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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第850話

 思い出されるのは仲間が石を投げられていた時の事だ。

 本来ならばろくに動けたものではない体に鞭を打ち、集落を守った彼を人々は異端として攻撃した。


 あの時抱いた怒りは計り知れない。

 だが――同時に過ぎるのは彼へ対する深い罪悪だ。


 リオの事を仲間であり、友だと思っている。

 だが理性を失った彼を見た時、真っ先に過ったのは彼と対立する未来だった。

 彼が自分達をも殺しに掛かるかもしれないという予感。


 それを信じてしまってからこそエリアスは彼に剣を向ける事を――彼を一度殺す事を視野に入れた。

 リオを信じるクリスティーナの言葉を聞いても尚、彼の事を信じきれなかった。


(それだけじゃねぇ)


 ――一度あいつを殺すしかない。


 あの時のエリアスは切迫された状態でそんな考えに行き着いていた。

 例えリオが不死身であったとして、彼の生死を軽んじる事が許される訳がない。


 彼が不死身であるという事を知っていたからこそエリアスは彼の命を軽んじ、仲間を手に掛ける事を真剣に考えた。

 それが一番確実で手っ取り早いという考えが無意識下にあった事に気付いてしまった。


 強い悪寒がエリアスの背筋を駆け抜ける。

 自分の弱さと醜さを見つけてしまったエリアスは大きな罪悪に苛まれた。


(これじゃあアイツらに腹を立てる権利どころか……アイツらと何も変わんねーじゃねぇか)

「……クソッ」


 彼は顔を顰めながら髪を掻き毟ったのだった。



***



 朝を迎えた頃。

 クリスティーナは肩を叩かれ、目を開く。


「クリス様」


 囁く声……しかし緊張したような鋭さのあるエリアスの声が耳元でする。

 それを聞いたクリスティーナは何か有事があった事を悟り、すぐに飛び起きた。


「……っ!!」


 彼女はまずリオが傍で眠っている事を確認し、その次にクロードの様子を窺おうとする。

 だがそれを否定するようにエリアスがクリスティーナの肩に手を置いた。


「二人とも無事です。ただ……」


 彼の灰色の瞳が洞窟の外へと向けられる。


「こちらへ近づく気配があります。それも大勢」


 クリスティーナは息を呑む。

 この洞窟には四人が休む為の最低限の空間はあれど身を隠せる場所がない。


「鉢合わせるまでに少しだけ余裕があります」

「二人を置いていくの?」


 エリアスの言葉に、この場を離れて欲しいという気持ちが含まれている事をクリスティーナは悟る。

 インセニクト族であろうがそうでなかろうが、自分の立場を鑑みれば接近している集団が自分絡みの何者かである可能性が高い事など理解できる。


 だがインセニクト族なのであればクリスティーナが去ったところでクロードの身は間違いなく危険に晒されるし、インセニクト族でないにせよここまでクリスティーナの居場所を特定した者であればクリスティーナの仲間の特徴も把握していてもおかしくない。

 であるならばリオやクロードを危険に晒す事は避けられないだろう。


 自分だけが逃げるという選択をクリスティーナ選べずにいた。


「クリス様が二人を心配する気持ちはわかります。オレだってこいつらを切り捨てたりなんてしたくねぇ。……でも、アンタをここで捕まらせるワケにも、死なせるワケにもいかねぇ」

「な……っ! 私一人で逃げろというの!? それこそ無茶よ……っ」

「無茶じゃないですよ。クリス様はもう充分強くなってるじゃないですか。氷龍の時だってそれは感じました」


 信じていると、灰色の瞳が訴える。

 だがクリスティーナは知っている。

 彼は一人で迫る集団と対峙しても全員を打ち負かす事はできないと悟っている。


 そうでなければクリスティーナを一人で逃すリスクよりも己の背に庇った方が確実であるはずなのだ。


 クリスティーナの実力を信じてる。それは事実だ。

 だが自分は無事に切り抜ける自信がない。

 それでは結局、三人を見殺しにする事と変わらない。


「できないわ」

「クリス様!」

「貴方達を見殺しにはできない!」

「死にません」

「けど……っ! 貴方だってボロボロで、そんな状況で勝てる確証はないのでしょう?」

「勝てないなら交渉に持ち込めばいいんですよ。敵意剥き出すような相手なら、正面から馬鹿正直に相手にするより無力化した方がいいって思わせればいいんです。どーせクリス様狙いならオレ達を殺すより活用した方がいいって思うでしょ。オレらが満身創痍なら尚更」


 上手くいく話だとは思えない。

 だが近づく集団が敵であった場合、この場にクリスティーナが残る事が一番の悪手である事も理解はできる。


「……貴方の頭でできるの」

「ひどっ!」

「嘘よ。言ったからには必ず全員の命を救いなさい」

「……っ! はい!」


 クリスティーナはエリアスの手に触れてから立ち上がる。

 クロードの顔色を確認し、次いでリオの傍に寄る。


「ごめんなさい」


 クリスティーナの傍でゆっくり休みたいという彼の望みが叶うのはもう少し先になりそうだった。

 リオの黒髪を優しく撫でてからクリスティーナは洞窟の外へと駆け出す。


「ルーディックの端にいるわ。けれど待っていてあげるのは私が飽きるまでよ。私の気が変われば好きにさせて貰うわ。文句なんて言う資格ないわよ」

「相変わらず無茶言いますね……! わかりましたよ!」


 エリアスは剣を抜く。

 クリスティーナは氷魔法で剣の刃を補ってやってから今度こそ洞窟をあとにする。


 外へ飛び出し、パーケムの隣国――ルーディックの方角へと走りだした。

 程なくして、大勢の足音が反対方面から聞こえる。


 クリスティーナは慌てて木の陰に身を潜め、洞窟の方を見守るのだった。

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