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13,フラッシュバックな電車

 昼休み、社員達が休憩の場で使用している談話室でコンビニから弁当を購入した久晴は昼食を取りながら一人だけの落ち着く時間をしみじみと味わう。

 普段、仲間と一緒にいるのが苦手な久晴にとって昼休みの自由な時間は体を休めるのに好都合。

 ところが、今日に限って菜摘や東北支社時代の同僚二人が姿を現し何も言わず久晴を取り囲む。

 しかも、男性の元同僚二人は久晴に不満があるようで恨めしそうな目で見ている。

 久晴は、何か嫌な予感がして食事に喉が通らない。

「あっ……、あの……。場所、譲りますので……」

 と言い残し、身の危険を感じて別の空いているテーブル席へ移動する久晴。

 ところが、元同僚の男性二人は久晴を逃がそうとはせず目で威圧して、

「つれないねぇ、偶には仲間同士で食事を取るのも気分転換になるというのに」

「まあ、そこに座って俺達と情報交換しようじゃないか。タダノッチ」

 と言って、不敵な笑みを浮かべる元同僚二人の男性。

(だから、何かを企んでいる笑顔が怖いから移ろうとしたのに……)

 と思って、身の危険を感じるご飯が喉を通らず警戒する久晴。

 元同僚二人は、昼食を取りながら久晴に宣伝一課の女子について圧を掛けて話し掛けてくる。

「ところで、今所属している部署の女子達ってレベチじゃね?」

「半年ほど前の飲み会では普通と言ったが、蓋を開けたら美人だらけじゃねーか。タダノッチ」

 久晴は元同僚二人の話を聞いた瞬間、思わず飲んでいる最中のお茶をペットボトル内で噴いてしまい動揺を隠せない。

 普段は場の空気を読まない菜摘も、流石に元同僚の男性二人が妬んでいることを察し大人しく静観することしか出来ない。

 警戒する久晴に、興奮気味に迫って宣伝一課の女子達を熱く語る元同僚の二人。

「童顔っぽいのに金髪ブロンドで長身モデル体型の朝川真理香、ワイルドな着熟しで女性を見せつける西堂英美里、小悪魔でJK黒ギャル風の花守咲良、お淑やかな植松優菜と主任で大人の余裕な色気がある人妻の難波琴音」

