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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第837話

 早朝。

 出立の支度を終えたギーはイクシスの様子を見る為に先に外へ出る。

 イクシスに餌をやり、毛並みを整えてやりながら彼は考えを巡らせる。


(ルネの予言は絶対だった。そして予言によればあいつらは間違いなく悪で、集落を危険にさせる存在だ。……だからおれがここで殺しておかなきゃなんねぇ……そういうルネの主張はわかる。けど――)


 クリスティーナ達を襲った時、仲間を庇ったリオの姿。

 仲間を害された時に怒りを剥き出すクロード顔。

 氷龍の攻撃を見て自分達だけでなく遠方の人々までもを案じ、危険に身を投じたエリアス。

 そして傷付いた仲間の姿に胸を痛めながらも、仲間を陥れた相手ですら背中を預け、怪我を治してくれたクリスティーナ。


(おれには……あいつらが悪人には到底見えねぇ)


 イクシスが餌を平らげたのを確認し、ソリの確認へ向かう。

 不備はなさそうだ。問題なく集落へ向かえるだろう。

 自分の仕事を熟しながらもギーの思考は別の方へ働き続けていた。


(なら、ルネが間違ってるのか? そもそもあいつがこれを渡したって事は二人を殺せって事で……)


 ぐるぐると回る思考。

 止まらない考えの深くまで潜り込んだ彼の脳裏にふと、昨晩見た夢や屋敷を出る時のルネの言葉が過ぎる。


(なんだ、この違和感。確かにおれはルネから指示を受けたはずなのにまるで現実味がなくて……というかこんなのまるで――)


 頭が痛む。

 ギーは顔を顰めたまま暫く物思いに耽るのだった。



***



「どう思う?」


 支度を終えたクリスティーナは窓の外を眺める。

 隣から同じように外を見ているエリアスへ彼女は問い掛けた。


「どうってのは」

「ギーの記憶」

「ギーが何か悩んでるのは正しい記憶が戻っちまったからなんじゃねーかって事ですよね」


 氷龍との戦闘中は深く考えるだけの余裕もなく、また致し方なかったとはいえ、クリスティーナはギーに聖魔法を使った。

 回復を目的として使った魔法であったが、今のクリスティーナが扱う聖魔法は闇を祓う為や回復の為など、用途が異なった場合でも全く同じ質の魔法を扱っている。

 寧ろ用途によって使い分けられるような方法をクリスティーナはまだ身につけていない。


 いわば、聖魔法の効果が全て複合されたかのような魔法しか使えないような状態だ。


 であれば例え回復の為に聖魔法を使ったとしても、それ以外の効果――今回で言うならば掛けられた闇魔法を消す効果が併発していた可能性が大きい。


「まあ、戦闘の後から明らかに元気ないですしね。全然在り得ると思います……けど、あいつ自身何も言いたがらねーからこっちから上手く話を掘り下げられる気もしねぇっていうか」


 仮にギーに掛けられていた闇魔法が聖魔法の影響を受けていたとして、改竄されているであろう記憶がどの程度変化したのか、それによって彼がどのような状態であるのかをクリスティーナ達は汲み取れない。

 下手に話を切り出せば寧ろ彼が知り得ず、望んでいなかったかもしれない情報まで与えてしまう可能性もあった。


「まー、とりあえずは気に掛けておいてやりましょ」

「そうね。……ねぇ、エリアス」


 エリアスは名前を呼ばれ、視線をクリスティーナへ向ける。

 クリスティーナは言い淀みながらも何かを切り出そうとしていた。

 それに気付いた彼は小さな笑いを漏らした。


「オレは全然いいですよ」

「え?」

「え、ギーを仲間にしたいって話じゃないんですか?」


 クリスティーナが目を見開いたままエリアスを凝視する。

 何度も瞬きを繰り返してから彼女は呆けたままに呟いた。


「……貴方、察しがいい事なんてあるのね」

「どーゆー意味ですか!?」

「今日は雪ね、という話よ」

「ここは雪山ですからね! 関係なしに雪は降ってますよ!」


 窓の外でちらちらと降る雪を指しながらエリアスは不満そうな声を上げた。

 彼の明るい声に吹き出してしまいそうになり、クリスティーナ一つだけ咳払いをした。


「記憶が完全に戻ればきっと、ギーは今の場所に居づらくなるでしょう。彼が今の居場所を離れたいと思った時は……助力してあげられないかと思ったのよ」

「オレはいいと思いますけど……主に嫌な思いをしてるのはリオとクロードだと思いますから」

「勿論、彼らがわかってくれたら……そしてギーが望んだらという前提の話ではあるわ。けれど……どういう過程であれ、私の魔法が彼に影響を与えてしまったのなら、せめて少しは手を差し伸べられないか、と思ったの」

「戦力としても申し分ないですし、根っこの部分も悪ではないですからね。何か弊害があるとは思わないです」


 エリアスは窓の外――ソリの前に座り込んだまま動かないギーの後ろ姿を見つめる。


「今のあいつがオレらに何かしてくるとも、全く思えないですしね」


 エリアスは彼を気に掛けるように目を細める。

 その寂しそうな背中は、随分と頼りなく、小さく見えた。


 二人は暫く何も言わずに考え込んでいたが、やがてどちらからともなく荷物を纏め始め、小屋をあとにする。

 三人はソリに乗ると行きよりも凄まじい速度で山を下り始めたのだった。

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