15,ロンドン大捜査線
机の上に置かれた手紙、手に取る本物の真理香は不安そうな表情で読み上げると背筋が凍り付く恐怖に襲われ動揺する。
「えっと、「探さないでください。私、お嬢様に変装する自信がありません」って真理香の家出っ?」
動揺する本物の真理香を見て、今は仲間同士でケンカしている場合でないと悟った久晴は何かヒントがあるか周囲を見渡す。
室内は、特に荒れた様子はなく整理整頓された状態。
見渡すと、風が揺れるカーテンを見て花瓶をとした場所と誰もが分かる。
しかし、車が走った音は聞こえない。
(もしかして、身内……? それとも、事情を知っている誰か……?)
と思って、周囲の状況を把握する久晴は推理小説の名探偵の雰囲気がある。
そんな中、書き置きした机の上を見たとき一本の漆黒に染まった万年筆風のボールペンを発見する久晴は何も言わず観察する。
本物の真理香は、漆黒のボールペンを静観する久晴に固唾を呑んで見守る。
その姿は、名探偵の隣にいる優秀な助手にも見える。
久晴は、漆黒のボールペンの金色で刻印されたイニシャルを見て何かを思い出す。
「これって、雛田君が無くしたって……。一体、なんで2P真理香さんが……?」
と言った久晴に、動揺で気が動転する本物の真理香。
「ひょっとして、雛田君が真理香を拉致……? もし、そうだったら何で……?」
「いや、無くした物で書き置きするなんて普通じゃ……? もしかしたら、濡れ衣を着せるための偽装工作もあり得るけど……。真理香さん?」
室内の久晴と真理香は、周囲を見渡しながら手掛かりがないか必死に探す。
そこへ、ロンドン支社の人達が姿を現す騒然となる。
「お嬢様、どうしましたか? こっ、これは、一体何が?」
と言って、把握できない人事部のリチャードは本物の真理香に説明を求める。
本物の真理香は、この部屋で起きた出来事をリチャードに説明する。
当然、机の上に置かれた漆黒のボールペンを見て将介が一番怪しいと駆けつけた誰もが思うようになる。
だが、久晴だけは誘拐犯は他にいるのではと確信していた。
しかし、誰が犯人なのか分からない。
唯一言えることは、影武者の真理香がいなければ帰国することが出来ない。
果たして、影武者の真理香は何処へ消えたのか現段階では手掛かりはなく分からず仕舞いの久晴であった。
翌日の早朝、消えた影武者の真理香が行きそうな場所を聞き出すべく偶然にも将介を捕まえた久晴と本物の真理香は人気の少ないカフェに連行。
幸い、土日は休日となっているためある程度の時間に余裕はある。
「雛田君、協力してくれ。君の幼馴染み、今行方が分からなくて?」
と言った久晴の深刻な表情を見て、何がどうなっているのか理解できない将介。
それでも、久晴の呼びかけに応じることなく取り調べで黙秘を続ける重要参考人のようにそっぽを向いて黙り込んでしまう将介。
その姿に、苛立ちを隠せない本物の真理香がテーブルを叩き将介の顔を睨み付け、
「今、あなたの置かれている状況を考えてっ! 真理香の失踪、あなたが一番怪しまれているというのにいつまで黙っているの!」
と言って、血の気の多い新米刑事のように詰め寄る。
その怖い顔に怯える将介だが、久晴が割って入るように本物の真理香に尋ねる。
「失踪の一時間ほど前、雛田君の前で俺達ケンカしていたよね?」
本物の真理香は、久晴の一言で思い出し将介が実行できる状況でないことに気がつき冷静を取り戻し将介に謝る。
「そうだった……。私、彼のガラケー久晴さんのだと思って一時的に取り上げて……」
緊迫した状況の中、久晴は意外と冷静になり心情派のベテラン刑事のように将介に本題とは離れた質問を仕掛ける。
「彼女から身の上相談に乗ったけど、雛田君が問題にならない程度のエッチなイタズラを仕掛けてくるのって好きの裏返しか?」
その一言で、黙り込んでいた将介の耳が赤く染まる。
久晴の一言で、自分の知らないところで影武者の真理香の恋愛について久晴が相談に乗っていたことを知らずケンカしていた自分が恥ずかしく思えた本物の真理香。
同時に、将介が影武者の真理香が好きなのを見抜き、
「でも、女の子の立場から言わせて貰うと回りくどいアピールは逆に迷惑かな。出来れば、ストレートに「友達になってください」と言った方が」
と言って、黙っている将介に優しくアドバイスする。
その時、黙り込んでいる将介の態度が軟化するのを久晴の目は捉える。
