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21,背中を押すのは誰?

 十二月(師走)初日、久晴は東北支社の同僚三人と共に居酒屋にて小さな忘年会。

 同時に、来年の二月末で黒井製作所に戻る菜摘達三人の送別会を兼ねている。

 菜摘は、両親のことが心配で地元の東北支社へ戻ることが決定。

 その際、菜摘自身が白河社長に直談判したと聞いた久晴は目を丸くして驚く。

 他の二人も東北支社に戻るが、東北全体を盛り上げようとキャンプをメインにした動画配信を半年前から始めている。

 仕事の都合、月に二・三本の不定期で動画を公開しているが軌道に乗ったら脱サラして動画配信を軸としたアウトドアブランドを立ち上げると今後の展望を語る。

 それに対して、久晴は既にKONOEホールディングスの社員として転籍しており苦楽を共にした三人とは来年でお別れ。

 普段は、超酒豪の菜摘を覚醒させないよう居酒屋を避けていたが今日だけトコトン付き合うことを覚悟する久晴。

 だが、トコトン付き合うことを覚悟している久晴を裏切るように、ほろ酔い程度で本社勤務での思い出を語る菜摘は楽しそうな笑顔を見せる。

 二人の同僚も、本社勤務での思い出を久晴に楽しく話していた。

 菜摘達三人の姿を見た久晴は、騒動もあり現段階で異動はないが会社に在籍している以上は避けられないと経験した久晴は痛感する。

(もし、真理香さんと離れ離れになったら俺はどうすれば? 離れたくない、絶対に離れたくない)

