第93話 祝賀会
「ではー、互いの功労と新たな出会いを祝し、友人の旅路を願ってー」
自分達以外の客人によって他のテーブルも埋まりだし、店内が賑やかになり始めた頃。
数々の料理と人数分の飲み物がテーブル一杯に行き渡ったところでノアはジョッキを掲げる。
「乾杯!」
彼の音頭に従って六人はジョッキを中央へとよせる。
それらは注がれた飲み物を揺らしながら軽快な音を立てた。
「そちらはともかくとして、ノア様は程々でお願いしますよ」
「もー、わかってるよ! 前回のはオーバンさん達のせいだから!」
「あ、女将さん、おかわり!」
ジョッキの中を一気に飲み干すエリアスとノアの様子にリオがすかさず口を挟む。
それに対しノアは口を尖らす。一方で別の方向からは即座に二杯目を注文したエリアスの声が飛んだ。
それに対し少しずつ口を潤していたクリスティーナは、広げられた料理の一つを口へ運ぶレミとふと目が合った。
何となく気まずさを覚えながら何か話すべきだろうかと思案しているとクリスティーナよりも先にレミが動く。
「取り分けようか?」
「……ええ」
彼はどうやら同じ料理が気になっていると勘違いしたらしいが、折角なのでその言葉に甘えることとする。
レミはクリスティーナの返事に頷き、手際よく料理を取り分けていく。他にも欲しいものがないかと聞きながらいくつか料理を盛り付けてから取り皿がクリスティーナへ差し出された。
「レミ、そっちの」
「はいはい」
そこへオリヴィエの声が飛び、空の皿が差し出される。
それを素直に受け取り、同じように盛り付けるレミはどこか機嫌がよさそうに見えた。
「ほら」
「どうも」
短い言葉を交わし、オリヴィエは皿に乗せられた料理を口に運ぶ。
合流当初こそ眉根を寄せて文句を零していたが、意外にも彼はノアの予想した通りクリスティーナ達との同席を承諾したのだ。
以降、口数は多くないものの不機嫌そうな様子も見られない。
どうやら無理矢理付き合わされているとは感じていないらしい。お陰でその場の空気も想像以上に良好で、各々が会話や料理を楽しむ雰囲気が出来上がっている。
「機嫌が良さそうね」
「え? ああ……」
偶然正面の席へ座ることとなったレミへクリスティーナは声を掛ける。
振られた話題が予想外のものだったからか、レミは何度か目を瞬かせた。
「参ったな。わかりやすかったか?」
「そうではないけれど。何となく思っただけよ」
「察しがいいんだな」
またもや空になった皿をオリヴィエから受け取りながらレミは苦笑した。
「まあ、一年も音沙汰のない友人が急に顔を見せればね。多少なりとも浮かれるよ」
先程盛ったものと被らないように気を遣いながら、レミは綺麗に料理を盛る。
テーブルへと視線を落としながら話す彼の表情は穏やかだ。
「お前のことだぞ」
再び料理の乗せられた取り皿がオリヴィエへ差し出され持ち主がそれを受け取るも、レミの手は離れようとしない。
未だ何かを食べている最中であったらしいオリヴィエはそれを呑み込んでから反論した。
「仕方ないだろ。こっちも立て込んでたんだ」
「へぇ?」
「信じてないだろう」
「友人の見舞いに行くだけで一年も掛けてるような奴の言い分なんて信じようがないだろう」
「僕だって色々と予想外だったんだ」
取り皿が解放され、皿がオリヴィエの元へ戻される。
彼らの会話の内容には気になる言葉がいくつか見受けられたが、深く聞くべきではないような話に思えたクリスティーナは口を挟まないことにした。
「まだ戻っては来ないんだな」
「やることがあるからな」
「そっか」
レミは自身の取り分であるキッシュを切り分けて口へ運ぶ。オリヴィエの返答に彼は視線を落とした。
会話の切れ目に無言の間が出来る。
物悲しそうなレミと、それを悟りながらもそれ以上語るつもりのなさそうなオリヴィエ。
話題を変えた方がいいのだろうかと考えつつもいい考えが浮かばないクリスティーナは隣へ座っていたリオへ視線を移す。
