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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第828話

「き……っ、きゃあああああっ!!」


 クリスティーナは必死にエリアスへしがみつきながら甲高い悲鳴を喉から絞り出す。

 内臓が全て浮き上がるような強烈な浮遊感のなか、クリスティーナは目をかたく閉じる。

 このままでは龍の背に激突し、二人揃って粉々になってしまう。


 そんな恐怖と焦り、危機感が込み上げる彼女の耳にエリアスのよく通る声が聞こえた。


「クリス様! 魔法! 使えますか? 鎖か階段か……勢い殺せるものなら何でもいいです!」

「……っ!」

(そうよ、私の魔法なら――)


 死の恐怖に直面し、止まっていた思考が漸く動き出す。

 クリスティーナは恐怖に抗い、薄く目を開く。


(鎖だと勢いを殺しきれない。エリアスにまた怪我をさせてしまう。階段なら落下による怪我は防げても転がる時に体をぶつけてしまうわ)


 クリスティーナの脳裏を過るのはニュイで共闘した国家魔導師、ユーグが使っていた氷の鎖や、モーリスが見せた氷の階段だ。

 しかしどちらを使っても即死は免れるだろうが怪我避けられない。

 何か別の方法はないものかと頭を働かせていたクリスティーナはふと一つの案を思い浮かべた。


 彼女はすぐに両手を二人の足元へ翳す。

 そして無詠唱で氷魔法を展開させた。


 二人の体が落下速度を増すより先、エリアスは真下に現れた氷の足場に着地する。

 しかし着地した足場は左右の縁に小さな壁を備えた急斜面だった。


「おあ……っ!」


 エリアスは氷に足を取られて転倒するより先、咄嗟に身を屈め、クリスティーナを下ろしてやりながら自分自身も腰を下ろす。

 二人は氷龍の背まで続く螺旋状の氷の坂を滑り降りた。


 緩やかな下り坂とはいえ、高さが伴えばその速度は徐々に増す。

 坂の終わりまで辿り着いた二人はその勢いのままに氷龍の背中へ放り出された。


 エリアスは数度転がってから勢いを止めた体を起こす。

 座り込んだまま息を整える彼の傍では膝が笑ったまま上手く立ち上がる事のできないクリスティーナがへたり込んでいる。


「いや死ぬかと思ったぁ……ってかすごいですね、この坂。こんなの作れるんだったらそのうち空中戦だっていけるようなの創り出せちゃうんじゃないですか?」


 呑気に関心している騎士の声にクリスティーナは肩を震わせる。


「……ない」

「へ?」

「信じられない、って言ったのよ……! この馬鹿! 大丈夫って言ったじゃない!」

「えっ、いやでも、生きてるじゃないですか!」

「私が魔法を使えなかったら死んでいたわよ、大馬鹿者……っ!!」


 クリスティーナは両手で拳を作ると抗議をするように何度もエリアスの胸を殴る。

 それを受けながらも涼しい顔をしている彼の態度がより一層クリスティーナの怒りを買う。


「クリス様、語彙なくなってますよ」

「こんな事されてなくならない方がおかしいわよ!」


 これだけ声を荒げ、立て続けに語彙力のない暴言を吐くクリスティーナの姿をエリアスは初めて見た。

 そして過ぎるのは先ほど自分にしがみついたまま上げていた彼女の大きな悲鳴だ。


「……ぶはっ」


 よくよく耳を傾ければクリスティーナの声は僅かに掠れている。

 滅多に声を荒げない彼女があれだけの声量を絞り出したのだから当然の事だった。

 それを理解すると同時、思わず込み上げた笑いを抑え切る事ができずエリアスは大きく吹き出した。


 彼は慌てて大きく俯くいたが震える肩を誤魔化す事ができず、笑っている事がクリスティーナにバレてしまう。


「……いい度胸ね」

「ごめ、ごめんなさい、っ、だってクリス様のあんな声聞いたの初めてで……っ、ひぃっ」


 ここがどこなのかを忘れたように陽気な彼をクリスティーナは冷やかに睨みつける。


「覚えてなさい」

「文句は甘んじて受けますよ。いくらでも――」


 その為にも早く終わらせなければと腰を上げたエリアスはすぐさま身を翻し、剣を振り上げた。

 背後から襲いかかった氷塊が真っ二つに割れる。


 更にそこへ十を超える氷塊が二人へ襲いかかる。


「アイス・スフィア」


 しかし降り注ぐ氷塊へクリスティーナが手を翳した次の瞬間。

 全ての氷塊が動きを止め、宙へ留まった。

 クリスティーナはそれらを睨みながら手を振り下ろす。

 それを合図に氷塊は氷龍の頸へと凄まじい速度で突っ込み、大きな音を立てて激突した。


「やっぱり魔法に反応する……!」

「本番で急にやれというのはなかなかの無理難題よ。できなかったらどうするつもりだったの」


 震えが止まったクリスティーナは長く息を吐いてから両脚に力を入れる。

 そこへ手が差し伸べられた。


「でもできたじゃないですか。これで怖いものなしですよ」


 手を差し出したのは勿論エリアスだ。

 彼は何故か全て計画通りだと言わんばかりの自信に満ちた笑みを見せる。

 そんな彼の言葉に素直に同意する事が不服で、クリスティーナは仏頂面のまま、やや雑に彼の手を握る。

 しかしその実、安堵と僅かな高揚が彼女の中にはあった。


「よっ、と」


 力強く引き上げられ、クリスティーナは龍の背に立つ。


「それじゃ、お願いしますよ」

「あまり悠長にしていると出番がなくなるかもしれないわ」

「そんな事されたらオレの立場無くなりますよ!」


 こんな場所で、殺伐とした戦場であってもいつもと変わらない態度を見せるエリアスに気が緩みそうになりながらもクリスティーナは自身の両頬を叩き、喝を入れ直す。


「後ろは任せなさい。死なないし、死なせないわ」

「――おうっ!!」


 そしてエリアスの背を軽く押す。

 それに応えるように、エリアスは氷塊が降る龍の背を駆け出したのだった。

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