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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第791話

 クリスティーナはペンダントを外す。

 そしてフードの下からルネを一瞥し、深く息を吐いた。


 彼女はその後何か反応を見せる事もなくペンダントを付け直す。


「貴方のお話は聞いた事があるの。金色の目を持つ同族さん。……まさか、生きていてくれていたなんて」


 リオやクロードのやり取りやクリスティーナの動きを気にする素振りもなくルネは話を続けた。

 彼女はクロードを見つめて微笑んでいた。


「僕は二度と会いたくなかったけどね。同じ血が流れる人達とは」

「そうでしょうね。……ごめんなさい、手荒な真似をして。お友達の事も」

「謝罪は必要ないよ。僕が君達に求めるのは彼の中に潜り込んだ蟲を殺す方法と、僕や僕達の仲間に危害を加えない事。それだけだ」

「ええ、約束するわ。だから……厚かましいお願いだけれど、こちらも約束をさせて欲しいの」


 クリスティーナ達は無言で話の続きを促す。

 ルネはゆっくりと腕を持ち上げ、ギーを指した。


「約束を果たすまでの間、ギーの安全を保証して欲しいの」

「……君達が本当に約束を果たせるなら。それと、彼が妙な動きを見せなければね」

「ありがとう。勿論その条件で構わないわ。……少しだけ、ギーと話す機会をもらえないかしら? ここで構わないわ」


 クリスティーナ達の無言の頷きを確認したルネはギーの前まで近づくと彼の頬に触れる。


 刹那、クリスティーナの背筋を不快な感覚が駆け抜けた。

 しかしその正体の確信を得ようと彼女がペンダントを外すよりも前、ルネはギーから手を放した。


「ルネ……」

「ギー、聞いていたわね」


 親しい間柄なのか、多くの者が敬愛を示す態度で振る舞う中、ギーだけはこれまでゾエやクリスティーナ達と接して来た時と変わらない様子でルネの名前を呼ぶ。

 ルネは愛おしそうに、そして彼を案じるように目を細めて笑い掛ける。


「大丈夫、必ず助けるわ」


 ギーは口を閉ざし、小さな頷きだけを返す。

 それを確認してからルネは一つ手を打った。


「皆様にはお部屋を二つご用意させていただきます。一つは療養の為のお部屋、もう一つは他の方がお休みになられる為のお部屋。私達は必要な道具や食事などの支度以外に近づく事はしないようにさせます」


 ルネは使用人らしき人物らにクリスティーナ達の案内を任せる。

 使用人は廊下へ繋がる扉を開け、客人へ退室を促す。

 それに従うように四人はギーを連れて扉へと向かった。


「クロード、でいいのかしら」


 それを見送っていたルネがふとクロードを呼び止める。

 彼は静かに振り返った。


「貴方のお名前」


 親しげに話し掛けられたクロードは冷たく彼女を見据える。

 一つ深呼吸をしてから彼は形ばかりの笑みを貼り付けた。


「君達から呼ばれるような名前はないよ。僕は貰えなかったからね」

「……そう」


 憐れむような目からクロードは視線を逸らす。

 クリスティーナ達へ危害を加えようとした集団、その上に立つものの反応として、彼は白々しさを感じた。

 そして同時に大きな憤りを感じ、冷静さを失わないよう自身を落ち着かせようとしたのだ。


「幼い頃の貴方の話は聞かされていた。……でも私は、それを信じている訳ではないわ」


 この時間がどれだけ無駄なものであるか、とクロードは焦りを募らせる。

 こうしている今も仲間の体は蝕まれているし、彼女の声掛けでクロードが絆される可能性も存在しない。

 ただ無意味に時間が消費されるだけだ。


「貴方が許してくれるのなら、私は貴方の誤解を――」

「その話し方、やめて欲しいかな」


 クロードはまだ続きそうであったルネの話を遮った。


「僕を君の家族と同じように扱う必要はないよ。僕は君達の事をそう思えないから。……これまでも、これからも。――ずっとね」


 反吐が出そうな思いと共にクロードは言葉を吐き捨てたのだった。



***



 廊下を移動する最中、エリアスは縄で繋いだギーを先に歩かせながらも傍にいるクロードの様子をちらちらと窺う。


 襲撃を受けてからの彼がインセニクト族らに対し憤っている事は明らかだ。

 いつもの彼らしからぬ冷たく威圧的な態度はエリアスにどう接してやればいいのかという心配を抱かせる。


 だが彼が何か声を掛けてやるよりも先、クロードは深々と溜息を吐いた。


「……ごめんね、気を遣わせてるね」

「ゔぇっ」

「僕は大丈夫だよ、ありがとうエリアス」


 心の内を読まれたかのような言葉にエリアスは肩を跳ね上げる。

 それを視界の隅に捉えたクロードは喉の奥でくつくつと笑った。


「僕が自分の正体を上手く隠せてれば蟲を使われるとこまでは行かなかったとか、そもそももっと前から上手く立ち回っておけば〜とか、そういうのはずっと頭の中にあるし、リオに対する罪悪感も、ここの人達に対する嫌な気持ちもあるけど……今はそれよりも優先すべき事があるからね」


 罪悪を引きずろうが事態が好転する事はない。

 悪い状況からの打開を最優先に考えなければならない現状をクロードは受け止めていた。


「とはいえ、僕に対する不信感も相まってここの人達は信用できないからねぇ」


 エリアスとクロードの会話が気になったのか少し振り返り、視界の端で様子を窺っていたギーへクロードは貼り付けた笑みを見せつける。

 弾かれたように前へ向き直る相手を見ながらクロードは肩を竦めた。


「僕達でも出来る事を見つけていこう」

「おう」


 前を歩くエリアスとクロードの後に続きながらクリスティーナは安堵の息を漏らす。

 クロードの心中を案じていたのは彼女も同じであったが、どうやら無用な心配であったらしい。


 部屋に着いたらまず状況を整理した上で今後の立ち回りについて話を擦り合わせようと、会話の方針を彼女が組んでいたその時、視界の端でぽたりと赤色が滴る瞬間が映る。


 ハッとして隣を見る。


 不思議そうに目を瞬かせるリオと目があった。

 その口の端から血が流れ、顎を伝う。

 それに遅れて気付いたらしい彼が流れる血に指で触れたその時。


「……あ」


 今度は目や鼻から血が溢れ出した。


「ッ、リオ……!」


 悲鳴じみたクリスティーナの声を聞き、何かを返そうと開かれた口から多量の血が溢れ出す。

 リオは片手で口を覆い大きく咳き込みながら呼吸を整えようとしたが、それよりも先に彼の体が傾く。


 そして彼はその場に崩れ落ちたのだった。

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