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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第812話

 少しの間気まずい空気が流れるも、エリアス自身があまりにもあっけらかんとしている事やギーが気分屋である事もあって、気が付けば雑談をするような空気にまで戻っていた。


「忌み……クロードはおっさんだろ。ババア達の話を聞く感じ」

「おっさ……いや、確かにオレらよりだいぶ上だけど、年齢的にもまだおっさんではないだろ」

(本人はそう呼ばれても全然気にしなさそうだけれど)


 元々あどけなさを感じさせる容姿である事も相まって、おっさんという言葉はクロードとあまりにも結びつかない。

 クリスティーナとエリアスはクロードの姿を思い浮かべながら複雑な感情を抱いた。


「で、お前は?」

「話す必要もないでしょう」

「ずっと顔隠してるせいで、見た目も何もわかんねぇんだもんよ。気になるに決まってんだろ」


 ルネに正体が割れている以上、今更フードを被り続ける必要もないのだが、心を許していない相手に敢えて素顔を晒す必要もない。

 そんな理由からクリスティーナは集落の中ではフードを被り続けていた。

 そしてそれは今とて同じだ。

 ギーの好奇心を満たす為だけにフードを取りたいとも思えず、クリスティーナは小さな溜息の後に彼の問いにだけ答えてやる事にした。


「十六よ」

「へぇ。んじゃ二個上か」

「え?」

「……誰と?」


 クリスティーナは怪訝に思い、エリアスは意外な返答が気になり、ギーを見つめる。

 すると彼は目を丸くしながら自分を指した。


「おれに決まってんだろ」

「嘘よ」

「そんなしょーもねー嘘つくわけねーだろ?」


 ギーの身長は既に成人男性の平均のやや手前程度まであり、体格も一見しただけでわかる程に筋肉がつき、鍛えられた者のそれである。

 精々ある程度の成長が見込める十六以上――とても十四歳の少年には見えないというのがクリスティーナとエリアス双方の感想であった。


 クリスティーナはすぐに嘘を疑うが、生憎ギーが嘘を吐いているようには見えない。


「よっぽど鍛えてるんだなぁ」

「んぁ? 鍛えてるっつーか、おれらは狩猟メインで生活してるからなぁ。自分よりでっけぇ獲物とか倒しまくってたらこうなってた」

「……確かに、この辺で生活してりゃ嫌でも体動かす事にはなるかぁ」


 エリアスが感嘆の息を吐く。

 彼から褒められる事が少し誇らしいのか、ギーは満更でもなさそうに少しにやけてみせる。


「てか、まだ縄外してくんねぇのかよ」

「無理に決まっているでしょう」

「剣なら赤髪には負けるかもしんねーけど、弓なら力になれると思うぜ」

「んー、後衛が増えるっつーのは正直嬉しいんだけどなぁ。流石に難しいな」

「ちぇ」


 縄を解く交渉に乗り出すギーだったが、クリスティーナとエリアスに首を横に振られればすぐに引き下がる。

 その後も三人は他愛もない話をしながら食事を終えた。


 そして寝支度を整えた後、クリスティーナとギーはエリアスの見張りのもと、眠りにつくのだった。



***



 引き攣ったような悲鳴でクロードの意識は浮上する。

 咽せ返るような血の臭いが鼻をつき、意識が急速に浮上する。


 クリスティーナ達を部屋で見送り、体調が少し安定し始めたのを確認してから彼は隣の部屋――リオのいる部屋へ移動した。

 出来る事は何もないが、せめて気休めでもと彼の汚れた体を定期的に拭ってやったり、声を掛けてやっているうちに気が付けば夜が明けていた。

 日が昇ったところまでは記憶があるが、それは途中で途切れている。

 恐らく疲労などから浅い眠りに落ちていたのだろうと結論付け、クロードは預けていたベッドの淵から背を離し、リオへ向き直る。


 ベッドの上に置かれた枕や布団は既にリオによって引き裂かれ、中に詰められていた綿が溢れている。


 その上でリオはうつ伏せになったままぴくりとも動かない。

 彼の身に何があったのかを悟ったクロードは顔を歪めた。


 それも束の間、何の前触れもなく再びリオの体は大きく跳ねる。

 困惑の混じった悲鳴や喘ぎ声が搾り出され、彼の体は再び終わりの見えない苦痛を味わう事になる。


 クロードが傍につくようになってから、リオはもう何度生と死を繰り返している。

 一度で終わるような苦しみを一身に受けるリオ。自分を庇って苦しむ彼にしてやれる事は何もなく、クロードは熱くなる瞳のかたく閉じ、歯を食いしばった。


(今の僕にはリオにしてあげられる事がない。……けど)


 ふと、部屋へ近づく気配にクロードは気付く。

 彼は戸を静かに見据えた。


(リオが望む事――皆んなの為に出来る事はまだある)


 戸がノックされる。


「はい」

「お食事をお持ちいたしました」


 短い返事をすれば戸の先から声がする。

 クロードは戸を開け、その先に立つ者の姿を確認する。


 料理を盆に乗せた女性が一人、その後ろには屈強そうな男性が一人立っている。

 彼女らは開かれた戸から見える凄惨な光景と、漂う濃厚な血の香りに顔色を悪くした。


(僕の目よりも先に反応するっていうのは……この人達にとっても相当酷い状態なんだろうな)


 彼らが顔を歪めた事には気付かないふりをして、クロードは首を横に振る。


「必要ないよ。僕は自分の分は用意できるし、彼は……見ての通り、食事が摂れるような状態ではない」


 責めるような口調に聞こえたのか、女性が顔を強張らせる。

 クロードは廊下へ出て彼女の前に立つと後ろ手に戸を閉めた。


「けど……丁度よかった。いくつか聞きたい事はあったんだ」


 クロードは上っ面だけの笑顔を顔に貼り付けたのだった。

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