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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』
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第769話

「手伝ってあげようか?」


 一人でくつくつと笑っていた少年はモーリスの顔を覗き込む。

 縦に割れた瞳孔がモーリスへまっすぐ向けられた。


 少年の言葉の意図を理解できず、ただ彼を見つめる事しかできないモーリスの考えを悟ったのだろう。

 少年は再び口を開いた。


「今すぐあの子のところへ辿り着けるようにしてあげるよ。それに、誰にも負けない力を分けてあげる。キミが望むなら、あの子を殺した人達を全員殺す事だってできる」


 悪魔のような提案だ。

 そしてこんなにも自分にとって都合の良い話に裏がない訳がない。

 上手く働かなくなった頭でもモーリスはその答えに辿り着くことができた。


 しかし――


「断らないよねぇ? だってキミには願えを叶える手段を選ぶ余裕はない」


 このままむざむざ死ぬか、どんなリスクを負ってでも願いを叶えるか。

 モーリスの前に提示されたのは極端な二択。しかしその答えは問われた瞬間には決められていた。


 執念に燃える瞳が少年を見据える。

 それを見た少年は満足そうに笑いながら舌なめずりをしたのだった。



***



 十にも及ぶ刃に貫かれた少女の体を囲み、人々は喜びから声を上げる。

 傷を負いながらも自分達に尽力してくれたルフィーノを口々と称賛し、周囲の人々と笑い合い、喜びを分かち合う。


 そして漸く感情の昂りが収まり始めた頃。

 エマの死体を回収しようと人々は彼女へ近づいた。


 しかし、彼らが少女へ手を伸ばしたその瞬間。

 エマへ近づいた人々の腕が瞬く間に斬り落とされる。


 祝福のムードに包まれていた空間には突如として悲鳴が響き渡る。

 切り落とされた腕を振り回して悲鳴を上げる人々の中央にはいつの間にか絶命したエマを抱き上げる青年がいた。


 彼は片膝をつき、彼女を強く腕の中に閉じ込める。


「……ごめんね」


 ぴくりとも動かない体へモーリスは囁いた。


「……眠るには煩すぎるね。少しだけ待ってて」


 どれだけ彼女に触れても、鼓動の気配は感じられない。

 大切な人の絶命という現実を目の当たりにし、今すぐ泣き叫びたい感情はあった。

 だがそれよりも先にすべき事がある。


 モーリスは赤く醜く汚れた口や顎を袖で無理矢理拭う。

 そしてエマを抱いたまま立ち上がると冷ややかに人々を見据える。


「――何故」


 目を見開いたルフィーノが微かな声でそう呟いたのが聞こえた。

 だがその直後、モーリスの頭上には無数の氷の槍が瞬時に生み出され、人々の頭へ降り注いだのだった。




 モーリスは振り下ろした氷の剣を肉塊から引き抜く。

 その場にいた者達の八割は氷の雨によって絶命し、その脅威から逃れられた人々も結局はモーリスが振るう剣に斬り刻まれ、生存の道を断たれた。


 床一面が他人の血液でひたひたに満たされる。

 むせ返るほどの血の臭いの中、生きていたのはモーリスと――ルフィーノだけだった。


 モーリスは彼の上着に包まれた彼女の分まで返り血を浴びた、頭から多くの赤色を受ける。

 しかしそれを気にする素振りも一切見せず、剣に付着した血液を振り払った。


 赤く汚れた前髪の下から、冷たく鋭い視線がルフィーノを射止める。


 最早対話は不要だった。

 モーリスはルフィーノを生かすつもりなどなかったし、ルフィーノもまた、時間稼ぎや相手の隙を作る為の命乞いが無駄だと悟っていた。


「エマ様はもういらっしゃらないのですよ」


 モーリスの犯した罪は無駄でしかない。彼女の為になど微塵もならない。

 ルフィーノの言葉にはそんな意味が孕んでいた。

 しかしモーリスの心は一切動かない。


 彼は剣先をルフィーノへ向けると次の瞬間、床を強く蹴り付けた。

 モーリスは凄まじい速度でルフィーノとの距離を詰める。


 ルフィーノはすぐに強力な魔法を展開し、モーリスを仕留めようとしたが、彼の魔法の発現速度よりもモーリスの身体能力は遥かに上回っていた。


 距離を詰められたルフィーノはすぐさま氷の防壁を自身と敵の間に汲み出す。

 しかし分厚い盾はいとも容易くモーリスの剣によって砕かれる。


 その力量の差はあまりに明白だった。

 それに気付いたルフィーノは砕かれた防壁を唖然として見つめた。


 無防備になったルフィーノへ、モーリスは剣を振り上げる。


「――何故ですか!」


 その時、ルフィーノは声を荒げた。

 その目はモーリスへは向けられていない。

 天井――どこか遠く、虚空へ向けて彼は嘆いていた。


「私は貴方のおっしゃる通り、どんな命にも従って来た! 此度の件は貴方もお力を貸してくれるとおっしゃっていたではありませんか――それが何故、彼のような者に……それも私以上の力をお与えになられたのですか!」


 無邪気な少年の笑い声がこだまする。

 モーリスの後方から聞こえたそれはルフィーノを嘲笑うように投げられた問いへ答えた。


「だってこっちの方が――面白いでしょ?」


 二人の会話にはさほど興味もない。

 真相はルフィーノが死した後でも知る事ができるのだから。


「……善良な魂は必ず報われ」


 モーリスは剣を振り下ろす。

 絶望の底へ突き落とされたルフィーノが狂ったような奇声を上げる。


「悪き魂には必ず鉄槌が――」


 淡々とした呟きと共に、剣がルフィーノの体を真っ二つに斬り裂いた。

 断末魔と共にルフィーノが崩れ落ちる。


「結局は」


 モーリスは更に彼の心臓へ剣を突き立て、ルフィーノを冷たく見下ろした。


「……貴方も後者だったという事ですね」


 部屋に静寂が訪れる。

 死体で埋め尽くされた空間には一つの長い溜息だけが響くのだった。

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