3,転勤辞令は突然に
話は大晦日の二年参り後まで戻るが、久晴と別れたまりんと赤髪の女性の二人だが貰った名刺を見て何かに気付く。
「今思い出したっ! 黒井製作所って、来年に私達の会社の傘下に入る子会社っ!」
と言って、驚きを隠せないまりん。
何を思ったのか、スマホを取り出して誰かに電話を掛ける。
「御祖父様、真理香です! 先程、勤務先の上司からパワハラの被害を受けている社員にっ!」
と言って、慌てて用件を伝えようとしている。
どうやら、まりんの本当の名前は真理香であることは間違いなさそうだ。
「ああっ、その件だが調べたら問題が山のように発覚して目の前の金原君に直接問い詰めているところだ。こうなると、監査を一ヶ月早める必要がある」
と電話の相手である声から分かるように、老人と思われる人が真理香に事情を話す。
これには、さすがに驚きを隠せず真理香は電話越しで老人と話す。
「一ヶ月早めるって、まさか抜き打ちで? お爺様?」
「その通りだよ。そのためには、上層部自ら潜入し下調べをする必要があるな」
「潜入って、もしかして変装っ?」
「察しはいいな、真理香。正月明け、別の意味で騒がしくなりそうだな」
電話が終わり顔を曇らせる真理香に、赤髪の女性は意外と楽天的に励ます。
「心配することないって、真理香。せっかく秋葉原に来たから、遊び回って楽しもう!」
と言って、何を考えたのか真理香の手を掴んで強引に連れて行く赤髪の女性。
真理香は、悩んでも始まらないと吹っ切れて赤髪の女性の提案に乗ることにした。
その一方、ネカフェで一夜を明かす久晴は個室で新幹線の予約情報を検索中。
画面を見て険しい表情の久晴は、上司の畠田をどうやって説得すればいいのか悩んでいる。
そんな中、久晴が知らないところで動いていることを現段階で知る由もなかった……。
仕事始め、阿久井から押しつけられた仕事を終えた久晴。
完成したばかりの資料をメールで提出するが、久晴は首を傾げ何らかの異変を察知する。
(本来なら、阿久井から電話が速攻で来て修正の依頼が来るはずなのに……?)
何故か、阿久井との電話が元旦の夕方以降から音沙汰がない。
普段は、他人を困らすくらいに長電話を幾度も掛けてくるというのに今日に限って異常なくらい静か。
しかも、東京本社から一度も電話が来ない。
そんな中、葛谷と畠田は意外にも楽観的で気にする様子はない。
特に葛谷に関してはウキウキ気分で、
「今、傘下に入る準備で電話する余裕がないだろう」
と言って次期社長が自分になることに胸を躍らせている。
そんな中、年明けから仕事をさせられた久晴を含めた営業支援係の四人は満身創痍。
年末年始の休暇だというのに、泊まり込みの仕事に追われかなり疲れ切っている。
さらに、狭く環境の悪い元書庫室で仕事をしているのだから疲労は余計蓄積する。
(早く、暖かい布団の中で寝たい……)
と久晴は、心の中で切実に願うことしか出来ない。
他の三人も同様で、特に菜摘は年越し中に家を離れることになりショックで今にも泣きそうな状態。
畠田は、久晴達四人に対して労うことは全くなく「仕事はいっぱい残ってるぞ」と言わんばかりに半ば強引に仕事を押しつけてくる。
無情にも支社長である葛谷から仕事始めの朝礼があり、大会議室へ向かう久晴の足取りは同僚三人と同じくらい鉛のように重い。
また、悪夢のような一年が始まるのかと絶望感の久晴であった……。
朝礼が終わり狭い元書庫室へ戻ると、押しつけられた仕事を淡々と熟す久晴と同僚三人の表情は蓄積した疲労により異様に暗い。
本来は上司が行いそうな報告関係の資料の作成や営業マン自らまとめなければならないプレゼン資料、営業支援係の四人が彼らに代わって作成している。
期限に間に合わせようと仕事をする久晴達四人の姿は、缶詰状態で締め切りに追われる漫画家とそのアシスタントのような状態。
その上、与えられる情報は少なく終わる見込みが見えないから余計に疲れ、いつ倒れてもおかしくないくらいに満身創痍の状態。
そんな、仕事始めの午後一時のことだった。
突然、元書庫の扉が開き清掃員と思われる老人が倒れ込むように乱入してきた。
久晴達四人は、突然の乱入者に驚いて仕事の手を思わず止めてしまう。
「こらっ、仕事の手を止めるなっ!」
とWeb越しから畠田の罵声は聞こえるが、最悪な事に清掃員と思われる謎の老人が倒れ込むように扉を開けたので仕事を続けることは出来ない。
