第92話 身内の陰謀
オーケアヌス魔法学院を後にしたクリスティーナ達はノアの案内に従ってグロワールを散策する。
移動に際して、エリアスの体調面はクリスティーナの気に掛る部分であったが本人曰く歩く程度なら問題ないという話であった為その言葉を信用することとした。
とはいえ、怪我人を長時間歩き回すようなことは出来れば避けたい。
そういった理由を鑑みても、案内人が付いているという事はありがたかった。
「時間があれば観光でもどうかと誘う所なんだけどなぁ。残念だ」
市場に始まり、軽食やアクセサリーを売っている屋台、カフェや本屋、魔導具店などが立ち並ぶ立派な商店街。
多くの人々が行き交う通りをクリスティーナ一行とノア、レミの五人は歩いていく。
大した接点もないながら、賑やかな方が楽しいからというノアの考えだけで巻き込まれたレミは初めこそ居心地悪そうにそわそわとしていたものの、エリアスがいくつか会話を投げかける内にその緊張も解れて言ったようだ。
エリアスの誰とでも打ち明けられそうな明るさが作用したのだろう。お陰で道中の空気は悪いものではなかった。
「いくつか当てはあるんだけど、明日一度学院まで戻ることを考えるとあまり離れた場所じゃない方がいいよね」
「そうね」
「ならやっぱりここかな」
建ち並ぶ建物の内一つの前でノアが足を止める。
頭上に吊り下げられているのは、そこが宿屋と食事処を兼ね備えた店であることを記した看板。
「ここは料理も酒も美味しいんだよね。問題は空きがあるかなんだけど」
そう言いながらノアは扉を引く。備え付けられたベルが明るい音色を奏でながらクリスティーナ達を迎え入れた。
「いらっしゃいま……あら、ノアさん」
入って正面に見えるカウンターに立っていた女性はノアの姿を目に留めると朗らかに笑う。
ノアは付けている途中であったらしい帳簿を脇へ逸らし、受付を片付け始める彼女へ歩み寄った。
「やあ、女将さん。部屋は空いてるかい?」
「あら、珍しい。泊っていくの?」
「俺じゃなくて連れがね」
彼は自分の後ろに立つクリスティーナ達へ視線を向ける。
促されるようにその視線を追った女将はその笑みを更に深めた。
「あらあら、若いお客さんがいっぱいねぇ。まだ空いているわよ」
レミとも顔見知りらしい彼女は彼へも明るく挨拶をしてから宿泊する人数と部屋の数、宿泊日数を確認する。
それを紙に書き留め、料金を受け取ってから女将は受付の脇に広がる空間を指し示した。
そこにはいくつものテーブルと椅子が並べられている。食事処として機能している場所なのだろう。
奥はキッチンと繋がっており、下準備をしている男性の姿が見える。
「ご飯は食べてく? まだ準備中だからもう少しだけ待ってもらうことになるけれど」
女将の問いかけに対し、ノアは承諾を求めるようにクリスティーナ達を見た。
それに各々が頷いたのを確認してから彼も首を縦に振る。
「そのつもり。あと、連れがもう一人遅れて来ると思う」
「六人ね。ならテーブルをくっつけて使って頂戴。注文は後で聞きに行くわね」
「ありがとう」
二人の会話を聞いていたレミは呆れた顔でため息を吐き、他三人は目を丸くする。
そんな四人を他所に会話を切り上げたノアは食事処の角の席を選び、手際よく六人席を作っていった。
「六人って?」
「リヴィを呼んだのさ。人は多い方がいいし、彼も今回の件の功労者だろう?」
テーブルを移動させるノアへ問うとあっさりと答えが返ってくる。
「……誘ったところで来たがるとは思えないのだけれど」
クリスティーナは今まで目の当たりにしてきたオリヴィエの態度や言動を思い出し、苦い顔をする。
彼からは昨晩苦言を呈されたばかりであるし、そもそも深い関わりにない相手と進んで飲み交わすような人物であるようにも思えない。
そう思っての言葉をノアは笑い飛ばした。
「確かにね。馬鹿正直に言えば彼は来ないだろう」
「貴方まさか……」
「何、俺は久しぶりに食事でもどうかと誘っただけだよ」
クリスティーナの言わんとしていることを肯定するように彼は悪戯っぽく笑みを深める。
嘘は吐いていないだろうというのが彼の主張なのだろう。その誘い方であれば親しき間柄であるらしい彼も応じるかもしれない。
だが、同行者がいるという肝心な部分が伏せられている。これでは何も知らずにやってきた彼とクリスティーナ達が気まずい思いをするのは明白だ。
確かにベルフェゴールとの件で彼が大いに貢献した事実はあるし、除け者のように扱うのもおかしな話ではあるだろうが、何も無理に引き合わせる必要もないだろうに。
そんな思いの元、クリスティーナは物言いたげな顔でノアを睨みつける。
「大丈夫だよ。君達が本当に嫌がるなら俺もこんな無茶はしないし、彼に対しても同様だ。本当に嫌なら彼ははっきり断るだろうし、それは直にわかることだよ」
確かにオリヴィエの物言いははっきりとしたものであるし、変に相手を気遣うような性格ではないように思える。
そしてクリスティーナもまた、気まずい空気になることが厄介だとは思うものの避けたいと思う程彼を嫌悪している訳でもなかった。
どの道誘ってしまったものは取り消しようもない。
後のことは本人がやって来た後に当人同士でなんとかしてもらおうという考えが過ったその時。
タイミングよく入口のベルが鳴った。
ローブのフードを深く被った客人が一人。
彼は室内へ足を踏み入れると同時にそのフードを取っ払った。
「お、噂をすれば」
受付の女将と必要最低限の会話を交わした彼はその途中で自分へ手を振る存在に気付き、そちらを見やる。
そしてそこでぴたりと動きを止めた。
友人の顔に紛れて居座るクリスティーナ達の姿を見つけた彼は黄緑の瞳を見開き、酸素を求める魚のように口を何度も開閉させる。
そして自身の動揺を押し殺すように眼鏡を押し上げてから深々とため息を吐いた。
「謀ったな……ッ!」
オリヴィエはへらへらとした笑みを浮かべ続ける友人を睨みつけた。