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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第781話

 ――聖魔法は、アンデッドを再び眠りに付かせることができる。


「……楽しかったなぁ」


 集中する為に閉じた瞼の先で掠れた声が聞こえる。

 クリスティーナは更に強く目を閉じた。


「うん、体は痛くない。……少し、胸が痛いだけ」

「大丈夫、眠るだけよ。貴女は一人にならない」

「うん、だいじょ、ぶ……」


 エマの体ががくりと落ちる。

 それを支えたのはモーリスだった。


 彼の体にクリスティーナの魔法は毒だ。

 光を受ける体から焼けるような痛みが発してもモーリスは受け止めたエマの体を放そうとはしなかった。


「しあわせだよ、わたし。モーリス」

「はい。私も、貴女がいてくれたから、……っ」


 それ以上は言葉にならず、せめてもとモーリスは笑顔を浮かべる。

 瞼がゆっくりと落ちていく最中、それを確かに瞳に映したエマは満足そうに微笑んだ。


「おやすみ、モーリス」

「おやすみなさい、エマ様」


 エマの瞼が完全に落ち、彼女の体から全ての力が抜け落ちる。

 彼女が深い眠りについた事を確認し、モーリスはその体を抱き上げた。


「ありがとうございます、クリス様」

「礼をいう事などではないのよ。……本当に」


 やるせなさから溢れる苛立ちがその声には含まれていた。


「大丈夫なの? 体は」

「痛みはしますが、問題なく動きます」


 モーリスの体は火傷のような痕を残して黒ずんでいた。

 彼は顔を曇らせるクリスティーナを安心させるように淡く笑う。


「これ程高度な魔法であれば、解かれた事にもあの方はすぐ気が付くでしょう。急いでここを離れた方がいい」

「……ええ」


 彼はエマを抱いたままクリスティーナ達から数歩下がると深く頭を下げる。


「本当にありがとうございました。道中のご無事と……」


 モーリスの視線がクリスティーナへ注がれる。

 彼は更に笑みを深めた。


「旅の終わりが笑えるものとなる事を、心より祈っています」

「……どうもありがとう」


 クリスティーナの顔から翳りが僅かに消える。

 彼女はもまた笑い返し、他の仲間達もそれぞれ短く礼を告げたのだった。



***



 クリスティーナは後ろを振り返る。

 既にモーリスと別れた場所は見えなくなっていた。


「気掛かり?」


 傍を歩いていたクロードがクリスティーナの顔を覗き込む。

 彼女は再びローブのフードを被り直した為、その表情は見る事ができない。


「気掛かりではないわ。彼はもう選択に迷う事もないでしょうから。……ただ」


 クリスティーナは長く息を吐いた。

 モーリスは自身の過去について殆ど話さなかった。クリスティーナが魔法で彼の過去を知る機会もなかった。

 だがそれでも彼が歩んだ道が過酷なものであった事……そして魔族の手に落ちた彼が悪と断定できるような人物ではない事も悟っていた。


「やるせなくて、心苦しいの」


 モーリスやエマが自分達に見せた笑顔を思い返し、これから辿る未来を思い、クリスティーナは小さく呟く。

 世界の不条理さは聖女という力一つで変えられる程簡単なものでもない。


 世界中の人々が欲しがる力を持っているのに、その事に気付いてからの方がずっと無力さを感じている。


「……ままならないわね」


 アレットからは元が人間だとしても眷属に心を許すべきではないと忠告を受けていた。

 彼女の考えは正しい。モーリスは眷属の中でも例外的な立ち位置であるはずだ。


 それでも、彼がエマに縋って泣き崩れる様は自分達と何ら変わらない、人の姿だと思ってしまった。


「彼は個人として見るべきだ。勿論彼の助言も頭の片隅には置いた方がいいけれど」

「わかっているわ」


 モーリスと過ごした時間があるからといって、眷属と対等な関係を築けるなどと考えてはならない。

 どんな理由があれ、彼らが魔族側に属す選択をした事は変わらないのだから。


 クリスティーナは苦々しく呟きながら頷いた。


 クロードはそれ以上深く話を掘り下げようとはしなかった。

 ただ彼女の痛みに寄り添うように苦い笑みを返した。

 そして、数秒間を空けてから、少しでも彼女の気持ちが切り替わるようにと明るい声で進行方向を指す。


「さて、今度こそ国境を越えるよ。僕から話さないといけない事も、警戒しておくべき点もあるからね。一先ずは国境を越えた辺りで早めに休める場所を探しておこう」

「ええ」


 クリスティーナが同意を示した時、クロードが小さく咳をする。


「ってか、お前大丈夫なのかよ」

「雪合戦できるくらいにはね」

「説得力がありますね」


 仲間の先頭に立って歩くクロードは咳を受けた片手を見つめる。

 僅かに赤く染まった掌を確認し、彼はハンカチでそれを拭った。


(とはいえ……これまでは咳なんか殆ど出なかったんだけどな。やっぱりあそこで無理をしすぎた反動か)


 クロードはクリスティーナとリオが湖へ引き摺り込まれた時の事を思い出す。

 体の内側はずっと熱を持ったように熱く、ヴィルパン邸を出た時よりも体は重い。


 少し休めば治るとも考えたが、その様子もない。

 となればクロードの中で導き出される答えは一つだった。


(せめて、皆んなを送り届けるまでは……)

「――うわっ」


 クロードが物思いに耽っていると突然浮遊感に襲われる。

 突如エリアスの肩に担がれた彼は驚いたように仲間達の顔を見た。


「やっぱちょっと顔色悪いだろ」

「そうですね」

「今無理をされて倒れられでもしたら困るわ」


 仲間達は手際良く役割分担をするとクロードに休むよう告げて先を急ぎ始めた。

 リオとクリスティーナが何やら話し合いながら先を進み、エリアスはクロードを担いだまま二人の背中をついていく。

 唖然としたまま担がれていたクロードの耳元でエリアスが呟く。


「大した事ないなんて言うなよ」


 クリスティーナもリオも、何気ない日常的な会話をしているように振る舞っている。

 だがそれは誰よりも先に空気を明るくしようと努めたクロードの意志を尊重しているからであった。


「大した事なんだよ。オレ達にとってはさ」

(仲間の命に関わることなんだから)


 最後の言葉を飲み込んだエリアスは灰色の瞳でクロードの顔を見る。

 笑ってはいるが、クロードの身を案じている事がその瞳から伝わる。


「ありがとうね」

「いーって」

「……でもね」


 何かを言おうとしたクロードの顔が瞬く間に青くなっていく。

 容態の急変かと焦りを見せ、すぐに状態を確認しようとしたエリアスへクロード血反吐を吐きながら掠れた声で呟いた。


「お、お腹は圧迫しない方向で……運んで欲しいかも……」

「おあああっ! クロード!? わ、悪い――死ぬなぁ……!」


 熱を持った内臓が圧迫によって更なる悲鳴を上げる体。

 クロードが弱った様子と喀血に気付き、エリアスは慌てて地面に降ろしてやる。

 そのまま気を失いそうな彼の様子に慌てたエリアスは彼の体を揺すりながら半泣きになって悲鳴を上げたのだった。


 こうして出発早々から騒々しさに包まれながらクリスティーナ達は先へ進むのだった。

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