「そして、我がアイドルでもある巨乳田舎娘の加納菜摘が加わり華やかな部署じゃないか。出来れば、我々に一人でも紹介して欲しいくらい」

 久晴と菜摘は、元同僚の二人の言い分で「彼女達に近づくパイプラインになれ」と明らかに想像が出来て冷や汗をかき苦笑いをするしかない。

 そこへ、真理香達が取り囲まれる久晴を見つける。

「タダノッチ、談話室で一人コンビニ弁当? 一人じゃ寂しいのに」

 と言って咲良は、現状を見て久晴が困っていることが十分理解できる。

 真理香は、何も言わず食事中の久晴の手を掴み強引に連れ出す。

「久晴さん、私達と一緒に行きましょう。ほら、菜摘さんも私達と一緒に来なさい」

 と言って真理香は、表情を変えることなく食事中の菜摘に指示を出す。

 まるで、遊んでいる子供を呼んで連れて行く母親のように。

 真理香に言われた菜摘は、困惑する表情のまま無言で元同僚の男性二人から離れ同行する。

 テーブルには、久晴と菜摘が食べている途中の弁当だけが残っている。

 元同僚の二人は、真理香達に連れて行かれる久晴が羨ましく見えた。

 真理香に連れられ命拾いをした久晴だが、この日を境に昼休みですら真理香達と同行する羽目となり元同僚の男性二人を恨む。

 だが、久晴の身に新たな危険が迫っていたことを今は知る由もなかった……。




 こうして、昼休みが終わり午後の業務に勤しむ久晴。

 そんな中、課長の高光から出張依頼が宣伝一課のメンバーに舞い込んでくる。

 舞い込んだ仕事の依頼内容は、先日の決まったはずの商談で海外企業の営業マンが割り込んだため競合によるプレゼンが急遽決まった。

 しかも、準備期間が三日間しかなく営業部の営業マンが頭を抱えている。

「本来、我々の業務は一般消費者への商品宣伝と新商品の企画がメインだが、営業部長自ら頼まれて我が課に回ってきたようだ」

 早い話、プレゼンのピンチヒッターを部長から頼まれたようだ。

 一応、先日の営業部が商談でまとめた議事録などを入手しプレゼン資料の作成の参考になると課長の高光は説明。

「もし、プレゼン作成で不明点があったら担当した営業マンが説明すると営業部長から話していた。だから、ここは一肌脱いで貰いたい」

 と言って申し訳なさそうな表情の高光を見て、営業部から泣きついて頼まれたと想像が出来る久晴。

 それに対して、依頼を受ける真理香達は自分達の実力を知らしめるチャンスだとポジティブに捉えやる気満々。

 当然、依頼主の都内某社には真理香だけでなく英美里や咲良も出張に同行。

 久晴も出張が決まり、議事録の情報を頼りに自らCAD制作することになった。

 だが、やる気満々でプレゼン資料を協力して作成する真理香達に対して、何処か浮かない表情を見せる久晴。

 浮かない顔の久晴を見た英美里は軽く肩を叩き、

「タダノッチ、何面白くない顔してる? これって、あたし達の実力をみんなに見せつけるチャンスだってのに」

 と言って英美里なりに久晴を鼓舞する。

 それでも、営業部への助太刀が原因で営業力が落ちるのではと不安になる久晴。

 だが、久晴の心配は無用のようだ。

「今回のピンチヒッター、部長同士の約束で今回限りと言っていた。今回の件で、営業部も対策を取ると断言したから大丈夫とは思う」

 と言った高光の一言で、少しは不安を解消しCAD制作する久晴であった。


 数日後の夕方、依頼主の都内某社でのプレゼンが終わり帰社する最中。

 プレゼンの結果は、KONOEホールディングス側の提案が採用され真理香達は喜び合っていた。

 久晴は喜び合う真理香達を見ながら機材を片付ける間、今回の勝因を分析する。

 今回の勝因は、競合相手である海外企業のプレゼン資料に不備が多くあったことに加え先日の商談を盗み聞きしていたことが後から発覚。

 それに対して、プレゼン資料を作成しながら改良を加えたことで某社の好印象を受け採用が決まった。

 当然、卑怯なことをした上に不採用となった海外企業は某社から今後門前払い。

 こうして、帰り道で真理香と英美里と咲良は楽しそうに会話しながら電車を待つ。

 楽しそうな真理香達三人を目の当たりにする久晴は、

(何処に彼女達のバイタリティーが……。出来れば、俺にも少し分けて欲しい……)