最悪な状況を見かね、扉に一番近い久晴は席を離れ老人に歩み寄り、
「大丈夫ですかっ! 何処か具合でもっ?」
と声を掛け心配すると、老人はにこやかに話し掛ける。
「大丈夫、ちょっと扉の段差に引っ掛かってしまっただけだよ」
老人の主張だが、目の当たりにした久晴と同僚三人は真っ先に医務室へと連れて行く。
もちろん、Web越しから聞こえてくる畠田の制止を無視して。
こうして、支社内の医務室に老人を連れてきた久晴と同僚三人。
医務室には、真っ白なカーテンに囲まれたベッドと薬などが入った戸棚にAEDが常備しているのみで他はない。
「大丈夫だというのに、こんな大袈裟なことをしなくても……」
と話し掛けてくる老人だが、久晴と同僚三人は不安で仕方なかった。
倒れている状況を目撃して、相手がお年を召した方なら仕事どころではない。
不安そうに見つめる久晴と同僚三人に、老人がにこやかに問い掛けてきた。
「ところで、君達は何故あの狭い場所で……? すまんが、少し話が聞きたい」
老人の問い掛けに、四人は首を頷いて間違いないことを主張する。
代表として、四人の中では年長の久晴が隠すことなく返答する。
「監査対策の一環で……、去年の十月くらいからです……」
「そうか、君達の上司はあんなに横暴なのかな?」
「はい、自分が東北支社へ転勤していたとこから……。いやっ、金原さんが社長に就任してから社風が変わって……」
「金原が社長に就任してから?」
「自分、東京の本社にいたので……。金原さん、有能な人材を引き抜いたって……」
そのやり取りは、警察の事情聴取そのもの。
老人の穏やかに久晴達の事情を聴く姿は、まるで相手の聞き逃さない人情派の名刑事。
そんな老人の事情聴取中、畠田が怒りを露わにして乱入してきた。
「奴凧どもっ、ここで油を売っている暇はないっ! 今すぐ仕事場に戻れっ!」
しかたなく、狭い元書庫室に戻って仕事を再開するしかなかった。
老人は、横暴な畠田の態度に鬼のような形相で睨み付ける。
畠田は、老人の鋭い視線に少し怯んだのか捨て台詞を言って去って行く。
「なんだお前っ? お前みたいな汚い清掃員は、いつでも契約を切ることは出来るっ!」
その捨て台詞に恐れないどころか毅然とした態度の老人は、
「そのお言葉、忘れたとは言わないでください」
と言って立ち上がり医務室を後にする。
畠田は、毅然とした態度で立ち去る老人に不満そうな顔で医務室を去って行った。
昼下がり、トイレに向かう途中で久晴は清掃員の老人に対して向井は挨拶して雑談する様子を偶然目の当たりにして不思議になって首を傾げる。
(向井さん、老人の知り合い……? それより、用を足さないと……)
と思って、慌ててトイレに向かう久晴だった。
それから二週間が過ぎようとした頃、突然事件が起きた。
それは、吹雪が吹き荒れ冷蔵庫のような寒さが元書庫室の中で仕事をしている中。
久晴と同僚三人は、営業部の仕事を押しつけられ現在連勤中。
帰れないどころか休日すら休ませて貰えず、いつ倒れてもおかしくないほど体は限界を迎えている状態で顔色は悪い。
そんな中、扉の向こうが騒がしい声が久晴の耳に入る。
「こっ、ここは、書庫室で資料以外は何も……!」
「では、君の部下は何処にいるのかね?」
と老人の声が聞こえ、畠田は必死になって説明する。
「自分の部下四人は、現在リモートワークでして……」
久晴は、他の話を聞く余裕がなく期限内で資料を完成させようと指を動かそうとするが蓄積した疲労で思うように動かすことが出来ない。
そのとき、突然扉が開かれ久晴と同僚三人は時間が止まったように体が固まった。
同時に、葛谷と畠田は顔面蒼白となり冬だというのにアニメを彷彿させるような顔から滝のように流れる汗を流す。
「これが、君達の言うリモートワークというのかね!」
と怒りを露わにして問い詰めているのは、二週間前に会った清掃員の老人だと意識朦朧の久晴ですら見破ることが出来た。
老人は、清掃員の服装ではなく誰が見ても高級そうなスーツを着て貫禄がある。
その貫禄のある老人の姿に、何がどうなっているのか疑問だらけ久晴だが喋る気力がなく静観することしか出来ない。
そんな中、怒りを露わにする老人は鋭い目で顔面蒼白の葛谷と畠田に、
「自分の部下を劣悪で狭い部屋に閉じ込め、仕事を押しつけるのが君達の業務だと聞いている?」
と言って容赦なく問い詰める。
