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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第847話

 急速に体が冷えていくのを感じながら、ギーはぼんやりと頭上の顔を見つめる。

 溢れる血が音を立てて口から飛び散る。


「けど、残念。このままだと死んじゃうね」


 試すような目がギーの様子を窺っている。


「でも、ボクならキミを生かす事ができる」


 鋭く尖った八重歯をちらつかせながら彼は歪な笑みを浮かべる。

 彼はギーに手を差し出した。


「ボクと手を組もうよ。そしたらキミは死なずに済む……ううん、永遠にも等しい命を得られるよ。それに、今よりずっとずっと強くなる」


 ギーは弱々しい呼吸を繰り返しながら彼の声に耳を傾ける。


 赤い瞳を持つ者ならもう既に出会っていた。今更恐怖する事もない。

 だが……リオとよく似る色の瞳からギーが連想させたのはルネ――先程命を落とした眷属だった。


「ボクはね、キミを気に入ったんだ」


 見下すような色が滲む瞳。

 万が一にも自分が相手に害されるような事はないという油断。

 そして、全てを見透かしたかのような振る舞い。

 ……甘い言葉で、真意を隠そうとするところ。


 ギーは静かに両目を閉じる。

 ごぷりと血を吐けば、咳が溢れた。


 言葉を紡げる程度にまで何とか呼吸を整えてから、ギーは小さく笑った。


「えんりょ、しとく」


 その言葉はレヴィアタンにとって意外なものだった。

 彼は少しだけ目を見開いて、ギーの言葉の続きを待つ。


「おまえさぁ……クリスたちのてき、なんだろ。ならおれは……おまえの思い通りになっちゃ、ならねぇ」


 先の眷属の発言、そして彼女自身が聖女の排除に固執していたところから、ギーは彼の立場に勘づく事ができた。


 死ぬのは怖い。

 眷属と対立した時点で、集落の人々と共に死ぬ覚悟はあったが、それでももし生き存えられるなら生きていたいと思う程には未来に期待と希望がある。


 だがそれ以上に、これ以上彼女達を害する存在にはなりたくなかった。

 生き延びた先で彼女達と対立する未来など、もっての外だ。


「だから、いらない。…………いいんだ、これで」

「ふぅん。キミ、彼女の知人かぁ」


 体の内側が悲鳴を上げる。

 激痛と発熱、幻覚に苛まれ、ギーは苦悶の表情を見せた。


「そういうのはね、言わないのが賢いんだよ。……そしたら、生存しながらも自分の望む選択が取れたかもしれないのに。体は大きいのに……自分の首を絞めるその素直さはまるで子供みたいだね」


 その言葉はギーには届かない。

 感覚が痛覚に塗り替えられ、周囲の音を聞き分ける力は彼の中から失われていた。


 それを悟ったレヴィアタンは肩を竦める。


「ならせめて楽に死なせてあげよっか。ちょっとだけ、楽しませてくれたお礼にね」



***



 地下牢で、格子を挟んで遊ぶ双子がいる。

 蟲が見せる幻覚だ。

 だが無邪気に笑い合う二人の姿が幸せそうで、胸が温かくなるのを感じる。


「おれ、にーちゃんだったのになぁ……」


 ギーはそれを遠目に眺めながら呟く。

 瞳から、一筋の涙が溢れる。


(唯一の、家族だったのになぁ)


 ギーの物心がついた頃。既に血の繋がりを持つ親を名乗るものはいなかった。

 だからこそ、ルネが家族だと知った時はとても嬉しかったものだ。


(ごめん。ごめんなぁ……ルネ)


 未来の事など何も知らず、玩具に夢中になる妹を見てギーは心の中で謝罪を呟く。


 やがて、周囲の景色が端から白く染まっていく事にギーは気付いた。

 終わるのか。漠然とそう思う。


 全身の痛みが気にならなくなっていたのは感覚が死んでしまったからなのか、それとも幻覚のお陰なのか。

 どちらにせよ幸運だとギーは感じる。


 自分に迫る終わりの時を感じながら、ギーは静かに目を閉じる。


 その時だった。


「にーちゃん」


 自分の人差し指を、小さな手に握られる。

 ハッと瞼を開ける。


 小さな少女が隣に立ち、ギーを見上げていた。


 やや下がりがちの目尻からは人の好さを感じさせる。

 気が弱く、けれど穏やかな少女。


 変に兄貴ぶって呼ばせていた言葉で声を掛けられる。

 驚いたまま言葉を失うギーの手を少女――ルネは引く。


「いっしょにいこう?」


 何も知らない、無垢な顔。

 きっと彼女は今と同じように何も知らないままにこの世を去ったのだろう。

 そうであったらいいと思った。


 ギーは両目から涙を溢れさせながらルネと目線を合わせる。

 そしてその小さな体を抱きしめた。


「にーちゃん? こわい? いたい?」

「……いんや? 怖くねーし痛くねーよ」


 腕の中で首が傾げられる気配がある。

 小さな手がギーの頭を撫でる。

 その手に甘えるように擦り寄りながら彼は涙に濡れた声でルネはに声を掛ける。


「待たせてごめんな。今度こそ、ずっと一緒にいような」

「ほんとう? えへへ、うれしいなぁ」

「ん。約束だ」

「うん! やくそく!」




 ルネと笑い合いながら、ふとギーは自身の人生を振り返る。


 自分の努力は、人生の大半は無駄だった。

 だが……全てではない。


 ルネと過ごした短い日々。

 そしてクリスやエリアスと向かった小さな冒険と一つの死闘。


 新しく知った感情。

 他者が与えてくれる本当の絆。


 それらは全て本物だ。自分だけの宝物だ。


 ルネが死んでからの人生も、全てが無駄だった訳ではない。

 この偽りだらけだった長い日々がクリスティーナやエリアス達と出会う為に……この短くも大きな冒険に触れる為にあったのだと考えれば。


 ――少しだけ、気持ちが救われるような気がした。




 ギーはルネを抱き上げて立ち上がると力一杯振り回す。

 嬉しそうにはしゃぐ声があって、釣られるようにギーも大きく笑う。


 そうして、白く収束する世界を二人は進んでいく。

 やがて二人の姿は、白い世界の中に溶けて消えていくのだった。

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