 と思いが募り、真理香の顔が見えた久晴は何かを決心する。

 翌日、久晴は仕事の合間を見て琴音に相談する。

「今度、今年の大晦日に……。絶対、絶対に、真理香さんに告白します」

 と言って心境を打ち明ける久晴に、琴音は微笑んでアドバイスを送る。

「だったら、それなりの準備は必要ね。例えば、婚約指輪や告白する場所とか。それと、緊張するから変なサプライズするよりプロポーズはシンプルがベスト」

 琴音のアドバイスに、全く考えてなかった久晴は頭の中が混乱して慌てふためく。

 慌てふためく久晴を見た琴音は、クスッと笑いながら勇気づけるよう話し掛ける。

「大丈夫、私の旦那も協力するから大船に乗った気分で安心しなさい」

 しかし、余計にプレッシャーに感じた久晴は混乱状態から中々抜け出せない久晴は口をパクパクして言葉が出てこない。

 混乱する久晴を見て、何を思ったのか出向前日での出来事を語る琴音。

「確かに、久晴さん達四人の出向を決めたのは抜き打ちで現状を知った会長。でも、人事会議で久晴さんを私達の課に配属させたのは真理香さんなの」

 琴音の話を聞いた久晴は、初めて真理香に出会った去年の年末を思い出してくる。

 もし、あの場で身を挺してまで真理香を助けなかったら今の自分はいなかった。

 そして、真理香から誘われることは全くなかったら若い女性が苦手な男で一生を終えていたに違いない。

 それを思うと動揺やパニックは不思議と消えて、今まで経験したことのない何かが湧き上がる。

「あっ、有り難うございます。琴音さん」

 と勢いで言って、深々と頭を下げる久晴。

「まだ早い! お礼は、真理香さんの告白を成功させてからね」

 と言う琴音は、大人の余裕を感じる笑顔を見せる。

 この日を境に、久晴は真理香への告白に備えて準備を始めることになった。

 当然、真理香に知られること無く琴音の協力で準備を進める。

 全ては、真理香を手放したくない強い思いが久晴を動かしている。

 告白の日、真理香と初めて出会った大晦日に備えるために……。




 こうして、十二月三十日(小晦日)の早朝を迎え真理香と一緒に冬コミ開催の地である東京ビッグサイトにやってくる。

 緊張する久晴は、真理香を迷子にさせないよう自分から手を繋いでいる。

 真理香は、積極的な久晴の行動といつもとは違う雰囲気で少しドキッとしている。

 普段は、英美里や咲良など宣伝一課の中でも追跡しそうな女子達が来ていそうだが、偶然にも用事が重なり追跡する者は誰一人いない。

 英美里は年末のMCバトル大会に参加中、咲良は親友と共に年越しパーティー旅行、優菜は厳格な家族の仕来りにより自宅で年越し、菜摘は新幹線で東北に帰郷中。

 ロンドンにいるもう一人の真理香は、従兄弟の将介と共に先日帰国済みで地元の長野で一家総出の年越し宴会の準備に追われている。

 そして、琴音は家族と共に海外旅行で日本にはいない。

 久晴にとって、真理香に告白する絶好のチャンス。

 婚約指輪は、終業時間の合間を見て琴音の旦那に教えて貰った宝石店で購入。

 プロポーズの言葉も、寝る間も惜しんで何度も考えて練習を繰り返してきた。

 身形についても、トラウマだった美容院に行って小綺麗に髪型をサッパリしてきたし服装だって清潔感に気を遣った。

 告白の場所は、思い出のある一年前に来た渋谷のカフェに前日に予約を取った。

 当然、出掛ける際に忘れ物がないかチェックして身支度を前日から済ませてきた。

 全ては、最高の形で真理香へ告白するために。

 当然、告白のことで頭がいっぱいの久晴にコミケを楽しむ余裕は無かった。

 いざ、冬コミが開催されると完全にスイッチが入った真理香は子供のように無邪気な笑顔ではしゃぎ久晴を振り回す。

