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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第95話 感謝と最善の因果関係

 クリスティーナの反応を見たレミは、気分を害していないのならよかったと一つ頷いた。


「それと、ありがとう」

「貴方が自分で取った方がよかったでしょう」


 手元へ置いた取り皿を見て告げられる礼を素直に受け取ることが出来ず、クリスティーナは相も変わらず素直でない言葉を返す。


 それは結果として自分で取る方が楽であっただろうという考えから来るものであったのだが、客観的に見れば思うように事を進められず臍を曲げた子供のような反応にも見える発言である。

 故にレミはまた笑いそうになるが、そうすれば今度こそ目の前の少女が気を悪くすることは明白であった為に何とか堪えてみせた。


「まあ、三人で食べに行くと大抵はノアかぼくが二人分装っていたりもするからね。慣れてるのは確かだけど」


 若干の皮肉を込め、未だ隣で料理を頬張り続けるオリヴィエを横目で見る。

 自分の話をされているとは考えていないらしいオリヴィエはその視線の意図を問うように相手を見つめ返す。しかしレミは肩を竦めるだけでそれに対する返事は避け、再びクリスティーナへと向き直った。


「感謝と最善は何も絶対的な関係の基にある訳ではないだろ?」


 レミは自分の皿に盛られた不格好なサラダをカトラリーでつつく。

 別の料理と混ざらないように形を整えながら彼は微笑む。


「例えば、普段料理をしない奴が自分の為に手料理を振る舞ってくれたとする。料理の勝手がよくわからない奴が作った物の出来は自分が作ったものより劣っている。けれどそれを振る舞う為の努力や費やした時間、そこに込められた気持ちを察することのできる奴ならきっと不愉快になることはないだろう」


 クリスティーナは自分で料理を作ったこともなければ、振る舞われてきた料理も職人の腕で作られたものばかり。レミの例えは彼女の生い立ちからほど遠いものだ。

 しかし仮に自分が例に出された『自分』の立場であったのならと想像することは出来るし、彼の言いたいことも何となくではあるが察することが出来た。


「それと同じようなものだよ」


 無言で耳を傾けているクリスティーナの姿が深みのある彼の瞳の中へと映り込む。

 髪色よりも深みのある紫。それが優しく細められた。


「きみが動いてくれたのは先程ぼくがきみの料理を装ったからというお礼の意味合いが強いのかもしれない。けどその礼だって、全く気に掛けないような相手に施そうと思ったりはしないだろ?」


 優しい声音で、丁寧に説明が成される。

 相手が納得できるように、ゆっくりと工程を踏んで話が紡がれていく。


「好意、もしくはそれに準ずる気遣い。ぼくはぼくを気に掛けてくれるきみのそんな気持ちが嬉しいと思った」


 目の前の青年が一つ一つ丁寧に紡ぐ言葉を受け止めながら、クリスティーナは彼の人柄に感心をする。

 先のクリスティーナの言葉にあまり深い意味はなかった。

 だがそうだとしても相手の気が悪くならないように、そして自分の気持ちがきちんと理解してもらえるようにと言葉を尽くす姿勢は彼の真摯な性格を汲むには十分であった。


「だから、この気持ちに結果なんて関係ない。ありがとうというぼくの言葉は形だけのものではないんだよ」


 上手く伝わっているだろうかと確認するようにレミは話しを止める。

 そして尚も自分を真っ直ぐと見つめるクリスティーナの顔に疑問や不服の色が見えないことを窺ってからゆっくりと噛みしめる様に呟いた。


「だからありがとう、クリス」

「……ええ」


 先とは違う短い返答。

 クリスティーナは彼の礼を突っぱねることをやめた。


 これ程丁寧に言葉を尽くしてくれる相手を突っぱねることはあまりにも無礼だと感じた。それに彼の言い分は十分に理解のできるものであったし、美しい考え方だとも思えたのだ。


 クリスティーナの返事に、レミは満足げに笑みを深める。

 一方で面から向かって礼を言われること、それを素直に受け止めることにまだ慣れないクリスティーナは気恥ずかしさを覚えてしまう。


 その情けない気持ちが現れない様にと、クリスティーナは飲み物を飲むふりをしながらジョッキで口元を隠してそれを誤魔化した。


 周囲の賑わいに紛れて話し込んでいたクリスティーナとレミ。

 二人のやり取りを静かに見守っていたノアは静かに微笑みを零した。

 そしてその様子が他の誰かに悟られるよりも先に空になったジョッキを掲げ、ただ宴を楽しむ酔客を演じる。


「ほらほら、夜はまだこれからだよ! じゃんじゃん食べて飲んで話しまくらないと!」




 テーブルの皿が空になれば新たな料理が運ばれ、ジョッキが空になれば新たに飲み物が注がれる。

 夜が更けていくにつれて話に花が咲き、どの時間を切り取っても誰かしらが話しているような賑やかさが続いた。


 魔導師である三人からは主に学院での生活について。

 魔法が絡んだ途端に周りが見えなくなって問題行動を繰り返すノアへの不満や、オリヴィエが一度本気でノアを怒らせた時は空気が凍り付いたという話、ノアやオリヴィエと彼らの悪ふざけに巻き込まれたレミのくだらない悪戯話など。

 時折笑い話として片付けるには大きすぎる問題ではという話題も織り交ぜられていたがそれらを語る三人の表情はどれも明るかった。


 途中、クリスティーナ達へと話を振られる時もあった。そんな時は当たり障りない日常的な話をすることしかできなかったが、意外にも彼らはそれらに興味を示した。

 他国である以上、ある程度の文化の違いが生じる。クリスティーナ達にとって普通のことであっても相手にとっては意外であるような話も混ざり、思いの外話題が広がった。

 対等な人物との談笑に不慣れなクリスティーナが受け答えに困った時にはリオが助け舟を出してくれたこともあり、お陰でクリスティーナは心労を抱えることもなく会話に興じることが出来た。


 エリアスから語られたのは騎士に至るまでの下積み時代であったり皇国騎士として戦場に立っていた時の話で、これもまた周りから興味を引く内容であった。

 騎士になると決めて教えを請うた師匠に突然魔物だらけの森で置いてけぼりを食らわされて半泣きになりながら一人で剣を振るった話、竜を討伐するに至った話など。

 明らかに普通ではない経歴を持つ彼の話は現実味すら薄れるようなものであったが、だからこそ予想の外を衝かれては驚くようなことばかりで、まるで短い冒険譚を聞いているかのようなものであった。

 ノア達は勿論として、クリスティーナもまた彼の話を楽しむ聞き手の一人としてその物語に耳を傾けていた。



***




 そうして腹も心も満たされた頃にはすっかり夜も更けてしまい、名残惜しさを感じながらも祝いの場は解散となった。


 別の場所で宿を取っているオリヴィエが一足先に夜道へと姿を消し、方向が同じであるノアとレミはクリスティーナ達へと別れを告げてから並んで学院方面へと足を運んでいく。

 その背中が小さくなるまで見送ってから、クリスティーナは夜空を見上げた。


 先程までわいわいと騒いでいたからだろう。

 突然訪れた夜更けの静けさは普段感じるものの何倍も物悲しさを感じさせた。


 静かに輝く星々を瞳に収め、賑やかだった時間の余韻に浸る。


「戻りましょう」


 やがて息を一つ吐きだしてから、クリスティーナは一言呟く。

 後ろに控えていたリオとエリアスがそれぞれ短く返事をしたのを聞きながら、彼女は踵を返す。

 そして三人もまた、今日という日を終える為に宿屋の扉をもう一度潜ったのだった。

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