いたら驚く真理香と瓜二つの顔、偶然とはいえリアルな夢を見るなんて思いにも寄らなかった。

(欲求不満? イヤイヤ、若い女性が苦手な自分が絶対あり得ない! 絶対に!)

 と思い、首を振って必死に否定し自問自答を繰り返す。

 自問自答を繰り返すにつれ、頭の中は難解な迷路の迷子のようにモヤモヤする。

(そうだ、窓を開けて気分転換っ!)

 と思い、外気を取り入れようとガラス窓を開け飾りっ気のない白いカーテンを広げる。

 窓の向こうは、同じ建物があって隣は白いカーテンが風に吹かれて揺れていた。

 カーテンの向こう側は、何やら女性が着替えるような光景が偶然見える。

 見えた瞬間、不味いと気づきカーテンを閉めようとする久晴。

 そのとき、風の悪戯なのか強風で向こう側のカーテンが全開してしまいアニメのコスプレをした若い女性が目に入る。

「えっ、北欧まりんっ?」

 と思わず喋ってしまい、驚いてしまった久晴。

 なんと、久晴の目に入ったのはコスプレイヤー北欧まりん。

 まりんは、カーテンを閉めようとして久晴と鉢合わせ。

 目が合った瞬間、時間が止まったようにフリーズする二人。

 しばらくして、思考回路が働いた二人は驚いて窓とカーテンを手際よく閉める。

 耳から心臓の鼓動がバクバクと聞こえ、経験したことのない緊張感が久晴を襲う。

 何を思ったのか、久晴は寮長のいる一階へと駆け下り目撃したことを伝える。

「多田野さんの向かい側、確か朝川さんの部屋だけど?」

 と久晴の質問に、疑問に思いながらも返答する寮長のおばさん。

 その後、向かい側が女子寮である事と注意された久晴。

 そのとき、久晴は自分が見たものは幻なのかと疑った。

 その後、思っていた疑惑が確信へと変わる事件が待ち受けていることを知る由もない久晴だった……。


 その日の夜、ベッドに横になる久晴だが昼間の光景が頭に焼き付き眠ることが出来ない。

 薄暗い闇の中、何もない天井を見ることしか出来ず時間だけが過ぎてゆく久晴。

 その時、夜中だというのにドアからノックする音が聞こえてくる。

(えっ、同僚っ? それにしては、なんでこんな時間に?)

 と久晴は、東北支社時代の同僚が来たのではと最初思った。

 現在、所属している宣伝一課は課長以外全員が女子社員。

 しかも、社員寮も男女別々になっているので自分のところへ来ることはあり得ない。

 ノックの音が、何回も聞こえてくるので気になってドアの覗き窓から様子を伺う。

 なんと、覗き窓から怒った表情の真理香の顔が見えてビックリする久晴は目を疑う。

(えっ、なんで朝川さんが? ここって、男子寮だよな?)