「協力して欲しい、彼女が行きそうな場所を」
と言って、黙り込む将介にお願いする久晴。
すると、将介は静かに頷いて久晴のお願いに応じる。
それを見た久晴は、安堵の表情を見せ肩の荷が少し楽になる。
「朝食、まだでしょう。ここで、簡単な朝食にしましょう」
と言って、ウエイトレスにオーダーする本物の真理香。
その後、久晴と本物の真理香は将介から手掛かりとなる情報に耳を傾ける。
自分達のためにも、目の前にいる将介のためにも……。
しばらくして、久晴と本物の真理香はカフェを出て聞き出した将介の情報を確認するように整理する。
「確かに、真理香の趣味嗜好からして行きそうな場所だわ」
と言って、真剣な表情を見せる本物の真理香。
イギリスの土地勘がない久晴だが、観光スポットを見たとき影武者の真理香の趣味が何となく分かり話し掛ける。
「もしかして、映画鑑賞の趣味が?」
「察しがいいわね、久晴さん。特に、有名な小説を題材にした映画のことに関して熱心に話してくれたこと思い出すわ」
「そうか、観光スポットには映画のシーンでモデルとなった駅が……。でも、短時間で向かうには電車の乗り継ぎが……」
「それに関しては、私に任せてくれる」
と言って本物の真理香は、心配する久晴の手を取って行動を始める。
突然、連れて行かれる久晴は分からぬまま本物の真理香に同行するしかなかった。
本物の真理香が連れてきた場所は、宿泊先である河川が近く社宅寮の高低差がある納屋と思われる場所で関係者以外立ち寄ることはなく閑散としている。
まさか、立ち寄ることのない場所に来るとは思わない久晴は不安の表情を見せる。
本物の真理香が扉を開けると、二人乗りと思われる白い小さな車が姿を現す。
「これって、BMWのイセッタ? しかも、三輪タイプの年代物じゃ?」
と言って、レトロな車を間近で見るなんて想定外の久晴は車の周りを一周して観察し錆一つなくきちんと整備されていることが確認できる。
よく見ると、イセッタの後輪は安全のために二輪に改造されている。
「イギリスに留学の際、御祖父様からプレゼントされたの。カワイイでしょ、これっ」
と言って、説明する本物の真理香は再開する自慢な旧友のように喜んでいる。
まさか、会長である遼太郎のプレゼントと聞いて驚く久晴は、
(確か、状態がいい物だと日本円で百万どころじゃ……。俺、今まで高額なプレゼントなんて一万を越えたことすらないというのに……)
と思って、改めて隣にいる真理香が大会社のお嬢様だと痛感する。
同時に、ヲタクで陰キャな自分と付き合っていることに今でも疑っている。
「早く乗って、久晴さん。サッサと私の影を探すわよ」
と言って、今でもイセッタを動かしたい本物の真理香は心がウズウズしている。
だが、サイドにドアがないことに気がつき慌てふためく久晴は、
「チョット待ってくれ。ドア、何処に?」
と言って、イセッタの周囲を何度も見渡す。
本物の真理香は、オドオドする久晴を気にすることなく全面の取っ手を掴んで開けるとベンチタイプのシートに腰を下ろす。
久晴もシートに座るが、安全関係で必要な物がないのに気がつき騒ぐ。
「これって、シートベルトは? エアパックもないけど?」
「これ、年代物だから装備されてないの。大丈夫、事故の時はサンルーフから脱出できるから。それに、今まで無事故だから心配無用よ。久晴さん、いくわよーっ」
と言って、エンジンを掛けてイセッタを走らせる本物の真理香は楽しそうな表情を見せる。
イセッタが走ると同時に、無事でいることを祈る久晴は本物の真理香に懇願する。
「もしかして、タクシーとか電車使った方が安全では……?」
「残念だけど、電車は遅延が当たり前のように多いからダメ。それに、タクシーは金銭トラブルにあう確率が高いからもっとダメ。だから、自分で運転した方が一番」
「じゃあ、国内の時はタクシー呼んでたけど……? 何で?」
「免許は持っているけど、「心配だから」ってお父さんがタクシーを呼べるように特別に契約しているの。だから、今は運転する必要がないわけ」
本物の真理香との会話で分かったこと、彼女が本当にイギリス留学で土地勘が強いことに加えロンドンの生活に慣れていること。
そして、前回のお見合い騒動で真理香に対する発言を控えているが副社長としての権力と彼女の父親としての親心がある事を。
