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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第七章―芸術の国・ルーディック――エンフェスト山脈 『蟲の集落』
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第782話

 明け方、目を覚ましたらクリスティーナを交えて一行は朝食をとる。


「インセニクト族はね、沢山の種類の蟲 虫を改良して様々な用途に用いるんだ」


 スープの入った器を両手で包みながらクロードは話す。

 一口スープを飲んだ彼は一つ息を吐く。


「食用、狩猟用、裁縫……洗濯にも使ったりするかな。そういう特定の用途に使えそうな生態の虫を改良するんだ」

「うげぇ」

「実際理に適ってる使い方をしてるんだよ。便利なんだ。そういう文化がない人達が知ると嫌な顔をされやすいけどね」

「貴方が敢えてこの話をするという事は何か危惧しているんでしょう?」


 クリスティーナの問いにクロードは頷く。


「中には人を傷付ける為のものや殺す為のものも作られてるんだ」


 空気が一瞬にして凍り付く。

 クロードの声色からも普段の温厚さが消える。


「最初はただ生物の血肉を外から食べるような蟲だった。けどそこにいくつもの改良が行われて、最終的に出来たのは生きた動物を体の内側から喰らうような何かだった」

「内側、から……」


 漠然とした説明。

 だがそれだけで嫌な予感がひしひしと伝わる。

 顔を青くさせるクリスティーナに気分を害している事を謝罪しながらもクロードは詳細を語る。


「それは体に小さな穴をあけて卵を産みつける。生まれた幼虫は血管の中……血液を辿って自由に行き来ができる。そして内側から血管や内臓を食い破り、栄養を補給し、体内の蟲また新たに卵を産む。そうして蟲は繁殖していく」


 悍ましい蟲の生態。

 語られる内容に一行は絶句する。


「排卵から産まれるまでの時間はごく僅かな上繁殖力が強いせいで、一度蟲と接触すれば死ぬまで体を貪られておしまい」

「体内の寄生……それでは対処のしようもないですね」

「そう。しかも体内の蟲は無数に増殖するけど個体が小さいせいで致死量の出血や傷に至るまでに数日は掛かる。加えて蟲の体液には毒性があるから痛み以外の身体的不調だっていくつも現れる」

「拷問じゃねぇか」

「そうだと思うよ。死に切れなくて殺される事を望む人だっていたみたいだから……与えられる苦痛は本当に拷問と何も変わらないんだろうね」


 辺りが静まり返る。

 世間では知られていないインセニクト族の実態。

 それは接触する事の危険性を強く示していた。


「だから貴方はあの時名乗り出てくれたの?」


 インセニクト族を探そうと考えていたクリスティーナ達からその選択肢を消したのはクロード自身だ。

 彼が元々インセニクト族であり、エンフェスト山脈を案内出来ると話したからこそクリスティーナ達は彼に頼る選択ができたのだ。


 クロードはバツが悪そうに笑いながら頬を掻く。


「ごめんね、僕の知識は他の族の人に比べればうんと少ないんだけど……リオがいる事を考えると君たちがインセニクト族と接触する事で良い結果は得られないだろうと思ったんだ」

「リオ?」

「……瞳の色ですね」


 エリアスが首を傾げるも、名を上げられた本人はクロードの言葉の意図を理解する。

 インセニクト族から迫害を受けたと話したクロード、そして城で聞かされたエマの過去について。

 それを鑑みればクロードが珍しい瞳の色で同族から疎まれていた事は明白であるし、外部の人間というだけでも良い顔はされなさそうな上、リオは人の中でもより珍しい瞳をしている。

 気味悪がられたり敵意を向けられてもおかしくはない。


「君の目の色は僕以上に珍しい上に、客観的に見てみれば良い風に捉える人が少ないからね」

「存じ上げています」

「うん。だからクリスの言う通り……そういう事だったんだよ」


 クロードは深く息を吐く。

 彼は憂いるように視線を洞窟の外へと流した。


「きっと今の蟲の恐ろしさは僕が経験したものの比じゃないだろうし……どんな風に進化を遂げているのかは僕でも測り得ないんだ。だから接触は絶対に避けたい」

「待って頂戴。……『経験した』」

「おっと、言葉の綾だね」


 クロードは顔色を変える事なく涼しい顔をしたままスープの残りを食べ始める。

 だがクリスティーナや他の仲間達も彼の失言がただの言葉の綾だとは到底思えなかった。

 彼がどのような過酷な道を辿って来たのか、現時点では想像する事しかできないが、それでも相当厳しい扱いを受けていた事だけは明らかだ。


「モーリスさんからの眷属の話もあるしね。インセニクト族が魔族と絡んでいるなら余計に最悪だ。ヴィルパンの領土に近い場所で騒ぎや事件は起こしたくないし、友達にも危険な目に遭って欲しくない」

「わかっているわ。話してくれてありがとう」


 インセニクト族との接触。

 避けられるのならばそれが一番望ましいが、万が一の事が起きた際は『蟲』の事を真っ先に警戒しよう。

 そんな共通の考えが四人の中には芽生えた。


 空が明るさを取り戻した頃。

 一行は荷物を纏めて移動を再開するのだった。


 先導するリオとエリアスの背中を見つめながらクリスティーナはふと『蟲』の話を思い出す。


(寄生した蟲を殺す力は聖魔法にはない。精々、蟲が喰らった箇所を修復する程度の事しか。……けれどそれでは根本の解決にはならず、また徐々に体が蝕まれていく。……そしてこの予想が正しいのなら…………)


 一つ、思い至った事を口にしようか悩み、彼女はクロードを見る。

 しかし彼は眉を下げてどこか困ったような微笑みを見せた。

 それが『今は口を開かないでくれ』という望みのように思えたクリスティーナは何も言えぬまま前へ向き直る。


 胸騒ぎは彼女の中で暫く居座り続けた。

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