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18,さらば悪友よ!

 二月初旬、未だに病欠の里中のデスクは久晴達の手で整理され綺麗な状態が今も持続中。

 里中がいない宣伝一課は、平穏そのもので様々な業務を難なく熟している。

 久晴にとって、里中と望月に加えて瀬浪の三人とはの二度と関わりたくない悪友。

 例え遭遇しても、目を背けたりして赤の他人を貫き通している。

(何度も言うが、関わったら全て奪われる……。絶対に、関わったら何もかも失う……)

 と心の中で自分に言い聞かせる久晴は、普段通りに自分の仕事を熟している。

 右隣にいた真理香は、顔色を曇らせる久晴の気持ちを察して励ましてきた。

「大事なのは、過去の思い出ではなく明日に向かう自分。今は、仕事に集中しましょう」

 左隣の英美里も、元気づけようと久晴の肩を軽く叩き笑いながら話し掛ける。

「タダノッチ、あんな筋肉バカが変なことをしたらあたしがぶっ飛ばすって!」

 だが、久晴は変を保っていること事態が不吉な予兆ではと思っていた。

「何を企んでいるのか……? あの三人組、小中学の頃から悪巧みを企てとんだ災難を受けて……。同じようなこと、社内でもやるではと思うと……」

 と呟いて久晴は、不吉な予感が脳裏を駆け巡る。

 その不吉な予感は、人事部の高畑部長の宣伝一課へ急な訪問から始まる。

「多田野は、多田野君はいないかっ!」

 と言って高畑部長は、怒りを露わにしながら宣伝一課にやってくる。

 その声で驚いた久晴は、条件反射に立ち上がり高畑部長の所へ歩み寄る。

「この写真、何が起きたのか説明しなさい!」

 と言って高畑部長が突き付けた写真に、久晴は目を疑って驚いていた。

 写真は、久晴が左手で里中の頬を引っ叩いている光景を写している。

 当然、里中が配属されてから殆ど接触することのない久晴は全く身に覚えのない出来事。

「俺、里中を叩いた覚えは全くありません! 例え挑発されても、手を出したことは一度もっ!」

 と言って久晴は、無実である事を必死に主張する。

 真理香や仲間達も、久晴の無実を証言して高畑の誤解を解こうとする。

 しかし、怒りで我を忘れた高畑の耳に届くことなく、

「今度、人事異動の会合で話題にさせて貰う! この後、どうなるか覚悟しておけ!」

 と言い残し、写真を残して立ち去っていた。

 どうやら、久晴を人事異動で左遷させると思われるようだ。

 人事部長の里中に言われ、久晴だけでなく真理香や宣伝一課のメンバー達は仕事に集中できないほど動揺していた。

 翌日、濡れ衣を着せられた久晴の話題が広まり、中には「左遷されるのでは」とか「宣伝一課の呪い」とか中にはあった。




 翌日、動揺する久晴は仕事に手を出せず深刻そうな顔を見せる。

 そんな中、真理香や宣伝一課のメンバー達は動揺する久晴を慰めようとする。

「久晴さん、気にすることないわ。まだ、決まったわけじゃないから大丈夫よ」

 と言って真理香は、何とかして久晴を元気づけようと必死になる。

 咲良も、高畑が置いていった写真を見て専門的な観点を言って久晴を励ます。

「脳筋の頬を叩く手は左、誰が見ても明らかに女性の手。それに比べて、タダノッチは右利きだから明らかに変じゃん。大体、この写真も雑な合成で不自然だらけだし」

 英美里は、拳を握って今にも里中を殴りそうなくらい怒りに満ち溢れている。

 その英美里を見た優菜は、暴力沙汰にならないよう制止することで精一杯。

 後輩の菜摘は、動揺する久晴に何をすれば励ますことが出来るのか分からずオロオロとするだけで喋ることすら出来ない。

 主任の琴音は、動揺を隠せない久晴に勇気づけようと、

「何か、困ったことがあったら私や課長に相談に乗ってあげるわよ」

 と言って、隣にいる課長の高光に目を向ける。

 琴音に目を向けられた高光は、慌てて立ち上がり頼り甲斐のある男に見せようと自信満々な態度を取る。

 しかし、余計に落ち込んでしまい久晴の口から自分の見た夢を話し出す。

「以前の夢で、蟻みたいでヨロヨロとした虫人間が地獄のような大地を歩き続けるけど力尽きて倒れて……。お尻から赤子が生まれて、倒れた虫人間のお尻を戻して周りを見渡し助ける人がいないと自力で歩き成長しながら延々と繰り返して……」