あの高慢な葛谷と畠田の二人が、老人の威圧に怯え答えることが出来ない。
いや、自分が不利になると思い答えられないと言ったほうが正解に違いない。
そんな中、老人は畠田を睨み付けると尋問する。
「二週間前、ワシが視察しているとき言ったことを覚えているかね?」
「えっ、果て……、何か大それた事を言いましたでしょか……?」
と言って畠田は知らぬ振りして何とか誤魔化そうとする。
すると、老人は胸ポケットから小型のレコーダを取り出し二週間前に久晴達とやり取り中の録音を再生し畠田の発言を本人に聞かせる。
当然、自分の発言したことに思い出し「しまった!」と言いそうな表情を見せる。
「はっ、畠田っ! お前、お忍びとは言え会長になんてことをっ!」
と言って畠田の暴言を叱りつける葛谷だが、見抜かれた今は時既に遅く二人の逃げ道はない。
そんな抜き打ち監査中、長時間労働で久晴と同僚三人は今にも倒れる暗いに疲労困憊の状態。
「誰か、狭い部屋に閉じ込めている四人を病院へ!」
と言って、東北支社の人達に救助を指示する老人。
すると、向井は電話で自分の部下を呼び出し閉じ込められた久晴と同僚三人を救助。
救助された久晴は、異常な疲れで血色は悪い。
そのとき、久晴の耳に年末に聞き覚えのある女性の声が聞こえる。
「たっ、多田野さんっ! しっかり、しっかりしてっ!」
久晴は、精一杯の力で女性の声が聞こえる方へ顔を向ける。
「あっ、あなたは……、年末であった……天使……」
とか細い声で言い残し、久晴は気を失うように深い眠りに就いた。
こうして、久晴は異常な疲れで深い眠りに落ち何が起きているのか分からない状態。
唯一分かることは、同僚三人と共に何処かへ連れて行かれることだけだった……。
数時間後、久晴はおぼろな目で偶然見えるシルエットで誰かが話し合う光景。
一体、誰が話し合っているのか分からない上に体は重く動くことが出来ない。
数分後、異常な疲れで意識は次第に薄れ再び深い眠りに就いた……。
夢の中、久晴は不思議な夢を見た。
夢は、奴凧の久晴が誰かに振り回されるところから始まる。
天高く舞い上げられた久晴は周囲を見渡すと、奴凧に扮した同僚三人を発見。
「えっ、なんで……? これ、どうなって……?」
と久晴は、どういう状況なのか把握することが出来ず混乱状態。
そんな中、自分の体が奴凧のように体が勝手に左右に激しく振り回される。
久晴は、下を見ると子供に扮した阿久井が面白そうに凧糸を操っている。
しかも、凧糸は自分のところに繋がっていることに気づき驚愕するしかない。
さらに、同僚三人を操っているのは子供に扮した葛谷・畠田・松江の三人。
四人は、久晴達四人をケンカ凧の容量で振り回してくる。
四人に振り回され、仲間同士でぶつかり合いをさせられ、体が次第にボロボロになる。
「いっ、痛い! 止めろ、止めてくれーっ!」
と久晴は叫ぶが、無視して四人は久晴達を振り回す。
しかも、意地悪そうな笑みを浮かべ面白半分振り回し止めようとはしない。
「誰かっ、誰か助けてくれーっ!」
と必死に叫び、誰もいないというに助けを求める久晴。
最早、体がボロボロになりいつ壊れてもおかしくない状態のそのときだった。
青空が突然雲に覆われ、今にも落雷が起きそうな程に天候が怪しくなる。
これには流石に、久晴達をいじめていた四人は不安になる。
凧遊びをしていた四人の前に、謎の老人が突然姿を現した。
「お前達、大空にいる四人を早く解放しなさい。こんなに、痛がっているというのに」
と謎の老人が、凧遊びをする四人に優しく制止する。
だが、阿久井が謎の老人に対して息巻いて聞き入れないどころが反論する。
「邪魔するなクソジジイ! こっちは、凧同士をケンカさせて楽しんでいる最中だ!」
阿久井の反論に呼応するように、他の三人が老人に悪態をつきながら反抗する。
四人の悪態に、何を考えたのか提案を持ち掛けてきた。
「では、乱暴な凧遊びより楽しいところへ連れて行くと言ったらどうする?」
「えっ、楽しいところ? ジジイ、もしかして変質者?」
「断じて、変質者ではないぞ。もし、楽しい場所へ連れて行くと言ったらどうする?」
四人は、老人の提案に首を傾げ疑問に思ったと同時に怪しいと警戒する。
それを表すかのように、「どうせ、嘘をついているに違いない」と言わんばかりに老人を疑いの目で老人を睨み付ける。
それに対し、老人はにこやかに手品を見せ警戒を解かせようとする。
