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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第835話

 蟲を体に住まわせながらも武器を手に立つ青年の姿は、蟲の恐ろしさと脅威を知り尽くしているインセニクト族にとってはあまりに異常だと感じる。

 それに加えてリオは赤い瞳を持つ――彼らが尤も嫌悪する『異端』を抱えた存在だ。


 ルネの前に出ていた女性はそんなリオの姿を見て恐怖に顔を歪める。


「ば、化け物…………っ」

「酷い言われようですね。一応貴女方の身内のせいでこんな目に遭っているのですが――」


 立っているのがやっとなのか、ふらつくリオからは体感の不安定さが窺える。

 だが彼は普段と変わらない飄々とした態度を貫いていた。

 そして彼が皮肉を言い終わるよりも先。


 隣の部屋から衝撃音が聞こえる。

 壁が壊されたのだと周囲の者が悟った時には既にいくつもの足音が聞こえ、すぐさま戸が破られた。


 現れたのは四足歩行の獰猛な獣。

 鋭い牙を剥き出し、唾液を垂れ流したそれは興奮状態であるらしく、獲物の姿を視界に捉えるや否や、一番近くの餌――ルネと女性へと飛び掛かった。


 その時、女性の背が強く押される。

 魔物の前に押し出された彼女は唖然としてルネを振り返る。

 ルネは手を突き出した姿勢のまま、何も言わず微笑んでいた。


「ルネ様…………?」

「身近な人の死程、心を揺さぶるものもない。――彼らの怒りは更に大きくなるわ」


 恍惚とした笑み。

 だが無邪気さすら感じる顔のまま告げられたのは残酷な計画だ。


 ルネによって命の危機に瀕するとはつゆほども思っていなかったのだろう。女性は何が起きたのかわからないといった顔のままルネへ手を伸ばした。


 その手が届くよりも先に魔物が女性の背後へ辿り着く。

 そして開かれた大口が女性の後頭部へ向かい――


 ――その魔物は瞬きの内に切り刻まれた。


 深い切り傷を作ったまま絶命した魔物が崩れ落ちる先、女性の前にリオが立つ。

 彼は顔を赤く濡らし、多量の血を床に溢しながら荒い息を繰り返す。


 だが次の瞬間、その姿が消えるわ、

 彼は女性の背後へ回り込むとその先にいたルネの両目にナイフを走らせる。


 油断していたルネは不意をつかれ、両目を潰される。

 頭から上がった短い悲鳴。それと同時にリオはルネを部屋の中へ放り込むと強烈な蹴りを与える。


「……っ!!」

「邪魔です」


 ルネの小さな体を吹き飛ばす事はある程度鍛えている戦士ならば容易い。

 それに加え、リオの力は他者とは比べ物にならない程強力だ。


 その結果、ルネの体は部屋の窓を突き破って外へと吹き飛ばされた。

 その姿が崩壊した家屋の中に紛れたのを見送ってからリオは深く息を吐く。


「動けますか、クロード様」

「う、うん……寧ろ君は動かない方が――」


 リオの視線は隣の部屋から溢れる魔物へ注がれる。

 立っている事だけでも奇跡のような状態での仲間を気遣うクロードの言葉はしかし、リオに聞き流されてしまった。


「住民に避難を呼び掛けてください。出来るだけ頑丈な作りの室内に一箇所に集めます」

「な……っ!」


 想像もしていなかったような言葉にクロードは驚愕する。


「まさか助けるつもり? 君が今苦しんでるのは――」

「わかってます、勿論」


 屋敷の外からは家屋が壊れる音や悲鳴が聞こえ始めている。

 リオは会話の最中と隣の部屋から溢れる魔物を次々と倒していく。

 一方のクロードもリオが割った窓から室内から飛び込んでくる魔物に気付き、応戦を強いられる事になる。


「ここにいる方々が死のうがどうでもいいですよ、正直。こんな大事にされた事については多少なりとも腹立たしく思いますし」

「なら、君が体を張るような事……!」

「勝手に死なれるのも潰れるのも構いません。……ただ、あの方が戻るまでの間は無事でいてくれなければ困るんです」


 目の前の魔物を殺したリオが振り返り、困ったように笑う。


「クリス様は俺とは違います」


 クロードは静かに息を呑む。

 彼がインセニクト族を救おうとするのは彼らを慈しんでいるからなのではない。

 彼が見ているのはすぐ近くに転がる多くの命ではなく、たった一人の少女の存在だけだった。


「どんな悪人の死にだって、無関心ではいられない。――そういうお方ですから」

「リオ……」

「そちらは頼みました。……それと」


 体中の激痛にリオの顔が歪む。

 だがそれも一瞬の事だった。


「誰一人として俺に近づけないでください。……思いの外限界が近い、ですから」


 赤い瞳が鋭く光る。

 それは自分達を取り囲む魔物らの同じ熱量を帯びていた。


「――誤って殺してしまうかもしれない」


 彼が放つ気迫。そして痛みに歪んでいた顔に刻まれる狂気的な笑みはクロードから言葉を奪った。

 思わず言葉を詰まらせ、反論できなくなったクロード。

 それを視界に収めたリオは次の瞬間、彼の視界から姿を消した。


「っ、リオ……!」


 屋敷へ入り込んだ魔物が次々と薙ぎ倒されるが、その状況を作り出した者の姿だけが見えない。

 目にも留まらぬ速さで敵を一掃したリオの気配は既に屋敷から消えていた。


 リオを止める事ができなかったクロードは、彼に助力してやる方法も見つけられずもどかしさの中、新たに入り込む魔物を殲滅していく。

 そして座り込んだままだった女性から半ば無理矢理避難所として活用できる場所を聞き出し、リオの頼みに応えるべく動き出すのだった。

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