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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第817話

 憂いるように声を低めたエリアスは次いでギーへ視線を向ける。


「て事はこいつも魔法を掛けられてるって事ですよね」

「そうね。モーリスの話の通りなら、恐らく記憶改竄を可能とする魔法ね」


 ルネの見目はギーと同じ十四程度と言われても全く違和感を持たない。

 しかしそのくらいの子供が閉鎖的な集落で大人を越える知能を事などあり得ない。

 ならばルネもまたモーリスと同じように容姿から推測される歳以上に長く生きているのだと考えるべきだ。


 そしてそれはつまり、ルネが集落で生まれ育ったという話が虚偽であるという事になる。

 であるならばギーを含めた集落の人々が持つルネとの記憶もまた、彼女の手によって作られたものが多いという事だ。


 事実、クリスティーナがペンダントを外した時に周囲にいた人々は漏れなく闇を体に纏っていた。


「解いてやった方がいいんじゃないですか?」


 エリアスはギーに自分達に対する不要な警戒を解かせる為、また彼に真実を伝えてやる為にもギーに掛けられた魔法を解く事を提案する。

 しかしクリスティーナは首を横に振った。


「彼が仮に真実を知り、それを受け入れてくれたとして……そのまま集落へ戻れば他の人達は私達が彼を洗脳したと考えるでしょうね」

「あー、確かに。やるなら全員とかになりそうですね」

「それに……」

「それに?」


 クリスティーナは言い淀む。

 だがエリアスに続きを促され、それに従うように暗い声音で呟いた。


「……魔法による記憶改竄の量が一番多いのはきっと彼だわ」


 特に古い記憶程偽りである可能性が高くなる。

 その記憶をより多くもっているのは家族という身内の存在の記憶に影響を受けているギーだ。

 彼の家族が別にいたのか、それとも新しく関係性を生み出したのかは定かでないが、どちらにせよ知らないうちに他人が涼しい顔で家族を偽り、それを自分は疑いもなく信じ込んでいたという現実は想像しただけで恐ろしいものだ。


 当事者の彼がこの事実を知った時、精神的な傷を大きく受ける事は明白だ。

 どれだけ現実を受け止められるか、その現実に耐え切れるのか、その判断がクリスティーナにはできない。


 ルネによって消された真実が必ずしもギーの為になるとも限らないのだ。


「魔法を解く事は簡単かもしれない。けれどその後の事を私は保証できない。何より今の彼がそれを望んでいない。……なら、軽率に行動に起こす必要はないわ」

「それもそっか……すみません、そこまで頭回んなくて」

「いつもの事だから気にしていないわ」

「それはそれで嫌なんですけどね……!?」


 明日は死戦を潜る事になる。そのことへ対する緊張や不安はあるが、いつもと変わらない軽口がそれらを少しだけ和らげた。

 二人は顔を見合わせると小さく吹き出した。


「貴方、移動中一切寝ていないでしょう。今日くらいは眠りなさい」

「いやいやいや、流石にクリス様に見張りを任せるわけにはいかないですよ!」

「貴方、主戦力なのよ。寝不足で力を出し切れなかったなんて話、通用しないのよ。少しでもその恐れがあるのであれば大人しく従いなさい」

「ぐ……」


 どれだけ不調であっても戦えるだけの基盤はエリアスの中にある。

 しかし寝不足という要因がパフォーマンスを低下させるという現象は生命である以上避けられない理だ。

 少なくとも一番調子がいい状態を発揮できる可能性は皆無。そしてそれが龍相手にどこまで響くのかはあまりに未知数だ。


 故にエリアスはクリスティーナの問いに反発できなかった。

 自身の言葉に責任を持つ事ができなかったからだ。

 そして自身の力が出し切れなかった時に迎えるかもしれない最悪の事態に関しても、勿論責任は負えない。


 自分が失敗をすれば仲間全員が危機へ陥るのだ。


「……わかりました。けどクリス様も寝てください」

「そうしたら誰が見張りをするの」

「オレがします。寝ながらでも周囲の気配を探る事はできますから」

「……いつもは全然起きないじゃない」

「それはリオがいるからですよ。あいつがいれば何があっても対処してくれるから気を抜くようにしてるんです」


 クリスティーナが夜中に目覚めた時、エリアスがいびきを掻きながら深い眠りについていた事が何度もあった。

 だがそれは仲間を信頼しての事であったとまでは考えが至らなかったのだ。


「……貴方を見くびってたみたい」

「オレってそれなりに出来る事あるんですよ、護衛なら」

「そうね」

「とはいえやっぱリオがいねぇと熟睡はできないので……早く治ってもらいましょ」

「迷惑を掛けるわ」

「いーですよ。後でリオから謝ってもらうんで!」


 本当ならばエリアスにも睡眠にだけ専念して欲しいところではあるが、そうも言ってはいられない。

 エリアス以上に睡眠による弊害が出やすいのは徹夜に慣れていないクリスティーナだ。

 そして自身の魔法が間に合わない事で死者が出る可能性もある事を彼女は理解していた。


 相手に休んで欲しいという双方の望みが叶えられるこの選択で妥協するほかないとクリスティーナは結論づけた。


 クリスティーナは床に横になる。

 エリアスは剣の柄に手を触れたまま座り込み、壁に凭れ掛かる。


「おやすみ、エリアス」

「はい。おやすみなさい、クリス様」


 二人は夜を越す為に双眸を閉じたのだった。

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