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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第784話

 雪崩直後、雪が被さった場所には轟音が止んだ代わりに静寂が訪れる。

 暫くは遠方で鳴く鳥の声や風の音しか聞こえなかったが、やがて斜面の先、比較的平らな箇所に被さった雪が僅かに動きを見せた。


 かと思えば地面に覆い被さる雪の中から腕が飛び出した。

 そして更に腕が伸びた周辺の雪が盛り上がり、雪を突き破って二つの頭が空気に触れる。


 クリスティーナとリオだ。

 急いで酸素を吸い込むクリスティーナの体をリオは持ち上げて雪の外へと這い上がらせる。


「クリスティーナ様」

「問題ないわ。それよりも、エリアスとクロードを」


 リオは頷き、雪崩に呑まれる直前まで抱えていたクロードを先に探す。

 雪を掻きながら周囲を見回したその時、雪の中から腕が伸びる。

 それは一本、雪から抜け出したものの、そこで力尽きてしまったのか動きが止まる。


「っ、リオ」

「はい」


 クリスティーナが悲鳴に近い掠れた声でリオを急かす。

 リオはすぐに腕を掴み、上へ引き上げながら周囲の雪をかき分ける。

 リオに引き上げられるような形で地上に顔を出したのはクロードだ。


 彼は肺に溜めていた息を一度に吐き出し、何度か咳き込んでから息を吐く。


「啖呵を切っておきながら力尽きないでください」

「ああ言うのは元気付けるって言うんだよ。はぁ……助かった。思ったより雪が重くて」


 クロードはクリスとリオの無事を確認し、エリアスの姿を探す。

 その時、三人から数メートル離れた先で蒸発する音を立てながら雪の絨毯の一部に穴が空くのを三人は見る。


「ぶわっ!!」


 穴が空いた先に流れ込んだ少量の雪を被り、中の人物が声を上げる。

 やがて穴の中から這い出したのはエリアスだ。


「口の中に入った……ってか、さっむ……!」


 溶けた氷を被り水浸しになった彼が大きく震える。

 そして腕を摩りながら視線を動かした先に仲間の姿を見つけるとすぐに三人の元へと駆け寄った。


「あ、おーい!」

「ほらね、みんな無事だ」

「クロード様はお一人だったら危うかったように思いますが」

「それはクリスだって同じでしょ? 非力にも優しくしてよ」

「騎士なんですよね?」

「そうだよ」


 何かを守る仕事ならば非力を免罪符にするのはおかしいだろうという遠回しの非難を受けるも、クロードはその言葉の意図に気付かないふりをして胸を張った。

 だが彼はすぐに真剣な顔付きに戻ると辺りを見回す。


「全員無事だったのはよかったけど、雪山で体を冷やすのは死に直結するからね。早くどこかで温まらないと」

「そうですね」

「一旦引き返すか?」

「難しいんじゃないかな。相当な斜面を下ってきたし、それよりは下りながら――」


 大きなくしゃみをするエリアスの提案にクロードは首を横に振る。

 だが彼の言葉は最後まで続かず、代わりにクリスティーナ以外の三人は一斉に視線を上げる。


 雪が覆い被さった斜面を高速で下る影がある。

 雪が引っ掻かれる音を立てながらそれは四人のもとへ突っ込む。


「……ソリだ」


 雪山の生活に慣れたものが扱う乗り物。

 それを見たクロードが苦く呟く。

 ソリは四人の傍を通過するとすぐに急停車した。


「マジで人がいるぜ、ババア」

「だから言っただろう」


 ソリに乗るのは若い男と五十を過ぎた程度の見目をした女だ。

 そして二人はどちらも深く濃い青色の髪をしており、赤や黄色を主体とした顔料を使って左頬に模様を描いている。


 クロードはすぐにローブのフードを彼女に深く被せる。

 彼の顔が険しく顰められている事に気付いたクリスティーナは彼らの正体を確信した。


「よぉ、あんたら旅人? さっきの雪崩に巻き込まれたんだろ。災難だったなぁ」


 短髪の青年が四人へ声を掛け、女は鋭く細い目でクリスティーナ達をジロジロと観察した。

 クロードは咄嗟に顔を俯かせるが、リオはクロードより早く判断を下す事ができず目の色を隠す考えに至るよりも先、女と目が合った。


「ヒィ……ッ! あ、赤目じゃ、赤目……っ! なんという不吉な――」

「げっ、ババア!」


 それまで厳しく威圧的な面持ちだった女はリオを見た途端に大きく取り乱し、甲高い悲鳴を上げて喚き立てる。

 それを見た青年は慌てて彼女の口を覆った。


「わ、わりぃ。初対面でこんな」

「いいえ。慣れていますから」

「ババアは昔の考えが抜けなくてよ。頭かってぇんだ」


 女とは打って変わり、思いの外友好的な態度を見せる青年をクリスティーナ達は意外に思う。

 クロードの反応、そしてモーリスとよく似た特徴を持つこの二人は間違いなくインセニクト族だろう。

 女の反応は想定内のものだったが、青年が与える印象は比較的好意的なものだった。


「てか、あんたら雪崩に巻き込まれたなら体も相当キツいんじゃないか? よかったら俺んとこ寄ってけよ」

「お断りします。そちらの方も俺の事はよく思っていないようですし」

「い、いやいやいや。その状況で歩き回ったら普通に凍死するだろうが! ならせめて近くの休めるとこまで案内させてくれよ。このまま別れてあんたらが死んだら寝覚めがわりぃって!」


 リオはクロードへ視線を送る。

 それを感じたのか、クロードは小さく頷いた。


「彼の提案は尤もだよ。君からすれば複雑かもしれないけど、休めるところくらいまでなら案内をお願いした方がいいんじゃないかな」


 リオの心中を汲むような発言をしたのは仲間達が一番気を遣っている相手がクロードであるという事を青年らに悟られない為だろう。


「わかりました。ではご案内をお願いしてもよろしいですか?」

「おう! ババアもそれでいいな!」

「か、か、か、勝手にせい……っ」


 リオが頷いたのを確認すると青年はやや威圧的な声で女を無理やり丸め込み、クリスティーナ達を先導するのだった。

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