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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第845話

「あ゛っ、ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 自身が生み出した脅威によって体を蝕まれる眷属。

 彼女は強い怒りの中、ギーを睨みつけた。


 周囲では自身が家族と呼んでやったインセニクト族が混乱したままにルネを救おうと必死になる。


 だがどれだけ周りが泣き喚き、眷属を気遣ったところで彼女を襲う苦しみが和らぐわけでもない。

 こんな無駄な事をするくらいならばとっとと聖女から薬を奪えと彼女は心の中で怒り狂った。


「ルネ様っ、ルネ様ぁ……!」

「しっかりしてください、ルネ様!」


(煩い、煩い煩い煩い! この無能共が……!!)


 誰のお陰で集落の文明は発達したのか。

 格上の人間の下につき、考える労力が時間と労力をなくす。誰のお陰でそんな楽ができるようになったと思っているのか。


(無能の癖に、弱者の癖に、私に使われるだけの駒の癖に……ッ!!)


 散々甘い汁を吸わせてやったというのに。

 弱者の癖に自分に楯突き、あろう事か自分を窮地へ立たせるなんて。


 ただの人間に自分の計画が壊されていいはずがない。

 思い通りにいかない駒ならば。それが障害となり得るならば――


(――いらない。この子供も、取り乱すばかりで何の役に立たない連中も)


 邪魔なゴミを一掃し、体が動く間に聖女を追わなければならない。

 ルネがそこまで思い至った、その瞬間。


 彼女は懐から包み紙を引っ張り出すと、その中身を宙へと放った。

 彼女へ集まっていた人々、そしてギーは宙で散らばるそれを受ける事になる。


「ルネ様……? い、一体何を……ッ!」

「ぎ、ぎゃああ!!」


困惑する者、そして自身に触れた蟲の存在に気付き、発狂する者。

 その場は瞬く間に大きな混乱で埋め尽くされた。


「ヒッ、ヒヒ……ッ、アハハハハハハッ!! 馬鹿! 馬鹿! 皆ぃんな馬鹿ばっか!!」


(私にはあの方から頂いた恩恵がある。こんなところで死んだりしない……!)



***



 かつて、小さな町で生まれた少女は周りの子供や大人よりも賢かった。


 大人ですら理解できないような学術書を読み解く娘の姿に両親は甚く喜んだ。

 彼女は特待生として隣町の学園へ通うようになる。


 だが学園内で彼女と周囲の者の学力差は徐々に埋まり、やがて少女は平均的な成績しか取れなくなる。

 それを知った両親は試験の結果を見る度に彼女へ怒りをぶつけるようになった。


 両親の大きな期待は暴言や暴力として現れる。

 町の人々も、徐々に少女から興味をなくしていった。


(皆んな、私よりも馬鹿の癖に。どれだけ苦労してるかなんて、何も知らない癖に)


 自分が成し得ないことを強いる身勝手な両親。彼らに叱られる姿を見て、少女は特別ではなかったと見限る人々。


 初めは小さな苛立ちだった。

 だが両親に否定され続け、やがてそれすらなくなり、誰の視線も自分を留めなくなった頃。

 焦って焦って、努力して、それでも結果が思う事はなく、精神的に追い詰められていた彼女の理性はある日を境にプツリと切れた。


 ――あの子はもう駄目ね。


 夜中、少女に隠れて話していた両親らの会話。

 その中で母が溢した言葉だ。


 一体誰の為にここまでしたと思っているのか。

 自身の知能は、知識は、彼女達には不可能な領域まで達しているというのに。


 なんで身勝手で、浅ましい奴らだ。

 何も知らない癖に、何かを悟ったかのような物言いを平然とする彼女達が自分と同じ生物とは到底思えなかった。


 その夜、少女は両親を手に掛けた。

 そして知ってしまった。


 恐怖に染まる両親の顔。

 迫る死に怯え、床に頭をつけ、情けなく命乞いをする大人の姿。


 支配する者とされる者。

 勝者と敗者。

 有と無。


 対極的で、はっきりとした立場の差。

 そしてこの前者こそが自分の追い求めていたものだと少女は悟る。


 学園で自分を追い越し、見下すような目で見てきた生徒を全て殺した。

 気持ちが良かった。

 何を犠牲にしても学力で勝つ事ができなかった者達を己の力と恐怖で圧倒させ、捩じ伏せる。


 命を摘み取る度に自分は散っていった彼らよりも生き残る価値のある人間だ思った。


 そして、次々と虐殺を繰り広げた彼女が大勢の大人達に取り押さえられた時。

 一人の少年が姿を現す。


 その場にいた、彼女以外の全員の首を弾き飛ばし、少年は笑顔で少女に手を伸ばす。


 キミは特別だと。自分と共に来る事で自分の価値を更に高める事ができると。

 ――誰よりも選ばれた人間になれると。


 その手を取ることを迷いはしなかった。

 『彼』は少女の全てを肯定し、求め、期待し、信頼してくれた。

 誰も与えてはくれなかった、彼女が欲していた全てを与えてくれた。


 だから自分は『彼』に忠誠を誓う存在として、『彼』の期待に応えるのだ。

 ――そして、自分の価値を証明するのだ。



***



(そうよ、身軽になれば私だってまだ戦える。まだあの方のお役に立てる! 私は天才だって、誰よりも価値ある存在だって、認めて貰える!!)


 辺りには蟲を受けて怯える人々、自棄になり、自身の所持していた蟲を他者へ付着させ、巻き添えにさせようとする人々……醜く無様な姿を晒す人々で埋め尽くされる。


 その場にいる誰もが正気ではなかった。


 ――その中で。


 眷属の前に立つ、少年だけは涼しい顔をしていた。

 瞳や口の端から血を流しながらも、彼は穏やかに微笑んでいる。


 ギーは彼女を見て、静かに笑っていた。

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