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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第788話

 ギーは自分達へ目を合わせようとしないクロードを見つめ続ける。


「雪崩の中でキチンと対処出来てたのだって、ここで生きる方法を知ってる人間がいるからって話なら納得できるだろ。おれ達の事もやけに警戒してたしさぁ。あと……目の色」

「目、だと」

「金色だぜ、そいつ。ババア達から散々聞かされた話の子供と同じだ」

「な……っ!」


 ゾエが顔を青くさせながらクロードを見る。

 彼は押し黙ったままじっとしていた。

 否定も肯定もしない。そんな不確定さが寧ろ大きな不安となってゾエを襲う。


「な、あ、あ……っ、お前、もしや本当に…………!」

「リオ」


 クロードは剣の柄に触れる。

 クリスティーナの前に立ち、リオを呼ぶ。

 そして自分のもとへと近づいた彼の腕を掴み自分の後ろへと下がらせた。


「早く去ろう。合図を出したら一斉に彼女から離れよう。あの人は何をしでかすかわからないから――」


 襲撃者の殲滅まで終えたというのならば大きく動いても危険はない。

 寧ろゾエを下手に刺激する事、また彼女に近づく事の方が危険である事をクロードは知っていた。


 しかし彼が最後まで話し終えるより先、ゾエが甲高い奇声を上げる。

 髪を掻き毟り、喚き散らす彼女は恐怖に支配された目でクロードを見た。


「そうなんだな、あの忌み子なんだな……!? ああ、やはりあの時きちんと確認すべきだったのだ。こうなる事を恐れていたから、アタシャ死んだところを確認しろと言ったのに……っ!」

「ば、ババア……?」


 彼女の取り乱し方はギーですら予想していないものだったのだろう。

 床に押さえ付けられたまま彼は困惑を顔に浮かべた。


「ひぃ、いい、ヒィィッ」


 ゾエは震える手で懐から包みを取り出す。

 それが危険なものであるとクロードだけが気付いていた。

 だが何か言おうとしたその時、大きな目眩が彼を襲う。


(っ、やっぱり毒が仕込まれてたな)


 体の熱が上がるのを感じながらクロードは先程受けた傷を一瞥する。

 仲間の異変に気付き、代わりに前に出ようとするリオを片手で制し、彼は声を絞り出す。


「クリスと離れて」

「しかし」

「殺さねば、アイツを殺さねば、今度こそ……っ! でなければアタシ達が殺されるのだ、あぁぁ……っ!!」


 自分がすぐに動ける状態ではないのならばせめて仲間を彼女から遠ざけるべきだ。

 そう判断したクロードは急かすようにリオを睨んだ。

 だが彼が動くよりも先、ゾエが包みに入っていたそれをクロードへ向けて投げ付ける。

 宙へ舞うのは丸薬のように細い何か――いや、蟲だ。


(せめて普段通り動けたら、全部仕留められたんだろうなぁ)


 自分へと真っ直ぐ飛ばされるそれを眺めながらクロードは状況の打開を諦める。

 投げ込まれた十匹程の蟲を全て防ぐだけの余裕が今のクロードにはない。

 だが回避という選択もない。

 すぐ後ろには仲間がいるのだ。


 リオならまだしもクリスティーナの身体能力では全てを避け切れるか怪しい。

 そして万が一、焼け切れなかったらその先に待つのは仲間を失う痛みと世界の危機だ。


(まあ、それを抜きにしてもこの中で犠牲になるなら僕の方がいい)


 残された時間が圧倒的に短い自分とは違い、他の三人には未来がある。

 彼らの命と自分の命。どちらの方が損失が小さいか――どちらの方が軽い命であるか。

 クロードはその問いに結論を出す。


 どうせ今死のうが生きようが、何十年と生きる人々にとっては大差ない程度の時間しか残されていない。

 ならば――


(…………あれ)


 自身自家の理性は冷静に結論を出した。

 だが何故か腑に落ちない自分がいる。


 胸の奥がざわめく。

 息苦しさと喉奥から何かが込み上げるような感覚がある。

 叫び出したいような、嘆きたいような……


(あ、そっか)


 そこまで思考が行き届いたところで漸くクロードは自身の理性的ではない部分に気付いた。


(僕、死にたく――)


 過った言葉は突然腕を引かれた事によって途切れる。

 ふらつきながら後退したクロードの前に立ったのはリオだった。


「……り、リオ」


 刹那、両手に握られたナイフが目にも留まらぬ速さで空を裂く。

 細かく切り刻まれた蟲の死骸が地面に落ちる中、リオは小さく息を吐いた。


「やはり取り溢しましたか」


 頬に流れる血を雑に拭い、傷口を抓み上げる。

 ぶちりという不快な音と共に肉を食む蟲が彼の頬から引き剥がされた。


 握り潰した最後の一匹が地面へ捨てられるまでの間、クリスティーナ達は呆然と彼の後ろ姿を見ていた。

 訪れた沈黙は弾かれたようにリオの肩を掴んだクロードによって掻き消される。


「っ、リオ……! 傷を見せて! っ、なんでこんな事……」


 クロードは自分の方を見るようにリオを促し、彼の傷口を観察する。

 しかしどれだけ近くで観察しようが虫に噛まれた傷という他、気付ける事もない。

 彼は珍しく声を荒げ、焦りと混乱を募らせながらも出来る限りの措置を行おうとした。


「何故、と言われましても。ここで貴方を失う訳にはいきませんし」

「り、リオ……」


 クリスティーナは顔を青くさせながら魔法を使おうとする。

 しかしリオは彼女の手を掴んでそれを止めた。


「必要ありません。これが例の蟲なら、今焦ったところでどうにかする術を見出せるわけもありません」


 厳しい声音だった。

 思わず動きを止めるクリスティーナや未だ動揺しているクロードにリオはいつもと変わらない笑みを貼り付ける。


「それに、俺は死にませんから」


 仲間を落ち着かせる為に言った言葉はクロードの顔を更に歪ませる。


「……だからこそなんだよ、リオ」


 彼は掠れた声でそう呟いた。

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