 それに対して久晴は、明日の告白で頭がいっぱいの上に想像以上にビッグサイトを動き回る真理香に振り回され冬コミを楽しむ余裕はなく疲労が蓄積する。

 翌日の午後、真理香はコスプレイヤーとして撮影会を楽しんでいる。

 久晴は、「変質者が襲ってこないか」や「怪しい芸能事務所が誘ってこないか」という不安が脳裏を駆け巡りボディーガード役に徹する。

 まるで、実の娘を見守る父親のような目で見守っている。

 不幸中の幸い、真理香は変質者や芸能関係者などと接触することは無く一安心。

 終わる頃には、大満足の真理香は元気が有り余っているのに対して久晴は疲労困憊なのか灰になってベンチに座っている。

 それでも、久晴は休んでいる暇は無くベンチから立ち上がり次の目的地に向かう。

 当然、久晴が電車で向かおうとしたとき真理香が強引にタクシー乗り場へ連行されたのは言うまでもなかった。


 こうして、渋谷に着いたのは日が落ちたばかりの頃。

 渋谷の街並みは、相変わらず若者や外国人などが行き交いお祭り騒ぎ状態。

 中には、年末恒例のカウントダウンで陣取っている者達もいる。

 久晴が、真理香の手を取ってきたのは隠れ家的なカフェ。

「予約を取った多田野です。予約した部屋、ありますか?」

 と言って真剣な顔で店員に相談する久晴を見て、何か何時もと雰囲気が違うことを察する真理香は首を傾げて疑問に思う。

 相談する久晴に店員は笑顔で、

「はい、予約は承っています。どうぞこちらへ」

 と返答し久晴と真理香の二人を案内する。

 案内された場所は、去年の冬コミが終わって初めて入店した同時と同じ個室。

「あれっ、ここって私達が初めて来た部屋っ? 久晴さん、よく覚えているわね」

 と言って嬉しそうな真理香に、久晴は恥ずかしそうな顔で当時を振り返る。

「初めて二人で来たとき緊張して何も喋れず、真理香さんがスマホ弄っているのを黙って見ることしか出来なかったな。あの時の俺、女性への苦手意識が強かったからフリーズしていたっけ」

「そうだったわね。その時の久晴さんの格好、まるで浮浪者みたいで清潔感ゼロ。髪型も、前髪を異様に伸ばして顔隠していたの覚えている」

 と言って微笑む真理香に、余計に顔を赤らめる久晴は違う緊張感が襲う。

(今日、今日は、絶対に真理香さんに告白する。例え、ダメでも何度でもチャレンジ……。いや、明日は絶対無いと思って告白を成功させるっ!)

 と思う久晴は、この日に賭ける意気込みが異様に強かった。

 二人が席に着くと、今回の冬コミについて振り返り話す真理香は笑顔を見せる。

「前回も凄かったけど、今回は映画の宣伝でやって来た俳優陣が凄かったわね」

「おそらく、来年の春に公開予定の長編アニメの宣伝だからね。特に、監督の意気込みが凄かった」

 と言って、真理香の話題に合わせるように気を遣う久晴。

 今回の冬コミは散々振り回され楽しむ余裕は無かった久晴だが、先日にネットサーフィンでリサーチしていたのはヲタクの性分なのかもしれない。

 真理香の話題に耳を傾け楽しませることを徹底する久晴は、慎重に告白のタイミングを探るように伺っている。

 三十分後、真理香は今回の冬コミの件で十分に話したのか大満足な笑顔を見せる。

 すると、久晴は深呼吸をして緊張を解すと真理香に話し掛ける。

「実は、大事な話があって聞いて欲しい」

 その時、久晴の真剣な表情を見た真理香は空気を読まないことを言い出す。

「何っ、それって来年の仕事のこと? 今日は大晦日、せっかくのデートだから肩の凝るようなお堅い話はなし」

 それでも、久晴はポケットに忍ばせた小箱を取り出そうとする。

 ところが、金縛りに遭ったように小箱を取り出せず喉に何かが詰まって喋れない。

 さらに、目の前が暗くなり闇落ちした自分が突然姿を現し久晴を追い詰める。

(止めとけ、常識的に考えれば玉砕するに決まっている)

