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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

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第84話 残された謎

 机に積み上げられていた書物を床の上に重ねられていた本の上へ更に平積みする。

 そうして机の上のみを片付けたアレットはその脇に置いてあった魔導具に触れた。

 ポットの形をしたそれは世間へ普及した魔導具の一つ。お湯を沸かすことのできる道具だ。


 ポットを満たす水が沸くまでの間、アレットは足元に配置されていた背の低いラックに手を伸ばす。

 本来机や台など高さあるものの上に置かれることを想定しているだろうそれが床に立っているのは単に置き場がないからという事が理由だ。


 四人分のカップをラックから出した彼女は慣れた手つきで茶と茶請けの用意をする。

 頃合いを見てポットの中を覗き、中が沸騰していることを確認すると茶葉の用意されたティーポットへとそれが注がれた。

 茶請けとして大皿に乗せられたのはクッキーだ。素朴な見た目めは味や質よりも費用と量を重視した庶民から好まれる類のものだろう。


「楽にしてくれ。と言っても座るような場所もなくて悪いが」

「いいえ。丁寧にありがとう」

「いただきまーす」


 蒸らし終えた茶を四人分注ぎ、各々へ差し出すとアレットは自分のカップに口を付けた。

 奇妙な格好をしていたノアも姿勢を戻し、無遠慮にクッキーを口へ放る。


 クリスティーナはカップの持ち手に指を絡め、琥珀色の茶に視線を落とす。

 しかしアレットに何からどう話すべきかと考えを巡らせている内に差し出された茶を飲む機会を失ってしまう。


 その内にアレットが僅かな音と共にカップをソーサーに戻した。


「そこの馬鹿弟子からは魔力制御の手段について助言を求めていると聞いているが、そこに相違はないか」

「ええ」


 クリスティーナはアレットの問いに頷きを返す。

 それを碧の瞳に捉えてから、アレットはリオの腕に付いたブレスレットを見やった。


「結論から言おう。私一人の力ではそれを作るのが限界だ。そして君の魔力量に耐えるだけの魔導具を作るにも相当な時間を要する。少なくともそれが壊れるまでに新たなものを用意することは難しいだろう」

「そうですか……」

「そして、それ以外の手段で魔力量を隠したいのならばやはり正攻法しかないだろう」

「魔力制御、かぁ」


 ある程度覚悟はしていた回答だが、魔法の専門家から改めて首を横に振られてしまったことでリオは困った様に眉を下げた。主人を守るべき立場の自分が致命的な問題を抱えていることに少なからず焦りを覚えているのだろう。


 ノアもまた、振り出しに戻ってしまったことや自分の提案で足止めを食らわせてしまったことに対して罪悪を覚えたのだろう。肩を落とし、ため息を吐いた。


「ただ」


 客人三人がすっかり諦めるような重い空気を醸し出しているのを他所に、アレットが更に口を挟む。


「私の技量とは別に気になることがある」

「気になること?」


 クリスティーナが聞き返す声には小さな頷きが返される。

 アレットは再びカップへと口を付けながら頷いた。


「君達は出会った当初、魔法制御の知識を持ち合わせていなかった。という事はそれまでその強大な魔力を隠す必要なく生きてきたという事だろう」


 アレットが指摘したことはクリスティーナが抱いていた疑問の一つでもあった。

 短期間であったとはいえクリスティーナは魔法学院に通っていたのだ。学院生活の中では自分より上の学年の生徒とすれ違うこともあれば教員と関わることだってあった。


 一般人では人の魔力量を認知できないとしてもだ。

 大陸全土で見ても名門として名を連ねるファーマメント魔法学院。そこで魔法を極める者や既に極地へ至った魔導師などが揃いも揃ってクリスティーナ達の魔力量に反応を示さないなどという事はあり得ないだろう。


 そもそもとして、クリスティーナには過去に何度か自身の魔力量を把握する機会が存在した。

 個人の魔力量を図る魔導具がこの世界には存在するのだ。それで自身の魔力量を測定した際の結果はどれも平均より優れてはいるが大騒ぎされる程のものではないといった具合であったはず。更に測定時の魔力量はクリスティーナよりもアリシアの方が勝っていたと記憶している。

 このことから、以前のクリスティーナの魔力量は現在程多量ではなかったのではないかという推測が出来る。


「個々の魔力量は鍛錬次第で向上するのよね」

「なるほどな。自身の現在の魔力量は生まれ持ったものではない、と」


 短い学生期間で培った知識の一端を引っ張り出す。

 それだけでアレットはクリスティーナの言わんとしていることを悟ったらしかった。


「それだけの魔力量であれば目立たずに生きることも難しいだろうな。その主張は一見筋が通っているように見える。……ただ」


 そこでアレット一度言葉を止めた。

 彼女はクリスティーナとリオを順に見つめると、その目を伏せた。


「その成長は血の滲む努力を経ても緩やか且つ持続的なものとしてしか現れない。ある日を境に爆発的に伸びるようなものではない」

「私達の魔力量は成長の結果で片付けられるものではないと言いたいのね」

「ああ。仮に現時点の魔力量が成長後のものであったとしても、それ以前も警戒に値する魔力量であったと考えるのが妥当だ」


 それでは今まで自分が平穏に過ごせたこととの辻褄が合わない。クリスティーナは目を伏せた。

 一方でアレットは提示された可能性を否定しつつも腑に落ちないと言いたげに眉根を寄せた。


「後天的なものと仮定するのであれば、現在の魔法学では解明できない異例の現象か、もしくは何かを見落としているのか……」


 その視界にクリスティーナを収め、アレットは目を細めた。


「後天的な魔力増加の説を推すという事はその結論に至る心当たりでもあるんだろう? それについてもう一度考えてみてはどうだ。落ち着いて物事を振り返ることで見えてくる何かがあるかもしれない」

「もう一度……」


 アレットの言う通り、自身の魔力量が変化したきっかけに心当たりはある。

 瀕死のエリアスを救った際。聖女としての力を使った時。それこそがクリスティーナの身に起こった人生最大の出来事であり、自分の立場を一変させた瞬間でもある。

 故に自分の身に何かしらの変化が齎されたのだとしたらその時点であるとクリスティーナが考え付くのも必然であった。


 アレットの助言を反芻しながらクリスティーナは目を閉じる。

 思い返すのは勿論クリスティーナが聖女の力に目覚めたあの日の夜。


 興味や哀れみの視線を以て横たわる死亡者と負傷者を囲む公爵家の者達。

 部屋へ戻ろうと踵を返すクリスティーナ、それに続くリオ。

 頭に響くエリアスの声、それに引っ張られるようにクリスティーナは振り返る。


 感じ取った強い思いに魅せられるようにそちらへと足を進める。

クリスティーナの意識はエリアスへと向けられていた。

 それは途中で肩を掴む従者の手すらも反射的に振り解き、身に着けていた装飾が地面へ散らばっても気に留めることが出来ない程に。


 必死に自分の名を呼ぶリオ。自身の左手首から零れ落ちる壊れたブレスレット――


「……あ」


 そこまで思い出した瞬間、クリスティーナの脳裏を幼い頃の記憶が過る。

 ベッドの上で本を読み聞かせる母。優しい手つきで彼女は頭を撫でる。


 清く正しく、強く在って欲しいと願う母が空いた手でクリスティーナの手首を、左手首につけられたブレスレットを優しくなぞる。


「お母様……?」


 追憶から我に返ったクリスティーナは思わず自身の左手首へ触れた。

 そこには何も存在しない。

 自分の肌を静かになぞりながら、クリスティーナは小さく呟いたのだった。

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