 と思って羨ましそうだった。

 そんな中、電車がホームに停車するとシャッターが開き中に入る久晴と真理香達。

 車内は、乗車客が座席に座って帰路に就く人達で満席に近い状態。

 唯一、シャッター付近の角席が向かい合わせで残っていた。

 英美里と咲良は我先に残った角席に座り、残されたのは久晴と真理香の二人。

「二人とも、少しは重い荷物を持っている久晴さんのことを考えて。彼、朝もパソコンやプロジェクターを持参しているというのに」

 と言って真理香は、困った表情で我先に座った英美里と咲良に叱りつける。

 だが、英美里と咲良は平然とした態度で席を譲ろうとはしない。

 それどころか、英美里と咲良は何かを企ているのか不敵な笑み浮かべる。

「あんた達、会長から公認されているだろう。お熱いところ残そうと思って」

 と言って、スマホを取り出し写真撮影する英美里。

「そうだ、咲良も背後からラブラブなところ撮ろう」

 と言って、ムービーカメラを取り出して動画を撮る咲良。

 なんと、座席に座っている英美里と咲良は共謀して撮影してきた。

 二人の子供染みた行動に、顔を赤くして動揺する久晴と真理香。

 久晴は動揺して視線を天井に向けて必死に見て見ぬ振りに対して、真理香は顔を赤くして動揺しても英美里と咲良の二人に訴える。

「チョット、子供っぽい悪戯しないで! 周りの人がいるから早く閉まって!」

 それでも、英美里と咲良の二人は真理香の訴えを無視するようにカメラを回す。

 久晴はと言うと、両手で一つのつり革を握って天井を見上げて顔が写らないようにしていた。

 そんな中、真理香は久晴が両手でつり革を握っている姿が気になっていた。

「久晴さん、朝のラッシュ時もそうだったけど何で? 今、混雑していないというのに両手でつり革を握る必要なんて?」

「これ、俺の痴漢えん罪対策。高校で痴漢えん罪になったと以前話したけど、変?」

「こんなに、重たい物を肩に下げているというのに痛くない? 手?」

「手の痛みより、痴漢に疑われる方が怖いから」

 会話の中で、何を考えたのか真理香は久晴のショルダーバッグを強引に奪うと、

「英美里、座っているから久晴さんのバック預かって」

 と言って、久晴のショルダーバッグを英美里の膝に乗せる。

 突然、ショルダーバッグを膝に乗せられた英美里は驚いて複雑な表情を見せ喋ってしまう。

「真理香、この中にタダノッチの重たいパソコンが入って?」

 高みの見物でスマホを取り出したというのに、まさか久晴の重い荷物を預かるなんて想像すらしていなかった英美里。

 咲良は、背後ということもあり難を逃れてホッとしたが、

「英美里ちん、そのバック落とさないでよ? それ、落としたら修理費高いから」

 と言って、英美里の膝に乗っているショルダーバッグを気にする。

 これで、大人しく仕舞ってくれると思った真理香。

それでも、英美里と咲良は懲りずにカメラを回し思惑は大外れ。

 それに対して、久晴は肩が軽くなったというのに、英美里と咲良に撮影されて今も緊張状態が続き両手でつり革を握ったまま。

 そんな中、何を考えているのか真理香は両手でつり革を握る久晴を見て、

「私、つり革握っていると手が痛くなるのよね」

 と言って、強引に久晴の左手を掴んで腕組みする。

 まさか、真理香が腕に抱きつくなんて想定すらしていない久晴。

 しかも、大勢の乗客の前で撮影されているので余計に恥ずかしく耳から胸の鼓動が伝わってくる。

「ちょ、ちょっと……。まっ、真理香さん、こんな大勢の場所で……」

 と言って、動揺が言葉に出てしまう久晴は顔が真っ赤で視線を逸らす。

 当然、周囲の乗客はカップルの腕組みする久晴と真理香の二人に野次馬のように釘付けになる。