 と久晴の耳に、闇落ちした自分の声が幻聴のように聞こえる。

 さらに、テーブル越しの適度な距離が果てしなく遠く精神的に追い込まれる。

 そのとき、ポケットに忍ばせた婚約指輪を取り出すのを諦めようとした久晴。

 ところが、久晴の幻覚に髪の白い自分が突然姿を現し強引に闇落ちした自分を連れ出そうとする。

(やっ、止めろ、オマエ! 俺は、世間の常識をコイツに言っただけだ!)

 と言って必死に抵抗する闇落ちの久晴。

 だが、髪の白い久晴は強い口調で躊躇する現実の久晴に言い聞かせる。

(彼女のことが好きなら、迷わず告白しろ! お前は、誓った人や励ましてくれた人の気持ちを無駄にするのか? 世間体や身分を気にせず当たっていけ!)

 その一言で、目の前の闇が消え真理香の姿が見える。

 同時に、金縛りから解放されたようにポケットに忍ばせた小箱を取り出し婚約指輪を真理香に見せると勢いで告白の言葉を告げる久晴。

「今も情けないけど、今も意気地無しだけど、貴方のことが好きです。真理香さん、俺の側に一生いてくださいっ!」

 告白した久晴は、悪いことをしていないのに土下座みたいに深々と頭を下げて真理香の返事を待つことしか出来なかった。

 そのとき、時が止まり何もかも停止したように感じる。

 数分後、真理香が久晴に声を掛ける。

「頭を上げて、久晴さん……。それって、私へのプロポーズ……っ?」

 久晴は頭をゆっくり上げると、真理香が自分の隣に座っていた。

 しかも、真理香は両手で口を押さえ大粒の涙を溜め今にも泣き出しそうだ。

「ごっ、ゴメン、泣かせてしまってっ!」

 と言って狼狽える久晴に、真理香は自分の気持ちを伝える。

「嬉しいの……。来年くらいに、私の方からプロポーズと思っていたけど……。まさか、久晴さんの方からプロポーズされるなんて……。嬉しくて、凄く嬉しくて……」

 真理香の言葉に、何を言えばいいのか分からず静観する久晴。

 真理香は、嬉しさの余りに久晴の胸に飛び込み抱きつく。

「頑張ったんだね……、私のために精一杯勇気を出してくれて……」

 久晴は、抱きついてきた真理香の頭を撫でることしか出来ない。

「真理香さん、無理なら待っているから……」

 と言って返事を待つ久晴だが、真理香の返事は意外にも即答だった。

「はい、わたくし近衛真理香は貴方のところへ行きます」

 なんと、久晴のプロポーズを二つ返事で受け入れる真理香。

 その時、久晴は嬉しいはずなのに涙が止まらなかった。

「あっ、あれっ? 悲しくもないのに、涙が止まらない……」

「久晴さん、それは嬉し涙……。流していい涙よ……」

 と言って、真理香は涙の止まらない久晴の頭を撫でて再び抱きしめる。

 しばらくの間、カフェの一室でお互い抱き合う二人であった。

 十二月三十一日、午後八時を過ぎた頃。

 近衛真理香、多田野久晴のプロポーズを受理する。

 その後、お互いに泣き止んだ二人は思い出のある神田明神に足を運ぶ。

 もちろん、目的はお礼を兼ねた二年参り。

 本堂にお参りを済ませた後、おみくじで再び大大吉を引き当てる。

 しかも、真理香とお揃いでの大大吉に何か赤い糸で結ばれた気がした久晴。

 その日を境に久晴は、神田明神ではお参りのみで去るようになった……。


 年末年始の休業明け、真理香は自分の家族に婚約者の久晴を紹介。

 そう、真理香の祖父は現在会長を務める遼太郎である。

 そして、真理香の父は近々社長に就任予定の現副社長。

 紹介された久晴は、家族の面々を見ると緊張で顔が強張り手に汗を握る。

 遼太郎は、緊張する久晴に目を細め労いの言葉を掛ける。

「多田野君、真理香のことをよろしく頼む」

 遼太郎の労いの言葉に、自分の苦労が報われたことを改めて実感する久晴。

 当然、久晴の方も自分の家族に真理香を紹介する。

 しかし、混乱を避けるため真理香が会社の令嬢である事は現段階伏せている。

 当然、真理香達の家族も状況を理解した上でごく普通の家庭の設定。

 久晴の家族は喜ぶ中、久晴の母だけは複雑そうな表情を見せる。

 母の顔を見た久晴は疑問に思ったのか首を傾げるが、隣の真理香が久晴の袖を引っ張って首を横にして注意する。

 確かに、めでたい席で自分の親を疑うのは失礼と気がつき心の隅に留める久晴。

 婚姻届前、真理香の家庭環境を考え入り婿になることを提案する久晴。

 何せ、真理香は会社経営者のご令嬢で何かあったらと思っての提案。

 ところが、真理香は久晴の提案を真っ向から拒否して多田野の姓に改めることを告げる。

「だって、久晴さんのところへ嫁ぐと決めたんだもの」

 と笑って主張する真理香の顔が、久晴の心に深く印象に残る。

 一応、社内では不必要な混乱を避けるために社内では近衛の姓を名乗っている。