それでも、二人を乗せたイセッタは納屋を飛び出し公道に出る。
イセッタの狭い車内、本物の真理香は思い出す留学時代の懐かしさと楽しんで運転する一方、助手席側で心配する久晴は無事に目的地に着くことを天に祈ることしか出来なかった。
到着した場所は、観光スポットで有名な映画館の一つエレクトリックシネマ。
久晴は、地に足が着く安心感と新たなトラウマが出来そうな気分で思わず、
(これが、何度も続くと思うと……。持ち堪えられるかな、俺の体……)
と心の中で不安になったが、もう一人の真理香を探さなければならないと目的を思い出し弱音を振り払う。
「ここはミュージカルシアターのような映画館で、座席も広く落ち着いた雰囲気があり彼女が一番好みそうな場所ね」
と言って、大きな建物を見て観光スポットを説明する本物の真理香。
海外出張とは言え、基本的には早朝から海外支社と宿泊先の往復で人通り混雑が少ないため外国に来た実感がしない。
例え英語が話せなくても、支社では日本語を話せる人が多くなおさら外国に来ている実感がしなかった。
今日は休日だけに、建物から行き交う人々や見知らぬ言語が飛び交い改めて海外に出張していることを肌身に実感する久晴。
「久晴さん、そこでボーッと立ってないの。今日は、彼女の行きそうな映画館を徹底的に聞き回るから」
と言って、久晴の手を取って映画館に連れて行く本物の真理香。
その一言で、今日一日は様々な場所に連れ回されると確信する久晴は無事でいることに加え影武者の真理香が見つかることを祈らずにはいられなかった。
だが、大小様々な映画館を渡り聞き回ったが影武者の真理香が見つかる有力な情報はなく苛立ち始める久晴と本物の真理香の二人。
(一体、もう一人の真理香さんが何処に……)
と心の中で思う久晴は、次の映画館に行くたびに恐怖以上に有力な情報が得られない苛立ちが自分の知らぬ間に打ち勝っていた。
本物の真理香も、運転の楽しさより有力な情報が得られないことに焦りを見せる。
それでも、共通する思いは一つ。
一刻も早く、影武者の真理香が見つけることだけだった……。
それから、日も暮れ始めイセッタで帰宅する久晴と本物の真理香は二人とも疲れ果て暗い表情を見せている。
結局、影武者の真理香を見つけられないどころか有力な情報ですら得られず。
「明日、某映画のモデルとなった場所へ行きましょう。絶対、有力な情報があるはず」
と自分に言い聞かせるように、イセッタを納屋に収め宿泊先に戻る本物の真理香。
そんな中、関係者以外立ち入ることのない場所の誰もいないと思われる不揃いの石垣風の古びた建物に灯りがある事に気がつく久晴。
「真理香さん、この場所って関係者以外は誰も来ないと?」
と言って久晴は、宿泊先の自室に戻ろうとする本物の真理香を呼び止める。
古びた建物の灯りを見て気になる本物の真理香は、
「確かに、関係者以外この場所は立ち入り禁止だけど……。変ね、この建物は誰もいなと秘書課のリチャードから話を聞いたけど……」
と言って、疑問に思って古びた建物に近づく本物の真理香は周囲を警戒する。
久晴も、本物の真理香の後を追うように恐る恐る古びた建物に近づく。
二人は木箱を足場にして鉄格子から中の様子を覗くと、中には不安な表情を見せる影武者の真理香が大人しく座っているのを発見。
その光景を見た瞬間、本物の真理香は思わず声を出そうとする。
以外にも久晴は冷静で、喋り出そうとする本物の真理香にジェスチャーでシーッと合図を出して静観する。
久晴のジェスチャーを見た瞬間、最初は疑問に思ったが大人しく静観することにした本物の真理香は鉄格子から様子を伺うことにした。
古びた鉄の扉から姿を現したのは、メイド姿の若い黒人女性。
若い黒人女性は、何も言わず影武者の真理香に食事を差し出す。
影武者の真理香は、何も喋らない若い黒人女性に英語で必死に訴える。
久晴の耳に、何を訴えているのか英語でよく分からない。
だが、彼女が将介の名を言ったので彼に関係していることは想像が出来る。
(一体、何を訴えていると……)
と思って、何を言わず仲の様子を伺う久晴。
その様子は、影武者の真理香が囚われた人質そのもの。
薄暗い部屋の雰囲気が、誘拐犯のアジトを彷彿させ何かの恐怖を感じる。
そんな中、建物の外見や周囲を見渡して何かに気づきヒソヒソ声で本物の真理香に話し掛ける久晴。
