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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第96話 形なき大切なもの

 早朝、宿を出たクリスティーナ達三人は再びオーケアヌス魔法学院の正門まで足を運んでいた。

 日が昇ったばかりの人気のない通りを口数少なに進み、途中から学院の敷地を主張する壁に添うように歩みを進める。

 そうして辿り着いた立派な門前。そこには二つの人影があった。


 一つは黒いローブを深く被った小柄な魔導師、そしてもう一つは白いローブが特徴的な魔導師。

 二人は自分達の元へやって来るクリスティーナ達を見つけると自らも距離を詰めた。


「おはよう、三人とも」


 もう何度も聞いた朝の挨拶を口にするのはノアだ。

 三人がそれにばらばらと言葉を返すのももう馴染んだ光景。


 四人が短いやり取りを終えたところで今度はアレットがリオの前に出た。


「約束の品だ。修理は完璧だ、安心して使うといい」

「ありがとうございます」


 彼女の声は明らかに覇気がなく、風に靡くローブの下には深い隈が刻まれている。

 恐らくは一睡もせずに修理に没頭していたのだろう。

 アレットから差し出されたブレスレットを受け取るリオの姿を視界に留めてから、クリスティーナ自身もその頭を下げた。


「私からも礼を言うわ」

「構わない。それを直す過程は私自身の勉強にもなったからな」


 短い会話を交わすクリスティーナとアレット。その傍ではブレスレットを受け取ったはずのリオがそれを掌に乗せたまま動きを止めている。


 何故付けないのかと問うようにクリスティーナが見つめれば、その視線に気付いたリオが困ったように眉を下げた。

 その瞳からは僅かな躊躇いが窺える。


「貴方が気に掛けるようなことは何もないわよ」

「流石の俺だって思うことはありますよ。……これしか選択がないとはわかっているのですが。それでもこれはお嬢様の大切なものでしょう」


 亡くなった母に纏わる物をクリスティーナはブレスレットの他に持ち合わせていない。

 更にリオの戦闘スタイルの都合上、彼が身につけた装飾品はどうしても破損や紛失の可能性がついて回る。


 クリスティーナの大切なものを自分の失態によって失わせてしまうかもしれない可能性、それによってクリスティーナが傷つく可能性。

 それらを危惧しているのだろう彼の発言にクリスティーナは一つ息を吐いた。


「元より無くしたと思っていた物よ。それに……お母様はこれをお守りだと言っていたわ」


 リオの手を取り、そこに乗せられたブレスレットを優しく撫でる。

 クリスティーナは銀色の睫毛を伏せて小さく微笑んだ。


「あの頃の私を守ってくれたのはきっとこれだった。けれど、今はもう違うでしょう?」


 母からもらったブレスレットを手に取り、リオの手首へ付けてやる。

 代わりに繋ぎの目的として元々身に着けていた方のブレスレットを外してやってからクリスティーナは顔を上げる。


「私を守るのは貴方達の役目だわ。そしてそんな貴方を守る一端を担うのがこのお守りなら、それは結局私を守ることにも繋がる」


 クリスティーナの脳裏を幼き記憶の中の母が過る。

 彼の手首に絡んだそれは朝日を受けて優しく輝いていた。


 不安はまだ消えない。自らの存在が招いた悲劇の可能性は今もクリスティーナへ纏わりついている。

 しかし同時にこのブレスレットを見る度にきっと思い出すだろう。


 母が自分に向けてくれた偽りのない笑顔も、自分の幸せを語る優しい声も。

 彼女が残してくれた、形にはならずともクリスティーナの中で残り続けるもの。


(もう忘れたりしないわ)


 ――どうか忘れないでね。

 母の言葉を思い返しながら、クリスティーナは心の中で呟く。


 この先、もしかしたら自分の背負うものの大きさに打ちのめされてしまうことがあるかもしれない。けれど少なくとも今は大丈夫だ。

 そしてそんな未来が待っているとしても、きっと母の言葉はクリスティーナを支え続けてくれるはずだ。


 自分が身に着けていなくとも、必ず傍にいてくれる存在がそれを持っていてくれればブレスレットが目に留まる機会など山ほどあるだろう。

 だから大切なものが自分の手を離れることに対してクリスティーナが不安に思う要素は何一つとしてなかった。


「だから、甘んじて受け入れなさい。それでも気が晴れないというのならば、それを傷つけない戦い方を見つけなさい」


 空色の瞳は従者の顔を真っ直ぐに映し出す。

 彼は僅かに目を見開き、数度瞬きをした。


「……畏まりました。善処致します」


 やがて眉を下げながらもその顔に微笑を湛え、彼は頷いた。

 彼の手首でブレスレットが小さな音を立てていた。


 リオの返答に満足したクリスティーナは一つ頷いてから離れる。

 そしてアレットとノアへ視線を戻す。


「ブレスレットの調子についてだけれど。問題はなさそうかしら」


 二人から焦る様子が感じられないことを考えれば彼らの答えはある程度予測が出来るものであったが、念の為にと話を振る。

 案の定、二人は首を縦に振った。


「リオの魔力量は上手く隠されているようだね」

「機能自体に問題はなさそうだ。ただ気になることがあるとすれば、耐久性の面か」


 アレットは片手に持っていた杖の先でブレスレットを指し示す。


「組まれている魔術自体は非常に高度なものだが、それの媒体となっている物はただの装飾品と考えていい。急激な魔力量の変動に耐えられるよう手は加えているが、物理的な衝撃に対する耐久は通常の装飾品と変わらない」


「極端に言えば、どっかに引っかけた拍子に簡単に切れちゃう可能性もあるって事かな?」

「ああ。耐久性を上げる魔術も存在はするが、そこまで加える余裕はなかった。余裕があれば何かしらの対策を考えてみるといい」

「幸い、物の耐久を向上させる為の魔導具は存在するからね。珍しくはあるし、効果が見込めるもの程高価なものではあるから入手までが大変かもしれないけど」

「気に掛けておくわ」


 うっかりどこかに引っ掛けて壊してしまうなどという失態はリオに限ってないだろうとは思うが、替えが効かないものである以上念には念を入れておきたいところだ。

 ノアとアレットの助言にクリスティーナは頷きを返した。


「……さて。私は一度部屋へ戻る」


 自分の役目を果たしたアレットは欠伸を一つ零すと手をひらひらと振りながらクリスティーナ達から背を向けた。


「俺はちょっと見送ってくるね」

「ああ。用が済んだら部屋まで来い。説教が残っているからな」

「うげ……っ、忘れてくれてるもんだと思ったのに!」


 悲痛に叫ぶノアの声を無視してアレットは正門の脇に備えられた扉を潜って姿を消した。

 小さな音を伴って扉が閉じたのを見届けてから、ノアは小さく肩を落とす。


「参った。アレット先生、説教長いんだよなぁ」


 独り言を零した彼はしかし、すぐに気持ちを切り替えるように咳払いをした。

 そしてクリスティーナ達を見つめるとはにかんでみせる。


「さて、じゃあ行こうか」


 その表情は清々しくありながらも、僅かな名残惜しさが見え隠れしていた。

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