 とボソボソと話す不気味な久晴に、宣伝一課の誰もが固唾を呑んできき事しか出来ない。

「何度も繰り返すけど、次に生まれてくる赤子が自分を見つけて奇妙な鳴き声で助けを呼んで目を覚まし……。もしかしたら、虫人間が力のない自分なのではと思うと……」

 と話す久晴に、誰もが恐怖に震え真っ先に英美里が叫ぶ。

「やっ、止めろ! そんな、気持ち悪い夢を口に出すなっ!」

「英美里、元不良だけどオカルトやホラーは苦手で……」

 と言って真理香は、久晴の落ち込みが相当だと察して見守ることしか出来なかった。

 それを見た高光は、心配そうな表情で久晴に指示を出す。

「多田野君、今日は定時になったら返って休みなさい。心配ないよ、仕事は順調だから」

 落ち込む久晴の目は、正気を失い死んだ魚のような目で誰の言葉も聞こえない。

 無論、久晴の濡れ衣は悪友三人組の仕業である事を当の本人は知る由もなく……。


 それから、週が明けた月曜日を落ち込んでいる久晴に追い込む者が電話で現れる。

 デスク上の固定電話から着信音が鳴り、恐怖を感じながら受話器を取る久晴。

 声の主は、久晴が今まで聞いた事のない男性の声だった。

「ガッハハハッ、中日本支社の小柴こしばだ!」

 受話器から聞こえる大声に久晴は、思わず受話器をお手玉してしまうパニック状態。

 声からして小柴と名乗る男は、何処か豪胆で如何にも営業一筋のようなハキハキとして鼓膜が破れそうな大声をしている。

 一体誰なのか分からず、久晴は受話器を押さえて右隣の真理香に尋ねる。

「小柴さんは、中日本の支社長よ。普段は自分から電話を掛けないのに、珍しいわね」

 と言って答える真理香は、不思議そうな顔をして首を傾げる。

 突然の電話、見知らぬ男性の声、動揺をする久晴は不吉な予感を感じながら様子を伺うように用件を聞く。

「どっ、どのような、ご用件でしょうか……?」

 と言って用件を聞く久晴は、声が震えるほどの自信喪失している。

 そんな声を聞いた小柴は、誰もが聞こえるような大声で話し出した。

「多田野っ、何ボソボソ喋っているっ! 実を言うと、人事部の高畑から君を中日本支社へ配属させたい話が入ったっ!」

 なんと、フライングなカミングアウトある。

 隣で聞いた真理香は、驚いた拍子で久晴の受話器を取り上げると、

「小柴支社長、人事関係の情報は大々的に話すものではないのではっ! もし、部外者に知られたらっ!」

 と訴えて怒りを露わにする。

 それでも、小柴は動じることなく自信満々で、

「朝川君、そんなにカッカすることではないか! これは、多田野君の栄転、栄転だよ。そうだ、今から多田野君の席を用意しておく。これから、楽しみになるな!」

 と言い残し電話が切れてしまった。

 普段、明るく振る舞う真理香も小柴の言動に怒り心頭の様子で、

「何が栄転よっ! まだ、人事部の会議をしていないのに勝手に決めつけてっ! それに、小柴支社長は人使いが荒いって噂で聞いたことはあるけど誰が行かせるものですかっ!」

