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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第829話

「龍の魔法って、人間の魔法を上書きできるかもしれないんです」


 氷壁に守られた空間。

 エリアスは治療を受けながらそう言った。


「龍が攻撃の為に生み出した氷を私が操作する事もできるかもしれないという事?」

「そう! その話をしたかったんですよ」

「んな事本当にできんのかよ」


 本来ならば自分以外の存在がが発現させた魔法を上書きし、自分の意のままにあやつることなど不可能だというのが世の中の常識だ。

 人は他人が作り出した魔法による産物を代わりに操ることはできない。これは対象が魔物など人ではない動物の魔法でも同様であり、また同時に人間以外の生物が人間の魔法を操る事もできないとされている。


 だからこそ魔族は人や生物そのものを洗脳したり操る手段として闇魔法を使うのだ。

 もしこの前提が崩れたならば魔力の底がしれない魔族は人を操るなどといった回りくどい頼らないまま、戦闘でより優位に立つ事ができるだろう。


「オレが炎龍と戦った時、炎龍の炎が効かなかった瞬間があったんですよ。その話を持ち帰った時、国の研究者とかが一説として挙げてくれた話があって」

「待って頂戴。そもそも龍の研究については殆ど進んでいないという話でしょう。個体数が少ない上に凶暴。生け取りは難しいし、野生の龍を研究対象にしたところで一歩間違って刺激しようものなら一国が滅ぶ可能性だってある……だからこそ研究を進める計画は立てられていてもまだ実行された例はない」

「そうですね。だから全然定かじゃねぇって感じではあるんですけど。研究者達の話では龍の魔法で生み出される物ってのは自然の中生まれるものとほぼ同じ物質なんじゃないかって話ですよ。生物の魔力という不純物が殆ど含まれていないもの……龍は唯一それを生み出せる特別な生物なんじゃないかっていう仮説が国で最有力の説だって話でした」

「不確定要素が多すぎるわ……」

「仕方ねぇですよ。だって龍ですし」


 エリアスの話では龍の魔力の質は他の生物と比べ独特で、自然界に存在する物質に溶け込むような性質なのかもしれないという話であった。

 だからこそ龍が魔法で生み出したものを他者の魔法で操る事ができたり、龍が魔力の抽出をやめても産物が周囲に残るのではないかと彼は指摘する。


 クリスティーナ達の魔法は魔力の抽出をやめれば姿を消す。

 エリアスを助ける為にクリスティーナが使った氷の鎖も、役目を終えて魔力を止めた事で消滅した。

 聖魔法だって同じだ。

 魔力の抽出を止めると同時に光は収束していく。


 だが一方で、氷龍が生み出した氷塊や氷柱の残骸は確かに三人の辺りで無数に散らばっている。

 それらが再び動く気配がない事から、氷龍がその残骸に魔力を注ぎ続けているという線は薄いのだろう、



「勿論龍の魔法なんて人間の比じゃなく強力ですから、自衛の為にそんな事し続けたらすぐ魔力尽きるか、魔力が足りなくて攻撃を受けちまうかのどっちかだと思うんですけど……実際オレはトドメ刺すときだけ攻撃を受けずに済みましたが、それでも魔力尽きてて死に掛けましたし。でも――クリス様の魔力量が異常って話はもうずっと言われてるじゃないですか」

「私なら全ての軌道を避けられるかもしれない、と?」

「それだけじゃなくて、もしかしたら攻撃に利用できるかも」


 魔法は何もない場所から何かを生み出すよりも既に存在しているものを利用した方が効率がいい。

 魔法の行使に掛かる時間も、消費魔力も抑える事ができる。

 そこへ更にクリスティーナの魔法の強大な効果が上乗せできれば、氷龍の攻撃の威力を更に上乗せした上で氷龍に跳ね返す事だってできるかもしれぬい。

 エリアスはそう言っていた。


「どのみち、こっからだとオレが龍の背中に乗ってる間は回復魔法も上手く使えないでしょうし……」


 エリアスはそう言いながら背後の氷龍を親指で指す。

 その顔には腹立たしいほどに清々しい笑顔があった。


「一緒に乗りません? 龍の背中」


 その言葉に呆然とするクリスティーナを置いてエリアスとギーは何やら会話を続ける。

 暫し放心した彼女が何とか意識を目の前の二人に引き戻した時、口から出た言葉は――


「……正気?」


 そんな一言だった。



***



(大丈夫、やれるわ)


 自分の魔法は通用している。

 気を緩めなければ遅れを取ることは無い。

 クリスティーナは気を引き締めながら背負っていた杖を構える。


 手に馴染み始めた杖の感触と重みが彼女の思考を更に冷静にしていく。

 雪煙で不鮮明な視界の中、エリアスの背を見逃さないように目を凝らした。


 氷の半球で自身の体を覆い、万が一の不意打ちに備える。

 前方――仲間の支援にのみ集中できる環境を整え、この戦いが終わる事を信じる。


 氷塊が降る地で、赤髪の騎士はただ一直線に龍の頸へと向かう。

 自分を押し潰そうとする氷が近づこうともお構いなしだ。


(避ける気はない、という事ね)


 余裕でしょ? という声が聞こえてきそうでクリスティーナは癪に思う。


「いいわ、貴方の思惑通りになってあげる」


 だから精々結果を出してみせなさい、とクリスティーナは落ちる氷塊全ての動きを止めてみせたのだった。

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