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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第825話

(――あ、そうだ)


 炎龍の亡骸の上に立ちながらエリアスはふと我に返る。

 刹那、周囲にあった全てが消えた。


 踏みしめていた龍の死骸も、仲間達の遺体も、遠くから聞こえる歓声や生存者達の姿も。


 真っ白な世界の中でエリアスはこの夢を見る前、自分がしていた事を思い出す。

 同時に彼が抱いたのは意識を失ったらしい自分がどうなったかとか、そんな不安ではなく、安堵と高揚だった。


「あるじゃねーか、必勝法」


 さっきまでの苦労は何だったのかと馬鹿らしくなる程に強力な手札の存在。

 それに思い至ったエリアスは思わずくつくつと笑い出す。


 過去の記憶から得た策。

 それを扱うには自分が目を覚まさなければならない。

 そして今の自分の運命を決められるのは自分ではない。


「ま、だいじょーぶな気しかしねぇな。しょーじき」


 エリアスは目を閉じる。

 思い出すのは暫く会っていない師との別れ際のやり取りだ。


(師匠の言う事は尤もだと思う。けど不条理を跳ね除けるのって実力だけじゃねーかもってちょっと思ったぜ)


 自分が既に死んでいないとすれば、あの絶望的な状況から最悪の状況を回避できたということだ。

 ならばあの時自分を救ったのは――


(諦めない心。それが打開に繋がることだってきっとあるある)


 どんな状況でも諦めないという心持ちは即ち、現状を打破できる可能性を自分が秘めていると信じる事だ。

 実力の他、自分の積み重ねてきたものが無駄ではないと言えるだけの努力と時間。そしてそれがきっかけで生まれるかもしれない限界を越える力。

 そしてこれまでの自分が築いてきたもの――そこには仲間との関係だって含まれる。


 それら全てを信じる事。

 それこそが運という言葉で片付けられてしまう結末を変える力になるのではないかとエリアスは結論付けた。


「さて、と」

(頼みますよ、クリス様)


