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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第87話 生と死

 クリスティーナ、リオ、ノアはアレットの研究室を後にする。

 先頭を歩くノアは頭の後ろで手を組みながらクリスティーナ達へ振り返った。


「いやぁ、何とかなりそうでよかった。アレット先生も珍しくご機嫌だったし」

「お嬢様の大切なものを身に着けるのは聊か気が引けますが……」

「元より紛失を覚悟してたものだもの。気にしなくていいわ。それに解決策が見つかっただけありがたいわ」


 クリスティーナのブレスレットはアレットに預けている。

 一日後……リオが今身に着けている魔導具の機能が切れる前には完成するだろうと告げられ、後のことを彼女に任せ、一行は廊下へ出てきたのだ。


「この後はどうしようねぇ。学院観光でもするかい?」


 授業はいいのかとクリスティーナはノアへ問いかけたが、結局口を閉ざした。

 初めて出会った日、彼がアレットと話していた時に出席日数について触れていたことや彼の性格から考えて、成績や単位などの管理も抜かりはないだろうと思い至ったのだ。


「頼めばどこでも行けるの?」

「大抵はね。時計塔は客人だけでなく生徒も出入り禁止、その他も一部施設はリスクのある魔法の研究何かを行っていたり、危険性が高かったり貴重な魔導具が保管されていたりするからそういった場所は立ち入れないようになってる」


 ノアの説明に耳を傾けながらクリスティーナはふと窓の外を見やる。

 オーケアヌス魔法学院内の建物で一番背の高い塔。その頭付近には時計が取り付けられている。

 時計の形自体はシンプルであるが、その大きさや長年の時を経てきたのだろう歴史を感じる姿は目を見張るものがあった。

 その視線に気付いたノアもつられて足を止め、時計塔を見やる。


「あの地下には歴史に名を残した偉大な大魔導師らの亡骸が保管されているらしい」

「亡骸?」

「そう。複雑な魔術を使用して腐敗を防ぎ、綺麗な姿のまま、その遺体は眠っているかのように保管される」

「そういう文化、ということ?」


 ものの劣化を止める魔術というのは些細なものが対象であっても複雑なことが多いと認識している。それを人の亡骸へ施すとなればその複雑さに加え、大掛かりな手順を踏む必要があるのではとクリスティーナは予想する。


 保管する為の空間、魔術の図式を組み立てる時間、必要な道具の調達、そして何よりも高度な魔術を扱うことのできる魔導師の腕。

 費やす金銭や時間は相当なものになるのではなかろうか。


「文化……そうだね。そうなるんだろう」


 ノアは頷きを返してから再び歩き出す。

 クリスティーナやリオもそれに従って後を追うが、その視線は未だ窓の外の時計塔へ向けられる。


「偉大な功績を残した者をそのままの姿で眠らせること。それはその者の生前の活躍に敬意を表す為というのが表向きの理由だ。実際、死後も尚丁重な扱いを受け、数々の称賛を浴びることが叶えば誰だって光栄なことだと感じるだろう」

