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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第830話

 頭上を覆う氷塊が動きを止めたのを感じながらエリアスは直進する。

 目指すは氷龍の頸だ。


 だがそんなエリアスよりも早く、宙で動きを止めていた氷塊が彼の目的地へと突っ込んだ。

 凄まじい音と、砕け散る氷の残骸によってより不鮮明になる視界。

 それが晴れた時。龍の頸を覆っていた鱗が全て粉々になっている事にエリアスは気付く。


「っ、やっぱすげぇ威力だな……っ」


 クリスティーナの魔法の強さに舌を巻く。

 彼女が開いた活路へ飛び込むべく、エリアスは走りながら剣を構える。


(にしても妙だな。さっきから攻撃がずっと単調的だ)


 追い詰められれば追い詰められる程攻撃が激しくなるのはどの生物を相手にしても同じだ。

 その上で、龍は賢い。

 命の危機に瀕しても強力な魔法をただ乱雑に放つ訳ではなく、無駄のない複雑な攻撃を増やす――ものであると、エリアスは考えていた。


 少なくとも彼が対峙した龍――炎龍の時はそうだった。

 だが氷龍は寧ろ、危機に瀕するにつれて先程まで使っていた手段すら使わなくなる。

 氷柱や鱗による攻撃を仕掛ける様子は一切見られない。


 ただ闇雲に氷塊を周囲へ飛ばすだけ。

 先程よりもずっと動きやすくなった環境に安堵するも、それをただの好機であると楽観しきれない。

 龍の脅威を知り尽くしているエリアスは、何か大技の予兆である可能性を考慮して周囲の警戒を怠らない。


 その時だ。

 氷龍が叫び声を上げ、体を大きく揺らす。

 長い首と尾を荒々しく振るう氷龍の様子は悶え苦しんでいるもののそれであった。


 エリアスは咄嗟に身を屈め、足元に剣をついて落下を防ぐ。

 クリスティーナの身を案じ振り返るが、彼女もまた身を低くしたまま鎖を自身に巻きつけて固定していた。


 エリアスは龍が落ち着くのをじっと待った。

 恐らくはギーの応援。

 彼がまた氷龍への攻撃を成功させたのだと悟る。


「ったく、あいつも相当すげーっての」


 暴れ狂う龍の首が捻られ、その顔が一瞬だけエリアスらの方を向く。

 その両目にはそれぞれ二、三本の矢が刺さり、血が流れている。


 氷龍は両目を潰され、視界を奪われたようだ。

 龍に刺さる矢を見た瞬間、ふとエリアスの頭をある考えが過ぎる。


 彼は鏃に強力な毒を塗っていたはずである。

 そしてそれこそが今の氷龍の脳を冒し、正常な判断力を奪ったのではないかと。


 龍の体の大きさや優れた回復能力では勝敗を決する程の威力を持たないとしても、眼球の奥まで入り込めば毒は充分に反応するだろう。


 であるならば彼こそがこの戦いの功労者であることは間違い無いだろう、とエリアスは静かに口角を持ち上げた。


 とはいえ、痛みと恐怖で氷龍が落ち着く様子はない。

 クリスティーナが砕いた頸の鱗も既に新しくなりつつあった。


 自分達の体力が残っているうちに、そして山の麓への被害が大きくなる前に戦いを終わらせるならば時間をかけているは場合ではない。


 エリアスは足場から剣を抜く。

 そして腰を低く落とすと目標を定める。

 目標との距離、そこへ辿り着く最短かつ最善のルート。

 そして自分がどう動くべきか。


 それらを見極め――彼は走り出した。


 足を踏み締める度、自身の体の傾きや龍の動きを読み、体勢を保つ。


 龍の急所が目の前まで迫った時。

 エリアスは剣を大きく振り上げた。


 その両脇からは砕かれた氷塊が飛び出し、彼の脇を掠めながら氷龍へとぶつかる。


「ッ、オオオオオオオッ!!」


 氷塊による攻撃が止んだ次の瞬間。

 エリアスは強く握りしめた剣を龍の頸へと突き立てた。


 奥へ奥へと潜り込んだそれは持ち主の腕すら肉の中へと潜り込んだところでかたい何かにぶつかる。

 骨だ。


 これを突き破った先、壊すべき対象が存在する事をエリアスは知っている。


「フレイム・ヴェイル……ッ!!」


 生暖かい血肉が衣服へと染み込み、素肌に触れ、焼けるような痛みへと変わる。

 しかしエリアスが込める力は一切弱まる事がない。


 詠唱と共に彼の両腕から紅蓮の炎が生み出される。

 白く不鮮明な視界を照らす煌々とした光は血肉の奥深くへ突き刺さった剣先にまで行き届き、更にその先へと実態のない刃を伸ばしていく。


 氷と炎。その性質はあまりに真逆。

 剣の先を継ぎ足した術者が術者であったならばエリアスの全力の魔法によって溶けて消えていた事だろう。


 しかしクリスティーナが作り出した刀身はそんな可能性を一切見せる事がなかった。


 先行する灼熱の刃。周囲の血液を蒸発させ、肉と骨を焦がすそれが、剣先の軌道を開かんとする。

 刃に触れる肉と骨。それが灼熱に耐えきれず脆くなり始めた頃。

 一度動きを止められた剣が再びゆっくりと先へと潜り込む。

 そして次の瞬間――何が砕ける衝撃と音がエリアスに走る。


 確かな重みと痺れ、そしてこれまで感じていた障害が嘘のように軽くなった負担。

 勝ちを確信したエリアスは持ち得る魔力を全て絞り出しながら、剣を捻り込んだ。


 パァン!


 風船が割れるような、それにしてはあまりに大きすぎる衝撃音が空気を震わせた。

 直後、氷龍はビクリと体を震わせた。


 一連の展開が何を意味するものであるのかを理解しながらも、エリアスは最後まで気を抜かない。

 奥深くへ埋めた剣を無理矢理引き抜くと、その勢いに負けて彼は尻から後ろに転ぶ。


 こじ開けられた赤黒い穴からは空気が漏れるような音が血液と共に爆ぜていたのだった。

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