 真理香は、周囲の熱い視線を気にすることなく上目遣いで久晴に話し掛けてくる。

「ねっ、両手で握るより楽でしょ。朝から見てたけど必死で強張っていたから、帰り道ぐらい息抜きしたら」

 だが、自分の胸の鼓動が聞こえてくる久晴の耳に真理香の声が聞こえることなく倍増した緊張で体が強張っている。

 その様子を座席に座っている英美里と咲良は、面白そうにカメラを回している。

 電車は、状況を知ることなく次の駅に向かうのであった……。


 次の駅に停車すると、高校生と思われるブレザー姿の女性と母親と思われる中年の女性が乗車。

 再び電車が走ると、周囲に気にすることなく真理香は久晴に腕組みをする。

 電車が少し揺れた瞬間、バランスを崩した女子高生が久晴のつり革を握っている右手を思わず掴む。

 皆誰もが、女子高生が久晴に謝って何事もなく収まると思っていた。

 ところが、女子高生が耳の鼓膜が破れそうな大声で叫んだ。

「キャーッ! この人、私のお尻を鷲掴みで触りました! 痴漢、この人痴漢です!」

 なんと、何もしていない久晴を痴漢扱いする女子高生。

 さらに、中年の女性が女子高生を庇うように久晴を犯人扱いする。

「この変態、恋人がいるというのにっ! 駅員さん、誰か、この人捕まえて!」

 騒然とする車内、動揺する久晴、何が起きたのか困惑する真理香達三人。

 どうやら、二人は母娘おやこと思われる。

 そこへ、駅員二人が登場し痴漢の疑いを掛けられた久晴を連行しようと拘束する。

 その時、久晴は高校生の時に痴漢えん罪の被害を受けた記憶がフラッシュバックで蘇り何かが詰まって喋ることが出来ない。

 真理香は、連行する駅員二人の前に立ちはだかり久晴の無罪を証言する。

「この人、女子高生のお尻を触ってません! 彼、左手は私と腕組んでいましたし右手でつり革を握っています。絶対、痴漢できる状態ではありません!」

 真理香の証言を聞いて、疑問に思い始めた駅員二人は動きを止める。

 真理香の発言で不審に思った駅員二人の足が止まると、

「駅員さん、早く職員室に連行して! かわいそうに、彼女を利用してアリバイ言わせているに決まっているわ。この人、大人しくしているけど鋭い目付きが悪人の証拠よ!」

 と言って、久晴が一番言われたくないことをしてくる中年の女性。

 真理香の証言を後押しするように英美里が駅員二人と中年の女性に、

「どうやって、女子高生のお尻を触れるというのか今すぐ説明しなっ! 大体、痴漢する勇気が全くない男が身動きできない状況でどうやったら痴漢できるのかっ!」

 と言ってスマホの写メを見せつけると、喧嘩早い英美里なりに久晴を擁護する。

 それでも、中年の女性は必死に英美里の証拠写メを強引に論破し職員室に連行させようと催促してくるので困り果てる駅員二人。

 そんな中、久晴の無実を決定的に証明したのは咲良だった。

「これ、証拠になります? これ、二人がカップルの腕組みを始めるところから」

 と言って、ムービーカメラのディスプレイに映像を再生する咲良。

 映像は、久晴と真理香の二人っきりから始まり女子高生が痴漢を訴える様子。

 当然、真理香の証言通り久晴が痴漢の出来る状況でないことがハッキリ映っている。

 しかも、背後なので女子高生にお尻を触る様子は全く映っていない。

 不味いと思った中年の女性は、必死になって「ねつ造、合成、盗撮」と駅員に何度も主張して強引に押し通そうとする。

 だが、決定的な証拠を見てしまった駅員は中年の女性の訴えに耳を傾けることなく、

「お客様、根拠もなく疑ってしまい申し訳ございませんでした」

 と言って、深々と頭を下げ久晴を解放する。