「その言い方だと裏があるような言い方ね」

「まあね。ここから先は賛否が分かれる話さ」


 一定のリズムを足で刻み、先へ進むノア。

 その顔をクリスティーナが見ることは叶わない。しかし彼の声色から、彼自身は現在の話題をそこまで深刻なものとして捉えていないように思えた。


「国規模で評価される魔導の天才たちは揃いも揃って優れた人材だ。それが体質的な要因であれ、頭脳面であれ、魔力や適正魔法など魔導師としての才や素質であれ」


 開けっ放しの窓から風が入り込む。

 それはクリスティーナ達を撫でるように過ぎ去った。


「何故彼らが魔導の極地へ至ったのか。それを追究すれば更なる魔導の進歩に臨むことさえできる」


 通り過ぎる風に攫われぬよう、ノアは自身のフードを押さえる。

 渡り廊下の終着点。生徒達が良く行き交う建物の前で彼は一度振り返った。


「故に魔導師達は考えるのさ。例え亡骸だとしても彼らの体には魔導の真価を促すヒントが隠れているのではないか、そんな可能性を秘めているのではないか……ってね」

「それは……魔導師の亡骸を使って研究を進めているということ?」

「その通りだよ」


 クリスティーナの問いに彼は首を縦に振った。

 あっさりと肯定された事実。それはクリスティーナにとって少なくとも気分が良いといえる内容ではない。


「勿論遺言や生前の言葉なんかで死後の自身の扱いに触れている者……極端な例で言うと時計塔に自分の亡骸を入れるな、とかね。そういうものが把握できれば本人の意思が尊重される。けれどそういったものが確認できない場合は身内への確認を済ませた上で死者の扱いが決定する」


「身内が良しとすれば亡骸は晴れて時計塔へ保管されるという事ね」

「ああ。保管された遺体全てが使用される訳ではないが観察や研究、時に魔法の実験の為に有効に活用されることもある」


 遺体を使って魔法の人体実験を行う。それが公に許容された国。

 人の体を使ってでしか確かめようのないことも出てくるのだろう。極地へと至った存在だからこそ、常軌を逸しているからこそ普通と比べてわかることもあるのだろう。


 しかし今のクリスティーナにはフォルトゥナの情勢をすんなりと受け入れられるだけの器を持ち合わせていなかった。

 フォルトゥナの魔導師達が許容しているそれは死者の冒涜と捕らえる事も出来るのではないか。そんな批判的な思惑が頭を埋める。


「合点がいっていない顔だね、クリス」

「そうね。私はとても褒められた行いではないと思ったわ」

「そう。だからこれは賛否が分かれる話なのさ」


 目の前の魔導師は涼しい顔のままクリスティーナの言葉を受け止める。

 彼はクリスティーナの反応を粗方予測していたようだ。


「貴方は?」


 そんな彼へクリスティーナは問う。

 魔導師であり、思慮深い青年。決して明るい話題ではないが、彼の意見がどんなものであるのか、自分以外の視点から見えるものに興味はあった。


「俺はどっちつかずって感じかな。死後の自分の扱いを気に掛けない人物ならば甘んじてもいいと思うよ。ただしいつ訪れるかもわからない死期を見据えて意思表明できる者がどれだけいるのかって部分は問題だと思ってる」


 遺体を実験体として扱うこと自体に批判的なわけではない。それが彼の意見だった。


「冷たいと思うかい?」

「少し」

「ははっ、君は正直だね」


 ノアは短い返しを明るく笑い飛ばす。


「死んだらそこで終わり。当人にその先なんてものは存在しないだろう。土に還るしかない体。本人が認識することすらできなくなった体。それを無に帰す以外の方法で役立てることが出来るのならば……今後の人類に貢献できるのならばやぶさかでもないのではと俺は思うよ」