 その後、婚姻届の手続きを済ませると嘘のような慌ただしい日々が待ち受ける。

 両家の顔合わせや結納など、趣味の時間すらない日々を送る久晴と真理香の二人。

 挙式の日取りや新居など、決めることが多くパニックになりかけたことがある。

 出来れば、婚姻届と新居が決めて終わりにしたいと弱音を見せる久晴。

 だが、真理香は拘りが強く折り合いを付けるのに何かと苦労することに。

 幸いにも、久晴の懐事情と真理香の要望で挙式は親族のみの質素なものに。

 六月中旬、小さな教会で家族間のみの挙式を開く。

 コスプレでない真理香の美しいウエディングドレス姿に、久晴は感動して「綺麗」以外に出る言葉は何一つ無かった。

 小さな教会にて、久晴と真理香は神父と両家の前で永遠の愛を誓う。

 参加した両家は、久晴と真理香の結婚を手放しに祝福する。

 挙式が終わって真理香は、スマホを使って宣伝一課のメンバーや友人に結婚報告。

 その中に、何処で知り合ったのか分からないが久晴の従姉妹である真由子が写真付きでお祝いメッセージが久晴と真理香に送られる。

「へえーっ、真由子お義姉さんから「ハル君」って呼ばれているのか。でも、私にとって心強いお義姉さんがいるから安心できる」

 と言って微笑む真理香に、顔を赤くした久晴は恥ずかしさで喋ることが出来ない。

 そんな、挙式後の久晴と真理香は出会った頃のように初々しかった。

 久晴と真理香の結婚を機に、宣伝一課の女子メンバーは別々の道を歩むことに。

 真理香は、結婚を機に宣伝一課から人事部へ異動とすることになった。

 西堂英美里、有名な芸能事務所との契約を機に退職し音楽業界で活躍。

 後に、音楽プロデューサーと結婚しライブハウスの経営者となる。

 植松優奈、許嫁と結婚後に寿退社してからは日本舞踊の家元の師範代を務める。

 加納菜摘、帰郷後の翌年に結婚して実家の果物農家を継ぐべく会社を退職。

 難波琴音、真理香と結婚後に秘書課に復帰するが三年後に老舗旅館の大女将の勇退を機に退職。

 後に、旅館やホテルを経営者である夫を支える女将として旅館などを切り盛りすることに。

 真理香が人事部へ異動に伴い、影武者の役目を終えた朝川真理香は本名に戻りロンドン支社の営業部から人事部へ異動。

 来年で卒業する将介と共に帰国予定で、本社人事部の秘書課に配属となる。

 唯一残った咲良は、何故か円罰法律事務所の敏腕弁護士と結婚して姓を神初へ改める。

 大人のようなキャリアウーマンへ身形を変身する咲良だが、ギャルっぽい喋り方の癖は少し残っており大人の女性を目指すべく絶賛修行中である。

 新たなメンバーは、久晴の願いも空しく女子社員ばかりで振り回される日々。

 しかも、高光が宣伝企画部の部長に昇進に伴い新たな宣伝一課の課長も女性。

 これも人事部に異動した真理香の仕業で、久晴に様々な誘惑に立ち向かう修行が新たに加わることになる。

 家に帰れば真理香と、社内にいる女子社員達に振り回される毎日。

 出来れば、平穏な日々を送りたいと願う久晴であった。


 こうして、新居での結婚生活をスタートさせた久晴と真理香の二人。

 新婚初夜、緊張したのか眠れずダブルベッドから飛び起きる久晴は気になって自分の腕の中で眠る真理香に目を向ける。

 もしかしたら、これは夢で真理香はいないと疑う久晴。

 その時、スヤスヤと眠る真理香の寝顔を見ると改めて結婚したことを実感する。

 結婚してから、真理香の提案で久晴は日記代わりにブログを始める。

 そのとき、久晴のサボり防止だと真理香に言われたことを今も覚えている。

 当然、ブログの内容は久晴の趣味で製作するCADやCGを掲載。

 プログ掲載をサボると真理香が母親のように叱られるので、毎日ではないが週二・三のペースで掲載することを心懸ける久晴。

 当然、家事は久晴と真理香が分担して行うようにしている。

 血の繋がらない男女が、同じ屋根の下で生活すると何かと問題が起きる。

 何故か、向かい合って乗り切れると思う久晴と真理香の二人。

 何故なら、久晴は告白した自信と真理香の意思があるからに違いない。

 そんな中、結婚一年目の冬コミにて真理香はコスプレイヤー引退を発表。

 当時は、某アニメのヒロインである女神姿の真理香を見て、

(最初、天使のコスプレだったな……。あの頃が懐かしい……)

 と思い返す久晴は付添役として温かく見守る。

 そんな中、何を思ったのか真理香はコスプレイヤーの引退を突然発表して何がどうなっているのか分からない久晴。

「私、北欧まりんは、今回の撮影会をもって引退します。引退の理由は、添い遂げたい人が現れたことです。その人は、心が広く続けていいと言われました。けど、ケジメをつけたいと思い決心しました」

