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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』
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第六章エピローグ 一輪の奇跡

 クリスティーナ達が木々の影に消えるのを見送ると、突然静寂を強く感じる。

 モーリスは深く息を吐いた。


 腕の中に視線を落とせば、エマが安らかな寝顔を見せている。

 薄く開かれた口から吐息が聞こえる事はないが、幸せそうな笑顔はモーリスの心に温もりを与えた。


 モーリスは上着で彼女の体を包んでやると洞窟へ振り返る。


「戻りましょうか」




 自分達の時間にピリオドを打つならどこがいいのだろうと考えていた。

 城の中なら長年綺麗に保っていた部屋もあるから眠るには丁度いいかもしれない。

 だがあの中は些か白骨死体が多い。

 自身の犯した罪と向き合う事に抵抗感がある訳ではないが、『エマ』が死んだ地でもあるあそこは最後を飾るには些か不向きだと思った。


「案外、何もない場所でもいいのかもしれませんね」


 エマへ話しかけながらモーリスは洞窟の中を歩く。

 何の思い入れもない、何かを彷彿とさせるものもない。

 特筆する景色も音もない。

 そんな場所の方が安らかに眠れるかもしれないとモーリスは思った。


 国の中にいれば嫌でも過去を思い出してしまうだろう。

 最期くらい、エマと共に静かに安らかに眠りたい。それならいっそ、何にも感じないような場所の方が自分には向いているのかもしれない。


 そう考えながら歩き回っていたモーリスはやがて洞窟の中に更に生まれた小さな穴を見つけた。


 二人が寄り添って座る事ができる程度の手狭な空間。

 このくらいが丁度いいと感じ、モーリスは身を屈めて中へ潜り込む。


 壁に凭れ掛かるようにして座り、その膝にエマを寝かせる。

 そして暫くの間、低い天井をぼんやりと見つめた。


 百年という時の中で考えればあまりに刹那的な時間であったクリスティーナ達との出会い。

 しかしモーリスにとって彼女達との時間はあまりに密度が濃く、鮮明に思い出せる。


(……よかった。きちんと喜びも思い出せる)

 

 暫く彼女達との記憶に浸ってから漸く、モーリスは行動に出る決意をする。

 彼は手を前に掲げた。


 氷の結晶が凝縮し、一つの剣を生み出す。


(……長かった)


 二人のエマと過ごした日々。そしてクリスティーナ達と過ごした時間。

 その光景を無数に思い描きながらモーリスは自身の左胸に剣を突き立てた。


 口の端から血が溢れる。

 それを袖で拭った時、眠るエマの寝顔が瞳に映る。


「大丈夫、一緒にいる」


 突き立てられた心臓からじわじわと氷が広がり、モーリスの体を包み込んでいく。


 どこかの宗教で輪廻転生という思想があると文献で読んだ事がある。

 その中に、生前に良い行いをした者はその魂が浄化されて再び現世に生まれ変わる事ができるのだと。


「……僕は、生まれ変われないなぁ」


 もしその概念が本当に存在するのであれば、エマは何も生まれ変わっても二度と自分に出会う事はないだろう。

 それは悲しい事だけど、それでもモーリスはこの概念が本当に存在していて欲しいと思った。


 そうすれば、悲しい最期を迎えた彼女にも来世という希望があるから。

 悲しい思いをした分、きっと来世では幸せになれるから。


 エマの頭を優しく撫でる。

 広がる氷はエマをも巻き込み、二人の体を凍らせていく。


 その時、氷に反射する何かがあった。

 映り込んだそれが何であるのかを確認するようにモーリスは視線を動かす。


 座り込んだ自分のすぐ隣にそれはあった。


「……え」


 実物を見た事はなかった。でも文献では何度も見た事がある。だからそれが何であるのか、モーリスにはすぐにわかった。


 ――花だ。


 薄い桃色の花弁を持つ一輪の花がそこには咲いていた。

 種子がどこから運ばれて来たのか、冷たく固い地面で、寒い空間でどうして花開けたのか。

 それはわからない。


 陳腐でありふれた言葉で表すなら――それは一つの小さな奇跡だった。

 それはモーリスに寄り添うように目一杯花びらを広げて笑っていた。

 その姿が『エマ』の無邪気な笑顔と一瞬重なる。


 彼女の面影を見た途端、モーリスの瞳から雫が溢れ落ちた。


「……ああ」


 モーリスは指先で優しく花を撫でる。

 くすぐったそうに花が揺れた。


「…………綺麗だね、エマ」


 花の微かな甘い香りと、膝で眠るエマの存在を感じながらモーリスは目を閉じる。

 やがて穴の中は大きな結晶で埋まる。


 氷の中には静かに眠る二人と一輪の花の姿があった。

 二度と動くことのない二人の顔には寄り添う花のような無垢な笑顔が浮かべられていたのだった。



***



「あーあ、結局楽しかったのは最初だけだったなぁ。ぜんっぜん役にも立たなかったし」


 氷で作られた結晶を見つめながら黄緑色の少年は呟く。

 適当に粉々にして回収してしまおうと手を伸ばした彼はそこでふと動きを止める。


「……ん。でもキャッカンテキに見たら? 普通に面白いのか?」


 一つの死体に固執し、その死体と一輪の花に囲まれて幸せそうに笑う青年。

 そう形容すれば彼の死に様は狂気的だと表現しても差し支えない。


 それに最初に出会った時や通信の時にも見た事がなかった表情は新鮮でもあった。


「仕方ないなぁ、おまけだよ?」


 つまらないという評価を少し面白いに変えた彼は氷の結晶全てを壊すのではなく『回収』する箇所のみを風魔法で切り取った。


 そして残った結晶全体をもう一度眺め、満足そうに姿を消したのだった。

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