 合理的で淡白に思える回答。日頃良心的な彼がそれを口にすることに初めこそ違和感を覚えたが、その違和感も途中で薄れていく。

 死して尚誰かの役に立てるのならばという考えは何とも彼らしい考え方だと思ったのだ。


「なら……。もし貴方が時計塔へ迎え入れられる程の逸材になったのならば、それを受け入れるということね」

「俺が? うーん、考えたこともなかったな」


 話の流れとして不自然な運びではなかったはずだが、彼にとっては予想外の問いだったらしい。

 彼は顎を擦りながら首を傾げて長考する。そしてその後に納得したように頷いた。


「うん、そうだね。魔法学発展の一端を担えるのならば喜んで差し出すだろう」

「そう」

「……ただ」


 ノアは目を細める。

 その瞳には僅かな懸念が浮かんでいる。


「悪いことに利用されるのは勘弁願いたいところだね」


 彼の発言の意図を悟ったクリスティーナは同様に顔を曇らせる。

 学問の進歩というのは時に悪しとされる道へ進むことがある。

 人の道を踏み外して残虐性を伴う、新たな進展のみへ突き進んだ研究の例というのは歴史上にいくつも残されているものだ。


「ま、例えばの話だけどね。現実にはまず起こり得ないもしも話さ」


 やや重くなった空気を切り替えるようにノアはいつも通りの笑顔を浮かべる。


「生死の話題というのは忌避されがちなものだが、個々の思想を把握するという点ではうってつけだ」


 生死の問題……特に死が関わる論点というのはどうしても重くなりがちだという彼の主張はクリスティーナにも理解できる。

 ただし先程から日常会話と変わらない口調で話す様から、当の本人にとっては特に身構える話題でもないようだ。

 死はいつか必ずやって来る事象として正確に認識しているのだろう。自分や他者が死ぬことに対して抱く悲しさや焦燥とははっきりと分別を付けているらしい。


「何となく、話しておきたくなったのさ。君達が旅を続ける限り、様々な人と携わることになるだろうからね」


 友の旅立ちとその先を見据える彼は優しく微笑んだ。

 そして穏やかに言葉を紡ぐ。


「色々な人の考え、主張に触れてみるといい。そうすることで学べることも、新しいものが見えてくることもあるだろうから」


 彼の視線が動く。

 建物の構造上、何かが見えるわけではない。しかし視線が向けられた方角が学生寮のある場所であることをクリスティーナは悟った。


「そういう意味ではリヴィはいい刺激になるんじゃないかな。道中、機会があれば彼とも関りを深めてみるといい」


 行こうか、とノアは再び歩き出した。



***



 行き交う生徒達に紛れ、その喧騒に呑まれないようにとノアはやや声を張る。


「それで、行き先は図書室でいいのかい?」

「ええ」


 立ち入り禁止の場所以外であれば案内が出来るという彼の言葉に甘え、クリスティーナは目的地として図書館を指定した。

 彼曰く、本の貸し出しは学院関係者でなければ難しいが室内への出入りや室内での読書に関しては学院関係者同行のもと行うことが出来るらしい。


 フォーマメント魔法学院は優れた魔導師を排出する名門校。そこへ備え付けられた図書室、中に集められた本の数々はきっと情報の宝石箱と化しているに違いない。

 そう踏んだクリスティーナは自身のブレスレットが修復されるまでの残り時間を聖女や魔族に関しての知識を深める為に充てたいと考えていた。


 クリスティーナとリオはノアの背中について図書室へと向かう。

 しかしそんな彼らの足は背後から聞こえる多くの足音と黄色い声によって止められた。


「ノア先輩ー!」

「待ってくださいー!」

「あっ、まずい」


 振り返った一行が見たのはこちらへ走ってくる十人程度の女子生徒。

 何事かと面食らうクリスティーナとリオの傍でどうやらノアだけが状況を正確に理解したようだ。

 彼は顔を引き攣らせると懐から素早くメモ帳を取り出し、筆を走らせる。

 そしてそのページを破った紙切れをクリスティーナへ押し付けた。


「ごめん、ちょっと外れる! それに従ってレミを探してくれ! 後で合流するから……っ!」


 ノアは早口でそれだけを告げると女子生徒達から逃げるように走り去っていく。

 そして数秒の間を以て凄まじい勢いでクリスティーナ達の脇を通り抜けていく女子生徒達……。

 そんな慌ただしい光景を目の当たりにして呆けていると近くの男子生徒の声が聞こえた。


「あー、まぁたやってるよ」

「相変わらず女子の人気やばいなぁ」


 最早日常茶飯事だと言うように落ち着いた様子で見送る男子生徒達。

 彼らの声に聞き耳を立てながら黄色い声で追いかける女子の姿を思い返したクリスティーナはそこで漸く怒涛の展開の真相を理解した。


「あの容姿であの性格ですからね。よくよく考えれば異性から特別な好意を向けられない訳もないでしょう」


 リオも同様の結論へ至ったのだろう。

 女子生徒らの熱烈な突撃に遭遇してしまったらしいノアの背中を二人は静かに見送った。

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