 まさか、真理香が来るなんて思ってもいなかったら驚くのも無理はない。

 ノックの音も、最初の小さかったが次第に大きく聞こえてくる。

 まるで、「早く中に入れなさい」と主張するようにノックする音も大きくなる。

 このままでは、寝ている人達に迷惑が掛かる思った久晴は考察する暇無くドアを開け真理香を中へ入れた。

「多田野さん、早く部屋なかへ入れてくれれば大事にならなかったのに」

 と言って、怒りを露わにする真理香。

 そのとき、女の怒った顔の恐ろしさを思い知らされる久晴。

 久晴と真理香の二人は、ベッドのマットレスの上に腰を下ろす。

 緊張の面持ちで久晴は、真理香のラフなルームウエアをチラッと横目で見る。

 真理香のルームウエアは、上は白のTシャツで下はショートパンツ。

 ルームウエア姿だけど、モデル体型で胸が大きいのが一目見ただけで分かる。

 これ以上見たら疾しい男のレッテルを貼られると思った久晴は、目を合わせないよう必死に何も映っていないテレビを見て平常心を保とうと必死に努力する。

「聞きたいことがあるの、私の顔を見て」

 と真理香が声を掛けられたが、久晴はテレビを見て必死に見ないようにしていた。

 すると、業を煮やした真理香は怒りを露わにして、

「私の顔を見なさいっ、多田野さんっ!」

 と大声が聞こえた瞬間、ベッドの上で正座し頭が地面にベッタリとつく勢いで平謝り。

「ごごごっ、ゴメンナサイっ、偶然に見えたんだよっ! ただ、気分転換がしたくてっ! まさか、向かい側に着替え中なんて思いもしなかったからっ!」

 と言って、土下座をしながら必死に理由を話す久晴。

 例え、言い訳といわれても通じて貰うよう何度も何度も平謝り。

 目の当たりにした真理香は、久晴の平謝りに流石に慌てて止めさせるよう、

「落ち着いて、怒ってないから頭を上げてっ! とにかく、私の質問に答えて欲しいの」

 と言って、何とか落ち着かせる。

 すると、ゆっくりと頭を上げる久晴だが何を聞かれるのか怖くて上体を反らす。

 真理香は、何かを恐れる久晴に自分に関する質問をする。

「もしかして、寮長にあなたの向かい側が私だと聞いた?」

 久晴は、隠したら何されるか分からないという諦め正直に答えた。

「……はい、ごめんなさい……。思わず、寮長に聞きました……」

 久晴の答えに、真理香はショックを受け頭を抱えため息を吐くように思わずつぶやく。

「ハア……っ。寮長さん、絶対ナイショにしてって何度も言ったのに……」

 久晴は、真理香のつぶやき声に敏感に反応して内に秘めた疑問を恐る恐る質問する。

「……あの、もしかして……、朝川さん=北欧まりんっ?」

 すると、頭を抱えた真理香は何も言わずゆっくりと首を縦に振って返答する。

 何も言わない真理香の返答に、自分の中に秘めた疑惑が確信に変わり驚きの余りに声すら上げられない久晴。

 何故、真理香が嘘を吐いたのか疑問に思った久晴は、

「なんで、『初めて会った』と嘘を……?」

 と言って、警戒をしながら真理香に質問する。

 すると、真理香は頭を抱えたまま答えた。

「だって、他の人達がいたから……。もし、バレたら趣味や行動範囲が……」

 なんと、コスプレは真理香の趣味で他の社員に知られないよう北欧まりんの源氏名を名乗って誤魔化していたことが判明し驚愕する久晴。

 そんな中、真理香は久晴に迫って真顔で話し掛ける。

「お願い、多田野さんっ! これだけは、絶対っ誰にも言わないでっ!」

 突然に真理香が迫り、思わず反らした上体をさらに反らし久晴は反射的に、

「……はい、わっ、分かりました……」

 と返答し、真理香を安心させようとする。

 もし、情報をバラしたら何されるか怖くて想像したくなかった。

 すると、真理香は少し笑顔になり安堵する。

 だが、真理香の質問攻めはまだ終わっていなかった。

「ところで、同じ部署なのに私達と目を合わせないようにしているけど? もしかして、疾しいこと考えているとか?」

 と真理香は、怯える久晴に迫り問い質す。

 それに対して、必死に首を横に振って疾しいことを全力で否定する久晴。

 すると、真理香は久晴の履歴書の学歴を思い出し推測するように話し掛ける。

「多田野さん、高校からは男子校のような学生生活だったよね……。もしかして、私達のような年頃の若い女性が苦手なのでは?」

 真理香の質問に、否定しようとする久晴だが気迫に負けたのか思わず本音が漏れる。

「なっ、何かしたら、また痴漢呼ばわり……。ハッ、ヤバいっ……!」

 すると、真理香は反応し久晴を問い詰める。

 観念した久晴は、小中学でのイジメや高校時代に受けた痴漢えん罪の一件が原因で年頃の若い女性に対するトラウマがある事を真理香に自白した。

 久晴の事情を一部終始聞いた真理香は、何かを閃いたのか提案を持ち掛ける。

