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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第786話

 リオはギーの手を強く掴みながらも彼へ穏やかに笑い掛ける。


「申し訳ありません、ギー様。クリス様は人見知りなのです」

「あ、人の顔見れないみたいな?」

「そうですね」

「なーんだ、そりゃ悪かったな」

「いいえ」


 背を向けたまま三人のやり取りを観察していたクロードは一瞬リオと目が合う。

 笑みを貼り付けたままのリオの目は笑っておらず、何かを危惧するような警戒の色が浮かんでいた。


(そうだよね。嫌な展開を思いついてるのは僕だって同じだ)


 クロードはリオから目を離し、深く息を吸うと魔法を使う。

 刹那、喉から込み上げる血液が気道に入り込み、クロードは大きく咳き込んだ。


「お、おい、大丈夫かよマジで」

「少しお休みになられた方がいいですね」


 リオは川袋から毛布を出すとクロードへ掛ける。

 彼が自分へ近づいたのを感じてからクロードは咳きの間に囁いた。


「気を付けて」


 リオは何も言葉を返さない。

 不自然な動きを一切見せる事なく、クロードに毛布をかけ終えた。


「クリス様、クロード様をお願いしてもよろしいですか?」

「ええ」

「なあ、おれも何か手伝える事あるか?」

「ギー様はゾエ様のお傍に。大変申し訳ないのですが……ギー様のお声は他の方よりも大きいようですので」

「マジ? わっりぃ……!」


 ギーは慌てて両手で口を覆う。

 そしてクリスやリオへ頭を下げると暖炉の前へと戻っていった。


「クロード」

「平気」


 呼吸を落ち着けながらクロードはクリスティーナの声掛けに答える。

 リオはクロードに何か問いたげであったが、人が集まる事でギーやゾエの注意が彼へ向けられる事を避けるべくそのまま暖炉へと向かう。

 二人きりになるとクリスティーナはクロードの背中を優しくさする。


「……貴方を見てると不安になるわ」

「死ぬんじゃないかって? 大丈夫、まだ死なないよ」

「貴方のそういうところ、好きじゃないわ」


 平気なフリをして自虐的な冗談を吐くクロードをクリスティーナは嗜める。

 それ以上は何も言わず、ただ労わるようにクロードに触れる。

 そんな彼女の優しさを感じながらクロードは溜息を吐いた。


「……ごめんね」

「わかったならいいわ」

「あ、ごめん、さっきの話じゃなくって」

「…………そこは違う事でも話を合わせておくのが利口なのよ」


 自分の振る舞い方を変えるつもりはないと訂正され、クリスティーナは不機嫌になる。

 意外に頑固なクロードの頬を抓れば、痛がりながらもクロードが無邪気に笑った。


「元気じゃねーか」

「いや、あいつ割とボロボロでもヘラヘラするんだよ」


 少し離れた場所でエリアスとギーの話す声がした。

 それを聞き流しながらクロードはクリスティーナだけに聞こえるよう呟く。


「僕がもっと慎重に進んでいれば雪崩に巻き込まれない方法もあったと思うんだ。そしたら……今みたいな事にはなってない」


 確かにクロードは山を下る時になって移動に掛かる時間を少しでも短くしようと動いていた。

 それはモーリスと出会い、今のインセニクト族の危険性について思う事があったというのもあるが、彼がそれとは別に何か焦っているようにクリスティーナは感じた。


「雪崩だってそうある事ではないでしょう? それにあの時のものは……自然発生的なものではなかったように思えるわ」

「自然発生的であったか否かはあまり関係ないよ。突発的に起こるものという点は変わらないからね」


 クリスティーナはクロードの後頭部をじっと見つめる。

 彼の顔は見えない。しかし彼の心情はなんとなく汲み取れそうだと思った。


「……らしくないわ。人には気にするなと言いそうなの事を引きずっている」

「そうかな」

「そうよ」


 クリスティーナはゆっくりと体を倒す。

 床に寝そべった彼女は寝かしつけるようにクロードの体を優しく叩き続けた。


「疲れた?」

「当たり前でしょう」

「ふふ、そうだね」


 指の先でクロードの体が小さく揺れる。

 彼の笑い声が少し明るい事に安堵しながらクリスティーナは彼へ囁くように話しかけた。


「仕方がないから傍にいてあげるわ」


 洞窟の中で体を壊した時、リオが傍にいてくれた事をクリスティーナは思い出す。


「体を壊している時は誰かと一緒にいたいものでしょう」

(……あれ)


 重い体、優しく触れられる感覚。

 それに微かな既視感を感じ、クロードは瞬きを繰り返した。


(この感じ、どこかで……)


 何度も瞼を閉じる度、その裏に何かの情景が浮かびかけては霧散していく。

 正体のわからない懐かしさは不思議な心地よさを彼に与えた。


「……確かに、悪くないね」


 結局クロードは既視感の正体を追うのを諦め、その優しい感覚に身を委ねる。

 二人はひっそりと笑い合ったのだった。




 夜中。

 大きないびきを掻くギーの傍で横になっていたゾエは大きな目を鋭く光らせ、部屋の隅で横になるクリスティーナを見つめる。


「先に言っておくけど」


 見張り番をしていたエリアスがゾエの起床に気付いた時。彼とは別の声が部屋の隅から飛ばされる。

 ゾエはびくりと肩を震わせた。


「仲間に手を出したら許さないからね」


 低く冷たい声。

 言葉を以て威圧したのはクロードだ。

 彼は壁を向いて横になったまま彼女へ忠告をした。


「お前は随分とアタシ達を疑っておるな。顔すら見せたがらぬとは、相当警戒しておる証拠だ」

「仲間に対して不吉の象徴扱いするような人に心を許すのは無理でしょ」

「フン」

「け、喧嘩するなよぉ」


 形ばかりの仲裁をエリアスはする。

 彼はクロードがここまでわかりやすく警戒心を剥き出す裏には何か理由があるはずだと踏んでいた。


 真夜中の仮小屋の空気は酷く張り詰めたものであった。

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