 と言って笑顔を見せる真理香に、聞き出したい思いで駆け寄ろうとする久晴。

 だが、真理香が威圧するような目で制止され思わず足を止め固唾を呑んで見守る。

「三年間、楽しかったです。皆さん、本当にありがとうございました! そして、さようなら。北欧まりん」

 と言って真理香は深々と頭を下げと、集まったギャラリーは惜しみない盛大な拍手を送ってくる。

 久晴は、聞かなくても真理香の気持ちが十分伝わり拍手を送って受け入れた。

 年末年始の休暇明け、ショートカットにした真理香を見て驚く久晴は問い質す。

 すると、笑顔の真理香は久晴の顔を見て一言で返答する。

「私の髪、ヘアードネーションに出したの。長い髪、夫婦生活で邪魔になるから」

 そのことを聞いた久晴は、思わず真理香を抱いてヲタクと思われる趣味から手を引くことを決め集めた同人誌などを容赦なく処分する。

 当然、これまで趣味だったメカ関係のCGやCADの制作を辞めると真理香に真剣な顔で伝える久晴。

 ところが、真理香は首を横に振ると笑顔で久晴に伝える。

「好きなら続けて、久晴さん。だって、貴方の特技でしょう」

その一言で、久晴はブログ掲載と共に日課として今も続けている。




 それから、結婚生活三年目の八月を過ぎようとした頃だった。

 久晴は、完成したメカ関係のCGをブログに掲載しようとしたときである。

 ブログのコメント欄に長い英文のコメントを発見した久晴は、何かの怪しいウイルスの類いではと疑問に思い真理香に相談する。

 真理香は、英文のコメントを見て目を疑いなくなるくらいに驚く。

「えっと、『映画に参加するCGクリエイターのオーディションを開催します。よかったら、ぜひ応募して下さい』って。送り主は、世界的に有名な映画監督よ!」

 と真理香の翻訳を聞いた久晴は、自分でも正直に驚きを隠せない。

 同時に、コメントの送り主が本当に映画監督なのか疑心暗鬼になり会社を通じて調査を依頼する。

 もし、コメントが偽物だったらブログを閉鎖すると真理香に言い伝える久晴。

 それは、今手に入れた幸せを一つの偽物コメントで破壊されたくない久晴の過剰な防衛本能である。

 例え、本物だとしても真理香の事を最優先してきた久晴は迷惑掛けたくない。

 そんな中、子供の頃に憧れたCGクリエイターの夢が久晴の脳裏に蘇る。

 添い遂げると誓った真理香を裏切りたくない切実な思いと、もしかしたら子供の頃から憧れていたCGクリエイターの夢に手が届く誘惑が久晴の心を迷わせる。

 思い悩む久晴を間近で見た真理香は、隣に寄り添い優しく話し掛ける。

「会社に提出したでしょう? だったら、結果が出てから考えても遅くはないわ」

 久晴は、会社の調査を静かに待つことしか出来なかった。


 一週間後、久晴と真理香の二人は会長である遼太郎に呼び出された。

 呼び出された久晴と真理香は、最初はプライベートな話しではと思って会長室に姿を現す。

 だが、呼び出されたのは謎の英文コメントに関する報告だった。

 遼太郎自ら、久晴と真理香に調査の報告のために呼び出したのだ。

 緊張の面持ちで回答を待つ久晴は、普通のウイルスチェックなら翌日には回答が出るのに一週間も調査に時間が掛かるのは疑問に思っている。

 そんな中、遼太郎は何故か笑顔で久晴と真理香に報告を始める。

「このコメントに関して、怪しいウイルスの類いや迷惑メールの類いではない事が提出して数時間後に分かった」

 その一言で、疑問に思っていたことを遼太郎に問い質す久晴。

「では、調査に一週間も要したのは?」

「勝手ながら、コメントの送り主にアポイントを取って真意を確認させて貰った。著名な映画監督が、久晴君の精密なCGを見てコメントを送ったそうだ」

 と説明する遼太郎は、まるで自分が受けたように喜んでいる。

 まさか、英文のコメントが本物の映画監督からだと知って受けるか否か悩む久晴。

 遼太郎は、目の前で悩む久晴に歩み寄り説得するように話し掛ける。

「もしかしたら、このようなチャンスは二度と来ないかもしれない。思い出の一つとして応募してみないか、多田野君。いや、久晴君」

 気になって久晴は、隣にいる真理香の笑顔を見て思い悩む。

 出来ればCGのコンテストに応募したい気持ちと、応募して落選したら夢で終わるショックの恐怖。

 そして、今手に入れた真理香の幸せを壊すのではないかと不安。

(せっかくのチャンス、なんで今悩んでいる。もし、独身だったら悩まず応募して……。いや、真理香さんとの結婚生活を壊しかねない……)

