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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第815話

 クリスティーナは二日という時間を掛けて山頂付近まで辿り着く。

 道中は魔物が現れたがその殆どがイクシスに跳ね飛ばされ、残った凶暴な魔物はソリに乗ったままエリアスが斬り伏せた。


 ギーの案内によって山頂に一番近い小屋へ辿り着いた頃。

 日は既に暮れ掛けていた。


「よくソリの上であんなに動き回れるな、エリアス」

「いや、普通に振り落とされるかと思ったって」


 強さや格好良さに惹かれやすいのには彼の歳や純粋さが起因しているのだろう。

 ギーはこの二日のうちにエリアスを尊敬の眼差

しで見るようになり、いつの間にか彼の名前を覚えていた。


 輪を作って腰を下ろす三人の器には具沢山のスープが入っている。

 真っ先にそれに口を付けたのはエリアスだ。

 彼はスープに紛れた肉を見つけて口へ運ぶと、それを数度噛んでから目を見開いた。


「うっま」

「だから言っただろ!」


 雪山で遭遇するような生物は限られてくる。


 クロードは食事の方面の知識にはあまり強くなかったらしく、これまでの雪山移動では自分達が買い込んでいた食材を使って賄っていた。


 そしてエンフェスト山脈以外にも自然の中で寝泊まりする機会があったクリスティーナ達はリオから食材となる動物の知識を得ていたが、残念ながら彼女達の知識にあるような動物はそもそも見かけなかったのだ。


 だがそこで役立ったのが雪山で生活しているギーの知識だ。

 彼は見かけた生物の内食用に向いているものや、調理前の下準備、向いている調理法などをクリスティーナ達へ伝えた。

 今日狩った魔物の中から食用肉として使えるものを見つけたギーはエリアスに確保や解体を指示した。

 斯してありつけた食事は味に不安面が残っていたものの、いざ口にすれば味、臭い、舌触りどれも悪くはない。

 特別美味というわけではないが、期待をしていないものが普通という評価を得た時の衝撃は些か大きい。


 驚きと意外性というスパイスを得た魔物の肉はただ食す時のよりも一層深い味わいをクリスティーナ達へ与えたのだった。


「……なぁ、明日本当に龍を倒しに行くのか」


 スープが尽きた頃。ギーは言い辛そうには切り出す。

 クリスティーナとエリアスは互いに目を瞬かせた。

 今更何を言っているのかという疑問が二人から漏れるより先、ギーはやや早口で話す。


「いやだってよ、龍ってすげぇでかくてすげぇつえーんだろ。それにエリアスだって一人じゃ倒せなかったっつってたしよ」

「一人ならなぁ。けど、今はクリス様がいるし、何より、リオを苦しませたままには出来ねぇ」


 エリアスは胡座の上で肘をつく。

 そして困ったような苦笑を見せた。


「あいつはオレのダチで、仲間だからさ」


 リオを思う彼の言葉はクリスティーナの心を動かす。

 クリスティーナにとってリオは長い時を共有した、替えの効かない存在だ。

 皮肉ばかり言って可愛げがなく、気難しい彼が少なからず素を晒しているという点において、エリアスを一目置いている事は事実だ。

 しかしエリアス自身が今のリオの事をどう思っているのかを直接聞いたのはこの場が初めてだった。


 そして彼の言葉はクリスティーナに大きな安堵を齎した。

 思わず言葉を失ったクリスティーナ。その傍ではギーが未だ不安そうにしている。


「大丈夫だって。お前は巻き込まねーよ。遠くから見守ってくれてりゃいいし……オレ達がやられちまったら一人で逃げればいい」

「な……っ、いいのかよ、んな事して。おれがルネになんて伝えるかもわかんねぇのに」

「まー、そりゃねーだろ」

「……馬鹿ね」


 エリアスの言わんとしている事を悟ったクリスティーナは静かに笑う。


「だってお前はそんな事する奴じゃねーじゃん」

(ほら、言った)


 根拠のない信頼。

 しかし確信している言葉。

 それが相手の心にどれだけの衝撃を与えるのかを彼は知らない。

 本心だからこそ、それを惜しみなくぶつけられるからこそ感じるものがあるのだ。


 例えつい先程までのギーがクリスティーナ達を置いて逃げる事を密かに考えていたのだとしても、こんな言葉を聞けば、彼の純粋な心が動かないはずもない。


(とんだ人たらしね)


 それが彼の魅力なのだが。とクリスティーナはエリアスの事を認めてやりながらも決して口にはしてやらない。


「私もそれでいいわ。両手を縛られた子供を戦場に放るなんて事すれば後からまた好き勝手言われるに決まっているんだから」


 クリスティーナがエリアスに賛成したのは彼と同じくギーを全面的に信用したからではない。

 仮に、彼が激戦を利用して先に逃げ出そうとでもした場合、エリアスはきっと無茶をしてでも彼を止めるだろう。

 それだけの信頼がエリアスにはあった。


 ギーを信じるのではない。エリアスを信じるからこそ、クリスティーナは首を縦に振るのだ。


「……お前らが死んだら残ってる仲間はどうなってもいいって話だろ」

「そうなってもクロードならなんとかするだろ。ま、そもそも死ぬ気なんて毛頭ねーけど」

「信じらんねぇよ……おれの事信用するとか、一人になったら逃げていいとか、死なねーとか」


 ギーはクリスティーナとエリアスの話にただただ困惑を示す。

 彼は困ったようにクリスティーナやエリアスから目を逸らし、項垂れた。


 静寂が訪れる。

 だがその数分後、ギーはゆっくり口を開いた。


「……なぁ、紐解けよ」

「いや、わりぃけどそりゃ無理だ」

「逃げるとか不自由がいやだとか、そんなんじゃねーよ」


 ギーはかたく目を閉じ、自身が背負う矢筒の感触を感じる。

 そして再び目を開いた時、彼は真剣な眼差しでクリスティーナとエリアスを見据えた。


「おれも力になりてぇんだよ」

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