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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第832話

 周囲を警戒し、ろくに休息を取れていなかったクロードはうつらうつらとしていた意識を現実へ引き戻し、首をゆっくりと振る。


(気を抜くと寝ちゃいそうだなぁ)


 元々神の賜物(ギフト)の力は消耗が激しい。

 それが睡魔として現れやすいクロードは元々他者よりも睡眠を必要とする体だった。


 必要に応じておき続ける事ができるよう訓練を積んだものの、数日間ろくに眠れていないという状況は常人であっても何らかの支障を来たしてもおかしくないものだ。

 であるならばクロードにとっては相当な負担となる事も明らかだ。


 現在は夜へ差し掛かった時間帯。

 氷龍の討伐が上手くいっていればクリスティーナ達が戻るのは翌日の朝――あと半日程だ。


 遠く響いていた氷龍の咆哮を最後に聞いてから、数時間が経っている。

 遠方で起きていた雪崩も収まり、山頂での戦闘に区切りがついた事は明白だった。


 彼女達ならば無事だろうと確信している為、その点についての不安や心配はあまりしていない。

 寧ろ気掛かりなのはリオの心身の負担やインセニクト族の動向だった。

 インセニクト族――特にルネが、クリスティーナ達の生還を悟った時、どんな行動を起こすかわからない。

 もし自分達に害を齎すならば、それを止める役割を担うのは自分だ。


 そう考えていたからこそ、クロードはこの数日間、気を張り詰めたまま周囲の様子を気に掛けていた。

 部屋を出る事はしなかったが、窓から見える景色や廊下を歩く人の数、そして定期的に食事を届けにやって来る屋敷の者。

 それらだけからでもわかる事は少なからずあった。


(ルネ様はあれ以降、人前に顔を出していない。表向きにはクリス達と交わした制約の為、自分にできる事を模索して部屋に篭っているって事だけど……裏で何か企てていると考えた方が自然だ)


 何か動きがあるとすれば明日の朝までの何処かか。

 そう踏んだクロードが警戒心を高め、気を引き締めたその時。


 真夜中の静けさを裂くような悲鳴が聞こえた。

 何事かとクロードは窓の外へ駆け寄る。


 外には集落の住人である女性と、彼女を睨み付ける魔物の姿がある。

 最初一体だけ思われた魔物の数は暗闇から次々と増え、遭遇した女性を絶望の淵へと叩き付ける。


 その時、別の方角から矢が放たれ、一体の魔物が倒れ伏す。

 増殖する魔物の注意が一斉に逸れた隙をつき、弓を構えた男性が女性の腕を引いて家屋の中へと退避した。


 その直後、道という道から雪崩のような魔物が溢れ出した。

 集落は瞬く間に数えきれない数の魔物によって制圧される。

 集落一体を埋め尽くした魔物は獲物の匂いを嗅ぎつけ家屋を囲み、その壁を壊そうと何度も体当たりを始める。


(龍が倒された弊害かもしれない。随分と暴れたようだったから)


 クロードは窓の外から顔を隠す。

 魔物が窓を破らないよう息を顰めるも、彼の視線はベッドのリオへ向けられる。


 苦しげな悲鳴や部屋を満たす咽せ返るような血の臭いは空腹な獣にとって無視できないものだろう。


(戻ってきたクリス達が魔物にやられる事は流石にないだろうけど)


 鉛のように重い自身の体と、動けないリオ。現状を鑑みれば、今からクリス達が戻るまでの間、魔物と戦い続ける事がいかに無謀かはよくわかる。


 既に魔物が壁にぶつかる音が近くから聞こえ始めている中、己の武器に触れたまま構えるクロードは、屋敷の中に魔物が入り込まない事を祈るのだった。



***



 窓の外から朝日が差す。

 幸いな事に、朝が来るまでの間に崩壊した家屋はなかった。

 だがそれも時間の問題だ。


 クロードは窓の外を警戒したまま、ベッドの傍にい続けた。


「……大丈夫、あと少しだよ。クリス達が戻ってきたら、すぐに離れよう」


 傍で聞こえる荒い息遣いを聞きながら、視界の端のリオに声を掛ける。

 この騒動ならば寧ろ逃走には都合がいい。


 魔物達の襲撃が鎮圧されていない時点で、そうするだけの腕を持つ者が集落にはいないという事が証明されていた。

 であるならば魔物の群れを突破さえすれば追ってはやって来ない。

 そしてそうするだけの力が自分達にはある。


 この場を去る算段をつけていたクロードであったが、彼は次の瞬間、背後から感じる気配に驚愕する。


 扉を挟んだ先に一人立っている。

 足音もなければ近づく気配もなかった。

 本当に突然に、その気配は現れたのだ。


 背筋に悪寒が走る。

 素早く剣を抜き、扉へ構える。

 同時に、ノックがされた。


「……ルネ様かな」


 そうでなければという願いもあったが、彼女の他にクロードの察知能力を潜り抜ける逸材がいるはずもない。

 そして問い掛けに答える声はやはり少女のものであった。


「はい」

「こんなところにいる場合ではないと思うよ。まさか現状を知らない訳でもないでしょ?」

「だからこそです」


 口調は穏やかで優しい。

 だからこそ腹の底が見えず恐ろしい。

 クロードは緊張で顔を強張らせながら扉を睨みつけた。


「ここは危険です。お二人はお客様であり……また、クリス様方とのお約束の件もあります。最優先にお守りすべきと思い、ご案内にあがりました」


 ルネは諭すようにゆったりとした口調で言った。


「戸を開けていただけますか?」

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