 自分の経験から導いた答えの真偽は自ずと証明されるだろう。

 エリアスは微笑みながらその時を待つのだった。



***



「……リ、ス」


 重い物同士がぶつかり合うような音が響き渡る。

 その中で今にも掻き消されそうな声が必死に仲間を呼び掛けていた。


「――エリアス! エリアス、目を開けなさい!」

「……無理だ、こんな体じゃ」

「そんな言葉しか吐けないならせめて口を噤んでいなさい。――エリアス、こんなところで寝こけるなんて絶対に許さないわよ、絶対に……っ!」


 エリアスへ向かった氷塊は折れた剣を彼が振るった途端二つに分裂した。

 あり得ないような展開は彼の即死を防いだ。


 だが真っ二つにされただけでは氷塊の勢いは止まらず、分かれた氷塊のうちの一つは彼の体に直撃した。


 彼の右半身は氷塊の速度と重量に耐えられず骨ごとすり潰された。

 それでも何とか息をしていたのは頭と心臓が直撃を避けたからであったが、それを加味しても尚、彼が息をしている事自体が奇跡であった。


 遅れて駆けつけたクリスティーナは氷の壁で自分達を覆い、エリアスの体を潰した氷塊を自分の魔法で砕く。

 そしてすぐにエリアスの治療にあたったのだった。


 自分の魔法がなければ彼はすぐにでも命を落とすだろう。

 そして治療に時間をかければかける程、彼が命を落とす可能性も上がる。


 仲間が死ぬ未来が頭を過ぎる。

 もう二度とその痛みを味わいたくはないと胸が締め付けられる。


 視界が歪み、目頭が熱くなる。

 しかし泣いている暇などないと気持ちを強く保つ。


 クリスティーナは魔力の抽出量を限界まで上げ、エリアスの治療に専念した。

 目が眩む程の光の中、ギーはエリアスの体がみるみるうちに本来の形を取り戻していく様を目の当たりにし、鋭く息を呑んだ。


 回復に必要な量以上に魔力を絞りだし、回復速度の底上げを目指したクリスティーナは一度に多くの魔力を消耗した事で大きな目眩を覚える。


 現実から意識が遠のいた一刹那。

 その中で彼女はエリアスの過去を見る。


 彼女の意識が現実へ戻された時。

 まだ出血が止まらない体が僅かに痙攣した。


 直後、エリアスは大きく咳き込み、血痰を吐き出す。


「っ、おい!」

「エリアス……!」


 苦しげに咽せるエリアスは、何度か咳き込んでから伏せていた瞼をゆっくりと持ち上げる。


「んぁ……クリス、さま?」


 未だ体は使い物にならないような状況にもかかわらず、彼の口から漏れるのはいつもの寝起きの時と変わらない間の抜けるような声だ。

 緊迫感の欠片もない声にクリスティーナは拍子抜けしてしまう。


「っぐ……! いっでぇ……え、オレの体どーなってますこれ」

「ぐっちゃぐちゃだぞ、右側だけ。……だいぶ治ってたけどさっきまで氷に潰されててもっと酷かったんだからな」

「絶対グロいやつじゃねーか」


 全く動かない右半身から猛烈な痛みを覚え、エリアスは顔を顰める。

 ギーから自分の状態を聞かされた彼は見ると余計痛く感じそうだからとまた緊張感のないような言葉を吐きながら大人しく寝転がり続ける。


「怪我は? 足以外平気か?」

「それ、お前が言うのかよ……」


 ギーは苦しげに顔を歪める。

 どんな状況でも仲間を気にするエリアスの優しさが彼に罪悪感と悲しみを植え付けた。


 しかしそんな彼の体をエリアスの拳が優しく小突く。


「なんつー顔してんだ。龍の片目を潰すなんてそうそう出来ることじゃねーよ。お陰で勝ち筋がだいぶ見えてきてんだ、胸張っとけ――おあ」


 ギーを慰める声は途中で途切れる。

 エリアスの頬に手が伸び、それは彼の顔を別の方向へ向かせたのだ。


 空色の瞳が物言いたげにエリアスを睨み付けていた。


「……あー、すみません。上手くできなくて」

「そんな謝罪ならいらないわ」


 クリスティーナはすぐに彼から目を逸らす。

 右半身の修復に専念する彼女をエリアスは静かに観察する。


 遅れて、雪の冷たさや当たりの騒々しさ――痛み以外の感覚が横たわるエリアスに次々と届いた。

 そこで漸く自身の生存が現実味を帯びた。


(やっぱ生きてたなぁ)


 自分の想像した通りの結果にエリアスは満足する。

 必死に自分を生かそうとしているクリスティーナの姿が、不謹慎ながら嬉しくもあり、心強くもあった。


「っ、ふはっ」


 生きている実感。

 そして目の前の少女に生かされている実感。


 信じた通りに転がった結末は全て彼女がいたからこそ成り立ったものだ。

 そして彼女ならきっと自分を救ってくれると信じ、託したからこそ得られたものだ。


 命運を託す相手がいる事も、託された仲間がそれに応えてくれるという事も、随分と喜ばしい事だとエリアスは思った。


「……よくもこんな状況で笑ってくれるわね。こっちがどんな気でいたと思って」

「す、すみません……! 治ったら今度こそ倒し切るから許してください!」

「今度同じ事になったら、その頬が二倍に膨らむまで叩きのめすわ」

「勘弁してくださいよ……」


 エリアスの傷に触れる両手が僅かに震えている。

 それでも棘のある物言いしかできないのは彼女の不器用さが故だろう。


 エリアスは宥めるように彼女の指先に左手を重ねる。


「……生きててよかった」

「死にませんって。死ぬ気なんて毛頭ないですし、それにクリス様がいてくれますからね」


 微かに震える声が馬鹿、と普段と変わらぬ罵倒を溢したのだった。

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