 解放された久晴は、何がどうなったのか全く分からず周囲を見渡すことしか出来ない。

 中年の女性は、久晴を犯人に仕立て上げようと駅員を掴んで主張してくる。

 咲良は、諦めの悪い母娘二人に強烈な一言で退散させる。

「では、警察にDNAと繊維鑑定を依頼しましょうか? 今の鑑定技術、かなり優れていると聞いているから貴女達のウソが簡単に見破れる筈よ」

 咲良の一言で、立場が悪いと察した母娘の二人は脱兎の如く退散する。

「すみませんっ! かっ、勘違いでしたーっ!」

 と言った中年女性の台詞が、負け犬の遠吠えのように聞こえてくる。

 こうして、無実が証明された久晴だが恐怖で何一つ言えない状態が続く。

 久晴の脳裏に、高校生の時に受けた痴漢えん罪の記憶がフラッシュバックで蘇り他の人が話し掛けられても耳に入ってこない。

 見かねた英美里は、久晴の後頭部を軽く叩き話し掛ける。

「危なかった、駅員二人に連れて行かれて……。少し、何か言ったら!」

 久晴は、滝のように顔から冷や汗が流れ出ている。

 それを見た真理香は、恐怖から立ち直っていないことを察知しハンカチを取り出して久晴の汗を拭いてあげる。

「早く帰りましょう、久晴さん……。みんな、心配していると思うから」

 と言った真理香の声に反応して、何も言わずゆっくり首を縦に振って従う久晴。

 痴漢えん罪に巻き込まれたので、帰社予定より一時間程遅れてしまった。

 未だに痴漢えん罪のショックから立ち直れない久晴、会社に電話掛けて報告する不安な表情を見せる真理香、イライラしながら電車を待つ英美里。

 そんな中、咲良だけは意外と冷静で何故かスマホを弄んで電車を待っている。

 その咲良の謎行動が、事件解決の糸口になることを誰も知る由はなかった……。


 電車が駅に来たのは五分くらい、ピークは過ぎて乗車客はまばらで座席に余裕はある。

 その頃になると、ショックから立ち直り乗車する久晴はシャッターに一番近い角席を座ろうとする。

 その時、咲良が強引に割り込んで角席に座り久晴が肩に掛けている水筒サイズのプロジェクターを奪って、

「タダノッチ、私の隣に座りなよ。座っていたら、疑われないでしょう」

 と言って、ニコッと笑って久晴を誘ってくる。

 仕方なく、咲良の隣に座ることになる久晴。

「タダノッチ、ショルダーバッグ貸しな。肩、痛いだろう」

 と言った英美里は、久晴のショルダーバッグを奪うと隣に座る。

 まさか、女子に挟まれた状態で座るなんて想定すらしていない久晴は動揺する。

 そんな中、追い打ちを掛けるように真理香が動揺する久晴に話し掛ける。

「久晴さん、荷物預かってくれる?」

 最初、軽い手提げカバンと思った久晴は何も言わず頷くことしか出来ない。

 すると、真理香が久晴の膝の上に腰を下ろしてきたのだ。

 想定外の真理香の行動に、驚いた久晴は言葉にならない声を出してしまう。

 さらに、真理香は久晴の両手を掴みシートベルトのように自分のお腹の前に組ませる。

 まさか、自分の膝の上に真理香が乗ってくるなって想定外の久晴。

 その上、英美里と咲良に挟まれ痴漢えん罪とは違った驚きで久晴の思考回路は完全に停まってしまう。

 その後、久晴は黙って真理香達三人に従うように帰社するのであった。

 まるで、母親と姉達に従順に慕う末っ子のように……。




 数日後の朝、寝ぼけ眼で社員寮の一階ラウンジで朝食を取る久晴。

 朝食中、先日での電車での出来事を思い出すと食が中々進まない。

 特に、久晴の膝の上に乗っかってきた真理香の感触が否応なしに思い出してしまい顔が赤くなりながらも必死に首を横に振って邪念を振り払う。

(ダメだ、無意識に思い出してしまう……。忘れろ、嫌でも忘れろ!)

