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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第798話

 氷龍に関して、クリスティーナ達が白を切っているのだろうと疑念を抱くギーはしかし、蟲による侵食を治療する事自体には前向きらしかった。


 自分たちにできる事をあげ、具体的な立ち回りについて話が始まった際、彼は真剣な面持ちで会話に混ざっていた。


「あん時は元々、殺す気はなかったんだ、マジで。突然例の忌み……お前が出てきたとか、黒髪が庇う事が想定外だったとかそういうのは抜きにしたって……今回に関しちゃこっちがやりすぎた。それはわかる」

「さっきまで同族は間違ってないって態度だったのに、急に随分と素直になるね」

「お前がやった事を知ってればババアの態度もわかる。けど、その結果お前じゃねぇ奴が命の危機に晒されてるのには思う事があるってだけだ」


 ゾエの行いに理由があると信じていながらも、ギーは苦々しい顔をした。

 閉鎖的な場所で生きてきた若者にしては彼は彼なりの考えを持っているようであった。


「あいつが死んだらおれの目覚めが悪くなるだろ。……殺されるかもしんねぇし。だから協力はするぜ、無理難題じゃなきゃな」

「まぁ、僕への敵意に思うことはあるけど……。正直心強いよ」

「よく言うぜ。お前がおれを人質に取ったくせに」

「改めて思ったよ、取って正解だったなって」

「おい!」

「あーもう、喧嘩やめろよなぁ」


 いつの間にかクロードの纏う空気は柔らかくなっている。

 ギーが協力的な姿勢であるならば下手に敵対する必要もないと踏んだのだろう。

 また時間を置き、状況を整理していくうちに感情的になっていた部分を改める余裕ができたようでもあった。


 相変わらずギーと言葉の応酬をするクロードだが、その彼の声色や言葉選びは嫌味や皮肉の類ではなく、どちらかと言えば軽口や揶揄うようなニュアンスのものになっていた。


 やがて夜が訪れ、クリスティーナとギーはそれぞれ体を休め、エリアスとクロードが見張りを交代する。


 交代の時間。

 眠りから覚めたクロードはエリアスが休む前に隣の部屋の様子を窺うべく部屋から姿を消す。


「どうだった?」


 数十分経った頃、部屋に戻ったクロードにエリアスが小声で聞く。

 クロードは静かに首を横に振った。


「薬草の効果が切れてて苦しそうだったよ。体だってさっきよりも見るからにボロボロだった」

「……クソッ」

「明日、集落の書庫を調べたり研究者の話を聞くって話だったけど、僕はここに残るよ。僕の存在はここの人達を刺激するだけだし……やっぱりあんな状態のリオをずっと放っておくなんてできない」

「……わかった。オレらで行ってくる」

「頼んだよ」


 エリアスは悔しそうに顔を歪め、髪を掻き毟る。

 彼の顔から日頃の温厚さが消えるのを見たクロードは彼が落ち着いていたのではなく、込み上げる怒りを押さえ込み続けていたのだという事を悟る。


(この場では彼が一番冷静だった。それなのに僕は……。……これじゃ威厳も何もあったものじゃないな)


「……もう休んだ方がいい。明日も君には活躍してもらわなきゃならないからね」

「……おう。わり、そろそろ寝るわ」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


 用意された布団にエリアスは潜り込む。

 数分が経った頃、彼は規則正しい呼吸を繰り返し始めた。


 更にそこから三十分が経った頃。

 窓から差し込む月明かりを眺めながらクロードはゆっくりと口を開いた。


「いつまでそうしてるつもり?」


 クロードに背を向けて横になっていたギーの体がびくりと震えた。

 やれやれとクロードは肩を竦めた。


「僕と話したい事でもあるの? 悪いけど僕に擦りつけられてる罪についてなら、語る事はないよ」


 白を切って寝たふりをする事も無意味と悟ったギーはゆっくりと体を起こす。

 彼は胡座を搔くとクロードに向き合った。


「そ〜〜じゃねぇよ。いや、それも言いてぇ事はあるけどよ」


 自分の思考を説明する事が苦手なのか、ギーはガシガシと頭を掻く。

 彼は疑るような視線でクロードを隅から隅まで観察する。


「えっち」

「エッッッ、んな……っ! バッッ」

「シッ、皆んな起きちゃうでしょ」

「お、お前が変なこと言うからだろ!」


 大袈裟に両手で隠すような素振りをすればギーは途端にしどろもどろになる。

 真夜中、明かりのない部屋では互いの表情もよくわからない。

 しかしギーの顔は今赤く染まっているだろうとクロードは推測した。


「…………お前、蟲に喰われてるんじゃねぇのか」


 予想だにしない問い。

 クロードは何度も目を瞬かせ、首を傾ける。


「だって、咳とか体よえぇとか。あれが芝居じゃねぇのは流石にわかる」

「ああ、あれはただの体質だよ。ここの人だと呪いって言うんだっけ。呪いのせいとでも思っておけばいい」


 呪いという言葉と共にクロードは指したのは自身の瞳だ。

 その言葉はギーも聞き覚えがあったのだろう。一度合点が行きそうになり、頷きかけたがしかし。

 彼は思い直したように首を横に振った。


「僕、ちょっと前まではだいぶ健康だったんだよ。少なくとも蟲が体にいるなんて可能性は皆無かな」

「い、いや……それって変じゃねぇか?」

「どうして?」

「だって……蟲に体を捧げる事でその存在を浄化されたって、ババア達、そうやって言ってたぜ」


 クロードの脳裏を過ったのは遥か昔の記憶。

 冷たい床と枷の感触と、視界を覆うように迫る細かい蟲。

 彼は息を詰め、僅かに身を強張らせたのだった。

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