第779話
クリスティーナ達が茶を飲んでいた部屋の食器は片され、そこは無人となる。
六人は城の地下、大きな鉄扉の前に立つ。
両開きの扉には魔術が組み込まれていて厳重に施錠されている。
だがそれはモーリスの手によって手早く開かれた。
扉が一人でに開き、六人を招き入れる。
部屋の中には巨大な水晶――転移大結晶が鎮座していた。
「代表者が触れて魔力の供給を行えば望む場所へ瞬時に移動する事ができます。大きな個体になるので発動に時間は掛かりますが、同時に移動する事のできる人数や可能な移動距離は相当なものになるでしょう」
「大きさは地上の主要国が所持するものと同等ですね」
「そのようですね。だからこそ……地上から刺客が送られてきたのでしょう」
「刺客……」
モーリスの顔の翳りを見たクリスティーナは刺客について詳しく聞く事を避けた。
彼は部屋の外へと目配せをする。
クリスティーナ達はそれに従い、部屋の外へと戻った。
最後にモーリスも部屋を出て、扉を閉める。
だが元々閉められていた鍵は開けたままにされた。
「転移大結晶の場所を知る者は私達しかいません。……わざわざこのような場所までやって来て使いたいと思う事はないかもしれませんが、もしもの時はご活用ください」
クリスティーナ達の頷きを確認するとモーリスは先頭に立ち、地下室から離れるように歩いていく。
他の五人もそれぞれ彼の背を追うように移動を始めるのだった。
六人は城を出て住宅街の端まで辿り着く。
モーリスは魔法で地上まで伸びる氷の階段を生成した。
「それでは外までご案内します」
「わざわざごめんね」
「構いません。それに……私とエマ様が話し合った結果でもあります」
「一回は外を見ておきたいねって。『お願い』を聞いてもらうのもその後の方が、クリス達の都合もいいでしょ?」
「そんな事は気にしなくてもいいのよ」
気遣いならば不要だと答えるも、彼女達の本音が前者にある事はよくわかる。
クリスティーナは言葉では別に必要ないと口にしながらも彼女達の望みを受け入れていた。
モーリスは一度、街を振り返る。
そして彼の瞬き一つの内に街の輪郭が大きく歪み、霧散する。
残されたのは大きく崩れた瓦礫の山々と、白骨死体ばかりだ。
本来の姿を表した国の凄惨さは、過去にここで何が起きたのかを知るには充分過ぎた。
(これだけ大掛かりな幻覚魔法を使っていたのなら……私の感じた嫌な気配の大きさも、彼が本来の力を出せない事も納得だわ)
モーリスは自身の罪に向き合うように、ただ静かにその光景を眺める。
そして深く目を閉じ、何かを念じる程度の時間を掛けてから、彼は街並みに背を向けた。
六人は長い階段を上る。
やがて辿り着いた地面の上に全員が乗った事を確認すると氷の階段は消滅した。
「皆様、こちらへ」
モーリスはランプで自身の足元を照らす。
洞窟内の天然の壁、その脇には一つの魔法陣が描かれている。
「『架け橋』です。魔力を込める事で国まで繋がる道を作る事ができます」
「朽ちて崩れてしまったのでは?」
「嘘ではありません。私が国を滅ぼしてしまってから、魔力を込める方も必然的にいなくなってしまいましたから。架け橋は魔法陣に蓄積された魔力を使い果たして消えてしまったのです」
「魔力を込めればまた現れるという事ですね」
「はい」
特殊な素材を使って記されたのか、魔法陣は暗い色で刻まれていて、モーリスに教えられなければ暗い洞窟の中でその存在にすら気付くことはなかっただろう。
「私が皆様に与えられるのはこれで全てでしょう」
「ありがとう」
「礼には及びません。もう使う事もないものですから。……それに、礼を述べるべきはこちらです」
モーリスは首を横に振って目元を和らげる。
六人は小休止を挟んでから外へ向かうのだった。
「そろそろですね」
歩く事数時間。外から流れる風を見に受け、モーリスが話す。
眩しい光はすぐ傍にまで伸びていた。
だがそこでモーリスはふと足を止める。
その傍をエリアスやクロードがすり抜け、ひと足先に外へと飛び出した。
「眩しいなぁ」
「うお、めちゃくちゃ久しぶりに外でたみたいな、変な感じ!」
リオもまた続いて外に飛び出す。
彼らの後方には細く長い棒がいくつも突き刺さっていた。
外の光景が僅かながら見える洞窟の手前、中々動かないモーリスの隣でクリスティーナは彼の顔を覗き込む。
「……行かないの?」
「ああ……いえ」
クリスティーナの反対側ではエマがモーリスを案じるような目をしていた。
そんな彼女に微笑み掛けながらモーリスは小さく息を吐く。
「私にとって『外』とは特別な場所でした。……世界で一番愛していた人と約束した場所でしたから。……だから」
「……寂しいのね」
「はい。……でも愛しいとも思います」
モーリスは胸に残る痛みをなぞるように胸に手を置く。
まだ彼女の言葉は思い出せる。彼女と交わした約束も、自分の中に残っている。
痛みとして残る彼女の生きた証が、苦しくもあり、愛おしくもあった。
「行きましょうか」
痛みに浸った彼はやがてエマの手を取り、ゆっくり一歩ずつ前へ進んだ。
そして足から伝わる地面の硬さが柔らかい何かに変わったその時――
――辺り一面真っ白な景色が視界いっぱいに広がった。
眩し過ぎる光景に一瞬目が眩む。
――モーリス!
白んだ視界の先、何もいない場所に彼女の姿を見た気がした。
――うわぁ! 綺麗だねぇ……!
「……本当だ」
彼女ならきっとそう言ってはしゃいだのだろう。そんな幻想が浮かび、モーリスは目頭の熱をなんとか堪える。
「…………綺麗だね」