 と心の中で叫び、記憶を消そうとする久晴。

 だが、真理香が膝に乗ってきた記憶が強烈で消えることはなかった。

 そこへ、真理香達が姿を現す久晴を囲んで朝食を取る。

 条件反射に逃げる久晴だが、真理香に腕を掴まれ逃げることが出来ない。

「タダノッチ、真理香の業務連絡があるから座って」

 と言って、久晴を強引に座らせようとする英美里。

 仕方なく、大人しく座る久晴は真理香の業務連絡を聞くことに。

「久晴さん、半年ほど前に私に話してくれたこと。嫌だと思うけど、みんなに」

「みっ……、みんなにって……。まさか、高校時代の……!」

「他にないでしょ。それに、私だけでなく英美里や咲良も巻き込まれたから話してあげてもいいじゃない」

 真理香が説得するように話し掛けられ、仕方なく高校時代に受けた痴漢えん罪の過去を話すことになった久晴。

 すると、咲良は猫口のような笑顔で、

「では、決まりっ! 午前十時過ぎ、タダノッチの部屋に全員集合ー!」

 と言った瞬間、思わず言葉にならない声で叫んでしまう久晴。

 驚く久晴の姿を見て、真理香や宣伝一課の女子達はクスッと笑う朝の光景だった。


 午前十時過ぎ、久晴の部屋に集まった真理香と宣伝一課の女子達。

 当然、中心には緊張している久晴が畏まった状態で自室の椅子に座っていた。

 その光景は、記者会見で多くの記者に取り囲まれている芸能人のようだ。

 宣伝一課のメンバーが揃ったところで、音頭を取るように真理香は合図を送る。

「それでは、高校生の時に受けた痴漢えん罪について詳しく話して」

 すると、久晴は神妙な面持ちで今でも思い出したくない高校生の時に受けた痴漢えん罪について話を始めた。

「その日は、高一になって二学期終わりを迎えたばかりだと思う。その日は、CG関係の参考書を購入するために電車で秋葉原へ向かう途中だった……」

 ……その日は祝日の昼間、俺は座席が空いていると思われた最後尾の車両に。

 けど、座席は満員で仕方なく左手でつり革を握ることにした。

 電車で揺られること二駅、キャリアウーマンと思われる女性が乗車してきて俺の隣に立ってきた。

 女性は、三十代後半と思われ近寄りがたい高圧的な雰囲気が漂っていた。

 俺は、身の危険を感じて間合いを取って警戒していた。

 ところが、電車が揺れると女性は態とらしくふらついて俺の右腕を掴んだ。

 その瞬間、女性が叫び声を上げる。

「イヤーッ! 痴漢よ、この人は私のお尻を触ったー!」

 なんと、俺は何もしていないのに女性から痴漢を言われて乗車客の間で騒然。

 俺は、何もしていないと必死に訴えたけど周囲から白い目で見られてなんとも言えない孤立感に襲われた。

 当然、駆けつけられた駅員に捕まり駅員室に連行されそうになる。

 駅員にも無実を訴えるが、女性の言葉を信じ切って聞く耳を持ってくれない。

「早く、その男を連行してっ! 前髪から覗く鋭い目付きが気味悪いわっ!」

 と女性が、言われたくないコンプレックス言って俺を侮辱する。

 駅員室に連れて行かれそうになったとき、見知らぬ男性が駅員に話し掛けて俺の無実を証言してガラケーの写メを見せる。

「その男性、痴漢も何もしていません。女性が転倒しそうになったとき、男性の右腕を掴んで痴漢と叫んでいただけでしたけど」

 駅員は、見知らぬ男性が撮影した写メを見て女性を不審に思ったのか足を止める。

 それでも、女性は「写真じゃ証拠にならない」と言って駅員に圧力を掛ける。

「取りあえず、身元確認できる物を見せてくれるかな?」

 と駅員に言われたので、普段からショルダーバッグに入れている学生証を見せた。

 その瞬間、女性の態度が一変して、

「あらっ、ごめんなさいボク。私の勘違いだったわ」

 と言い残し、何事もなかったように去って行った。

 見知らぬ男性の証言と普段から所持している学生証に加え、訴えた女性の撤回で駅員の拘束から解放されることになった俺。

 おそらく、俺が社会人だと思って示談金目的の痴漢えん罪を仕掛けたのだろう。

 この日を境に、痴漢えん罪の対策として両手でつり革を握るようになった……。

「……電車に乗る度に、二十年ほど前の記憶が嫌でも思い出すようになって……。そして、女性の怖さを知るようになって……」

 と話を終えると、今までとは違う疲れに襲われ力が思うように入らない久晴。

 久晴の話を聞いて、複雑な表情を見せる宣伝一課の女子メンバー全員。

「もちろん、女性が苦手になった原因は他にもあるけど……。今話したら、嫌な記憶がフラッシュバックしそうで……」

 と言って、額の汗をワイパーのように指で拭いて荒れた息を整える久晴。

 たった一つの濡れ衣で、一人の人生を狂わせることを改めて痛感する宣伝一課の女子メンバー。

 特に、強姦未遂が原因で男性恐怖症になった優菜は痛いほど理解し久晴に何を言えばいいのか分からなくなってしまう。

 そんな中、英美里が切り込むように久晴の背中を軽く叩いて、

「何、辛気くさい顔して。心配するなって、休みに何処かへ行きたいと言ったら一緒について行けば解決っ!」

 と言って、強引に解決策を提案する。

 それに対して、自分のために他人について行って貰うなんて迷惑を掛けると思って余計くらい顔をする久晴。

 真理香は、久晴の心情を察して慰めるように話し掛ける。

「今は、それで防げると思っているならいいじゃない。でも、私達と一緒に行くときは両手でつり革を掴まないで。私が、腕に抱きつくから」

 真理香の言葉に、不安そうな表情を見せながらもゆっくり頷いて応じる久晴。

 久晴の承諾に、聞き入れてくれたと胸を撫で下ろす真理香。

 その後、痴漢やえん罪に関して時間の許す限り意見交換をする久晴と真理香や宣伝一課のメンバーであった。


 こうして、久晴の部屋に集合してから一時間が経過した頃。

 お開きをしようとしたとき寮長のおばさんから、

「多田野さん、一階の応接室にお客さんが来ているわよ」

 と連絡が入ってきた。

 久晴は言われるまま一階の応接室に足を運ぶと、痴漢と訴えた母娘二人とスーツ姿の若い女性が待ち受けていた。

 スーツ姿の女性の左襟に、銀製と思われる小さなバッチが輝いている。

「わたくし、円罰(まるばつ)法律相談事務所に所属してます弁護士の丸富(まるとみ)と申します」

 と言って、久晴に名刺を差し出す丸富と名乗る女性。

 確かに、名刺には彼女の名前と弁護士を示す番号が記している。

「本日お伺いしたのは、貴方が行った痴漢行為に対して示談交渉についてです」

 と言って、毅然とした態度で説明する弁護士。

「その件に関して、駅員に無実を証明してますけど……」

 と言って、困惑する久晴は自分の居場所をどのように知ったのか聞き出したいくらいであった。

 だが、久晴の話に聞く耳を貸すことなく淡々と説明する。

「誠に申し訳ございませんが、痴漢に関する裁判では被害者側の主張が全て受け入れられ、余程のことがない限り被告の反論だけでは覆せません。そこで、ことを納めるために訪問しました」