 と言い放ち不満そうな顔を見せる。

 それに対して、久晴は顔面蒼白で呆然と立つことしか出来ない。

「久晴さん、今は気にしなくていいわよ。まだ、会議で決まったわけではないから」

 と言って、呆然と立ち尽くす久晴に笑顔で励ます真理香。

 宣伝一課のメンバーも、顔面蒼白の久晴を見て励まそうと必死に声を掛ける。

 ところが、久晴の傷付いた心に塩を塗る男が姿を現す。

 そう、先日の一件で病欠していた里中が何事もなく出社してきた。

 しかも、一時間以上も遅れてたのに悪びれる様子を見せることなく、

「あなた、今何時だと思っているのっ! 一時間も遅れた上に連絡も入れない! おまけに、一週間も会社を休んで生意気そうな態度を見たら誰だって怒るのも当然ですっ!」

 と言って琴音は里中の態度を見て瞬間に怒りを露わにして説教をする。

 だが、主任の琴音に怒られているというのに平然とした態度の里中は学校の校則を守らない不良少年のようにも見える。

 里中は落ち込む久晴を見ると悪戯っ子のような笑顔で近づき、

「よっ、おめでとう栄転。本社で応援するぜ、俺っ!」

 と言って久晴の肩をポンッと軽く叩く。

 里中の発言を聞いた宣伝一課のメンバー達は、まだ誰も知らない人事関係の情報を里中が掴んでいることに騒然とし詰め寄ってくる。

「悪いけど、秘密とさせて貰うぜ。一応、こっちにも情報網があるので」

 と言って里中は、取り囲んで質問攻めにする報道陣を何事もなく応対する芸能人のように余裕の態度を見せている。

 それ以上に、女子に囲まれたのが嬉しいのか人気者気分で調子に乗っている。

 これには、宣伝一課の女子メンバーの誰もが苛立って里中を睨み付ける。

 さすがに不味いと思った課長の高光は、中に入って仲裁を試みようとするが女子達の怒りに油を注いでしまったらしく自分に八つ当たりされ逆効果。

 調子に乗っている里中は、スマホのメールを見た瞬間に反応したのか、

「それじゃ俺っ、前の会社にお世話になっている取引先の人と商談に行ってきますっ!」

 と言い残し宣伝一課のオフィスを後にする。

「ちょっと、待ちなさいっ! この部署は営業の仕事はなかったはずよっ!」

 と言って引き留める琴音だが、聞く耳を持たずして去って行く里中。

 里中が去ったというのに、宣伝一課の女子メンバーの怒りは収まらず下手に声を掛けたら八つ当たりされる一瞬触発の状態。

「このオフィスに塩の壺があったら、あのクソ筋肉バカに全部ぶっ掛けてやりたいっ!」

 と言って英美里が、今にも怒りが爆発寸前で元不良の気質が露わとなる。

 そんな中、久晴が無言でデスクに座ると何故か書類を作成し始める。

 どうやら、部外秘の情報を里中が知っていることに強いショックを受けたに違いない。

 表題の引継書を見た瞬間、宣伝一課メンバーの誰もが騒然とし必死に止めようとする。

「ひっ、久晴さん、引継書はまだ早いってっ!」

 と言って慌てです真理香は、久晴の引継書の作成を必死に止める。

 だが、久晴の耳には届かず黙々と引継書を作成する。

 誰もが騒然とする中、真理香のスマホから電話の着信音が流れてくる。

 何かと思って応対する真理香は用件を聞くと、

「連絡ありがとう。今、取り込み中だから後で」

 と言って電話を切って久晴の引き留めを再開する。

 気になった菜摘は真理香に質問すると、

「友人よ。私の親友から」

 と真理香の返答に不思議そうな顔をして首を傾げることしか出来なかった。


 昼休み後、久晴と菜摘を宣伝一課のオフィスに残してミーティングルームに集合。

 幸い、課長の高光は社内会議に出席して不在の上に外回りで里中は不在。

 相変わらず、久晴は黙々と引継書の作成する手を止めることはない。

 その様子を心配そうに伺う菜摘は、静かに見届けることしか出来ない状態。

 一方、ミーティングルームでは琴音がヒアリングをして事情を把握する。

「なるほど、中途採用の三人組は久晴さんの小中学の同級生。しかも、三人組からイジメを受けたのなら久晴さんがトラウマを思い出して嫌がるのも無理はないわね……」

 と言って琴音は、久晴の心境を理解して複雑な表情を見せる。

 そんな中、里中の情報を集めてきた英美里が報告する。

「あの筋肉バカ、国体には一応出場したけどベンチを温めるだけの補欠。当然、試合には一度も出ていない。友人からの話だと、高校の時はヤンチャばかりの問題児だって」

「例えば、どんなことをしていたの? 英美里?」

 と言って興味津々の真理香に、顔を曇らせた英美里が続けて報告する。

「高校時代は、授業を抜けては弱い男子へ恐喝などの素行不良な行為や時々練習をサボって気に入った女の子にナンパ。しかも、一方的に迫って拒否する女の子の気持ちは完全無視な脳筋プレー」

「もしかしたら、あの脳筋とは馬が合いそうじゃ?」

 と言って咲良がちょっかいを掛けると、英美里は眉間にしわを寄せて怒り出す。

「冗談じゃない、咲良っ! あたしでも、弱い相手に恐喝したこと一度もないって! 大体、あたしが脅す相手はクズと思ったヤツだけよ!」

「ゴメン、話を続けて英美里。里中は、高校を卒業したの?」

 と言って真理香が仲裁に入ると、我を取り戻した英美里は続けて報告する。

「一応、高校は卒業して地元の会社に就職。けど、病気と偽ってパチンコやナンパ遊び。当然、ズル休み発覚し即刻クビ。その後、再就職したけど問題を起こしてクビの繰り返し。何故か問題を起こした男が再就職できたのかは謎のまま」