 と心の中で自問自答を繰り返す久晴は、今まで経験したことないチャンスに悩み続けている。

 そんな中、久晴の目に真理香の異変に気づく。

 真理香は、突然気分が悪くなったのか手で口を押さえて何かに耐えている。

「まっ、真理香さん! 大丈夫、真理香さん!」

 と言って、久晴は真理香の肩を掴んで必死に支える。

「早く、トイレに! その様子だと、身籠もっているかもしれないぞ!」

 と遼太郎に言われた久晴は、今にも倒れそうな真理香をトイレに連れて行く。

 しばらくして、トイレから姿を現した真理香は申し訳なさそうな表情で久晴に頭を下げる謝ってくる。

「ごめんなさい、心配させてしまって……。吐いたら、気分が良くなったから」

 だが、遼太郎の言葉を思い出した久晴は気にせず真理香を病院に連れて行く。

 当然、現上司に事情を説明して早退させて貰った。

 それから、タクシーで婦人科の病院に真理香を連れて行く久晴。

 病院の医師の口から、久晴と真理香に笑顔で説明する。

「おめでとうございます。妊娠三ヶ月目です」

 なんと、真理香のお腹の中に新たな命が授かったのだ。

 夫婦生活の間で、真理香の異変に全く気づかなかった久晴は自分を責める。

 だが、真理香は気にする様子は見せなかった。

「私達の子供、私の中にいると思うと嬉しくて嬉しくて。しかも、初めての子供よ」

 と言う真理香の顔が女神のように見える久晴は、今回のオーディションの件が自分一人の問題ではないと実感する。

「ごめん、真理香さん……。この件、俺の家族の意見を聞いてから決めさせてくれ」

 と真理香に言い伝えると、久晴は実家に電話をして都合の合う時間を聞き出す。

 何を思ったのか、真理香もスマホを弄って誰かに連絡を取っている。

 だが、誰に連絡を取っているのか依然として謎の久晴。

 この、真理香の謎めいた行動が後に自分の運命を大きく変えるなんて今は知る由もない久晴であった。


 九月中頃、久晴は真理香を引き連れて自分の実家に戻る。

 最初は、真理香のお腹のことを考え久晴一人で実家に戻る予定だった。

 ところが、真理香が久晴に直談判して同席すると言い出した。

「だって、今の私は多田野家の一員。久晴さんの悩み、私の悩みでもあるから」

 と言って付き添う真理香に、申し訳ない表情の久晴は何度も頭を下げるだけで言い表すことが出来ない。

 身籠もっている真理香の体を気遣い、タクシーを利用して東京郊外にある久晴の実家に向かうのであった。

 実家に到着すると、待ち受けているのは頑固者を絵に描いた父親と、高齢なのに四十代の若さを保っている母親。

 そして、現役の消防士として働いている兄の家族三人。

 久晴と真理香は、客間へ入ると風格のある長座卓の左側の座布団に正座で待つ。

 数分後、久晴の家族が姿を現すと床の間を背に長座卓の右側に腰を下ろす。

 久晴の父親と久晴の兄は、自分達の威厳を示すように座布団の上にあぐらで座る。

 重苦しい中、久晴は先日の件に関して資料を出して説明した上で自分の家族に、

「……だから、だから、俺にチャンスを与えて欲しい! もし、オーディションに落ちたらCGクリエイターの夢をキッパリ諦める!」

 と言って真剣な眼差しで自分の家族に了承を求める。

 当然、久晴に待ち受けているのは猛反対の嵐。

「久晴、真理香は来年出産を控えているというのに何を考えている! それに、四十歳の大台を迎えるというのに、まだ夢物語を追っかけているいるのか!」

 と久晴の父親が、鋭い眼光で猛反対を皮切りに母や兄からも諦めさせようと説得。

 やはり、専門学校卒業前と同じだと心の中で諦めそうになる久晴。

 同時に、目の前に闇落ちした自分が足を引っ張っている錯覚に襲われる。

 そんな中、久晴の母親は真理香を仲間に引き入れようと命令口調で説得させる。

「真理香さん、バカな夢を追い掛ける久晴に現実は厳しさを教えてあげなさい!」

 すると、真理香は笑顔で久晴の目を見詰め問い掛ける。

「久晴さん、正直なこと話して。貴方は、このチャンスにどうしたい?」

 すると、久晴は複雑な胸の内を真理香に正直に打ち明ける。

「チャンスがあったら挑戦したい……。でも、真理香のことが今も心配で……」

 すると、真理香は笑顔で驚くことを言い出した。

「なら、私やお腹の子のために挑戦しなさい。例え、結果がダメであっても」

 と真理香の発言に、久晴や居合わせた家族が驚きの余りに言葉を失う。

 なんと、真理香は自分が身重の体にも拘わらず夫である久晴の背中を押したのだ。

「確かに、普段から私のことを最優先にしてくれるのは嬉しい。でも、周囲に振り回され損な人生を送って欲しくないの。だから、胸張って挑戦しなさい」

 と真理香は、自分が妻の立場で久晴の背中を押す理由を言い伝える。

 真理香の発言に、久晴の家族は驚愕し父親は真理香を叱り飛ばす。

「おっ、おい、真理香っ! 来年、出産を控えているというのに何を考えている!」

 すると、真理香は凜とした表情で久晴の受けた仕打ちを久晴の家族に打ち明ける。

「貴方達は、何も知らずに猛反対したのですか? 久晴さんが、ブラック企業で働き詰めの地獄を味わったことに関して?」

 真理香の発言に目を丸くして疑い、久晴に真偽を問う父親。

 すると、久晴は何も言わず首を縦に振って真理香が言ったことが本当だと伝える。

 久晴の父親と兄の二人は、知らなかった事実を知ってしまい自分達の描いた理想に疑問を持つようになる。

 だが、母親だけは疑うことなく真理香に反論を続ける。

「例えブラック企業でも、評価として給料が貰えれば何の問題はないわっ!」

 なんと、我が身を痛めて産んだ母親とは思えない発言に久晴も含めた男性陣は心が凍り付きそうなくらいにドン引きして何を言えばいいのか分からなくなる。

