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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第774話

 モーリスは紅茶を飲み干すと真剣な面持ちでクリスティーナ達の顔を見る。

 かちゃりとカップとソーサーのぶつかる音が僅かに響いた。


「それとあの方について……もうご存知かもしれませんが、あの方が真に得意とする魔法は幻覚です」

「ええ」

「私が譲り受けた力のにも偽りの姿を見せるあの方の力の一部があります。私が預かった力を彼が再び手に入れればあの方の力は更に脅威となるでしょう」

「あれ以上強くなんのかよ……」

「まあ、あの時は恐らく幻を見せる類の魔法を使っていませんでしたし」

「あの方が見せる幻は――人を殺せる」


 抑揚のないモーリスの声は一行に更なる緊張感を持たせる。

 空になっていた数名のカップに再び紅茶を淹れてから彼は話を再開する。


「西の学問では知られている事のようですが、人の脳というものは存外単純な造りのようです。存在しないはずの体感を得られる程に鮮明な幻は最早現実と大差ない。……脳が死を誤認すれば、本当に死んでしまう事だってあります」

「現実と等しい体感を与える幻……それでは現実と幻の違いすらわからなくなってしまいますね」

「そうですね。…….しかし皆様であればそれに抗う事も出来るでしょう」


 モーリスの瞳がクリスティーナを映す。

 ほんの一瞬僅かに目元を和らげた彼は瞬きと共にそれを隠す。


「それと、聖国サンクトゥスにはお気を付けて」

「サンクトゥス……」


 クリスティーナ、リオ、エリアスの顔が強張る。

 モーリスはエリアスの呟きに頷いた。


「あの国の裏にいるのこそ、あの方に他なりません。東大陸を支配する為、そして聖女を討ち倒す為の拠点として彼ら聖国を選びました」

「ベルフェゴールでいうフォルトゥナみたいなもんか」

「……表向きでは聖女を祀る国の裏にいるのが魔族とは、随分な皮肉ですね」

「私が皆さんにお話しできる事はこのくらいでしょう」


 ティーポットが空になり、全員が紅茶を飲み干す。

 空いた食器を回収するモーリスはまだ何か話し足りないようにクリスティーナ達の顔色を窺った。

 彼がなかなか切り出せないのはその話題が本人にとって話し辛いものであるからだった。


「まだあるよね」


 ワゴンへ食器を乗せるモーリスへクロードが声を掛ける。

 それは言う機会を窺う彼へ発言を促すものだった。


「君がこんな話をした理由だよ」

「……そうですね。お話しすると、お伝えしましたから」


 モーリスは再び席に着くと己の胸に手を当てる。

 人から遠い体になろうとも、鼓動はまだ動いている。

 どんな存在になろうともモーリスという個体が確かに生き続けている事を告げている。


 彼は長い溜息を吐いた。


「私の命が残り僅かであるからです」


 その場で驚きを見せたのはクリスティーナとエマだけだった。

 しかしクリスティーナは彼の立場やこれまでの事を思い出し、状況を整理する事で彼が見ている近い未来がどんなものであるのかを悟る。


 だがエマは違う。

 彼女は悲痛な顔をモーリスへ向ける。

 その反応も悟っていたのだろう。モーリスは申し訳なさそうに眉を下げるとそのまま淡々と己の中にある事実を明かす。


「私はあの方から聖女の無力化を命じられていました。しかし私は――失敗した。あの方は愉悦を望みますが、その欲を埋めるのは何も私だけではない。強大な力を得て尚、主人に貢献できないのであれば、愛想を尽かし、預けていた力を回収しようと考えるでしょう」


 力の回収――魔族の血肉を食らった眷属がそれを返上する術は死しかない。

 迷宮『エスケレイド』で何人もの眷属の命が散った様がクリスティーナ達の頭を過った。


「私は元よりあの方への忠誠心とやらは持ち合わせていないのです。ただ……お互いの利益の上に成り立っていた関係ですから」

「ご自身の死という回避できない運命に直面した今、主人である魔族に従う必要もないと?」

「そうなりますね。私が例え皆様との遭遇という事実を秘匿しようとも、皆様が外で旅を続ける以上いつかは真実に気付かれてしまうでしょう。遅かれ早かれ、私は彼から譲り受けた長い生命を力と共に返上しなければならなくなる」

「……待って頂戴。そもそもの話、貴方は私とリオを殺せる機会があったはずよ。何故敢えて眠らせるだなんていう回りくどい方法を取ったの?」

「それは……」

「寂しかったんだよね」


 言い淀んだモーリスの代わりに話したのはクロードだ。

 今度は彼へ視線が集中する。


「百年以上経って久しぶりに出会ったエマさん以外の人間。興味を持つのもわかる。それに、何の変化もない眠ったようなこの国は二人が過ごし続けるにはあまりに味気なく、流れる時間には終わりが見えず果てしない。……君は僕達という変化と出会い、知らないうちに自分が抱いていた寂しさに気付いた……そうでしょ?」

「……クロード様は、私の心でも読めるのでしょうか」

「読めるよ」

「そうですか」


 クロードの返答はどうやら冗談として受け取られたらしい。

 モーリスはほんの僅かに微笑を溢し、頷いた。


「そうですね。きっと私は……自分自身でもどうしたいのかよくわからなかったのでしょう」

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