 再就職のワードを聞いた瞬間、普通なら様々な問題を起こせば社会から追放されて当然だというのに即復帰できるのが不思議に思う集まったメンバー。

 さらに、英美里の口から里中が前の会社を辞めた衝撃の理由を話した。

「筋肉バカ、交際中の女性の兄であるマル暴デカを札付きと勘違いして辞職願を出して」

「札付きっ? もしかして、刑事さんの事を凶悪犯かヤクザと勘違いしているって事?」

 と言って訪ねる真理香に頷く英美里は、

「理由は未だ分からないけど、勘違いで逃げていると思うと今にも笑っちゃいそうで」

 と返事をして今にも笑うのを必死に堪えている。

 琴音は、英美里の話を聞いて冷静にまとめる。

「要は、里中征敏って男は数々の素行不良や女癖のヒドさで職を転々としている訳ね」

 次に、咲良が集めた望月と瀬浪の情報と今回の一件に深く関わる証拠映像を報告する。

「望月佳緒里って女、ハッキリ言って履歴は真っ赤なウソ。本当は歌舞伎町のクラブで勤めるキャバ嬢。クラブの中では中堅で、ナンバー組を見ては悔しがってたって」

 と話す咲良の報告に、誰もがドン引きして目を疑う。

「辞めた理由が、ナンバー1キャバ嬢の太客に枕営業したことが当時の同僚やスタッフの耳に入ってしまい脱走。これ聞いて夜の女の世界は闇が深くて怖いねぇーっ」

 と咲良の衝撃報告に、同性のメンバーは驚いて一瞬思考が止まってしまう。

 咲良は、思考が止まったメンバーを覚ますように瀬浪に関する情報を報告する。

「次に、瀬浪義昭の履歴は盛っている箇所は幾つかあるけど大学卒や海外で仕事をしていたことは本物。しかし、業績不振と環境に馴染めず数年足らずで会社を辞めて帰国」

「……てっことは、学校では優秀でも社会に出たらポンコツのタイプ?」

 と言って我を戻した英美里が質問すると、咲良は頷いて続けて報告する。

「帰国後は、親や親戚のコネを使って再就職。再就職しては不満ばかりで会社の人達とは馴染めず結局は退職。これの繰り返しで、親だけでなく親戚も困っているそうよ」

「と言うことは、里中と望月の二人が再就職できたのは瀬浪が深く関わっていると?」

 と真理香が自分の推測を言うと、英美里が笑顔で何度も頷いて説明する。

「ピンポーン、真理香ちん大正解。三人の履歴書、筆跡が全く同じ人物。しかも、瀬浪のデスクから殴り書きのメモを照らし合わせたらビンゴでした」

 咲良の話を聞いて、メンバーの誰もが納得した表情を見せる。

 そんな中、久晴の無実を証明する証拠映像を入手したことを咲良が報告。

「先日、咲良の後輩がカフェのバイト中で撮影した映像。望月が左手で脳筋の頬を引っ叩いて瀬浪がカメラマン。どうやら、あの写真は瀬浪が撮影して加工したみたい」

 と言って咲良はタブレットを取り出すと、三人がカフェの団体席で屯っている様子を映像でバッチリ映し出している。

 他にも、先日三人が集まって不満を口に漏らす里中と望月に瀬浪が久晴を陥れる悪巧みを持ち掛ける様子も音声付きで映し出されている。

 これらの証拠映像を視聴した真理香は、眉間にしわを寄せ目付きが鋭くなる。

「やっぱり! あの三人、絶対に懲らしめてやるから!」

 と言って、心から湧き上がる怒りを抑えるのに必死な真理香。

 そこへ、ミーティングルームに来るはずがない会長の遼太郎が突然中へ入ってきた。

「かっ、会長っ、こんな場所に来ることはっ?」

 と言って驚く真理香と、集まったメンバーが騒然となる。

 遼太郎は、空いている席に腰を下ろすと、

「中途採用の三人の身辺調査、途中でも構わないからワシに報告してくれ」

 と言って顔を曇らせる。

 真理香と集まったメンバーは、顔を曇らせる遼太郎に里中と望月と瀬浪の三人の身辺調査に加え証拠映像を見せながら報告する。

 報告を一部始終見て聞いた遼太郎は、重い口を開きメンバーを驚愕させる。

「実は、小柴のカミングアウトはワシの指示だ……」

 ……小柴が写真を見たとき、「男性の指にしては細すぎる」と言って再調査を進言したが人事部の高畑が我を忘れ受け入れようとしなかったそうだ。

 そこで、電話で相談してきたので同様の意見を述べた……。

「……多田野君には申し訳ないが、君達に伝えるためにカミングアウトさせた」

 と言って遼太郎が説明すると、集まったメンバーは自分達の知らないところで動いていたことを知ることになった。

 そんな中、遼太郎の口から真理香や集まったメンバーに情報と指示を与える。

「来週の水曜日、人事の会議がある事は伝えておく。今集めた情報だけでも十分だが、追加の情報及び証拠を集め確実に外堀を埋めて貰いたい。以上だ」

 遼太郎がミーティングルームを去るとき、琴音に目を合わせて激励する。

「難波君、真理香の力になってくれ。頼むぞ」

 琴音は今も信頼されいる事を確信し、何も言わず笑顔で礼をして遼太郎を見送った。

 同時に、報告会が幕を下ろし何事もなかったように仕事に戻る。

 席に着こうとする真理香は、隣の席で肩を落とす久晴に笑顔で頭を何も言わず撫でながら心の中で固く誓った。

(貴方に掛けられた濡れ衣、私達が必ず晴らして見せます)