老人の手品を見た四人は阿久井が代表で老人に、
「じゃあ、ワイら四人をどっかにつれて見せろっ! どうせ、嘘っぱちだろっ!」
と乱暴に言って、恐れることなく興味本位で提案を受け入れた。
すると、老人は「なら、叶えてやろう」と青空が曇天に変わり強烈な雷が落ちた。
雷は、久晴達四人を繋いでいた凧糸を一瞬で切断。
当然、久晴達四人は激しく回転しながら落下する。
「だっ、誰かーっ! 目が、目が回るーっ!」
と言って、誰もいないのに助けを求める久晴。
久晴と同様に、同僚三人も異常な早さで落下し助けを求める。
同時に、凧糸が切られ回収しようと必死に追いかける阿久井達四人。
だが、阿久井達四人の足では遅すぎて追い着くことは出来ず地面が目の前に近づき「もうダメだ!」と心の中で叫び思わず目を瞑ってしまう久晴。
ところが、不思議なことに宙に浮いているような変な感覚に何が起きたのか驚く。
「降りてこい、そこの白天狗っ! サッサと降りて、ワイらの凧を返せっー!」
と阿久井の怒号が、久晴の耳に入ってくる。
恐る恐る目を開けると、阿久井達の手の届かないところで宙に浮いているではないか。
「まあ、天狗とは失礼なことを! 天使、私は天使です! ちゃんと、見てください!」
と主張する若い女性の声が、久晴の耳元から聞こえてくる。
久晴は不思議に思い振り向くと、純白の翼を広げる美しい天使に救出されていたのだ。
しかも、天使の顔は年末であったコスプレイヤー北欧まりんと瓜二つ。
天使は、「危ないところでしたね」と言わんばかりに久晴に笑顔を見せる。
周囲を見渡すと、同僚三人も翼を広げて羽ばたく天使によって救出されていた。
そして、天使は阿久井達四人に対して怒りを露わにして、
「悪いけど、これは没収ですっ! 貴方達のような心のないイジメっ子はっ!」
と言って毅然とした態度で完全拒否し翼を大きく広げてホバリングする天使。
それでも、諦めることなく「返せ」と何度も叫ぶ阿久井達四人。
そんな中、謎の老人は天へと上がり水墨画の仙人みたいな神様へと変身。
その変身ぶりに、久晴は驚愕の余りに言葉を失う。
「天使達よ、傷付いた四人を手の届かない場所へ連れて行きなさいっ!」
と神様が指示を出すと、四人の天使は久晴達四人を連れて飛び立つ。
どんどん地上から離れる光景に、何がどうなっているのか頭がパニックになる久晴。
「大丈夫ですか? こんなに傷ついちゃって……」
と言って、心配そうな目で久晴を見る天使。
天使に見詰められ、口をパクパクして喋る出来ない久晴。
そんな久晴を見て、天使がにこやかに話し掛ける。
「まず、そのボロボロの体を何とかしないと……。そうだ、まずは暗そうなイメージを与える髪型から変えちゃいましょう!」
その一言で、一番触れたくないコンプレックスに突然声が出は久晴は、
「そっ、それだけは勘弁っ! 止めて、止めてくれーっ!」
と言って激しく抵抗するが、体が自分の思うように動けないことに気がつく。
天使は、久晴の抵抗を気にすることなく何処かへ連れて行く。
「だっ、誰か……。誰かーっ!」
必死に叫ぶ久晴だが、動かすことが出来ない体は何処かへ連れて行かれる。
その時、久晴は目を覚まし寝汗の顔で、
「ゆっ、夢……っ? 一体、ここ何処っ……? もしかして、異世界にでも……?」
と呟き、周囲を見渡すが眩しくて真っ白な世界しか見えない久晴。
もしかしたら、自分達は過労でこの世を去ったのかと錯覚する。
(たしか、仕事中に知らない人達が扉を開けて……)
と久晴は、気を失う前の出来事を振り返ったが連れ出された後は気を失い何も思い出せない。
そこへ、女性の看護師が姿を現し目が覚めたばかりの久晴に話し掛ける。
「目が覚めましたか。ここは、病院です」
女性の看護師の言葉で、視界が戻った久晴は病室のベッドで眠っている同僚三人を見掛ける。
だが、どうやって病院に運ばれたのか全く見当がつかない。
そんな中、女性の看護師から「後、三十分で消灯の時間です」と言われ病室の時計を見ると時計の針は八時半過ぎを示していた。
仕方なく、久晴は看護師に従い再び就寝するしかなかった……。
翌日、久晴達四人が意識を取り戻したと聞いて向井がお見舞いにやってきた。
向井の姿を見て、ベッドから急いで出ようとする久晴達四人。
「君達、今は病人だから無理せずベッドの上で話を聞きなさい」
と言って、無理に起きようとする久晴達を制止する向井。
