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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第840話

(……よかった、落ち着いたみたい)


 遠距離からの魔法ではすべていなされると踏んだルネは近接戦へ持ち込み、クロードの間合いへと入り込んでいた。


 人並外れた身体能力を持つ少女の攻撃をクロードは何度もいなしながらクリスティーナとリオを視界の端に捉える。


 リオが落ち着いたらしいと悟った彼は撤退の隙を見つけようとする。

 だが直後、鞭を打ち続けた体が戦闘の負担に耐えきれず、苦痛を訴える。


 クロードの血を吐きながら前へと倒れ掛ける。

 それを好機と見たルネが勝ち誇ったように手を伸ばす。


 だが彼女が狙うのは頭や首といった急所ではなく彼の腕だ。

 ルネはクロードが神の賜物(ギフト)である事を悟っている。

 そして研究者である彼女にとって稀有な存在である彼もまた聖女の次に見過ごせない人物となっていた。


 だが崩れ落ち掛けるクロードは死角から迫る気配に気付きながら口角を上げる。


「……君は僕を見くびりすぎたね」


(確かに今の僕じゃ全力を出した彼女に勝つ事はできない。それに加えて体調の変化が突然来てしまえばどうしたって隙は生まれる。――けど、それは彼女が本気を出す気があって、僕が僕自身の体の状態を理解していない時に初めて生まれる危機だ)


 持ち主の意志を無視して訪れる体調の悪化。事前に理解してさえいれば、それを踏まえた上で対策を立てられる。

 体幹がブレる。真っ直ぐ立っていられなくなる。

 ならば敢えて膝を突いた上で反撃できる技を用意すればいい。


 それはインセニクト族からの襲撃で矢を避けきれなかった時からクロードが考え続けてきた自分自身の体調へ対する対策だった。

 敢えて隙を作ればそれは最早隙ではなく術中だ。


 クロードはすかさず片膝を付くとそのまま受け身を取って左へ転がり込む。

 その傍でルネの手が空を切った。


「……っ!」

「君は欲を出さず僕を殺しておくべきだった」


 意図した低姿勢にも長所はある。

 相手の視界の外から仕掛けることができる事だ。


 クロードは地面に手をつきながら足を突き出す。

 その先にあるのはルネの片足だ。

 それを器用に絡めとった彼はそのままルネを転倒させる事に成功する。


(っ、まずい――)


 ルネは自衛の為に魔法を放つ。

 だが現在地は勿論クロードの間合いの中。彼女が焦って放つ魔法も必然的に彼の間合いの中から生み出されるものだ。

 それは悉くクロードの剣技によって防がれる。


 クロードは素早く体勢を立て直し、剣を振り下ろす。

 その刃はルネの右腕を跳ね飛ばした。

 そしてクロードは更に脚へ斬りかかった。


 だがそれは身を捻ったルネによって回避される。


 刃をすり抜けて素早く立ち上がるルネを見てクロードは深追いを諦め、距離を取る。


(彼女を殺す事に執着するべきではない。リオが我に返ったなら早々に身を引いた方が――)


 撤退の算段をたてるクロードは視界の端に映った新たな人の姿を見つけ息を呑む。

 魔物の全滅を悟り、避難していた人々が様子を窺いに来たのだ。

 彼らは次々と屋敷から外へと出てきている。


(まずい。ルネ様は住人の前で人間離れした力を使う事はできないだろうけど――僕がこの場に留まれば新しい騒ぎを生み出しかねない)


 どんな理由があろうともルネが負傷したのはクロードの仕業だ。

 現場を見られれば住人全員の敵意を受ける事になる。


 そうなる前に自分は離れるべきだろうと判断したクロードは離れた場所に立つエリアスへ目配せをする。

 視線に気付いた彼もまた、クロードが言わんとしている事を悟ったのだろう。

 無言で頷きを返された事を確認し、クロードは一足先にその場を離れる。


 自分が向かう方角はエリアスが確認してくれる事だろう。

 そう判断した。


 ルネは追って来なかった。

 か弱い少女を装っている手前、優れた身体能力を曝け出す事もできないのだろう。


(問題はどこで三人を待つか、あとは逃走経路と手段の確保だけど――)


 考えを巡らせながら住人らが現れる方角とは反対へと走るクロード。

 だがその前方に一人の気配を感じ、クロードの注意はそちらへ向けられる。


 集落の敷地の境界。

 その家屋の屋根に立つ人物が一人。


 住人と同じ特徴を持つ彼は静かに弓矢を構えていた。


「……っ」

(問題ない。矢なら僕の間合いで弾ける)


 例え彼――ギーが矢を放とうとも自分の剣で防ぐ事ができると判断したクロードは走る速度を緩めない判断を下す。


 彼はギーからの攻撃を覚悟していた。

 だが、彼が構えた矢はいつまでも放たれなかった。


 それに驚きながら、クロードはギーの傍をすり抜ける。

 彼の視線は遥か彼方、集落の真ん中に位置する場所一点のみを見据えていた。


「その先にイクシスを停めてある。使え」

「……てっきり」


 クロードは彼の考えを汲む。

 走る速度を緩める事なく彼は去り際に一つ呟いた。


「――敵対するか一緒に来るものだと思ってたよ」


 その言葉を最後にクロードの背はギーから遠ざかっていく。

 その足音を聞きながらギーは鼻で笑った。


「お前は認めてくれんのかよ、それ」


 今のギーはクロードが忌み子でも悪人でもない事もわかっている。

 彼は常に仲間を思い、仲間の為に最善を尽くしていただけだった。

 彼の怒りを買ったのも自分や身内の行いのせいだった。


 ――そして彼が個人の怒りを優先する人間ではない事も、わかっている。


 きっと彼はギーが頭を下げればクリスティーナやエリアスと共に行く事も受け入れてくれただろう。


「……あー、クソ。謝りそこねちまった」


 彼という人間を真に理解するのがあまりにも遅かった。

 ギーはその事を酷く後悔する。


「…………悪かったよ」


 小さく漏れた謝罪は届くべき相手の耳には届かなかった。

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