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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第818話

 日が昇る。

 明るくなった山の中で三人は支度を整えた。


「なぁ、山頂に行く前にちょっとだけ近くで探し物してもいいか?」

「探し物?」


 弓の手入れをしていたギーがクリスティーナとエリアスに問う。

 エリアスに聞き返され、ギーは頷いた。


「この辺は生き物が少ない。賢い生き物ほど龍を怖がってあまり近付かないんだ。だから逆に低温に強い植物が沢山生えてる」

「それが欲しいの?」

「ああ。猛毒になるものにいくつか心当たりがある。……なんだよ、ただの弓矢が刺さったからって龍は死んじゃくれねーだろ」

「……それはそうだけどよ」

「それにお前らを殺す気があるなら戦闘中は狙わねぇ。龍を怒らせた後でわざわざ龍の標的を減らして逃げるなんてしたって、おれじゃ逃げ切れず殺される可能性のが高い」

「そうね。……貴方が自らそう話してくれた事で少しは信用できそうだわ」


 ギーの発言に二人は不安を抱くも、それはすぐに薄れる。

 龍と対峙する戦力が増えるだけでも充分心強いのだ。

 それに加えて巨体を持つ魔物にも有効となる毒が扱える者が仲間にいるとなればそれだけで勝率は幾分か変化があるはずだ。


 そもそも、目下の目的は龍の討伐。その注意をギーに分散させるのは好ましくない。

 ここは割り切ってギーを信用する方向に考えを切り替えようとクリスティーナとエリアスは考えたのだった。




「……嘘だろ。こんなにあるのかよ」


 ざっと数十枚に及ぶ葉を掻き集めたギーはそれを巾着袋に仕舞い込む。

 小屋から三十分程度歩いた先、掌程度の大きさのマダラ模様の三つ葉が集まった茂みをクリスティーナ達は見つける。


 それが猛毒を持つ植物の一つであると告げたギーは躊躇う事なくそれを採取した。


「お前が手袋しててよかったよ」

「ま、こういうのも扱うからな。後は普通に、寒くて悴んで上手く動けねぇってのは狩猟をするおれらにとって致命的だ」


 ギーには元々身につけていた手袋がある。

 それによってうっかり素手で毒に触れてしまう危険性も回避ができていた。


「なあ。なんか瓶とか、調合用の道具とかねぇ? 摺鉢みたいな」

「あるはあるけれど……毒物に使ったら新しいの買い直さないといけないわね」

「あ、そうか。龍の血をとったら調合しねぇといけないのか。ならこの辺でいいや」


 ギーは近くにあった平たい石と丸石を一つずつ拾うとその場に胡座を描く。

 そして平石の上に例の葉を乗せると丸石を使い、手つきでそれらをすり潰していく。


「原始的だな」

「それ、田舎もんって言われてる気がするんだけど」

「そういう意味じゃねーよ!」

「わかってるって」


 手元に集中しながらも冗談を言う余力はあるらしく、ギーがケラケラと笑う。

 すり潰した葉からは思いの外多くの液が生まれ、平石の上に一つの大きな雫を作る。


「こんなに水分を保有している植物も珍しいわね」

「まあこいつは特殊だな。猛毒な上に、採取の手間も掛からない珍しい植物だ。難点があるとすれば生息地が少なくてこの辺くらいにしか生えてねぇことくらいか」

「そこら中に群生しているわけじゃねーのか」

「普段おれらが見る事はほとんどねーから安心しろよ。……あ、瓶は借りてもいいか?」

「問題ないわ。瓶の数なら余裕はあるから」


 道端でうっかり触れてしまったりしたらどうしようと不安げな顔をしていたエリアス派ほっと胸を撫で下ろす。

 その傍でクリスティーナが皮袋から小瓶を取り出し、ギーの傍に置いてやった。

 そんなやりとりの最中もギーは手だけは動かし続け、次々とはをすり潰していく。

 そして平石から液体が溢れる前にそれらを小瓶に移し、残りの葉を擦り潰し、またある程度液が溜まれば小瓶に移す……そんな工程を繰り返した。


 やがて集めた葉を全て使い果たしたギーは使った石を雪の中に埋め、鏃に小瓶の中身を含ませる。


 そして下準備を終えると大きく伸びをして見せた。


「わりぃ、待たせた」

「構わないわ。その分働いてくれさえすれば」

「そりゃ勿論!」

「頼もしいなぁ」


 ギーの下準備を終え、三人は今度こそ山の頂上を目指す。

 戦闘に巻き込まれるのは可哀想だし、何より龍が気配に気付いては困るという理由からイクシスは小屋の前で待機させている。


 その為山頂までを徒歩で向かった一行が目的地へ辿り着いたのは三時間が経過した頃だった。

 木々の隙間、その数メートル先は急に開けていた。

 無数の木が立ち並んでいた空間はそこで終わりを告げ、その先には何かが待ち構えていると言わんばかりの広大な空間が存在している。

 ギー曰く、龍はそこにいるという事であった。


「戦いってのは動けなくなった奴から死ぬ…….特に龍を相手にした時はそうだった」


 エリアスは音一つ立てずに剣を抜き、先を見据える。

 クリスティーナは杖を、ギーは弓を構え、エリアスの囁きに耳を傾けた。


「とにかく動き続ける事だけは忘れるな。それと、死ぬと思ったら一度退いていい。オレは最後に続くから。……生きてさえいれば何度でも挑めるんだ」

「わかったわ」

「それと……クリス様って回復の方はどのくらい離れてても使えますか?」

「試した事がないから正確な事は言えないわ。これまで使ったもので一番広範囲なものだったのは……ニュイの古代魔導具と対峙した時か、ベルフェゴールとの戦いの時ね」

「とすると、幅的には問題ないけど高さ的にはもしかしたら足りないかもしれませんね。それに、オレの回復の為だけに同じ量の魔力を使わせるわけにもいきませんし」


 幅や高さは恐らく氷龍の話だろう。

 そもそも龍相手にどう戦いつもりなのかもあまり見当がつかないクリスティーナは小首を傾げながらエリアスの話を聞いていた。


「少しだけ無理をさせるかもしれないです。正直言ってクリス様の力は借りたいので……あ、絶対死なせたりはしないので、そこは安心してください」

「わかったわ、貴方に任せる」

「はい!」


 木陰に屈み、身を潜めていたエリアスはゆっくり立ち上がる。

 そしてクリスティーナとギーへ振り返った。


「じゃ、いっちょ働きますか」

「ええ」

「おう」


 エリアスは二人に背を向け、腰を低く落とす。

 そして次の瞬間。

 強く地面を蹴り、龍の棲家へと突っ込んだのだった。

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