「コスプレの件もそうだけど、お互いナイショにしましょ! そして、多田野さんのトラウマ克服のために協力するっ! それで、手を打ちましょう」

 真理香の提案に、「もし、断ったら大変なことになるのでは」と受け入れる久晴。

 いや、受け入れざるを得ない久晴であった。

 すると、真理香が笑顔を取り戻しベッドから立ち上がり去って行く。

 だが、久晴は真理香が男子寮に入ってくるのが疑問に思った。

 しかし、もしかしたら聞いてはいけない何かがあると思い去って行く真理香を見送ることしか出来なかった。

 真理香は、扉を開け出て行く際に、

「このことは他言無用よ。コスプレの件も、あなたの部屋に来たことも」

 と言い残し、ドアを閉めて去って行った。

 残されたもの、真理香の残り香とベッドに残るわずかな温もりのみ。

 久晴は、真理香が自分の部屋にいたことを夢で無く現実だと実感する。

 当然、久晴は眠れぬ一夜を過ごしたことはは言うまでの無かった……。


 週が明け、何事も無く出社する久晴。

 だが、部署に入ると右隣の真理香に監視されるような気分で仕事に集中出来ない。

 久晴が、何かソワソワする度に真理香が目で注意される。

 まるで、「疑われるからソワソワしない」と言わんばかりに。

 真理香に注意され、ビシッと背を正し紛らわせようと大型ディスプレイを見詰める。

「多田野さん、本日の研修内容を話すからこっち向いて」

 と真理香に言われ、反射的に顔を合わせる久晴。

 もしも、自分が真理香のコスプレのことをバラしたら何をされるか、自分のトラウマがバレてしまったらと思い従うことしか出来ない久晴。

 今のところ、自分のトラウマが発覚されてはいないが、言葉には表せない謎の恐怖が肩にのし掛かる久晴であった……。




 こうして、宣伝一課に配属されてから一ヶ月が経過した。

 普段なら職場に慣れてくる頃合いだが、女子社員だらけの職場に全くと言っていいほど馴染むことの出来ない久晴。

 真理香が親身になって久晴を指導をすれば、英美里が敵視するような目で威嚇する。

 その度に、真理香が獰猛な番犬と化した英美里を何とか宥めてくれるが不安な久晴。

 フレンドリーな咲良は空気を読まず話し掛けてくれば、男性恐怖症の優菜は怖がって話し掛けないどころか目を合わせようとしない。

 一応、久晴以外の男性は課長の高光がいるが女子社員だらけの職場で業務連絡以外は話を聞く者がいなくお飾り状態。

 唯一の救いは、同世代で主任の琴音が母親のように優しく見守ってくれること。

 久晴は、宣伝一課で無事でいられるのか先行き不安になっていた。

 そんな中、会社用のスマホから一本の電話の着信音が鳴っている。

 画面の番号からして、どうやら社内用の番号である。

 久晴は、気になって電話に出ると相手は久晴の苦手な阿久井である。

「もしもし、黒井製作所の阿久井ですーっ。実を言うと、お願いがあって電話をしたんやけど聞いて貰えるかな?」

 と阿久井は、関西特有の口調で久晴に仕事に依頼を持ち込む。

 現在出向中の身である久晴は、常識的な考えで依頼を断る。

「あのーっ、そういうのは上を通してから依頼するものでは……。確かに、俺は黒井製作所の社員ですけど出向中の身ですし」

 だが、阿久井は久晴の事情を完全に無視し一方的に仕事の依頼内容を話す。

「実は、福井にある会社で新商品について試作品作成の製図依頼があってな。確か多田野君、設計経験が豊富と聞いているから白羽の矢を立てたんやけど頼むわ」

「あの、新商品って一体何をやれば……? でも、情報も何も……?」

 と言って、阿久井の依頼内容が分からない久晴は依頼を断ろうとする。

 それでも、久晴の言い分を完全に無視して阿久井は、

「話は、DMを入れた会社に電話しといて。まあ、聞けば分かると思うわ」

 と言い残し、一方的に電話を切った。

 その後、久晴は何度も電話を掛けたが阿久井が再び電話に出てくることは無かった。

 頭を抱える久晴、他社へ出向しているというのに阿久井に再度振り回されるなんて思いも寄らなかった。

 そんな中、頭を抱える久晴を見かねた真理香は心配そうに話し掛ける。

「一体、どうしたの? 電話長かったけど、何があったか教えて!」

 久晴は、宣伝一課のみんなに迷惑を掛けたくない思いで正直に話すのを躊躇った。

 久晴の苦悩を見かね、何を考えたのか久晴のスマホを取り上げると何か操作をして阿久井とのやり取りを再生する。

「お願い、正直に答えて。隠しても無駄よ、多田野さん」

 と真理香に問い詰められ、観念した久晴は事情を話した。

 これが、大事に発展するなんて誰もが予想することは出来なかった……。

 この事件により、久晴の能力を見せる切っ掛けとなり宣伝一課の躍進に繋がる収穫を得ることになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