「この建物、宿泊先の社員寮地下のようにも見えるけど……? 確か、秘密の場所って高低差があったような気が……?」
久晴の話を聞いて、建物を見渡して合致する点が発覚しヒソヒソ声で、
「確かに、言われてみれば……。でも、どうして気がついたの……?」
と言って、久晴に理由を聞こうとする。
すると、久晴は喋らず建物内の天井や上部を指差して指摘する。
本物の真理香は、久晴が指を差した方を見て納得すると同時に出張初日にリチャードから説明を思い出し不審点に気づき、
「確か、社員寮には地下はないと……。それにしても、何故この場所を隠す必要があるの……? しかも、使用人達がウソを吐いてまで……?」
とヒソヒソ声で、新たな疑問が浮かんでくる。
しかし、現段階で地下室を秘密にするのか自分でも分からない久晴。
そんな中、メイド服の若い黒人女性が深刻な表情で電話をする仕草を見せ様子を伺う久晴と本物の真理香は再び内容を聞こうと耳を傾ける。
しかし、英語が殆ど話せない久晴は何のことだか分からず首を傾げる。
そんな中、聞き取った本物の真理香は険しい顔を見せ久晴にジェスチャーで現場を離れることを指示する。
久晴は、何も分からず従う形で本物の真理香と共に現場を離れることにした。
安全な場所に移った久晴は、メイド服姿の若い黒人女性が電話でやり取りしていたことが気になって仕方なかった。
そんな中、本物の真理香は険しい表情で久晴に電話の内容を話す。
「久晴さん、明日あなたを地下室に誘導しようと……」
その一言で驚く久晴は、疑問に思い本物の真理香と話し合う。
「でも、何故俺を地下室に……? こっちは、何一つ悪いことしていないのに?」
「知らないわよ。私も、影武者が戻ってこないと日本に帰ることが……」
「おそらく、黒人メイドと電話をしている人が黒幕だというのはハッキリした」
「とにかく、私の部屋で作戦を考えましょう。あのメイドから聞き出せば、何かの手掛かりは掴めそうだわ」
その時、久晴の脳裏に何かが閃き本物の真理香に提案を持ち掛ける。
「真理香さん、雛田君を呼びたいけど? いいかな?」
「でも、心配だわ……。彼、血の気が多い上に気難しいところがあるから」
「大丈夫、キッチリ説明すれば理解してくれるはず。絶対」
すると、本物の真理香に耳打ちで自分の閃いたプランを話す久晴。
久晴のプランを聞いて、納得する本物の真理香は補填する部分があると考え、
「しかし、そのまま実行するには詰めが甘いところがあるわね。やはり、私の部屋でプランを詰めた方がいいわね」
と言って、久晴の手を取って自分の部屋に連れて行く。
自分の案が認められたとは故、いくら会社の同僚とは故、女の子の部屋に入ることに抵抗感と恥ずかしさを感じる久晴は罪悪感で心苦しいに違いない。
こうして、社員寮に戻ってきた久晴と本物の真理香。
本物の真理香は自宅に帰ってきたような堂々とした雰囲気に対して、久晴はというと何処か他人に家にお邪魔するようなよそよそしさがある。
待ち構えていた若い黒人メイドが久晴を呼び止めようとするが、本物の真理香が久晴の知らない英語で話して大人しく二人を通した。
間違いなく、久晴を牢獄のような地下室へ案内をしようとしたに違いない。
その時、本物の真理香と同行して助かったと胸を撫で下ろす。
当然、明日は若い黒人メイドが部屋に入ってくるに違いないと予測し気を引き締める久晴であった。
その後、時間の許す限り真理香の部屋でプランを練り上げるのであった……。
翌朝、本物の真理香と共に社宅寮に出た久晴は相談し合ったプランを実行すべく久晴はスマホで影武者の真理香の幼なじみである将介を呼び出す。
本物の真理香も久晴と同様、スマホを使って誰かを呼び出している最中。
こうして、呼び出した人と待ち合わせの場所に指定したカフェで軽い朝食を取る久晴と本物の真理香。
「本当に来るかなあ……。もし、来なかったら……」
と言って、不安な表情を見せる久晴。
それに対して、本物の真理香は近くにいたウエイトレスにオーダーを済ませて、
「大丈夫よ。私の影のことなら、急いでくるわよ。雛田君って男の子は」
と言って、自信満々な様子だった。
それにしても、本物の真理香は誰を呼んだのか全く見当がつかない久晴。
気になって誰なのか尋ねても「ナイショ」としか答えてくれないので、
(誰を呼んだのかな……。真理香さん……?)
