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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』

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第787話

 明け方、身支度を整えた一行は小屋を出る。


「ほらババア、乗れよ」

「フン、年寄りを労わらんと痛い目を見るぞ」

「痛い目見てんのはババアだろ」


 ギーが小屋の傍に停めていたソリを引き、ゾエへ乗るよう促す。

 エリアスがそれを注意深く観察し、リオとクロードは周囲を警戒する。


 その時だった。


「――っ、リオ!」


 クロードがリオの名を叫ぶ。

 その時既にリオの姿は消えていたが、その直後には茂みから三本の矢がクリスティーナへ向かって放たれた。


 クロードはクリスティーナの前に立つと剣を抜く。

 彼は剣を大きく振り上げ、三つの鏃を瞬時に弾き返す。


「エリアス、後ろにもいる!」

「おう! 気を付けろ(・・・・・)よ、クロード!」


 ギー達を警戒していたエリアスもまた剣を抜き、矢が飛んできた場所とは反対の方へ駆け出した。

 また、『気を付けろ』という彼の言葉がただの気遣いではない事をクロードは瞬時に悟る。


 彼の視界の端で銀色の光が揺れる。

 それをクロードは剣で受けた。

 短剣だ。


 それを振るったのはギーだった。

 彼は短い刃渡りの武器を滑らせて鍔付近でクロードの剣の動きを止める。


「ッ、マジで警戒心強いのな。全然隙がねぇじゃん」

「君達が分かりやすいだけなんじゃないか、な……っ!」

「っ……!」


 クロードは短剣を弾き返すと腰を低く落とす。

 刹那、ギーの懐へ潜り込んだ彼はその鳩尾に肘を突き出した。


 堪らず体をくの字に曲げ、膝をつくギー。

 そんな彼に構う余裕もなくクロードは別の方角へと剣を構えた。


 死角から放たれた矢が四本。

 だが例え死角から迫る攻撃であっても不意をつかれる前にその接近に気が付ければいくらでも対処する余裕はある。


 ――だがそれは彼が普段と変わらない力を出せる場合に限る。


 剣を振るおうと重心を落としたその時、クロードは顔を歪めて動きを止める。

 そして突如として大きく咳き込んだのだ。


「っ、クロード!」

「ぐ……っ」


 クロードは地面に剣を付き喘ぐ。

 呼吸が乱れたまま睨み付ける矢は止まらず接近する。

 体勢を立て直すだけの余裕がないと悟った彼は無理矢理剣を振るった。

 剣は三本の鏃を捉えた。だが残りの一本は捉えきれず、彼の方に突き刺さる。


「へぇ。身体が弱ぇってのはマジなのか」


 声はクロードの背後から聞こえる。

 腹を庇いながらも短剣を構え直したギーはクロードの動きが鈍った今を好機と捉えた。


 彼は短剣をクリスティーナへと突き出す。

 しかしそれはまたもや狙いを外す。

 突如現れた氷の剣がギーの不意をつき、彼の手から短剣を弾き飛ばした。


「おいおい、お前も戦えんの? 聞いてねぇって」


 クリスティーナは氷の剣を構える。

 彼女が持つ剣技は一つだけ。自衛の為の一撃のみ。

 だがそれを知らない相手からすれば出方を警戒すべき相手だと認識を上書きする事ができる。


 ギーは彼女の意図した通りに隙を見せる。

 逃す事なくそれをついたのはクロードだ。


 彼は体勢を立て直すとクリスティーナの背後から飛び出して、ギーへと剣を振り下ろした。

 それは彼の頬や体を斬りつける。

 だがぎーが咄嗟に後ろへ倒れるという機転を利かせたせいで致命傷は避けられる。


「っでぇ……!」


 尻から地面へ転んだギーは両手をついてすぐに立ち上がろうとする。

 その時だ。

 体勢を崩したギーは前髪の下で自身を鋭く睨み付ける瞳を見る。


「……金――」


 その瞳は殺意すら感じる程の冷たさをギーへ叩きつけたが、すぐに別の方へと向けられる。

 そして金色の眼が何かを確認したその時、クロードは膝から崩れ落ちた。


「っ、と」


 倒れかける彼を支えたのはクリスティーナ達のもとへと戻る途中だったエリアスだ。

 彼はクロードの腰に手を回すと立て直すのを手伝う。


「おい、大丈夫かクロード」

「ごめん、少し気が抜けちゃった」


 クロードは剣をしまうと懐から薬草と布切れを取り出す。

 彼が一人で立てる事を確認するとエリアスは支えていた手を放し、すぐさまギーを組み敷く。


「動くなよ。あんま深くなっていっても無茶したらどうなるかわかんねぇし……オレも加減してやれる気がしねぇから」


 エリアスの声に鋭さが混じる。

 クリスティーナは彼が気が立っているという事にすぐ気付く。

 しかし彼がここまで分かりやすく怒りを見せた場面を初めて目の当たりにし、同時に思わず身をかためてしまう。


「潜んでいた方は全て捕えられたと思います。エリアスの方も問題はありませんよね?」

「ああ。全員伸びてる」

「マジかよ……強すぎんだろ」


 音もなくクリスティーナ達のもとへ戻ったのはリオだ。

 彼はゾエを警戒するように見つめながら状況報告を行った。


「妙な動きをすれば殺しますよ」

「ぐ……っ」


 リオの瞳に映ったゾエは悔しそうに顔を歪めながらも体を震わせるが、何か行動を起こす気はないようであった。

 仲間達のおかげで事態も収束するかと思われた。

 だがそこでギーが声を出す。


「なあ、ババア。こいつさ、ジジババが話してた『忌み子』じゃねーの?」

「は? なんだ突然」


 ギーとゾエは互いの会話に意識が傾いている。

 だがクリスティーナ達は彼の言葉を聞いたクロードが静かに息を呑んだ事に気付いていたのだった。

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