第811話
日暮れが近づき、一行は見つけた仮小屋で休息を取る事になる。
小屋の隣にはソリと、それを引く家畜――イクシスを停め、クリスティーナ達は小屋の中で食事と就寝の支度を整える。
「死ぬかと思った……ギーがいてくれて助かったな」
「出発早々死ぬとか勘弁してくれよマジで」
暴れ馬の如く激しい動きを見せたイクシスを鎮めたのはギーだった。
彼は両手を縛られたままでも掴んだ手綱を上手く扱ってイクシスの動きを制御した。
「イクシスを使えば山頂まで登りが二日……明日の夜には着く。けど、流石に夜間の雪山で戦うなんて馬鹿な真似はすんなよ。龍どころか自然に負けるぞ」
「て考えると、明後日の明け方に仕掛けるべきだな」
「そこから下りで一日、だったかしら」
「おう。上手くいけば夜中のうちには集落に戻れる」
「そう考えるとマジでとんでもねぇな、イクシスとかいう奴。見た目は可愛い感じなのになぁ」
「脚の動きを見ればそんな感想も抱かないはずよ」
「まあ確かに脚は虫っぽいけど……」
雪山という特殊な環境にしか生息できず、繁殖力も高くはない、希少価値の高い動物。それがイクシスだという話をクリスティーナ達はギーから聞かされていた。
集落でも重宝されているというイクシスの利便性に関してはクリスティーナとエリアス、どちらもが舌を巻く程だ。
イクシスを借りたおかげで下手に徒歩や馬を使うよりも段違いに早い移動が可能となった。
「龍の血の必要量や加工の仕方はわかってるんだよな?」
「おう。ルネ様から借りたっていうこれに書いてある。いくつかの薬草を混ぜるらしいけど……ラッキーな事にこいつに書かれてる薬草と同じ効能を持つ薬草をオレらは持ってるから、何とかなりそうだ」
エリアスは傍に置いていた書物を膝に乗せ、ぱらぱらとページを捲る。
薬草の問題は、別れ際にアレットが預けた何種類もの薬草が解決してくれていた。
加工の方法も多少面倒ではあるが、過程自体は素人でも作れそうな程容易だ。
蟲への対抗策が集落で広がっていなかったのはルネがその情報を止めていた事、またそもそも龍の血を得るという事自体が不可能に近かった為という点が大きいようであった。
「……てか、そもそも四日掛かるんだぞ。今日まででもう四日掛かってる。出発時点でまだ生きてたってのですら奇跡なのによ」
「だったら何? 諦めろとでも言うのかしら」
「……いや。悪かったよ」
リオの体質を知らないギーにとっては彼女達が落ち着き、また帰還まで彼が生きている事を真に信じている事が不思議でたまらないのだろう。
自身の考えを正直に溢してしまったギーはクリスティーナに凄まれると肩を縮こまらせて頭を下げた。
それはクリスティーナが恐ろしかったからというよりはバツの悪さを感じているからのようであった。
今更何を言おうと、すべき事は変わらない。
それに生死を彷徨っている大切な人の死を仮定した話をもし自分が振られたのならばクリスティーナ以上に激昂したであろうと言う考えにギーは思い至ったのだった。
「まあまあ。今更何話そうとオレ達のする事は変わらないし……折角なら睨み合うより飯食いながらだらだら話して休んだ方が気楽じゃないですかね。……あ、縄は外せねーけどさ」
「貴方は随分呑気なのね」
「いや内心は全然ビビり散らかしてるしまだちょっとはイライラも残ってますけどね。そういうのって戦う上で雑念でしかないんで、少しでもオレ自身の気が紛れたらいいなぁっていう……願望? みてーな感じですよ」
エリアスは暖炉の火で温めた鍋を布で掴んで、三人の輪の中央に置く。
三人分の食事を装った深皿をそれぞれの前に置いてから彼は真っ先に夕飯にありついた。
「赤髪はよ」
「んぁ?」
自分の前に置かれた器を両手で包みながらギーは物思いに耽る。
暫く何かを考えるように黙っていた彼だったが、漸く口を開いた彼から出た言葉は意外なものだった。
「いくつなんだよ」
「へ?」
「歳」
「きゅ、急だなまた」
「そっちが言ったんだろ。だらだら話したりした方がいいって。……つーか、ルネ以外に歳が近そうな奴らに会った事なかったのもあるし」
「あー、そっかそっか」
集落に住まう人々の平均年齢が随分高い事は屋敷と蔵の間を移動する際にエリアスも見ていた。
年齢の話題をわざわざ選んだ背景には、他所からやってきた同年代の者達への純粋な興味もあるのだろう。
「オレは十八。リオも同じだったはずだぞ」
「そうね」
「……マジかよ」
「何でショックそうなんだよ」
「……いや、なんつーか。肝の据わりようとか、強さとかさ……もっと上だと思ってたからよ」
エリアスが不思議そうに瞬きをしながらクリスティーナを見る。
見解を問うように自分を指す騎士の姿にクリスティーナは溜息を吐いた。
「同じくらいの歳で貴方と同等の功績を持つ騎士がいるのなら教えて欲しいわね」
「あー? お国の騎士の時は三つ上はいたけど……功績なら今のオレのがダントツかぁ。そいつ死んじまったし」
「…………どうするのよ、この空気」
懐かしむように微笑むエリアスとは正反対に、顔を青くしたまま強張らせるギー。
重すぎる空気に耐え兼ねたクリスティーナはエリアスの脇腹をやや強めに小突いたのだった。