久晴は同僚三人と共に、ベッドに押し戻されたが向井の話を聞くべく上体を起こす。
向井が容態を聞いて来たので、久晴が代表して報告する。
「昨日、十分寝たので大丈夫。問題なければ、本日退院予定と医者からから聞きました」
すると、久晴達四人が予想以上に回復していることに安堵の表情を見せる向井。
その中で、会社についてベッドの上の四人に報告することになった。
報告内容は、金原は会社の金を私的流量の他に様々な悪事が発覚し懲戒解雇と、葛谷と畠田の二人はパワハラだけでなく様々な悪事が発覚し役職を解任。
久晴達四人を狭い元書個室に閉じ込めたのも、スマートな職場を印象付かせるための葛谷と畠田の悪巧みが本社との尋問で発覚することになる。
当然、次期社長の座は白紙撤回になったことは言うまでもなかった。
「葛谷と畠田の二人、君達の働いた元書庫室で尋問を受けていた。しかも、リモートワークで」
と笑顔で話し、続けて報告する向井。
解任された葛谷と畠田の二人は現在処分が決まるまで禅寺で修行中で、松江は勤務態度の悪さと監査中の会長達に楯突いたことが原因で派遣の継続契約の打ち切りが急遽決定。
そして、後任の支社長が決まるまで向井が代理と久晴達四人に説明する。
「では、本題に移ろう。代理のワシから君達に業務命令を与える」
「業務命令っ?」
と向井の発言に、久晴達四人は驚きの余り思わず声が揃ってしまう。
「今週一週間、君達に有休を与える。これは、仕事の一環だと思って体を休めなさい」
まさかの休暇命令に、驚愕して慌てふためく営業支援係の四人。
特に、久晴は十年以上も仕事に追われ会社のこと以外考えたことが全くなかった。
そんな、不安な顔をする久晴に対して説得する向井。
「君達、休養も仕事に一つ。もし、体が壊れたら取り返しがつかなくなる」
「でも、プレゼンの資料作成とかは……」
「大丈夫、本来プレゼン資料は担当する営業マンが自ら作成するもの。多田野君、ワシが元東北支社長だったこと覚えているだろう?」
久晴は、東北支社長のワードを聞いたとき自分が入社当時は向井が東北支社を人間味で指揮していたことを思い出していた。
「わっ、分かりました……。向井さんの指示に従います……」
と言って、心配そうに向井の命令を受け入れた久晴。
同僚三人も、久晴と同様に向井の指示を受け入れた。
すると、向井は腰掛けからゆっくりと立ち上がり、
「なお、有休期間中は人事関係の速報は携帯のDMで連絡する」
と言い残し、久晴達のいる病室を後にした。
久晴と同僚三人は、去って行く向井をただ見ることしか出来なかった……。
こうして、入院含めて一週間の休暇を貰った久晴。
金原が社長時代、有休取ったこと何一つ無かった。
突然の有休に、何をすればいいのか変わらず初日はダラダラしていた。
同僚の三人は、菜摘は実家に戻って年末年始休暇のやり直し、他の二人も趣味のキャンプやウインタースポーツを楽しんでいる。
対して、地元でなく単身で転勤させられた挙げ句に理不尽な仕事漬けでプライベートに関しては楽しむ時間は一日すらない久晴は悩んでいた。
(東京に戻っても金は掛かるし、何処へ行こうとしても雪で何も出来ない……)
唯一の楽しみは、大晦日の冬コミで購入した資料集の朗読とネットで出品している同人誌のダウンロード購入のみ。
久晴は、自分のパソコンで同人誌のダウンロード購入出来るサイトにアクセスする。
そんな中、携帯からDMで人事関係の速報が入った。
速報の内容は、葛谷と畠田の二人は出向元のKONOEホールディングスに戻り治安の悪い海外の僻地へ左遷が決まったが現段階での配属先は何処かは分かっていない。
(えっ、金原さんが引き抜いたと言っているけど出向社員だったのっ?)
と心の中で、目を疑うほどに驚く久晴は葛谷と畠田の二人が出向だったことを初めて知る。
さらに、久晴が驚いたのは黒井製作所の後任の社長が白河佑輔氏に決まった事を知り過去を振り返る。
(そういえば、「自分の身に何かあったら白河を後継者に」って黒井社長から聞いた覚えがあったような……)
それは、黒井社長が生前に言い残した事を東京本社に在籍した頃の記憶。
この先、どうなるかは予想できない久晴であった。
だが、言わなくても分かったことがある。
それは、営業を優遇したブラック体質の金原政権が終わりを告げること。
それでも、東北支社の支社長が誰になるのか?