 中年女性は、自分の主張を押し通そうと久晴を追い込む。

「言ってくけど、貴方が潔白と主張しても私はしっかりと見ているのよ! それに、私の娘が今にも泣き出しそうじゃない! それでも、何もしていないと言えるの!」

 確かに、女子高生と思われる娘は久晴が入室する前から泣きそうだった。

 その表情に、何を言えばいいのか分からなくなる久晴。

 最早、示談交渉に持ち込まれそうになったとき勢いよく扉が開き、

「チョット待った! その件に関して、異議を申し立てますっ!」

 と言って、真理香が割り込むように入室してくる。

 当然、真理香と共に英美里と咲良も応接室に入ってくる。

「誰っ、あなた達! 部外者は、大人しく出て行って。今、大事な話なのよ!」

 と言って、剣幕を立てて真理香達三人を追い払う。

 これには、弁護士も想定外で毅然とした態度が崩れる。

「弁護士さん、あの母娘の言ったこと信じないで! 私達は、この人が無実である事を証明するために乱入しました!」

 と言って、今にも怒り出しそうな真理香。

「残念だけど、あなた達がどんなに主張しても訴えた私達の方が有利なの。全く、恋愛に夢中の若い女は何考えているのか」

 と言って、真理香を侮辱する中年の女性。

 中年の女性の侮辱を屈することなく真理香は、タブレットを弁護士に渡すよう咲良に指示を出す。

 咲良は、何も言わずタブレットを弁護士に渡して映像を再生する。

 再生された映像は、ムービーカメラを回した先日の光景。

 久晴がつり革を握っている右手に、女子高生が掴んで痴漢と訴えている。

 しかも、最初から久晴は両手が塞がっている状態。

 その上、英美里の写メがスライドショーで再生され久晴の無実が明白となる。

 これには、弁護士も怒りの矛先が久晴でなく母娘に向ける。

「痴漢裁判は、被告側が反論しても覆すことは不可能と……。弁護士さん?」

 と言って、気まずそうな表情を見せる中年の女性。

 すると、弁護士は自分の怒りを抑えるように、

「確かに、被告の反論だけで覆すことは不可能とは言いました。しかし、無実を証明する明確な証拠があれば話は別です! 再度伺いますが、貴女達は弁護士である私に証言を偽ったと?」

