第796話
「インセニクト族は古い慣習に囚われ、双子が生まれた場合にはその片割れを忌み子と看做されるはずだ。……彼らは男尊女卑の考えも強い。双子の内一人が女の子だったなら、迷わずその子を忌み子として地下牢に閉じ込めただろう」
「地下牢……」
顔を顰めるクリスティーナの心をその声から感じ取ったのだろう。
クロードはわざと明るい声で戯けるように振る舞った。
「外界の気に触れる事がないようにってね、一生涯地下に閉じ込められるんだよ」
「今はそんな事しねぇよ。昔がどーだったかなんておれは断言できねぇけど……ジジババは皆んないい奴だし、お前が被害者みたいにジジババを悪く言うのは許せねぇ」
「君達からすれば僕は加害者なんだろうね。まあ、君がどう思おうと構わないよ。僕はクリス達に僕の見解を聞いて欲しいのであって、君と真っ向から口論したいわけじゃない」
ギーは今にも噛み付かんばかりに鋭くクロードを睨みつける。
だがその視線を受けながらもクロードは一切動じず、自身のこめかみを指で突きながら何やら考える素振りを見せる。
「ま、僕としてはルネ様は特別な存在として魅入られるだけの何かを持ってたんだろうねって事だよ。事実、今集落の長のような立場にあるのはあの子なんだろうし」
ギーは押し黙る。
しかし隠し事が得意ではないらしい彼はこれでもかという程眉間に皺を寄せて険しい表情になっている。
「エリアスよりわかりやすいよ、彼」
「そうね、助かるわ」
「何の話だよ!」
自分が絡んでいるのに自分に伝わらない話をされて落ち着かないのか、ギーの無言は長くは続かなかった。
やれやれとクロードは肩を竦める。
「これなら変にやる気を出さなくてもよかったかな。突けば突いただけ出てきそうだよ」
「そうね。彼を傍に置けるのは大きい気がしてきたわ」
「褒められてねぇ上におれにとっては全く都合がよくねぇって事だけはわかるぞ」
ギーの不満げな声にクロードは無言の微笑だけで答える。
その視線を受けてギーが身を固めるのがわかった。
「彼女がどういう立場にあるのかは私も粗方わかったわ。クロードと少し話をすり合わせれば大体の真実はわかるでしょう」
クリスティーナが『彼女』と示したのはルネの事だ。
その発言で何を伝えたいのか、クロードはすぐに理解し、静かに目を細めた。
「なら、彼女に関する話は一度置いておこう。次に話すべきは一刻も早くリオを救う方法だ。これについてなんだけど……君はどの程度協力してくれるつもりなのかな? 家族に全部任せっきりにする感じ?」
「な……っ! おれだって好きでルネ達にに押し付けてるわけじゃねーよ! こんな状態だし、そもそもおれとルネじゃ頭の出来が違いすぎるし!」
「お、自覚があるんだ」
「うるせーっ!」
話を振られるとギーは不満を溢す。
だが彼の心情とは裏腹に、クロードは妖しく笑みを深めていた。
「その反応から考えるに……方法や手段さえ明確になれば僕達に協力するのもやぶさかではないってことでいい?」
「……それはまあ。ものによるけど……おれの生死も関わってるし」
「うんうん、僕がいつ機嫌を損ねて君を殺してしまうかもわからないからね」
「ちょ、クロード。お前、ギーに対してわざと感じ悪い風にしてるだろ」
恐怖や驚きから野良猫が毛を逆立てるように、ギーはエリアスの後ろに引っ込み、顔だけを出す。
普段のクロードからは考えられないような過激な発言にエリアスは顔を顰めた。
クロードの人となりを知っているからこそ、彼が悪い風に言われる事が悔しいとエリアスは感じている。
だが当の本人がそれを望むような言動をしているのではフォローのしようもない。
「それでいいんだよ。彼らと仲良くしたいわけじゃないしね」
エリアスの思いはクロードにあまり伝わらない。
もしかしたら伝わっている上で同じ姿勢を取り続ける事を選択したのかもしれない。
どちらにせよ心苦しさを覚えたエリアスはそんな感情を堪えるように溜息を吐いた。
「……つってもよぉ」
仲間同士で流れる僅かに重い空気にギーは気付かない。
彼はうんうんと唸りながら必死に考えているようであった。
「蟲に寄生されてから死ぬまでって大体三日くらいって言われてるんだぞ。これまで全然進んでなかった研究を三日以内に結果出せってのは正直な話さぁ……そもそも耐えきれなくて自殺するような奴だっていたって話なのに」
「そっちが勝手に襲っておいて勝手に諦めるの、やめてくれる?」
リオは死なない。それを知っていたところで安心できるような状況ではない。
救う術を見つけられなければ、本来ならば長くても三日で終わるはずの苦痛を彼は想像もつかない程長い島間味わう事になるのだ。
死を選ぶ事で楽になる選択肢すら彼にはない。
彼は選んで死ぬ事ができない。
それを知っているクロードはギーの発言をピシャリと切り捨て、彼を睨みつけた。
「……オレだって、流石に蟲を使うとは思ってなかったって。そもそも、おれらはお前を殺す為に動いてたわけじゃないし」
「知ってるよ。彼女を攫おうとしたんでしょ」
苦しみ悶えるリオの姿を見ていた事もあり、ギーは後ろめたさを感じているのだろう。
そしてバツが悪そうに視線を落とす彼の弁明にクロードはすかさず切り込んだのだった。