どのように変化するのかは、久晴自身ですら全く予想がつかない。
久晴は、不安の残る中で何かが吹っ切れたのか、
「今は考えず、銭湯で気分転換しよう」
と自分に言い聞かせ、身支度を済ませると社宅寮から近くの銭湯へと足を運んだ。
かつて、黒井社長が掲げた自由な発想と挑戦力に戻ることを心から願って……。
こうして、一週間後の月曜日。
休暇が終わり、日頃の疲れが取れた久晴の顔色は明らかに良くなっていた。
依然として、一週間以上休んで会社の人達に迷惑をかけたに違いない罪悪感が根強い久晴と同僚三人は周囲を気にしていた。
だが、その心配は営業課の人達を見て無用であると気がつく。
なんと、製造課へ異動されたメンバーが営業課の営業マンに復帰していた。
営業マンから、「多田野さん達が上手くまとめてくれたから助かった」とか「以前まとめたプレゼン資料を参考にした」と久晴達四人を労う。
その労いの言葉に、どう対処すればいいのか分からず恥ずかしがる久晴と同僚の三人。
そこへ、向井が久晴達四人のところへ歩み寄る。
「見て分かる思うが、人事異動が支社内であって製造課へ移動した人が営業に復帰することが決まった。みんな、製造の経験もあって出だしは順調だよ」
と言って、支社内で人事異動があったことを説明する向井。
だが、葛谷の部下である営業マンはどうなったのか気に立った久晴達四人。
その答えは、意外な事になっていた。
「葛谷の部下は、ワシがいる製造課で再教育中だ。休日は禅寺で修行をさせている」
なんと、問題を起こしていた葛谷の営業マン達は向井のところで再教育中。
向井の話では、外回りの仕事中にも拘わらずパチンコや様々な遊びなどして油を売っていることが発覚した上に、プレゼンを想定したテストでは不合格の烙印を押され再教育が決まった。
「では、向井さんのところで地獄を見てると……?」
と言って、気になって仕方が無い久晴。
「その通りだ。本来なら懲戒解雇レベルだが、何処へ行っても働けるよう鍛え直さないとっ!」
と返答して笑う向井を見て、顔を引き攣って苦笑いをするしかない久晴。
そんな中、久晴の背後から肩を軽く叩いてくる人がいた。
久晴が振り向くと、会いたくない人を見てしまい思わず後退りしてしまう。
五十代後半にも拘わらず身長が他の男性より高く、バーコードのようなハゲ頭と黒縁の眼鏡から見えるスケベそうな目に隙間だらけの出っ歯を見た瞬間、
「あっ、阿久井課長っ? 何で、こんなところにっ?」
と言って、何度も見返して間違いないと確信する久晴。
「実は、週明けから東北支社へ配属となったわ。みんな宜しく、ガッハハハッ!」
と言って高笑いする阿久井を見た瞬間、嫌そうな顔をして逃げ出したい久晴。
その時、久晴は阿久井から逃れようと急ぎ足で元書庫室へ向かう。
「多田野君、まだ話が終わってないぞ!」
と向井の声が聞けるが、制止を振り切り元書庫室へ辿り着くと扉を開く。
扉を開いた瞬間、何一つない空き室で茫然自失となる。
「君達が、休んでいる間に机を移動させた。近々、喫煙用の空調設備が届く」
と向井の言葉で、逃げ場がなくなったと悟り肩を落とす久晴。
そんな中、向井が「紹介したい人がいる」と言われ後を追う久晴。
案内された場所は、支社長の席に座る男性で、
「紹介する。今度、葛谷の後任として配属となった開作政一支社長だ」
と言って、向井が紹介してくれた。
政一は、細身で平均的な身長で髪はパーマ気味だがセールスマンらしい髪型。
名を聞いて思い出した久晴は、後任の支社長である政一に話し掛ける。
「とっ、東京本社のときは色々とお世話になりました。お久しぶりです、多田野です」
「おおっ、久しぶり多田野っ! 相変わらず長い前髪で君だと分かったよ」
と政一は返事し、にこやかに談笑する。
その談笑する二人を見た同僚三人は、改めて久晴が十年以上勤めている事を実感すると同時に政一の優しい人柄を知ることが出来た。
政一は久晴達四人に人事について説明をする。
「営業支援係は、本日を持って解散を発表する」
「かっ、解散っ……? 一体、どうして……?」
と言って、四人を代表して新たな支社長の政一に質問する久晴。
すると、久晴達四人に分かり易く解散の説明をする政一。
「理由は、営業マンのスキル不足と怠慢な仕事態度が原因で営業不振となり君達に苦労ばかりさせてしまった。その対策として、営業マンが自ら責任持ってプレゼンに取り組むのが一番と結論が出た」
政一の発表に、何を言えばいいのか分からず困惑する久晴達四人。
そこへ、待ってましたと言わんばかりに阿久井が割り込む。
「実は、ワイ書庫管理の担当になった。早速だが、仕事を手伝ってくれっ!」
すると、政一は場の空気を読まない阿久井を睨み、
「課長から降格したのに身勝手な命令は出さないでください。今は説明している最中ですよ」