と思って誰が来るのか待つことしか出来ない久晴であった。
一時間後、久晴の心配を余所に将介が待ち合わせのカフェにやって来た。
「本当に、真理香姉が見つかった? でも、何で今すぐ助けようとしなかった?」
と言って血の気が多い将介は、場の雰囲気を無視して必要以上に久晴に詰め寄る。
迫ってくる将介の気迫に最初は圧倒されたが、冷静に説明する久晴の表情はとても真剣で事情を説明する。
「現場は中からは入れる扉がない上に、拳銃などの武器を所持している可能性があると思って救出は断念した。例え、救出が成功しても更なる危険があると思って」
「戦略的撤退よ、戦略的に。今日呼び出したのは、救出作戦と今回の真犯人を捕まえるため。だから、協力してくれないかしら?」
と言って、将介に協力を求める本物の真理香は余裕の笑顔を見せる。
だが、誰が犯人なのか全く分からない将介。
それに対して、怪しい人物に心当たりがある久晴と本物の真理香。
「一体、誰が真理香姉を誘拐した犯人は? 男性、それとも女性?」
と言って血の気が多い将介は、必要以上に久晴と本物の真理香に迫ってきた。
以外にも、久晴と本物の真理香は冷静で心当たりのある人物が会った。
「実を言うと、地下室には見張り役の若い黒人メイドがいて電話で誰かと話していた。しかも、深刻な表情を見せて」
と言って久晴の説明を聞いた瞬間、若い黒人メイドを犯人だと思い込み怒りに満ちた目で捕まえようとカフェを後にしようとする将介。
至って冷静な久晴は、将介の手首を条件反射で掴んで強引に座らせる。
まるで、本物の真理香が久晴にやっている合気道の動作を真似するように。
手首を掴まれた将介は強引に振り解こうとしたが、体が思うように動かすことが出来ず座るしかなかった。
「そのメイド捕まえたら、全てがハッキリ分かるというのに!」
と言って、強引に座らされた将介は怒りを久晴や本物の真理香にぶつける。
それに対して、久晴と本物の真理香は昨晩からプランを話し合っていたので終始落ち着いている。
「今回、罠を仕掛けるために態と泳がしているだけだ。心配するな、若者よ」
と言って、将介に再度説明する久晴は何故か自信に満ち溢れていた。
将介は、不安な顔で大人しく席に座ることしか出来ない。
そんな中、ロンドン支社に在籍する秘書課のナタリーが姿を現す。
「真理香さんが呼んだ人って、ナタリーさんっ……?」
と言って、目を丸くして驚く久晴。
まさか、普段は過密なスケジュールのナタリーが来るなんて想定外。
「彼女、どんなに過密なスケジュールでも余程の事情がない限り私の呼び出しに対応してくれるから一番信頼出来るわ」
と言って本物の真理香は、待ち合わせで来た親友みたいに嬉しく話す。
ナタリーも、待ち合わせる親友に会うような笑顔を見せると、
「クリス、早急に秘書課の社員達を身辺調査して一人だけ怪しい人物が……。おそらく、今回の監禁を指揮した黒幕だと思うのですが」
と言って、カバンの中から聞き取り調査した資料を本物の真理香に提出する。
久晴は、ナタリーから受け取った資料に目を通す真剣な本物の真理香に固唾を呑んで見守ることしかできない。
数分後、本物の真理香は見終わったナタリーの資料を久晴に渡して、
「やはり、彼が黒幕はほぼ確実と言ったほうがいいわね……。私達、女の子を何だと思っているのよ! こうなったら、夕方に作戦を実行するわ」
と言って、怒りを露わにする。
久晴が受け取った資料は、自分達が出張する前から身辺をまとめた調査報告書。
しかも、英語が出来なくても分かるように日本語で翻訳されている。
久晴は、調査報告書に目を通すとリチャードだけドン引きして思わず口に出る。
「えっと、一般の女子社員に対して塩対応に影武者を見てはタメ口……。それに、社員寮の使用人には悪態。しかも、社宅寮の使用人や黒人には男女関係なく空気のような扱い……。これって、間違いなく差別?」
さらに、リチャードの行動記録には怪しいところがあり本物の真理香が来てからは裏で誰かと連絡を取っていることが発覚。
これには、本物の真理香や何時もナタリーが怒るのも無理はないと思った久晴は、
「俺、リチャードを見たとき何処か嫌な雰囲気が……。まるで、戸渡と最初にあった頃を嫌でも思い出して……」
と言って、フラッシュバックで戸渡の顔がリチャードと重なる。
そんな久晴を見た本物の真理香は、暗い表情を見せる久晴を笑顔で励ます。
「過去の嫌なことはサッサと忘れて、今は救出と黒幕確保に集中しましょう」