 頭を撫でられたというのに、反応することなく引継書を作成する久晴であった……。


 その日の夜、社員寮の自室で真理香はスマホで電話を掛ける。

「夜分遅くごめんね、真理香。実を言うと、大問題が発生して協力して欲しいけど」

 どうやら、電話の相手は影武者の真理香のようだ。

 本物の真理香は、これまでの事情を説明し久晴に濡れ衣が掛けられていることを話す。

 すると、事情を聞いた影武者の真理香は、

「お伝えしたとおり、就労ビザの関係で今週末に帰国する予定です。どこかで、お嬢様と打合せがしたいです。出来れば、早いほうが都合がいいです」

 と言って面会を希望する。

 すると、本物の真理香はスケジュールを照らし合わせ日時を伝える。

「お嬢様、以前にも話したじゃないですか。「こういうのは貸し借り無し」って」

 と影武者の真理香が快諾し、少し笑顔になった本物の真理香が了承したことを実感。

 その後、電話を切ると集めた身辺調査の報告書に再度目を通す本物の真理香であった。

 二日後、休日の渋谷は相変わらず多くの若者が行き交っている。

 ハチ公前で、本物の真理香が髪を黒く染めた影武者の真理香と合流する。

 昨日帰国したばかりなのに、長時間の移動や時差ボケなどの疲れを見せることなく元気な姿を見せる影武者の真理香。

 勿論、影武者の真理香は見分けやすいように髪を黒く染め戻している。

 合流した二人の真理香は、何時も使用する隠れ家的なカフェに入店。

 入店後、周囲を気にしながら個室に入り本物の真理香から資料などを見せながら事情を影武者の真理香に説明する。

「これを見る限り、三人が問題の元凶なのは明らかです。三人の悪行で、久晴さんや社内の人達が苦しんでいると思うと黙って見過ごすわけにはいきません」

 と言って、資料などを見て険しい顔をする影武者の真理香。

 本物の真理香は、耳打ちで今回の作戦の打合せをする。

「分かりました、来週の水曜日ですね。これで、久晴に助けて貰った恩を返すことが」

 と言って影武者の真理香が笑みを浮かべると、

「真理香、前にも「こういうのは貸し借りは気にしない」って言ったでしょう。それに、貴女は私の親友じゃない」

 と本物の真理香に言われ、お互いクスクスと笑い合う。

 同じ頃、いつでも移動できるよう久晴は荷物をまとめ引っ越しの準備。

 だが、その裏で自分の転勤阻止作戦が動いていることを今は知る由もなかった……。




 こうして、人事関係の会議が開かれる水曜日を迎えた。

 まだ、誰も出社していない早朝に本物の真理香が本社フロアに待ち合わせしている中、影武者の真理香が姿を現す。

「予定通り。早速だけど、私のオフィスルームに行きましょう」

 と言って本物の真理香が案内すると、影武者の真理香は何も言わず頷いて後をついて行くように同行する。

 この日、表向きは宣伝一課の勤務表に朝川真理香は有休で出社することはない。

 本物の真理香は、影武者の真理香と共に自分のオフィスルームに入り最終的にまとめた身辺調査関係の説明をした後、

「……会議は、午前十時に開かれる予定。一応、御祖父様には許可を貰っているから乱入して身辺調査の資料及び有力な証拠映像を披露しましょう」

 と言って、作戦内容を説明する本物の真理香。

 そこへ、ノックの音が聞こえ入室を許可する本物の真理香。

 すると、主任である琴音が中に入ってきて真っ青な顔で報告する。

「大変ですっ! 優菜の両親が苦情を伝えるため来社っ! 受付では、会長に面会を要求して受付嬢が困り果てて……!」

 その報告を聞いた本物の真理香は、何かを企んでいる不敵な笑みを浮かべ指示を出す。

「それは、私にとって好都合。琴音さん、私の所へ案内して下さい」

 すると、琴音は指示に従い部屋を出る。

 本物の真理香の表情を見た影武者の真理香は、一体何を企んでいるのか説明を聞かずとも理解していたらしく不敵な笑みを浮かべる。

 ここから、久晴の転勤阻止作戦が今始まろうとしている。


 午前十時、会議室で人事に関する会議が開かれた。

 人事部の高畑部長は、タブレットに証拠写真を提出し久晴の人事異動を説明する。

「見ての通り、中途採用の里中君に対して宣伝一課の多田野君が平手で叩いた証拠の写真です。証言者の話では、里中の悪口で激怒した多田野君が平手打ちをしたとのことです」

 と言って説明する高畑は、自分の知っている事件の全容を話した。

 すると、集まった役員の中に「火元を作った里中にも問題があるのでは」と意見を言う者もいれば、「この程度で異動は重すぎるのでは」と意見を述べる者がいる。

 それでも、高畑は険しい表情で自分の主張を曲げようとせず、

「こんな狼藉者を残しておけば、新たな被害を引き起こす可能性もあり本社の風紀が乱れる恐れがあります。従って、多田野久晴を中日本支社への転勤が妥当と判断しました」