と言っ阿久井に釘を刺して黙らせると人事関係の話へ戻す。
釘を刺されて黙った阿久井を見て、言わなくても悪事がバレて左遷されたことを知る久晴。
「ここからが本題だ。実は、今度の人事異動で私は君達への辞令を預かっている」
と言って、久晴達四人に政一はA5サイズの辞令を手渡す。
受け取った久晴は、辞令内容に目を通し驚愕する。
「えーとっ、『辞令 黒井製作所、東北支社勤務を解き、KONOEホールディングス本社へ出向を命じる』って、これどういうことですかっ?」
同僚三人も、久晴と同じ辞令が出て驚き騒ぎ出す。
「見ての通り君達は東京の親会社へ出向となった。配属先は一週間の研修後に発表。出向期間は二年になるが、評価によっては転籍の可能性がある」
と政一の説明を聞き、幻なのかと何度も何度も辞令を見返す久晴達四人。
その久晴達四人に、向井が笑顔で後押ししてくる。
「お前達とって一世一代の大チャンスだ。胸を張って東京へ行きなさいっ!」
さらに、政一は転勤のスケジュールを発表し人事に関する報告を終える。
「尚、移動は二月末日を予定。その間、引き継ぎや各種手続きなどの期間とする。但し、引継書は仕事内容を理解しているので作成は不要と付け加えておく。以上だ」
説明が終わり久晴の心境は、阿久井の魔の手から離れることが出来る喜びと、出向先のことが心配で仕方ない複雑な気持ちの板挟み。
そんな中、向井が久晴の肩を叩いて謎めいたことを言い残す。
「お嬢様とは何処で知り合ったのか知らないが、女を心配させるなんて中々罪深い男だ」
久晴は、「どういうこと?」と言わんばかりに首を傾げて困惑する。
だが、向井は必要以上に話すことなく政一と談笑しながら去って行く。
分からないまま新たな自分の席に着き、移動の準備に入る久晴であった。
同じ頃、KONOEホールディングス本社の会議室では他社から転入する社員の配属先について議論していた。
その中に、眼鏡を掛けているがコスプレイヤー北欧まりんと瓜二つで社員証には朝川真理香と書かれた若い女性が自分の配属する部署の課長や主任と共に会議に参加。
当然、転入社員に関する履歴書の中に久晴のものが入っている。
「多田野久晴、CADやCG関係の資格があるようだね……」
と言って、人事部の部長が履歴書をパソコンでチェックする。
すると、技術部の部長が食い入るように履歴書を見て、
「確か、去年の十月に行った適性テストでは優秀な成績ですし……。これは、即戦力になりますね」
と言って、早くも設計課の間では興味津々。
だが、彼の身形について問題点を指摘する者も中にいた。
特に、目がギリギリまで隠している前髪を気になるみたいで、
「これでは、我が社の雰囲気を乱すのでは……」
と言って、ため息を吐く他部署の代表が引き入れに難色を示す。
そんな中、何を思ったのか真理香が中央の会長や社長に向けて話し出す。
「では、私達の課に彼を配属させてくださいっ! 彼が入れば、念願だった専属の設計担当の枠が埋まりますっ!」
真理香の主張に、設計課の課長が自分の部署へ引き入れたく早くも反論する。
「しかし、君達の部署は今まで我々設計課に頼んでいたのでは……。これまで通り、我々に依頼する形がいいと思うぞ」
真理香が所属する眼鏡を掛けた課長も不安そうな顔で、
「朝川さん、設計課の言う通りだよ……。それに、彼不気味そうだし……」
と言って宥めようとする。
だが、真理香は反論や説得には応じようとしないどころか意志を曲げようとしない。
「開作課長も、常々『専属の設計担当がいれば』と言ってたじゃないですかっ! 特に、設計課に頼んで期限が遅れているときにっ!」
「あっ、朝川さん……。落ち着いて、とにかく落ち着いて……」
「私達だって、専属の設計担当が入ってくれることを望んでいますっ! 同じ部の他の課は専属がいるというのに、私達の課だけいないのは不公平ですっ!」
真理香の気迫に、課長は宥めることが出来ず慌てふためいている。
そんな中、中央の席に座っている会長の老人が真理香に問い掛ける。
「どうやら、何か考えがありそうだな。詳しく、聞かせて貰おう」
すると、真理香は会議に参加するメンバーに資料を送信する。
「東北支社で働いていた四人は、休日どころか定時ですら帰宅できずプライベートな時間すら与えられないほど過酷な労働を強いられていました。これは、抜き打ち監査で明らかとなっています」
と言って、東北支社での久晴達四人の労働環境を説明する真理香。
同じ課の課長も、真理香の送信した資料をタブレット端末で見て驚き、
「これでは、身嗜みどころでは……!」
と言うことしか出来ず、これから真理香の立案するプランに耳を傾けて判断することにした。
「そこで、彼ら四人に我が社の雰囲気に合うようイメージチェンジを行います」