励まされた久晴は、何か自分の中に言い聞かせ気持ちを切り替える。
「ところで、今回のプランって俺と真理香さんが出かける必要があるの?」
と言って、疑問に思った久晴は本物の真理香に問い掛ける。
すると、「もち」と言いそうな笑顔で頷くと本物の真理香は断言する。
「とりあえず、私のイセッタで遠出するわよ」
その一言を聞いた瞬間、なんとも言えない複雑な顔で嫌がる久晴。
いくら二人乗りとは故、乗車スペースの狭いイセッタに再び乗るのかと思うと生きた心地がしない。
その表情を見た将介は、必死に笑いを堪え体験談を語る。
「その気持ち、分かるっすよ。真理香姉と一緒に乗ったとき、怖くて肝っ玉が縮こまっちゃって」
「もしかして、雛田君も2P真理香さんと一緒に乗っていたの? あのイセッタって、真理香さんの所有物じゃ……?」
と言って、驚いて思わず本物の真理香に質問する久晴。
その答えは意外と簡単で、本物の真理香が影武者に許可を出していた。
「買い物や出掛ける際、足がなかったら困るだろうと思って」
と言って本物の真理香が笑顔を見せると、集まった仲間が重苦しい雰囲気がウソのように明るくなる。
久晴は、周囲に吊られて苦笑いすることしか出来なかった。
こうして、早朝のカフェに集まった久晴と本物の真理香に加え将介とナタリーは打合せを行った後に作戦を実行に移すべく解散する。
その後、将介は清掃員に扮してしてナタリーと共に社員寮を訪れる。
もちろん、出掛けている久晴と本物の真理香が出掛けている間に……。
夕方、久晴と本物の真理香は社宅寮に戻って話し合っている。
そこへ、メイド姿の若い黒人女性が話し合いに割って入って覚えたばかりのような日本語で話し掛けてくる。
「アノ、ダイジナハナシガ……」
すると、久晴は少し考えて若い黒人女性に要望する。
「分かった。とりあえず、三十分後くらいに自室に来てくれ」
当然、本物の真理香は通訳して伝えると若い黒人メイドが頷いて要望に応じる。
その後、久晴と本物の真理香は困った顔をして自室に戻る。
「明日、会社が終わったら捜索再開しましょう」
と言って、自室に戻る本物の真理香。
その背中を見て、深刻な表情を見せ自室に戻る久晴。
三十分後、若い黒人メイドが久晴のいる部屋をノックし入室の許可を伺う。
「どうぞ、入ってください」
と言って、若い黒人メイドを入室させる久晴。
黒人メイドが入室すると、久晴は机に向かって何やら作業をしていた。
若い黒人メイドが一歩手前まで近寄ると、
「待っていたよ。さあ、真理香姉の所へ案内して貰うよ」
と言って突然振り向いたのは、久晴ではなく不敵な笑みを浮かべる将介。
まさか、違う男性が座っていたことに驚き逃げ出そうとする若い黒人メイド。
そこへ、クローゼットから久晴が登場し黒人メイドに問い質す。
「誰の指示か聞きたい。頼む、協力に応じてくれ」
それでも、若い黒人メイドは脱出しようと扉を開ける。
だが、扉を開けると本物の真理香が行く手を塞ぎ逃げる術を失った若い黒人メイドはその場に座り込むしか出来なかった。
本物の真理香は、ナタリーにボディーチェックを命じて凶器がないことを確認。
「まず、指示をした相手に電話を掛けて貰う。そして、今すぐ呼び出すように」
と言って、本物の真理香を通じて若い黒人メイドに指示を出す久晴。
観念したのか、暗い表情を見せる若い黒人メイドはスマホで黒幕と思われる人物に電話を掛ける。
当然、余計なことをしないよう本物の真理香やナタリーと将介に徹底的に監視された状態での電話である。
その間、久晴はスマホで誰かを呼び出す。
それから、一時間が経過しただろうか一台の車が社員寮へ到着する。
車から姿を現したのは、涼しそうな表情を見せるリチャード。
リチャードは、使用人が挨拶しているのに何事もなかったように社員寮に入ると立ち入り禁止にしている地下室に通じる重苦しい鉄扉の前に立つ。
鍵を開けると、鉄扉をゆっくり開け石階段で地下へ降りる。
そして、影武者の真理香を隔離している部屋の扉を開ける。
リチャードの前には、暗い部屋の中に一人の女性が座っていた。
ランタンを灯すと、座っていたのは本物の真理香が待ち受けていた。
「リチャード、ここで話がしたいけど」
と本物の真理香に言われた瞬間、不味いと思ったリチャードが咄嗟に部屋から出ようとする。
だが、周囲には久晴やロンドン支社の主要人物が立っていた。
「やはり、あなたが今回の黒幕でしたか。ここにいる、彼女に指示を出して」
と言って、扉から入ってくる若い黒人メイドに目を向ける久晴。