 と言って久晴の転勤を主張した。

 そんな中、会議室の出入口のドアからノックの音が聞こえる。

「御祖父様、真理香です。今日は人事の会合と聞き、合わせたい方が来社しましたので入っても宜しいでしょうか?」

 とドアの向こうから真理香の声が聞こえ、高畑は入室を拒否しようとする。

 ところが、会長の遼太郎は会議中にも拘わらず、

「よろしい、入ってきなさい。真理香」

 と言って真理香の入室を許可する。

 すると、ドアが開いて入ってきたのは二人の真理香と和服姿の優菜の両親。

 入室した瞬間、優菜の父親は眉間にシワを寄せ鋭い目付きで高畑を睨み付け、

「説明して貰おうっ! 優菜に、我が娘に乱暴を働いた者がいると聞いているっ!」

 と言って必要以上に詰め寄る。

 これには、頑固な高畑も優菜の父親の気迫に押され狼狽えている。

 本物の真理香は、二人の間に割って入り仲裁すると身辺調査の報告をする。

「実を言うと、先日に御祖父様から指示で三名の身辺調査をさせて貰いました。その結果、とんでもない狼藉者であることが判明しました」

 影武者の真理香は、タブレットで中途採用した三人の調査報告書を提出する。

 当然、報告書を閲覧した役員は騒然とし高畑に疑いの目を向ける。

 調査報告書に目を通した高畑は、信じることが出来ず本物の真理香に問い掛ける。

「では、この写真はどう説明を……?」

 すると、本物の真理香は疑っている高畑に冷静な態度で返答する。

「これは明らかに合成です。その証拠に、平手打ちした手は明らかに女性の左手。それに対し、多田野さんは右利きで一般的に左で叩くことは考えられません」

 その返答に高畑は、写真を再確認して不自然に気がつき手が震える。

 さらに、本物の真理香が問題点を幾つか指摘して証拠写真が偽物である事を主張。

 これには、役員も納得した表情を見せ人事異動に異を唱える者が現れる。

「でっ、では、里中君を叩いた者がいると聞いている。一体、誰が……?」

 と言って問う高畑は、狼狽えることしか出来ない。

 すると、本物の真理香はハッキリとした口調で答える。

「写真は私ではありません。でも、不貞な行為を止めさせるために私が叩いたのは紛れもない事実です。但し、彼の側頭部を平手で叩きました」

 本物の真理香の一言で、役員達は騒然とし混乱状態となる。

 遼太郎は、混乱状態を一喝して沈めさせ孫娘である本物の真理香に説明を求める。

 すると、久晴が録画した証拠映像をプロジェクターに映し出す。

 映像は、優菜が里中にナンパされるところを本物の真理香が助けるところである。

「私が聞く限り、会った限り、多田野さんは乱暴なことをする人ではありません。社内では評判も良く、悪い噂は一つも聞いたことがありません」

 と言って凜とした態度で堂々と主張する本物の真理香を見て、自信を喪失して肩を落とす高畑は一体何を信じればいいのか分からなくなっていた。

 これで、久晴の無実が証明された瞬間であった。

 そんな中、本物の真理香のスマホから着信音が流れ電話を取る。

 相手の咲良から、本物の真理香に新たな情報が提供される。

「ヤッホー、あの三バカトリオが外回りと称して昼間っからカラオケ店で遊んでいるよーっ」

 すると、高畑は立ち上がり怒りに震え本物の真理香のスマホをいきなり取り上げる

「どこだ、義昭は何処のカラオケ店にっ?」

 と高畑は問い質すと、咲良はカラオケの店名と連絡先を伝え電話を切る。

 その様子を見た遼太郎は集まった役員に、自分が預かる形で解散を宣言する。

「本日の会議は一時中断、日程は後日ワシが伝える」

 高畑は、途中で会議に乱入した人達と部下と共に某カラオケ店に向かって行った。

 その頃、里中と望月と瀬浪の三人は平日の昼間だというのに某カラオケ店の一室で不良のたまり場のように騒ぎまくっている。

「今頃、多田野の異動が決まっている頃だ。ザマーミロ、若い女に囲まれた部署で楽しそうに働くのはアイツには似合わないって。アッハハハッ!」

 と言って笑い飛ばし、昼間だというのに酒を飲んでほろ酔い状態の瀬浪。

「残るは、朝川をどうやって落とすかだ。俺が多田野の姪を奪ったように、今度は彼女を奪ってやるぜ。何年かして多田野が戻ってきたとき、どんな顔になるか楽しみだ」

 と言う里中は、想像を膨らませてニヤついた笑顔を見せる。

「確か高校に進学した後、すぐ別れた女じゃなかった? もう止めたら、大人の火遊び?」

 と望月が笑いながら忠告すると、里中は悪人のような高笑いして問題発言。

「ある意味、夢から覚ました俺に感謝して欲しいぜ。法律的、血縁関係がある三親等内は結婚ができっこないって。それに、あの女は経験値稼ぎの遊び相手。要は数、女との付き合いは数っ」