と言って、費用の捻出や実行の効果などを誰でも分かりやすくプレゼンする真理香。
その姿は、凄腕で模範となる営業マンのようにも見える。
真理香のプレゼンを終始聞いた会長は、納得した表情でゆっくり頷き重い口を開く。
「朝川君、提案したプランを実行に移しなさい」
プランを推し進める決断を下す会長に、真理香が何かを依頼する。
「それには、秘書課の女性陣をお借りしたいのですが?」
「うむ、ワシから秘書課に連絡する」
と言って、真理香の依頼を快諾する会長。
「多田野久晴君は、朝川君が所属する宣伝企画部宣伝一課に配属とする」
と会長の宣言で、プレゼンの甲斐があったと笑顔を見せる真理香。
「これなら、私達の課に配属しても問題なさそうねっ!」
と言って、真理香が所属する部署の主任が太鼓判を押した。
改めて久晴の履歴書を事細かく見て、
(思わぬ逸材が私達のところに……)
と心の中で何かを確信した笑顔を見せる真理香。
その頃、謎の悪寒に襲われる久晴は体調が悪いと思って定時で帰宅。
東北支店に転勤してから、定時に帰宅したのは今日が初めて。
まさか、久晴の悪寒が正夢を告げてることに知る由はなく帰宅するのであった。
給料日、いつものように給料明細書を受け取る久晴。
(……また、いつもの安月給か……)
と思って、肩を落とし明細を確認する久晴。
報われないサービス残業、最低評価で上がることのない安月給、絶望的な状況に希望を見出すことすら出来ない。
ところが、明細を見て給料が急に上がったことに思わず現支社長の政一に相談する。
「説明不足ですまなかった。実は、ヒアリングで聞き出した勤務状況や勤務履歴から崩しのサービス残業と判断し月給の上乗せが決まった。上乗せ期間は、金原社長時代の期間とする」
と言って、経緯を説明する政一。
久晴の場合、東京本社を含め十年以上は働いているため上乗せ期間が長い。
当然、出向や転籍でも上乗せは保証される説明を受ける久晴。
その後、「頑張った分のご褒美だと思って受け取ってくれ」と政一から労いの言葉を掛けられ、初めて報われたことを実感する久晴だった。
その後、帰宅途中の神社にお礼参りする。
東北支社勤務、残り一ヶ月を切ろうとしていた頃の嬉しい出来事だった。
こうして、東北を離れる二月末日の朝を迎えた。
この日は天候に恵まれ、春の訪れを告げるように道端の残雪が溶け始めている。
仙台駅の改札口の向こうでは、スーツ姿の久晴達四人が新幹線が来るのを待っていた。
その時、菜摘が自分の両親との別れる様子を間近で見る久晴。
東京へ向かう菜摘に涙で送り出す母の姿に、家族でないのに言葉では言い表せない複雑な何かを感じる久晴。
さらに、この日は休日ということもあり東北支社の何人かが見送りに来ていた。
当然、新支社長の政一も姿を現し送別の言葉を述べる。
「みんな、別会社で新たな一歩を踏むことになるが胸を張って頑張ってくれ」
「開作支社長、短い間でありましたが本当にお世話になりました」
と久晴が、四人を代表して別れの挨拶を述べる。
当然、向井にも別れの挨拶をする久晴。
「向井課長、三年間お世話になりました」
「おいおい、かしこまったことを言わないでくれ。いつものように、「向井さん」でいいのに」
と言って、別れるというのに普段通りに振る舞う向井に懐の深さを改めて知る久晴達。
そこに、横断幕を持って恥ずかしがる葛谷の部下達と阿久井。
葛谷の部下達は、営業マン時代はおしゃれな髪型だったのに何故か丸刈り。
製造課の仲間から、向井が彼らの髪型を見て激怒し床屋へ連行したと久晴は聞いている。
(まさか、ここまでやるなんて……)
と心の中で、向井を怒らせる恐怖を別れ際で味わうなんて思いもしなかった久晴。
そんな中、久晴達四人が乗る新幹線が駅構内にやって来た。
「お迎えが来たぞ。みんな、行ってきなさいっ!」
と言って、久晴達四人を笑顔で送り出す向井。
新幹線の扉が開き久晴達四人が横並びで、
「皆さん、行ってきます!」
と言って新幹線に乗り込む。
その際、支社長である政一が謎めいたことを言い残す。
「もし、自分の弟に会ったら宜しくと伝えてくれ」
多分、出向先で開作の弟が働いていると聞いてはいるが、果たして会う機会があるのだろうか疑問に思う久晴達四人。
だが、時間が迫っていたので考える暇無く新幹線に乗り込む。
そして、東京に向かう四人を乗せた新幹線は終着駅の東京駅まで再び走り出す。
その時、車窓越しに「ご迷惑を掛けて申し訳ございませんでした」と横断幕を上げ見送る葛谷の部下達と阿久井の姿を見掛け向井の仕業であることを四人は察した。
そのとき、阿久井達と離れて小さくなる光景が先日に見た夢と重なって見えた。
二月末日、多田野久晴、三人の同僚と共に東北の地を後にする。