 と言って、鋭い視線で中年の女性に容赦なく尋問する。

 中年の女性は、弁護士に鋭い視線に蛇に睨まれた蛙のように身動きは出来ない。

 立場が不利となった母娘の二人に追い打ちを掛けるように、

「残念なことに、その娘さんブレザーを着た偽JK。しかも、学校が去年モデルチェンジして娘さんが今着ているブレザーお古なのよね」

 と言って全員が騒然となる暴露と言う名の爆弾を投下する咲良。

 なんと、女子高生と思われた娘は偽物だった。

 どうやら、知らない間に咲良はスマホで後輩に指示を出して情報を集めていたようだ。

 これで、痴漢えん罪の目的が示談金目当てだと見抜かれ母娘は恐怖に震えている。

 そんな中、久晴がフラックシュバックの中で訴えた女性と中年女性の顔が重なる。

「思い出した……。その女性、俺が高一の時に痴漢をでっち上げた人だ……。間違いない、俺にトラウマを植え付けた女性(ひと)だっ!」

 と叫んで、条件反射で震える右手で指さす久晴は青ざめる。

 その一言で、弁護士は堪えるように話し出す。

「本日を持ちまして、貴女達の弁護依頼を辞退させていただきます。つきましては、違約金の支払いを……」

 母娘二人は、「違約金」のパワーワードに反応して脱兎の如く去って行った。

 もちろん、弁護士を置き去りにして。

 残されたのは、久晴と真理香と英美里と咲良に加えて弁護士の五人のみ。

 弁護士は、青ざめる久晴の表情を見て深々と頭を下げる。

「今回、不快な思いをさせて誠に申し訳ありませんでした」

 その一言で、平常心を取り戻した久晴は深々と頭を下げる弁護士に話し掛ける。

「あの、頭を上げてください……。貴女も、被害者の一人ですし」

 その一言で、心は救われ頭を上げる弁護士は久晴と真理香達に質問する。

「ところで、警察に被害届は? それに、弁護士への依頼は?」

 すると、久晴と真理香達三人は揃って首を横に振って被害届を出していないことを主張。

「では、今すぐ被害届を出しましょう! 今回、明白な証拠もありますので高額な慰謝料を請求することが出来ます!」

 と言って、怒りを露わにする弁護士。

 この言葉に反応した真理香は久晴の手を取って、

「私も代表して同行させていただきます! 今からタクシーを呼びますので!」

 と言ってスマホで電話を掛ける。

 弁護士は、首を横に振ってタクシーを呼ぶ必要はないと主張し、

「それなら、私の車で向かいましょう。今回の件、無料での相談を承ります」

 と言って、応接室のソファーから立ち上がる弁護士。

 そうして、被害届を出すべく弁護士の運転する車で警察署に向かう久晴と真理香。

 当然、久晴の意思を無視するように……。


 一週間後、痴漢をでっち上げた母娘二人が虚偽告訴と恐喝詐欺の罪で逮捕されるニュースをパソコンのネットで偶然に目に入る久晴は驚きながらも記事を読む。

 逮捕された娘は、観念して罪を軽くしようと警察の取り調べで自白。

 女子高生を偽った娘の正体は、都内の名門私立大学に通う女子大生。

 首謀者である母親から「証拠不十分で捕まらない」と言われ、遊ぶお金が欲しくて卒業した学校のブレザー服を着て女子高生になりすまして犯行に協力した。

 それに対して黙秘を続ける母親だが、二十年以上前にも同様の手口で痴漢えん罪を繰り返していたことが警察の調べで発覚。

 しかも、単独で犯行に及んだ模様で当時は証拠不十分により見逃され犯行を繰り返した模様。

 結婚を機に一度は足を洗ったが、金目当てで娘を唆して痴漢えん罪の道に戻ったようだ。

 逮捕の決め手となったのは、被害届で警察に提出した証拠に加え最近備え付けた電車内の防犯カメラと複数に及ぶ記録。

 やはり、ターゲットは気が弱くモテそうにない働き盛りの男性会社員。

 女子高生に扮した娘はカモとなるつり革を握る男性の手を掴んで痴漢と訴え、首謀者の母が目撃者と偽り男性を脅して示談金を騙し取る手口を幾度も繰り返した。

 同様の手口で被害に遭った男性が警察の調べで次々と発覚し、ワイドショーに取り上げるまで大ニュースに発展。

 流石に大事となれば、か弱い女性を主張して逃げようとしても捕まるのは確実。

 その上、被害を受けた男性への返済や様々な社会制裁で街から消えるのは時間の問題。

 ニュースを見た久晴は、裏で真理香や若手の女性弁護士が母娘を追い込んだに違いないと、

(自業自得とは言え、怒らせていけない人を怒らせたら……)

 と思い、ゾッと身震いするような恐怖を覚えたのであった。




 週明けの早朝、出社する久晴は思い悩んでいる様子で肩を落としている。

 そこへ、いきなり真理香が久晴の左腕に抱きつき笑顔で「おはよう」と話し掛けてきた。

 左腕に抱きついた真理香の笑顔を見て、驚きながらも「おはよう」と返事をする久晴は複雑そうな表情を見せる。

 複雑そうな表情の久晴を見て、心を全て見透かすように質問する真理香。

「さては、逮捕された母娘のニュース? もしかして、私達が怖くなった?」

 何隠しても無駄と悟った久晴は、正直に頷いて間違いないと返事する。

 やはり、再び痴漢えん罪を経験すれば女性が怖くなるのも無理はない。

 それに加えて、女性達がチームワークを発揮すれば強力になる。

 それが、世の人のために正しく発揮すれば、私利私欲のために悪事に働くことも。

 女性への恐怖を再認識する久晴は、宣伝一課の女子達との付き合い方を悩んでいた。

 真理香は、久晴の心情を察して今抱きつく左腕を強く抱き締め、

「でも、味方になれば心強いでしょう。私達」

 と言って、上目を遣って甘えるような笑顔を見せる。

 久晴は、今まで見たことない真理香の笑顔にドキッとして顔が少し赤く染まる。

 そんな中、英美里や宣伝一課の女子メンバーに加え元同僚の男性社員二人を見掛ける。

「早く行きましょう。モタモタすると遅刻しちゃうぞ、久晴さん」

 と言って、笑顔を崩すことなく久晴の手を取って入社する真理香。

 久晴は、笑顔で自分を引っ張っていく真理香を見たとき思うことがある。

(やっぱり、真理香さんには敵わない気がする……)

 それは、厳しい残暑が残る九月終わり出来事だった。

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