 これには、呆れた様子で利き手である左手でマイクを握る望月は話を変えるように、

「でも、下品な平社員や多田野みたいにウジウジした男が消える思うと嬉しくなるわね」

 と言って今歌おうとするところであった。

 そこへ、部屋の扉をいきなり開き突然と姿を現す高畑と本物の真理香。

 その後ろには、影武者の真理香と優菜の両親が立ち塞がっている。

 これには、瀬浪も目を丸くして驚き酔いが一気に覚めてしまった。

 望月も同様に、音楽が流れても金縛りに掛かったようにピクリと動かない。

 ところが、本物の真理香が目に入った里中は頭に血が上りソファーから飛び上がるように立ち上がるといきなり突進してくる。

 当然、本物の真理香は突進を意図も簡単に交わすと里中の腕を掴んで投げ飛ばした。

「あっ、朝川っ! てめーっ!」

 と里中が叫ぶと、本物の真理香は鋭い目で睨み怒りをぶつけるように言い返す。

「私は近衛真理香。貴方には言いたくないですが、会長の孫娘で多田野久晴の彼女です」

 聞いた里中は、驚きの余りに怒りが何処かに消え何も言えなくなる。

「ちなみに、朝川真理香は私です。お嬢様が、ロンドンから帰国すると聞いて髪を黒に染め戻しました。それに、会社の規則に髪の色の指定はありませんけど」

 と言って、後ろにいる影武者の真理香が名乗った瞬間に里中の口が震える。

 まさか、久晴の彼女がご令嬢とは想定外で強力なバックがいることに思考が停止状態。

 さらに、追い打ちを掛けるように高畑が里中に問い詰める。

「里中君、君は植松さんのお嬢さんを口説き落とそうとしている話を聞いている。どういうことか、説明して貰うぞ!」

 その一言で、瀬浪は血相を変えて里中に厳しく責め立てる。

「里中、あれほど言ったろうっ! 植松を名乗る女には絶対手を出すなってっ!」

 里中は冗談交じりに宥めようとするが、火に油を注ぐだけで瀬浪の耳には届かない。

 さらに、瀬浪が高畑に渡した証拠写真が合成と見抜いたことや、様々な証拠映像で悪事が高畑や優菜の両親に知れ渡り三人は四面楚歌に追い込まれ内輪揉め状態。

 その様子に逆鱗の本物の真理香は、両手で机をバンと強く叩き内輪揉めの悪友三人組を黙らせる。

 そして、本物の真理香は鋭い目で三人を睨み付け怒りを露わにする。

「貴方達の最大の誤算は、私や私の仲間達を本気で怒らせた事よっ!」

 その一言で、久晴の悪友三人組は愕然と肩を落とし反論する言葉も出ない。

 当然、防犯カメラで撮影された映像や音源はカラオケ店と相談の上で提供し動かぬ証拠に。

 逆鱗の高畑は、自分の部下を呼び寄せ取り押さえる指示を出すと悪友さんに言い放つ。

「お前達、多田野君に直接謝りに行くぞっ!」

 追い詰められた悪友三人組は、捕まった犯人のように終始無言で高畑の部下に連行される。

 高畑と大勢の部下達に連行された悪友三人組は、一台のワゴン車で会社へと向かった。


 夕方、終業時間だというのに無言で引継書の作成や荷物をまとめる久晴。

 あの三人に再び奪われると思うと、悔しさと悲しさが入り交じりやるせなかった。

 そこへ、人事部長の高畑が悪友三人組を引き連れて突然姿を現す。

 今度は、新たに何を言われるのか戦々恐々の久晴。

 ところが、高畑は悪友三人組と共にいきなり床に正座すると、

「多田野君、君を疑って誠に申し訳ないっ!」

 と言って、自分の額を勢いよく床につけて土下座する。

 これを見た久晴は、戦々恐々の状態から何がどうなっているのか分からず言葉を失う。

 それに対して、悪友三人組は不満そうな表情で久晴に会釈するだけ。

 激怒した高畑は、里中と瀬浪の後頭部を鷲掴みにして勢いよく床に叩き付け謝らせる。

 それを見た望月は、恐怖でプライドを捨て自ら土下座をして久晴に謝る。

 状況は把握できないが、自分の無実が証明されたことを自覚する久晴。

 これで一件落着と思っていたら久晴は、何故か立ち上がり三人に訴える。

「……返せ、時間を返せ……」

 何が言いたいのか分からず、高畑や悪友三人組は顔を上げると久晴は目に涙を溜めて怒りを露わにしている。

「お前達は、面白半分で俺やみんなを散々見下してきた。夢、恋心、友人関係、お前達はそれらを全て貶し踏み躙り奪うだけ奪ってきた! せめて、せめて、俺達から奪った時間だけでも返せっ!」

