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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第775話

 モーリスは目を細め、クリスティーナ達と出会った時の事を思い出す。


「クリス様やリオ様と出会った時……私は驚きと共に僅かな期待を抱いていました。外からやって来た皆様はもしかしたら私の唯一知る外の人物とは違い、差別的な思考や過激な思考を持たない、友好的な方々なのではないかと。であるなら……触れてみたい、と思ったのも事実です」


 かつて不遇な扱いを受けたエマは勿論、陰ながら彼女の味方でいたモーリスにとってもかつての小国は居心地が悪く、周囲の者達全てが敵に見えていたせいで気が抜けなかった。


 外になルフィーノのようにモーリスの母国とは異なる形の過激な思考を持つ人物がいる。

 ――だが、もしそれだけではないのだとすれば。

 自分やエマに対しても分け隔てなく接してくれる、友好的な人物も存在しているとするのならば。


 クリスティーナ達に出会った時、モーリスの心からはそんな期待が溢れ出したのだ。


 クロードが話したように、この城も国も、モーリスとエマが二人だけで暮らすにはあまりに広すぎる。

 モーリスの寿命はあまりに果てしなく、終わりが見えない。


 果てしない時の中で、変わらない日々を繰り返し続ける事は心を摩耗する。例え愛しい人の傍であってもそれは変わらない。


 だからこそモーリスはクリスティーナとリオを見た時、殺す事を躊躇った。

 話したいと思った。関わりたいと思った。

 この無限で無機質な時に変化を欲した。


 それをクロードは『寂しい』と形容し、そこで初めてモーリスは長らく忘れていたこの感情の名前を思い出した。


 ――自分は寂しかったのだ。


 そう確信をした。


「命じられたのは聖女の無力化。殺せとは言われていなかった……だから私は強い眠りの魔法を掛けた」


 関わりたいと思いながらも何故魔法を掛けたのか。

 目が覚めなければどうするつもりだったのか。

 そんな問いがクリスティーナ達の中で過るが、それを汲んだようにモーリスは苦く笑った。


「私の欲望を満たす事と生存はどちらも選ぶ事はできません。どちらかを選べば私はどちらかを失う……皆様と関わりたいと思う一方、その選択に踏み切れない自分がいました」


 モーリスはエマを見る。

 彼女はいつの間にか大粒の涙を流していた。

 彼の言葉を妨げないようにと込み上げる感情を押さえ込む彼女にハンカチを差し出し、モーリスは静かに目を伏せる。


「エマ様はとても大切です。エマ様を失った苦しみは国を一つ滅ぼしても尚残り続けた。しかし私の想い一つで再びその瞳を開く事となったエマ様が、私の身勝手な選択で先の運命を左右されてしまうだろう事を考えれば、ただ自分の欲のままに動くことは出来ませんでした。……形だけでも、表向きだけであっても、生きようとする素振りを見せなければあの方に殺されてしまう」


 当時の思考を改めて辿る。

 改めて思い返してみれば、自分の行いはあまりにチグハグだったとモーリスは気が付いた。

 それにすぐに気が付けなかったのは、百年という時の中で心を動かす機会が減り過ぎていたせいだろう。


 それがクロードの言葉をきっかけに、かつては感情が存在していたという記憶を元に自身の言葉で形容出来るようになっていく。


「死の恐怖はもうありません。ただ……私が消えた時エマ様がどうなってしまうのか。それだけが気掛かりなのです。纏めてあの方に処分されてしまうのか、それとも見逃してもらえるのか……どちらであってもエマ様は訪れる運命をご自身で選ぶ事ができない。私とあの方の選択によってのみ左右され、振り回されてしまう未来が心残りだった」


 二つの選択肢。

 どちらかを選ばなければならない場面で、モーリスはどちらの想いも捨てる事が出来なかった。


「私は人であった時から大きな決断をする事が出来ない、情けない人間でした。そして今回もそうだった……性根というものはどれだけ時が経とうとも、変えようと思おうとも、変わらないものですね」


 自身の未熟さがエマを傷付けてしまった。

 あんな経験をしても尚、百年経っても尚、同じように選択に迷っていた自分に気が付き、モーリスは自嘲した。


「私は全てを皆様に委ねてしまいました。私は皆様を殺さない。しかし出来得る限り強力な魔法で皆様を終わらない夢へ引き摺り込もうとした」

「結果は……エリアスとクロードには魔法を使うところまで至れず、魔法を掛けられた私達もまた目を覚ました」

「君は長い命を終わらせる事と引き換えに僕達と話すきっかけを得ようとした。投げた賽の結果を見て、初めて君は選択できたんだね」

「……そうですね。そして、今はクリス様やリオ様が目覚めてくれて良かったと心から思っています。エマ様には申し訳ありませんが」


 エマは静かに首を横に振る。

 モーリスが口を閉ざせば、聞こえるのはエマの啜り泣く声だけだった。


 彼女の声が落ち着いた頃。

 重く沈んだ空気の中でクリスティーナは口を開く。


「眠りにつかせる魔法についてだけれど」


 モーリスがクリスティーナを見る。

 空色の瞳もまた、彼の姿を映し続けていた。


「……見せる夢の内容はあなたが決められるの?」

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