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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第785話

 クリスティーナ達を仮小屋まで案内する最中、青年は自身の事をギーと名乗り、女をゾエと紹介した。

 ギーはゾエを乗せたソリをしっかり掴んで支えながら四人を仮小屋まで導いた。


「ここだ」

「ありがとうございます」

「んじゃ、この辺で……って、おいババア!?」


 小屋の前に立つ四人に背を向けたギーはソリの方向を変えようとして、中で蹲るゾエに気付く。

 何事かとソリの中へギーが身を乗り出す。

 ゾエは小さくなったまま掠れた声で唸る。


「こ、腰が……」

「…………あ?」


 ゾエが痛みを訴えるように腰を摩る。

 その様子を見たギーは拍子抜けしてしまったらしく大きな溜息を吐いた。


「んだよ、ビビらせやがって……っ! んな事くらい我慢しろ! 大した距離でもないんだからよ」

「む、無理だ無理だよ! 歳を重ねた体を舐めるなよ、ギー!」

「うるせぇうるせぇ」

「おいやめろ! 殺す気か!」

「…………中々行きませんが」

「この流れは嫌な予感がするよね」


 数メートル離れた場所からギーとゾエのやり取りを見守っていたリオとクロードが遠い目をする。

 クリスティーナはフードの下で溜息を吐き、エリアスはソリを大きく揺らしながら激しい言い合いを始める二人の様子に困惑を見せた。

 ゾエが悲鳴を上げたのを最後にギーはソリを無理矢理動かそうとするのを諦める。

 そしてバツが悪そうに顔を曇らせ、彼はクリスティーナ達へ振り返った。



***



「悪りぃな、ババアが迷惑を掛けて」

「移動が難しいなら仕方ねぇよ……。体を引き摺ってけなんて言えるわけねぇし」


 暖炉の前を陣取って寝そべるゾエに冷たい視線を注ぎながらギーが深い溜息を吐く。


「ソリ引き摺るのは俺なんだし、乗ってるだけでいいっつってんのにさ」

「大馬鹿者が! ソリでの移動なんぞ振動が体に響くに決まっているだろう!」

「うっせーババア! 早く体治せ」

「無茶を言うな馬鹿者が」


 声を張り上げて意を唱えるゾエの声を更に上回る声量でギーが吐き捨てる。

 小屋中に響く声に嫌気がさしたのか、リオが静かに目を伏せた。


「エリアスが増えたみたいですね」

「よくわかんねぇけど、お前がこういう事言う時でいい事だった覚えねぇんだよな」


 暖炉を囲むように並んで座るリオとエリアスの会話を背に、クリスティーナは部屋の隅で横になるクロードへ近づく。

 彼はギー達に背を向け、壁の方を向くように寝転がっている。


「クロ…………大丈夫?」


 彼の名前を呼び掛けた咄嗟にその言葉を切る。

 ギーはともかく、ゾエの歳ならばクロードが故郷で過ごした時の事を覚えていてもおかしくない。

 名前を呼ぶ事で彼の正体を明かしてしまう事になるのは避けたかった。


「うん、平気だよ。……こっちの方が都合がいいでしょ?」


 顔に掛かる横髪の奥から金色の瞳が細められ、クロードは優しく笑い掛ける。

 どうやら彼は体調が悪いふりをしてやり過ごしているらしかった。


「それと、別に呼んで大丈夫だよ。僕に名前を付けたのはおっさんだから、あの人は知らない」


 ――あの人。

 特定の個人を指す言葉。ゾエを表すその呼び方は彼女と面識がある事を仄めかすものだった。


(……名前を知らない)


 古い付き合いであってもクロードの名前を知らない。

 それはつまり同族と過ごしていた間、彼は名前一つ授けられなかったという事だ。


 クリスティーナはクロードの髪を優しく撫でる。


「気にしないで。ずっと昔の事だし、当時の僕も全く気にしてなかった」

「それでも私は気にするわ」

「……そういう子だよね、君は」


 撫でられてくすぐったそうに笑う気配があった。

 それにつられて微笑んだその時、クリスティーナの指に絡んだ頭が彼の頭から滑り落ちる。

 一房。本来ならば自然に抜ける事のない量だ。


 クリスティーナは思わず手を止めて鋭く息を呑んだ。


「……クリス?」


 息遣いから彼女の心の変化に気付いたのだろう。

 クロードが不思議そうにクリスティーナを呼んだが、彼女は動揺を押さえ込む事に必死で上手く言葉を返せない。


 クロードは気付いていないようだった。

 ならば無闇に彼を傷つけるような事を言うものではない。


「……なんでもない。なんでもないわ」

「…………そっか」


 クロードは何も聞かなかった。

 その気になれば、口籠もりながら吐いた下手な誤魔化しの裏を読む事だって出来ただろう。

 しかし彼がそんな事をしないという事をクリスティーナはもう知っている。


(……クロード)


 彼は自分の体について何も言わない。

 だが初めて出会った時に比べて体調がとても不安定である事も、良い状態ではない事も薄々悟っていた。


 彼に残された時間が長くない事を痛感し、フードの下でクリスティーナは顔を歪める。


「なぁ、大丈夫か?」


 その時、クリスティーナの背後から声がした。

 ギーが彼女の傍から顔を覗かせている。


「大丈夫だよ。少し体が弱いだけだから」

「そんなんで雪山動いてたのかよ。普通の奴らはキツイんだろ、ここ越えてくの」


 クロードは普段と変わらない態度でギーと会話をする。

 彼らと遭遇していた時は動揺を見せたが、それを忘れてしまう程に今の彼は落ち着いている。

 気持ちをすぐに切り替え、その時々に於ける最善な振る舞いをする。彼は温厚で明るい性格の裏に冷静さを隠し持っていた。


 クロードといくつか会話を交わした後、ギーの興味はクリスティーナへと向く。

 認識阻害のローブを纏う彼女を不思議そうに観察していた彼はふとフードへ手を伸ばした。


「てかさ、それ邪魔じゃねぇの? 中なんだし外せば――」

「……っ!」


 クリスティーナは思わず身を強張らせる。

 だがギーの手は彼女に届く手前で背後から掴まれる。

 彼の動きを止めたのはリオだった。

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