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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第826話

「そうだ。思い出した事があるんです」

「思い出した事?」

「龍に勝てた理由です」


 体を起こせる程度にまで回復したエリアスはクリスティーナの治療を受けながら胡座を掻く。

 氷龍の攻撃は未だ猛威を振るっていたが、その全てをクリスティーナの氷壁が防いでいた。

 

「まず、龍の急所が頭、心臓、首って話はしましたよね」

「ええ」


 昨晩、小屋の中でエリアスは氷龍を倒す為に必要な知識をいくつかクリスティーナ達へ共有した。

 一番合理的に倒す工程について、攻撃のパターンや習性について、そして急所について。


 「頭や心臓を突こうと思えば骨や肉が邪魔する。そもそも体の奥に埋まってるから剣なんかでは狙えねぇって話だったよな」

「そうだ。一方で龍の頸から比較的近い箇所には特殊な器官がある」

「魔力の生成と貯蔵という役割を担う臓器……。骨にこそ守られてはいるけれど、穴をあけることができれば一度に多量の魔力を排出し、龍の魔力は暴走する。攻撃の威力こそ底上げされるけれど、魔力を作り出すことができなくなった龍は魔力を使い果たすと同時に絶命すると」


 クリスティーナとギーは昨晩の話を思い返す。

 共有された話を漏れなく覚えている二人にその通りだとエリアスは首を振った。


「龍の回復力は人間の比じゃねぇ。けどそれは魔力を特殊なエネルギーに変換してるからだって言われてる。だからこそトドメを刺し切れるかも定かじゃない頭や心臓を狙うより、首を狙った方が手っ取り早いってワケだ」


 氷壁にぶつかって粉々になる氷塊の音がエリアスの傍から聞こえる。

 クリスティーナの強力すぎる防壁に感嘆と呆れの混じった苦笑いを見せながら彼は手を打つ。


「で、そこにプラスで思い出した事があって」

「馬鹿」


 まだ回復しきっていない右腕に自ら衝撃を与えてしまったエリアスが驚いたように肩を跳ね上げる。

 それを見たクリスティーナは鋭い声と共にエリアスの後頭部を叩いた。


「思い出した事って?」

「オレが戦ってた時の話でさ。そん時って無我夢中だったしあんま記憶に残ってなかったんだけど……」


 ギーに話の続きを促されらエリアスは思い出した事とやらを語る。

 更にそこから続いてこの先の具体的な策についても自身の考えを打ち明けた。


 ギーが驚いたように目を見開き、クリスティーナとエリアスを交互に見る。

 クリスティーナもまた、回復魔法を使いながらも唖然としたまま言葉を失う。


「できんのか、そんな事」

「おう。そこは心配ねぇ。クリス様にはちょっと無茶してもらう事になるけど……正直問題は何もねぇんじゃねーかって思うんだよな」


 エリアスの視線が再び氷壁へ向けられた。

 この先の方針はほぼ確定したかのような空気をエリアスとギーが作り始めている中、クリスティーナだけがその空気に置いていかれる。


「……正気?」

「ちゃんとお守りしますよ。流石におんぶに抱っことはいかねぇと思いますけど」

「正気の沙汰じゃないわよ、こんなの」

「そんなのこれまでずっとそうでしたよ」


 迷宮探索、一国が傾く大災害の阻止、魔族との戦闘。

 旅路に起きた出来事のどれを挙げたって越えてきた困難は無理難題ばかりであった。

 それを言われてしまえばクリスティーナは何も言えない。


「勿論無理にとは言いません。オレはクリス様の騎士ですから。最終決定はクリス様に任せます」

「怖くて動けねぇくらいならこっちにいた方がいいと思うぜ」

「あ」


 ギーの発言がクリスティーナの琴線に触れた事にエリアスはすぐ気が付いた。

 ひくりとクリスティーナの顔が強張る。


「……馬鹿にしないで頂戴」

「お」


 食ってかかるクリスティーナの声にギーが目を瞬かせる。

 そして彼女の決意に満ちた目を見てギーは満足そうに笑みを深めたり


「いつも私に無理をさせてくれないのは貴方達だという事を忘れないで頂戴。仲間と共に体を張るくはいの覚悟、ずっと前から持ち合わせているわ」

「さっきまで動揺しまくりだったじゃねーか」

「貴方、その脚のまま氷龍と向き合うつもりという認識であっているかしら?」

「ばっっか、お前、今くらい大人しくしとけよ。治るも治らないもクリス様次第なんだぞ。ほら、表向きだけでもヘコヘコ頭下げておけば多少機嫌も――」

「聞こえているわよ、馬鹿騎士」

「ひぃっ、す、すみません!」


 ギーの失言にエリアスの失言が重なる。

 エリアスは声を潜めたつもりであったようだが、彼のすぐ傍にいたクリスティーナにもその声は届いていた。


 ギロリと鋭い眼光が二人を射抜く。

 二人を睨み続けていたクリスティーナは数秒が経った頃には気が済んだらしく、すぐにエリアスの怪我へ視線を落とした。


「……こんな事以外にも役に立てるなら、願ってもない事だわ」

「そんな事言わないでくださいよ。こっちはもう何回も命を救われてるんですから」

「でもそれだって、私と共にいるからでしょう」


 エリアスが困ったように微笑む。

 返された言葉を否定したところで彼女が納得してくれるわけでもない。

 それはよくわかっていた。


「クリス様が何か負い目に感じてるなら、今が絶好のチャンスですよ」

「チャンス?」

「アイツ、倒せたらきっとそういう気持ちも無くなるし、戦いで使える手札も増えそうじゃないですか」


 エリアスは歯を見せて笑いながら、左拳をクリスティーナへ向ける。


「頼りにさせてください。今回も、これからも」


 クリスティーナは目を瞬かせる。


 主人に拳を突き出すような人間もそういないだろう。

 だがそれこそ彼が仲間として対等に接してくれている証拠であり、クリスティーナはそれが嬉しかった。


「……ええ。強くなってみせるわ。今日だって、この先だってずっと……貴方達と肩を並べられるように」


 一回りは小さい拳がエリアスの拳に触れる。

 その感触が何だかくすぐったくてらクリスティーナは目を伏せながら小さく吹き出したのだった。

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