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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第833話

 まだ夜明けだ。

 クリスティーナ達が集落へ移動を開始するのは今の時間くらいだろう。

 であれば合流はまだ先だ。


 クロードは走る緊張を深い呼吸でなんとか落ち着かせる。


「僕らの事は気にしなくていいよ」

「そうはいきません。先程も言いましたが――」

「避難すべき安全な場所があるというなら、自分の民を気に掛けるべきだよ。ここにいる人達は僕らよりもずっとが弱いはずだからね。それに……余所者や忌み子として疎まわれている僕らの命が誰よりも先に優先されれば、他の人からの怒りや恨みを買ってしまうのはわかりきってる。そんなのはごめんだからね」

「……そうですか」


 沈黙が訪れる。

 ルネの気配は未だ戸の先にあった。


「ここで油を売っている余裕はないと思うよ。悪いけど、僕は仲間を守るので手一杯だからね。君の大切な人達まで守ってあげられない。勿論そうする義理もないしね」

「ええ、そうでしょうね」


 クロードの言葉を肯定する声が返される。

 しかし次の瞬間――


 木製の戸に穴が空く。

 戸を突き破ったのは十程の鋭い礫。

 体に穴をあける事すら容易いだろう速度でそれはクロードへ向かった。


 だが、それらは甲高い音と共にクロードの剣に捉えられ、軌道を逸らす。


「……それが君の答えでいいんだね」


 空いた穴の先、冷ややかな眼差しの少女が薄ら笑っている。

 刹那。硬く凝縮された土が再び戸を突き破る。


「強いのね。病弱な子かと思ったのに」

「まあ確かに疲れてはいるけどね。気を遣ってくれるならそのまま立ち去ってくれると嬉しいんだけど」


 二人の会話の最中。戸が損壊し、部屋と廊下を隔てるものが完全に消える。

 放たれた礫は再びクロードによって防がれていた。


 彼はリオの傍に立ったまま一歩も動く事なくルネの魔法を防ぎ切っていた。

 それだけではない。窓が割れれば魔物が飛び込んでくる可能性がある事を懸念した彼は放たれた礫を全て天井か床、もしくは穴が空いても外へ繋がらない壁目掛けて弾き返したのだ。


「わからないな。君はあの男の子に何か仕込んだはずだ。万が一にも龍が倒されたとしても、クリス達がこちらへ戻らないように。……ならここで僕らと対立せずとも時間経過と共に僕らの身柄は君が押さえられるはずでしょ」

「私、念には念を入れる質なの」


 ルネが片手を上げる。

 彼女の頭上には太く長い槍が現れる。

 それは礫同様、クロードへと放たれた。


 クロードは顔色を変える事なく腰を落とす。


 床と平行に走るそれを剣で受け流すと同時、彼は剣を手放した。

 代わりに彼が掴んだのは自身の頬を掠めた槍だ。

 それを掴み、片足を軸にその場で回転した彼はその勢いのままに槍を投げ付ける。


 それはルネの左耳を千切り、廊下の壁へと突き刺さった。


「……ひどいわ、――っ!!」


 涼しい顔で左頬を撫でるルネ。

 余裕を見せた彼女だったがその顔はすぐに大きく強張る事となる。


 クロードは足元に転がった剣を前方へ蹴り付ける。

 高速で床を滑る剣。

 それと並ぶようにルネと距離を詰めた彼は走る途中で身を屈め、剣を拾い上げる。

 彼が柄を握りしめた時、既に目と鼻の先にはルネの姿があった。


 クロードは体を無理矢理捻り、剣を天井へ向けて振り上げる。

 咄嗟に仰け反り、それを避けるルネ。

 しかし次いで彼女を襲ったのは顎下の大きな衝撃だ。


 彼は体を大きく仰け反らせたまま更に体を捻り、今度は足でルネの顎を蹴り上げたのだ。


 直後。体勢を立て直すべく、両足を床につく。

 だがその間も一瞬だ。


 ルネが体勢を整えるよりも先、クロードは彼女の鳩尾へ足を突き出し、部屋の外へと蹴り飛ばした。

 ルネは壁に体を打ちつけ、小さく埋めく。


「ごめんね。生憎、敵の年齢性別を気にしてあげられるような指導は受けてなくて」


 クロードが尤も得意とするのは体力の消耗が少なく、動きの無駄も省ける守備に徹した剣術だ。

 だが元剣聖の元で叩き込まれた剣技は勿論それだけではない。


 剣術で名を馳せた貴族、ヴィルパン辺境伯邸に身を置いた彼が館の関係者らからその腕を認められていたのは間違いなく彼が剣術において一目置く存在であったからであった。


「……眷属は即死を避けられない、だったよね」


 クロードの冷たい眼差しがルネを射抜く。

 彼女が自らクロード達へ実害を与えないのであれば、クロードは目を瞑るつもりだった。

 無駄な消耗は避けたかったし、彼女が強力な力を持っていることは事実であり、今の自分では勝てる可能性も高くはないと理解していたからだ。


 だが、彼女が牙を剥き出したのならばそれを放っておく事はできない。

 仲間の為にも彼女の命を摘まなければならない。


 他者を殺す事に抵抗はない。相手が邪悪な存在であれば尚更。

 騎士としての道を進んでから、少なからず人の命を握る機会はあった。そんな覚悟はとっくの昔にできている。


(出来るか出来ないかじゃない。――やるんだ)


 クロードは剣を構え直す。

 そして、軽やかに床を蹴り上げる。


 向かうは敵の懐。

 放たれる土の武器を次々と避け、彼はルネへと距離を詰めるのだった。

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