助けを求めるような意図に気付いたのだろう。エリアスやノアの談笑に参加していた彼はその視線に微笑みを返した。
「そういえばオリヴィエ様。明日からのご同行の件はノア様から伺いましたか?」
「ああ」
「そのご様子だと承諾していただけたのですね、よかったです。ご気分を害されるのではと心配していたようですので……主にクリス様が」
「リオ?」
話題を変える案を求めたのはクリスティーナなのだが、唐突な話題振りに思わず噛みつきそうになる。
確かに嫌がるのではないかとは考えていたが、それは別にオリヴィエを気遣っての思考ではない。単に今後の予定を汲む為に同行者の有無をはっきりさせておきたいという考えから来たものなのだ、と適当なことを抜かす従者をクリスティーナはねめつける。
しかし元凶は自身の仕事を全うしたかのような清々しい笑顔を貼り付けているときた。
腹立たしさに彼の足を踏みつけてやろうかとクリスティーナがテーブルの下で自身の足を持ち上げた時、オリヴィエが不思議そうに首を傾ける。
「気分を害す? 何故?」
「……貴方は少なくとも、私のことを良くは思っていないでしょう」
リオの言葉の意図がいまいち通じていないようである相手へ、クリスティーナが補足を入れる。
何が悲しくて自らが良く思われていない事実を申告しなければならないのだろう。しかも本人に。
そんな虚しさを覚えていると、彼は更に目を丸くした。
「まあ、良くも悪くも思っていないが。出会って一日ならそんなものだろう」
「……は?」
「そーいう話じゃないと思うんだよなぁ」
どこか話が噛み合っていないように思える返答にクリスティーナは目を丸くする。
クリスティーナが言いたいのは昨晩のオリヴィエが指摘したように身内を危機に晒しかけた相手を良くは思えないだろうという事なのだが、彼には通じていないように思える。
その事実を指摘したのはオリヴィエの横に座っていたノアだ。
どういう意味だと首を傾げる友人を差し置いて彼はクリスティーナへ向けて片目を瞑る。
「ね、リヴィはこういう奴なんだよ。言葉に含みを持たせるなんて高度なことは出来ないし、彼の言葉は基本的に馬鹿正直に捉えていいよ」
「馬鹿の言葉を深読みしても時間の無駄だからな」
「何の話をしてるのかはわからないが、お前達が僕の悪口を言ってることはよくわかった。あと僕は馬鹿じゃない」
「はぁ……」
ノアに便乗するようにレミが冗談を交えて鼻で笑う。
それに対してオリヴィエの眉間の皺が険しくなるが、二人は特に気に留めていないようだ。恐らくは良くある光景なのだろう。
言葉を馬鹿正直に捉えた結果導かれる答えは何なのか。その結論を求めるようにクリスティーナはノアへ視線を送った。
「彼は君達が身内に危害を加える可能性があるなら目を瞑ることは出来ないと言った。それに対し、君は心配いらないと答えた。そうだろう」
「ええ」
「その後彼は『ならいい』と言っただろう?」
「……まさか」
彼が言わんとしていることを何となく察したクリスティーナは思わず怪訝そうにオリヴィエを見てしまう。
その様子にけらけらと声を上げて笑いながらノアは頷いた。
「そう。ならいいって答えた時点で彼の中でその話は終わってるし、何なら君が心配いらないと答えた時点で『そうか心配ないのか』くらいの感想しか持ってないよ、多分」
彼の発言や振る舞いを注意深く観察していた分拍子抜けしてしまい、思わずため息が出る。
身構え、張り詰めていた気が大きく緩んでいくのを感じながらクリスティーナは小さく呟いた。
「……本当に言葉の表面しかないじゃない」
「だからそう言ってるだろう?」
「なるほど、馬鹿正直……」
「馬鹿じゃない」
妙に納得したようにリオが頷き、そこへすかさず否定の言葉が入る。
『馬鹿』の二文字に対する異様な反応速度が最早それっぽく見えてしまうのだが……。そんな指摘をクリスティーナは呑み込んだのだった。