 と訴える久晴は、悪友三人組に対して今にも泣き出しそうな辛さと怒りに満ち溢れている。

 その久晴の顔を見た高畑は、小中学に悪友三人組からどれだけ酷い目に遭ってきたか十分伝わる。

 それに対して、悪友三人組は何のことか理解できずシラを切るように談笑している。

 そんな悪友三人組の態度を見た高畑は、般若のような怖い顔で睨み付け言い放つ。

「どうやら、お前達の腐りきった性根は今も全く変わっていないようだな。この私が直々に腐りきった性根を徹底的に叩き直すっ!」

 般若のような逆鱗の高畑の顔を見て三人は、言い返す言葉を失い恐怖に震える。

 高畑はゆっくり立ち上がると、今にも泣きそうな久晴を自分の親のように慰める。

 久晴は、指で目に溜めていた涙を拭き高畑に提案を持ち掛ける。

「高畑部長、クビを切るより社会の厳しさを体で知った方が彼らのためだと思います」

 久晴の提案に、何を思ったのか高畑の顔が何かを企む笑みを浮かべて納得する。

「確かに、多田野君の意見は一理ある。詳しくは、後で話を聞こうではないか」

 と言った高畑を見て、悪友三人組は戦々恐々で震えて人事部の人達に連行された。

 その後、悪友三人組が何処でどうなっているのか今知る者はいなかった……。

 翌朝、人事部から配信されるメールの速報を見て騒ぎ出す社員達。

 里中・望月・瀬浪の三人が、様々な問題行動などが人事部に知れ渡り現在謹慎中。

 昨日、外回りと偽って平日の昼間から某カラオケ店で豪遊していた情報を受けた人事部が現地に駆けつけ豪遊中の三人を確保及び補導。

 今後の予定は、今日から人事部のヒアリングと集まった情報の調査を実施。

 まずは、悪友三人組から被害を受けた人達からヒアリングが始まる。

 当然、その中に久晴が含まれ第一陣のヒアリングに望む。

 相手は高畑部長で、過去の仕打ちや今回の一件に関して事細かく説明する久晴。

 そんな中、高畑が先日の件に関して久晴に意見を求めた。

 すると、久晴は自分の受けた仕打ちを思い出し提案を持ち掛ける。

「かつて、自分の所属していた会社へ出向されるのは? 問題のある社員を更生する上司が、自分の知っている方で」

「ああっ、向井って男なら私も知っている。彼なら更生を任せられそうだ」

「高畑部長、お願いがあります。今回の一件、検討した上でお願いします」

「それは分かっている、多田野君。こちらも、それなりの部署に配属させるつもりだ」

 と久晴と高畑部長の話し合いは、謹慎中の身である悪友三人組が知ることは無かった。

 ちなみに、証拠と偽った合成写真で里中の頬を叩いたのは望月と判明した。

 その頃、謹慎中の悪友三人組は高畑が知っている寺で修行中。

 宣伝一課のオフィスは、空席のデスクを見て解決されそうだと実感する久晴は、裏で解決に乗り出していた本物の真理香や女子メンバーに心の中で感謝し仕事に戻った……。


 次の週、今回の一件で無実が完全に証明された久晴の異動は完全に白紙撤回。

 望月の件に関しては、社員側にも非があると判断し厳重注意のみだが里中と瀬浪と同罪扱い。

 今回の件で元凶の悪友三人組には、出向や他の支社への異動が即日決定された。

 里中と瀬浪の男性二人は、出向先である黒井製作所の東北支社で社員教育中。

 事情を聞いた向井は、更生プログラムを組んで二人に厳しい社員教育を実施。

 数日もしない内に耐えかねた瀬浪は、親族から勘当を言い渡されているというのに電話で叔父の高畑に電話で助けを求めるも完全に見放され絶縁状態が今も続いてる。

 研修終了後は、悪事を防止するために別々の支社へ異動予定。

 望月は、共犯ということもあり男性二人よりは軽いと判断したのか中日本支社へ転勤。

 小柴は、「腹黒い女性に受付嬢は任せられない」と社員寮スタッフへ降格を命じる。

 今は、寮長や先輩のスタッフに厳しく扱かれ自分の行いを後悔する毎日の望月。

 今回の一件で責任を重く受け止めた高畑は、会長である遼太郎に辞表を提出。

 だが、遼太郎は提出した辞表を破り捨て高畑を慰安して辞職は認めなかった。

 今回の件で、辞表は認められなかったが暇を見ては自己鍛錬を心懸ける高畑。

 当然、身内であっても厳格な入社試験は必須と採用の規則が変更。

 一方、久晴に小柴からの電話で連絡があり新卒で配属される新人の指南役を頼まれたのは後の話。

 指南役に関しては、課長の高光にも了承済みで公になっているため心配無用だが苦労する嵌めに。

 三月某日、就労ビザを更新した影武者の真理香は再びロンドンに飛び立ち久晴と本物の真理香の二人だけで見送る。

 当然、素性を知らない人達への配慮する形での見送りである。

 飛び立つ飛行機を見上げる久晴は、手を振って影武者の真理香に感謝するのであった。

 こうして、久晴の悪友三人組が巻き起こした一連の騒動は静かに幕を下ろした……。




 事件が解決してから月日が流れ、五月のゴールデンウィーク初日を迎える。

 久晴は、お詫び行脚で貰った京都行き二泊三日のチケットで新幹線に乗る。

 最初は拒否したが、真理香の説得と高畑部長に勧められ受け取ることに。

 久晴は、チケットと見比べながら高畑部長を静かに見送る事しか出来なかった。

 ゴールデンウィークを利用しての京都旅行、やっと一人になれると安堵の思い指定されたグリーン車に乗り込む久晴。

 その時、指定された席の隣に真理香が鎮座し説得した理由が何となく分かってきた。

(……嵌められた……。真理香さんに嵌められた……)

 と思った久晴は、ウキウキ気分の真理香に目を合わせることが出来ない。

 同時に、男の一人旅でないことに肩を落とす久晴は真理香と共に一路京都へ。

 京都に到着後、真理香に連れ回される形で観光の久晴は休まることは無かった。

 翌日、嵐山方面を観光する久晴は真理香に勧められ浴衣に着替えることに。

 浴衣姿の真理香を見て、違う意味でドキッとして顔が赤く染めてしまう久晴。

 その後、浴衣姿の久晴と真理香は嵐山の名所の一つである竹林の小径を探索。

 見上げれば青々とした竹林に隙間からの木漏れ日はとても神秘的で、心地よいそよ風が夏のような暑さを忘れてくれる不思議な名所である。

 真理香は、久晴の腕を組んで嬉しそうに竹林の風景を楽しむ。

 それに対して、久晴は違う姿の真理香に常に緊張状態で目を合わせられない。

 真理香は、腕組みしている久晴の左腕を強く抱き締め自分に向かせ話し掛ける。

「久晴さん、まだあの三人のこと気にしている?」

 すると、首を横に振って気にしていないことを主張する。

 だが、否応なしに思い出す久晴の心の奥底を見透かした真理香は、

「久晴さん、大切なのは過去の記憶より未来に向かう自分。嫌な思い出は忘れて、今は京都観光を楽しみましょう。ねえっ」

 と言って、笑顔を見せて励ます。

 その一言で、心の奥底に残ったモヤモヤは何処かに消えたように感じた久晴。

 久晴の表情を見た真理香は、さらに励ます言葉を贈る。

「前に話した虫人間の夢、最後はハッピーエンドで終わっていいじゃない?」

 久晴は、大事なのは忌まわしき過去の思い出が自分の足枷なっていたことを実感しポジティブに切り替える事から始めようと思った。

 それと同時に、空を見上げ自分を苦しめた三人の悪友に心に中で別れを告げる久晴。

 気持ちを切り替える久晴を見た真理香は、

「ねえねえっ、この近くに恋愛成就の神社があるって!」

 と言って笑顔を見せて腕を引っ張って連れて行く。

 突然な真理香の行動力に、自分がポジティブなれるのは何時のことやらと思う久晴。

 ただいま、久晴のポジティブ思考の修行は今始まったばかりである。

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