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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第822話

(流石に避けきれねぇか)


 死角から攻撃を受けたエリアスは出血する脇腹を庇ったまま防御に徹する。

 攻撃を避け、避け切れないものを剣で受けながら先程攻撃を与えた首元へ刃を捩じ込む機会を窺う。


 だが攻撃回避の合間に攻め位置を確認したエリアスは剥がした鱗が凄まじい速度で再生していく様を目の当たりにした。


「マジかよ」

(そりゃそっか、こいつの鱗は氷で出来てる。その材料になるものなんて、氷山の頂上には山ほど揃ってる、ってワケか)


 水が凍るほど冷えた空気、そして雪……それらは一から氷の鱗を成形するよりも一層簡単に失った鱗を作り直せる環境を築いていた。


(一から魔法を使わない分、魔力の負担も掛かる時間も軽くなる。こりゃ厄介だ)


 攻めると決めたら尻込みする余裕はない。

 そんな緊迫感と切迫感にエリアスは顔を強張らせた。


(けど……肉体の回復がバカ速ぇワケじゃねぇ。なら、鱗の下に攻撃を通しさえすればコイツだって消耗するはずだ。暫く待って、コイツが隙を見せた時に首を叩く。これしか方法はねぇ)


 勝つための算段を立てるエリアスの思考は脇腹の痛みによって途切れる。

 滴る血を見て彼は苦く笑う。


 問題は自分の体力がもつか。負傷した状態でどこまで時間を稼げるかという点はエリアスが抱く不安要素であった。


(耳もさっきよりは聞こえるけど、まだ調子悪りぃな)


 後方から迫る鱗をすんでのところで避けた彼は命の危機を身近に感じ、空気がひりつくのを感じた。


 その時だ。

 自分の体を眩い光が包み込む。

 途端に体の痛みが引いていく。


 返り血によって爛れた肌も、抉られた横腹もゆっくりとした速度で回復を始める。


(クリス様か……!)


 魔法が届くかという心配に関しては全く問題がないようであった。

 しかしクリスティーナの治療を何度も受けた事があるエリアスは普段に比べて傷の修復が遅い事、また放たれた光の範囲が広すぎるが故に近くの氷龍の傷すらも癒してしまうところを目の当たりにする。


(やっぱりこの距離じゃいつも通りってわけにはいかねぇか)


 魔法の使い方や連携について一度話し合う時間が欲しい。

 だが龍の背に飛び乗るだけでも命懸けだ。経験からある程度勝手を理解していたとしてもリスクがあることには変わりない。


 時間も体力も浪費する事を考え、エリアスは選択に迷う。

 その時だ。


 突如足場であった氷龍の背が大きくうねる。

 エリアスは咄嗟に鱗の隙間へ剣を突き立て、バランスを取った。


「っ、何だ」


 氷龍が悲鳴を上げ、長い首を振り回す。

 大きな声が再び聴力を奪う。突き刺さった剣を腕で抱きながら咄嗟に耳を塞ぐも、鼓膜の損傷を抑える程度の効果しかなかった。


 状況を把握する為に視線を彷徨わせる。

 するとエリアスの目は地上の様子を映して止まった。


 積もる雪の上を走りながら矢を構える一人の姿。

 それが確かに見えた。


(ギーか……!)


 ギーは片手に矢を三本取り、そのうち一本を弓にかける。

 その頭上を氷塊が飛ぶ。


 それらを走りながら避けるギーだったが、氷龍の攻撃は彼の足の速度に追いつこうとしていた。

 しかし氷塊の一つが彼を捉えようとしたその時。

 ギーは体を真横に傾けながら地面を蹴る。

 彼は大きく横へと飛び退いた。


 氷塊が彼の足を掠めて通り過ぎる。

 その体が地面へ激突するよりも先。

 地面と平行になった信じられない体勢のまま、ギーは弓を目一杯引いた。


 その目は龍の顔を真っ直ぐ睨みつけている。


「――ウィンド」


 限界まで引かれた弓が軋む。

 刹那。弓から手が離れる。

 標的へと向けられた矢尻が宙へと放たれた。


 それは弓によって放たれたにしては凄まじい速度を誇っていた。

 矢筈のみを捉えた鋭い風は矢を強く前へと押し出したのだ。


 それが向かうのは漂流の左目。


 既に瞼に突き刺さった一本の矢の傍を目掛けてそれは宙を裂く。

 そして――今度は眼球そのものに矢が突き刺さった。


「――エリアスッ!!」


 一際大きな咆哮が周囲の空気を震わせる。

 地面を転がりながら着地したギーの声はエリアスへ届かなかったが、彼がどんな思いで自分の方を見ているのか。それをエリアスは理解した。


 エリアスは荒れる足場の上に立つ。

 少年が体を張り、龍の注意を逸らした。

 この隙をつけばとどめを指す事だってできるかもしれない。


 この好機を逃すわけにはいかないとエリアスは剣を足場から抜く。

 痛みに悶え、手当たり次第といった様で氷柱や氷塊、鱗を放つ氷龍の攻撃は脅威的であれど、正確性に欠けていた。

 当たりさえしなければ何の問題もない。


 エリアスは剣を構えると不安定な足場蹴り上げた。


(思い出せ。どうやってあの時勝ったのか。どうして勝てたのかを……!)


 戦いの段取りは過去と変わらない。

 仲間の数は少ないが、その穴は龍討伐の経験と知識が埋めている。

 条件は初めて龍を殺した日とそう代わりはしないとエリアスは考えていた。


(いける。気を緩めさえしなければ――)


 エリアスは首を守る鱗の根本を狙う。

 次々と繰り出される攻撃は着実に龍の肉を晒していく。

 そして鱗が戻る前にと剣を大きく振りかぶる。


 その時の事だった。


(……本当にそれだけだったか?)


 龍を討ち取った過去。その時にあって今存在しないもの。

 正体はわからない。けれど何かを忘れている感覚がエリアスの頭に過ぎる。

 そしてそれは一瞬にして不安へと変わっていく。


(――駄目だ、集中しろ!)


 エリアスすぐに思考を切り替える。

 そして剣を振り下ろし、それは今度こそ氷龍の首の肉を穿った。


 多量の返り血が剣を、エリアスを汚す。

 だが引き抜くわけにはいかない。少しでも大きな穴を開ける事が致命傷を作るきっかけとなるのだ。


 エリアスは痛みに耐え、歯を食いしばる。

 足に力を入れ、肉の奥深くへ剣を埋めようとする。

 だが。


 ――パキン。


 嫌な音がした。

 同時に剣を握る手が軽くなった。


 何が起きたのか、直感的に察する。

 サッと顔を青ざめたエリアスはすぐに握っていた柄ごと龍の首から腕を引き抜く。


 そして自身の手を見て苦々しく顔を歪めた。

 彼が握っているのは剣の柄と、短い刃だ。


 度重なる激闘を潜り抜け、氷龍の血液の毒素を受けた剣。


 ――彼の剣は折れていた。

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