若い黒人メイドは、申し訳なさそうに肩を落とし暗い表情。
その姿に、自分の計画が失敗したことを知り苦虫を噛み潰した表情を見せ怒鳴り散らすように久晴に問い質す。
「なぜ、分かった! 確か、ここは立ち入り禁止区域だったはずだぞ!」
久晴は、涼しい顔をして鉄格子の窓に顔を向けて返答する。
「昨晩、真理香さんと一緒に納屋にイセッタを収めたとき偶然にも鉄格子の窓から灯りが見えた。まさか、こんな牢獄のような地下室に2P真理香さんを閉じ込めていたなんて。しかも、ここが社宅寮の立ち入り禁止区域とは以外だったよ」
ここで、リチャードの誤算が今ここで発覚し堪えていた怒りが増す。
「今は、別室で雛田君が真理香を護衛しているからご心配なく」
と言って本物の真理香は、笑顔でリチャードを軽蔑し怒りを露わにする。
そんな中、影武者の真理香が失踪した謎を久晴は解き明かす。
「まず、雛田君のイタズラを利用して真理香さんをイギリス出張の口実を作り、事前に社員寮の使用人達には我々社員に対して不必要に声を掛けるのを禁じた。これは、ナタリーさんの報告書で明らかになったけど。間違いない、リチャードさん?」
と言って久晴は問い質すが、怒りを堪えるリチャードは無言を貫く。
それでも、久晴はリチャードを問い質すように、
「だが、俺も一緒に出張できたのは誤算だった。そこで、2P真理香さんと二人だけの相談を利用して仲違いすることを企み真理香さんに密告。結果的に、俺を疑った真理香さんを問い詰めるように口論となり狙い通りとなった」
と言って、居合わせた人達に説明する。
久晴の説明で、本物の真理香は影武者の真理香が久晴に身の上相談していたことを初めて知り驚いて口を押さえる。
一応、リチャードは無言を貫いているが何か動揺をしているようだ。
そこで、久晴は自分の推理を言って真相を聞き出そうと試みる。
「俺と真理香さんが仲違いしている間、使用人を利用して2P真理香さんに用件を伝え地下室へ誘導。その際、使用人を通じて本人に書き置きを書かせた。これで、残りは俺を地下室へ幽閉するのみ。だったが、思わぬ誤算が生じた」
「そうか、窓から花瓶を落として割ったのは真理香のメッセージだったの?」
「その通り、真理香さん。あのボールペンは、雛田君を誘拐犯に仕立て上げるために彼のカバンから盗んだもの。リチャードは、書き置きを回収して翌日に郵便で来たように見せかけるつもりだったに違いないだろうと俺は思ったけど?」
久晴の言葉で堪えた怒りが爆発したのか、リチャードが眉間に青筋を立て我を忘れるように猛反論し相手を見下してきた。
「ふざけるな、根拠もないくせに好き勝手なこと言いやがって! 証拠だ、今すぐ証拠を見せろ! この、嘘つきが当たり前すぎるアジア人の分際で!」
その一言で、軽蔑する目でナタリーが話すことなくタブレットから出張前日で使用人達とのミーティング風景の映像を映し出し久晴の推理が的中したことを証明する。
さらに、久晴が追い打ちを掛けるようにナタリーがまとめた調査報告書をリチャードに提出し事実確認を突きつける。
調査報告書を見たリチャードは、勝ち目がないと悟ったのか膝が崩れ言葉を失う。
それ以上、リチャードのプライドを破壊したのは本物の真理香が淡々とした一言。
「欲望のために他人を巻き込んで、心底見損ないました。リチャード」
その一言で、廃人のように抵抗する気力を失うリチャード。
その後、リチャードは居合わせたロンドン支社の社員に連れて行かれる。
こうして、影武者の真理香の失踪事件は解決で幕を下ろした。
別室では、将介が影武者の真理香を抱き締め涙ながら、
「良かった、本当に無事で良かった」
と何度も言って、手放しに再会を喜ぶ。
影武者の真理香は、困った顔をしながらも将介が心配していることを知り、
「ごめんなさい、心配させちゃって……。でも、あなた男の子でしょう……」
と言いながらも、将介を抱き締め慰めるように喜んでいた。
二人が抱き合う姿を見て、事件が終わったことを実感する久晴と本物の真理香。
その後、人事部の取り調べで驚愕の事実を知る。
なんと、リチャードの部屋には本物の真理香の写真が多数飾られていたのだ。
しかも、笑顔が多く小さい頃や留学当時の写真など数多く飾られ彼の異様さが垣間見られたと押し入った人事部の人達が語る。
発見されたリチャードの日記からは、「お嬢様の側にいるべきはこの僕だ」や「お嬢様に近づく輩は我が手で排除してやる」など記載し異常性が垣間見える。