 それでも、真理香は凜とした態度が崩れることなく久晴の家族に問い質す。

「皆様は、久晴さんが毎月の仕送りをしていることをご存じですか?」

 母親は、自分が久晴に手渡した通帳と分かりながらも反論を続ける。

「それがどうしたというの? 社会人なら、家族を支えるために仕送りするのは世の中の常識! これだから、お嬢様育ちの人は信用ならないわね」

 その時、父親は驚きを隠せず母親に話し掛ける。

「それ、本当か? ワシは、十分過ぎるほどの生活費を渡しているというのに?」

 すると、久晴と兄は目を疑うように自分の母親を見る。

 まさか、十分な生活費とは別に母親は息子達から金を無心していたのだ。

 さらに、追い打ちを掛けるように真理香は依頼した興信所から入手した写真と調査記録を久晴の家族に提出する。

 久晴の母親が友人と一緒にホスト達と同伴する様子の写真に加え、興信所が作成した母親が豪遊した調査記録である。

 しかも、作成したのは真理香の親友である咲良だから信頼性は非常に高い。

「三年ほど前、社員寮に戻る最中にタクシー内で見掛けました。その時、久晴さんやお義父さん達の事をお義母さんは「ATM」と仰ってました」

 と真理香の証言を聞いて、疑惑の目で母親を睨む久晴も含めた男性陣。

 現段階で使い道は不明だが、母親が豪遊などで散財していたことは言わなくても明白。

 追い詰められた母親は、額に汗を流し何とか挽回しようと必死に弁解する。

 だが、母親の弁解が言い訳にしか聞こえず一言で黙らせる父親。

「この件に関して、両家の親族を集めて聞く。これ以上、口を出すなっ!」

 父親の厳しい発言に、何も言えなくなる母親はガックリと肩を落とす。

 そこへ、久晴は本題に戻そうと自分の父親に伺う。

 ところが、久晴の父親は自分の妻の不貞問題が最優先と考え突然立ち上がる。

「勝手にしなさい! その代わり、何か問題が起きても手助けしないぞ!」

 と言い残して、二人を引き連れて客間から立ち去る久晴の父親。

 客間に残された久晴と真理香の二人は、疲れ切った表情で何も言わず座布団からゆっくり立ち上がり何も言わず実家を後にする。

 その時、自分の母親が知らないところで散財しているとは今でも疑う久晴。

 今は実家を後にすべく、スマホでタクシーを呼ぶ久晴であった。


 夕方、都内の住まいに戻った久晴は不安そうな表情で、

「真理香さん、情けない俺のために……。すまない、何もかも……」

 と言って、頭を地面に付けるような勢いで真理香に深々と平謝りする。

 真理香は、久晴に頭を上げさせると女神のような微笑みで久晴を勇気づける。

「だって、勇気を出して私にプロポーズしたでしょう? 応援するわよ、プロポーズする勇気があれば何でも出来るじゃない」

「いいのか? 真理香さん、お腹に俺達の子供がいるというのに……」

 と言って心配な表情を見せる久晴の問い掛けに、真理香は笑顔を見せ感謝するように返事する。

「大丈夫、心配しないで。それに、今まで私のワガママに付き合ってくれた。だから、今度は私が久晴さんの背中を押す番っ!」

 久晴は、女神のような真理香に何度も感謝することしか出来なかった。

 同時に、真理香と結婚したことに改めて良かったと思う久晴。

 もし、久晴一人で家族に相談していたら間違いなく心が折れて諦めていた。

 真理香が背中を押してくれたことは、心の底から嬉しかった。

 そんな中、背中を押す真理香が笑顔で久晴に注意する。

「こらっ、オーディションに応募すると決めたでしょう? 夏休みの宿題みたいにサボっていたら、締め切り前で切羽詰まるわよ。久晴さん!」

「そっ、そうだったね。真理香さん……」

 と言って久晴は、一本取られてみたいに苦笑いをする。

 久晴の苦笑いを見た真理香は、何故かクスクスと必死に笑いを堪える。

 その後、お互い笑い合う久晴と真理香であった。




 翌日、久晴は映画のオーディションへ応募するCG作成を開始。

 当然、会社の仕事や身籠もっている真理香への気配りを疎かにしなかった。

 仕事の疲れや予定外の残業に加え、CG作成で上手くいかずイライラが募って幾度も音を上げそうになる時もあった。

 その時、背中を押してくれた真理香のことや産まれてくる我が子のことを思うと不思議とやる気が漲り再びCG製作に取り組む。

 背中を押してくれた真理香のためにも、産まれてくる我が子のためにも、結果に関係なく自分の持てる技術と知恵を駆使してディスプレイと向き合う久晴。

 それから、真理香の妊娠が発覚して八ヶ月目。

 オーディションの締め切りが後三日と迫っていた頃、応募用のCGは完成した。

 完成したCGは、宇宙空母に変形する翼を広げた人馬型の巨大ロボット。

 制作を終えた久晴は、東北に戻った同僚二人から結婚祝いで貰った折り畳み式のシェラカップにコーヒーを入れると一口つける。

 翌日、真理香にも確認して貰い完成したCGを主催者側が指定したメールアドレスに添付して送信した久晴。

 これで一安心と思っていたら、オーディションの結果よりも来年出産を控える真理香の容態が最優先で心配の久晴。

 真理香のお腹は風船のように膨らみ、歩く速さもゆっくりで辛そうにも見える。

 それでも、膨らんだ自分のお腹を撫でながら幸せそうな表情の真理香。

 だが、真理香がいなくなることが心配で仕方ない久晴は思わず天に祈る。

(どうか、真理香さんを天国に連れて行かないでください)

 そんな中、思わぬ逆転劇が待ち受けていることを今は知る由もなかった……。

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