さらに、切り抜きにされた将介の直筆の手紙がごみ箱から発見されリチャードが首謀者である証拠として十分。
その上、リチャードの計画したプランは影武者の真理香と久晴を拉致して本社に秘密情報を外部に流出する内容だった。
当初は、久晴を最優先に拉致する計画だったが本物の真理香とは常に同行していたので影武者の真理香を先に引き離す計画に変更。
例え、将介を犯人仕立て上げられなくても使用人を盾にする二段構え。
拉致が成功後、有名なゴシップ誌の編集社へ自ら密告するつもりだったと供述。
当然、影武者の真理香の書き置きは回収して利用することを企てた。
流出すれば、問題となって本物の真理香がロンドンに滞在せざる得ない。
当然、本物の真理香の秘書としてリチャードが選ばれると目論んでいた。
しかし、人事の権限は上層部であって選ばれない可能性があることをリチャードの最大の誤算だったに違いない。
今回の一件で、警察沙汰は何とか避けられたが今回の首謀者であるリチャードは誰も出たことのない離れ小島の窓際支店へ左遷されることが決まった。
当然、社員寮のメイドなどの使用人達は今回お咎め無し。
社員寮の管理人は、前任者の秘書が引き継ぐことが決定。
社員寮は、誰とも分けて隔てなく話し掛け合う風景に戻った。
翌朝、カフェで本物の真理香と共にモーニングティーを楽しむ久晴。
これで、予定通りに無事に帰国できると思うと安堵して紅茶の香りを楽しむ二人。
そこへ、影武者の真理香や将介が姿を現し簡易的な朝食会が開かれた。
心配されたにも拘わらず談笑に花を咲かせる影武者の真理香、一件落着しても大学へ登校するため慌ただしく朝食を取る将介、そのギャップを見て思わずクスッと笑ってしまう本物の真理香。
その光景を見て、事件が一段落したことを実感する久晴は朝食を楽しむ。
慌ただしい早朝、細やかだが楽しい朝食会であった。
数日後、日程通りにヒースロー空港で飛行機を待つ久晴と本物の真理香。
もちろん、見送りは影武者の真理香と彼女の幼なじみの将介に加え黒人のロンドン支社長とナタリー。
影武者は、束ねた黒髪を下ろしヘアマニキュアで金髪に染めお嬢様である人事部の近衛真理香に変装。
本物の真理香も、眼鏡を掛けて自分の金髪を束ね朝川真理香に変装し安堵の表情で影武者の真理香や会社の役員と談笑する。
二人の真理香について、久晴と将介に加えごく一部の人以外知るものはいない。
「それでは、二人とも道中お気をつけて」
と言って、丁重に見送る影武者の真理香。
そんな中、本物の真理香が影武者の真理香と将介に何やら提案を持ち掛けてきた。
「もし、年末に帰国する予定がありましたら一緒に冬コミに参加しません?」
なんと、ロンドン組の二人を今度の冬コミに誘ってきたのだ。
その話を聞いた久晴は、夏コミの地獄名定見で嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
「実は隣の久晴さん、コミケ通で結構イベント関係に詳しいので」
と言って自慢する本物の真理香と、アタフタして困惑した様子の久晴。
本来、ヲタクの久晴にとって表立てにされるのは居辛い何かを感じる。
影武者の真理香はアタフタする久晴を見てクスクスと笑い、
「それは楽しみ。帰国の際、前向きに検討します」
と返答して隣の将介にアイコンタクトを送る。
アイコンタクトされた将介は、少し顔を赤く染めて恥ずかしそうに黙ってしまう。
こうして、帰国の飛行機内で会話する久晴と真理香。
「今回、久晴さんに色々と助けられたわね。まさか、影の相談役をしていたなんて想定外だったわ。ゴメンナサイ、疑ってしまって」
「これで、少しは借りを返したかな。彼女、男性側の意見を聞きたかったから相談相手になったまで。もし、女同士で相談したら事件沙汰に思って躊躇してたそうだ」
どうやら、談笑する笑顔の真理香の様子から誤解が解けて安堵する久晴は、温かいコンソメが入れてある紙コップを手にして口をつける。
その時、真理香が思い掛けないことを言い出してきた。
「私、待っているから。あなたが、私にエッチなイタズラ仕掛けてくるのを」
真理香の言葉に、驚いてコンソメを吹き出し咳き込んでアタフタする久晴は驚いた顔して真理香に反論する。
「チョ、チョット真理香さん! おっ、俺、疾しいことは一切……っ!」
「冗談よ、冗談だって。ウフフッ」
と言って笑う真理香を見て、二人の関係が後先どのように変わるのか想像すら出来ない久晴。
唯一分かることは、目の前にいる真理香が自分より一枚上手だけであった。